表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
95/141

四十三、ターニングポイント2・余波

5/24更新 1/4

「なんでさ!」


 俺ことガングレイブは、城に戻ってきてからエクレスに胸を叩かれていた。


「なんで連れて戻ってこないのさ! なんで守れなかったのさ!」

「エクレス……」


 エクレスはボロボロに泣きながら、俺を叩き続けていた。


「シュリが、どうして死ななくちゃいけなかったのさ!」


 あの戦から戻ってきて、エクレスが一番に城から出てきた。

 俺たちが戻ってきたことで喜んでいたが、俺たちの中にシュリがいないことで顔を曇らせた。

 そして、シュリが死んだことを言うと、こうなった。

 こうなると、わかっていた。


「すまん」

「必ず連れて帰ってくるって言ったじゃないか! シュリは無事に取り返すって言ったじゃないか!」

「すまん」


 エクレスの言葉に、俺はただ謝ることしかできない。

 他の奴らだって止めることができない。誰もが、その罪悪感に胸を支配されていたから。

 エクレスは叩くのを止めると、涙を拭いながら城へ戻っていった。


「……すまん」


 俺はもう一度謝った。


「いや、妹がすまなかった」


 その相手はガーンとギングスだ。二人とも悲しそうな顔をしている。


「姉貴の気持ちはわかるし、ガングレイブの辛さも俺様にはわかる。だから……姉貴のことは俺に任せてくれ」

「ギングス……頼んだ」

「ああ」


 ギングスはエクレスの後を追って城へ向かう。

 悲しみは、わかるつもりだ。俺だって突っ伏していたい。


「ガングレイブ」


 そんな俺に、ガーンが話しかけてきた。


「まずはお前も休め」

「なん……」

「お前も、みんなも、休め。整理する時間を作れ」

「……」

「そうしてくれると、俺たちも整理する時間ができる」


 その言葉に、俺はハッとした。回りを見る。

 誰もが喪失感に、無力さに、打ちのめされている。疲れ果てていた。

 作戦の失敗とシュリの喪失で、誰もが折れそうだったんだ。

 これは、拙い。


「わかった」

「……それと、これだけは言っておく」


 ガーンは俺の肩に手を置いて、言った。


「俺も泣きたいが、お前を責めない。それだけだ」


 その一言に、我慢していた涙が溢れそうだった。

 ガーンはすぐに城へ戻っていく。その後ろ姿を見て、俺は思う。


 シュリ、お前を喪った影響はでかいよ。





「なに? 今なんと言うた?」


 妾ことテビス・ニュービストは、ウーティンからもたらされた情報を前にして動揺し、持っていた書類を落としてしもうた。

 ウーティンがその情報を持ってくるまで、妾はいつもの執務室で仕事をしていた。いつも通りの日常、それが来るものだとばかり思っていた。

 しかし、現実はあまりにも無情じゃった。

 ウーティンが顔色一つ変えずもたらしたものは、妾の背中に冷や水を流し込むようなもの。

 妾は机の下に震える手を隠し、もう一度ウーティンに問うた。


「なんと言うたのじゃウーティン。どうやら妾の耳は悪くなってしまっていたらしい。あり得ぬことを聞いた。もう一度言うてくれ」

「シュリが、ダイダラ砦に、誘拐、され、その後、ガングレイブ、たちが、救助、に、向かいました。

 しかし、ガングレイブは救出に、失敗……シュリは川に落ち、安否が、わかりま、せん」

「そうか、もうよい」


 妾は右手で顔を覆い、ウーティンの言葉を止める。


「王女、さま」

「もうよい……もうよい、下がりおれ」

「は、い」


 指の間からウーティンを見れば、まだ何か言いたそうであった。しかし、今は何も聞きとうはない。

 ウーティンが部屋から出て行ったのを確認し、妾は天井を見上げる。


「そうか、死んでしもうたか」


 独り呟く。


「死んで、しもうたか」


 自分に言い聞かせるように、言う。


「もう、会えぬか」


 そこまで言って、妾の中から怒りがこれでもかと湧いてくる。

 思いっきり振り上げた手を、机に叩きつけた。腕力はないため、バンと小さな音しかならない。


「バカもんが!!」


 妾は叫んでいた。


「死んでしまっては何もないであろうが!」


 あの素晴らしい料理を堪能することは、もうない。

 あの素晴らしい技術を目にすることは、もうない。

 それを考えるだけで、腸が煮えくりかえるほどの怒りが、胸の底から湧き上がってきて止まることを知らぬ。


「何故、何も残さなかった! 何故、死んでしまった! 何故じゃ!

 シュリよ、お主の料理の腕は宝そのものであった、なおさら後世に残すべきものだった!

 なのにこれでは……その後は何も、何もないではないか……!」


 素晴らしい職人を失うことは、人間にとって大きな損失である。

 妾は国政に携わる者として、それを骨身に感じておった。

 優れた職人が居ろうとも、それを弟子に残さねば意味が無い。

 妾はそれが悔しくて悔しくて、机を何度も叩いた。手が痛くなっても、何度も叩く。


「何故じゃ、何故死んでしもうた……。妾なら、シュリの全てを残すことができたというに……」


 悔しくて悔しくて……妾は泣いておった。机に落ちる涙の雫を見て、妾は自分が泣いていることに初めて気づいた。


「涙……これは、なんの涙じゃ……? 惜しい者を無くした涙か?」


 いや、違う。ようやく妾は気づいた。


「そうか……妾は、シュリが欲しかったのだな」


 欲しかった。あの腕前も、人柄も、シュリが欲しかった。

 恋心などという気持ちではない。ただ、シュリが側に居れば良かったのじゃ。

 ウーティンと共に妾の側にいる未来を、願っておったのか。


「ああ、そんな未来であったなら、妾は幸せであったろうに」


 妾は机に突っ伏し、静かに涙を流した。


 惜しい人よ、大切な人よ。せめて、冥福を祈ろう。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりの更新お疲れ様です 全く予想していない展開で驚いています これからも頑張ってください!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ