四十三、ターニングポイント2・余波
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「なんでさ!」
俺ことガングレイブは、城に戻ってきてからエクレスに胸を叩かれていた。
「なんで連れて戻ってこないのさ! なんで守れなかったのさ!」
「エクレス……」
エクレスはボロボロに泣きながら、俺を叩き続けていた。
「シュリが、どうして死ななくちゃいけなかったのさ!」
あの戦から戻ってきて、エクレスが一番に城から出てきた。
俺たちが戻ってきたことで喜んでいたが、俺たちの中にシュリがいないことで顔を曇らせた。
そして、シュリが死んだことを言うと、こうなった。
こうなると、わかっていた。
「すまん」
「必ず連れて帰ってくるって言ったじゃないか! シュリは無事に取り返すって言ったじゃないか!」
「すまん」
エクレスの言葉に、俺はただ謝ることしかできない。
他の奴らだって止めることができない。誰もが、その罪悪感に胸を支配されていたから。
エクレスは叩くのを止めると、涙を拭いながら城へ戻っていった。
「……すまん」
俺はもう一度謝った。
「いや、妹がすまなかった」
その相手はガーンとギングスだ。二人とも悲しそうな顔をしている。
「姉貴の気持ちはわかるし、ガングレイブの辛さも俺様にはわかる。だから……姉貴のことは俺に任せてくれ」
「ギングス……頼んだ」
「ああ」
ギングスはエクレスの後を追って城へ向かう。
悲しみは、わかるつもりだ。俺だって突っ伏していたい。
「ガングレイブ」
そんな俺に、ガーンが話しかけてきた。
「まずはお前も休め」
「なん……」
「お前も、みんなも、休め。整理する時間を作れ」
「……」
「そうしてくれると、俺たちも整理する時間ができる」
その言葉に、俺はハッとした。回りを見る。
誰もが喪失感に、無力さに、打ちのめされている。疲れ果てていた。
作戦の失敗とシュリの喪失で、誰もが折れそうだったんだ。
これは、拙い。
「わかった」
「……それと、これだけは言っておく」
ガーンは俺の肩に手を置いて、言った。
「俺も泣きたいが、お前を責めない。それだけだ」
その一言に、我慢していた涙が溢れそうだった。
ガーンはすぐに城へ戻っていく。その後ろ姿を見て、俺は思う。
シュリ、お前を喪った影響はでかいよ。
「なに? 今なんと言うた?」
妾ことテビス・ニュービストは、ウーティンからもたらされた情報を前にして動揺し、持っていた書類を落としてしもうた。
ウーティンがその情報を持ってくるまで、妾はいつもの執務室で仕事をしていた。いつも通りの日常、それが来るものだとばかり思っていた。
しかし、現実はあまりにも無情じゃった。
ウーティンが顔色一つ変えずもたらしたものは、妾の背中に冷や水を流し込むようなもの。
妾は机の下に震える手を隠し、もう一度ウーティンに問うた。
「なんと言うたのじゃウーティン。どうやら妾の耳は悪くなってしまっていたらしい。あり得ぬことを聞いた。もう一度言うてくれ」
「シュリが、ダイダラ砦に、誘拐、され、その後、ガングレイブ、たちが、救助、に、向かいました。
しかし、ガングレイブは救出に、失敗……シュリは川に落ち、安否が、わかりま、せん」
「そうか、もうよい」
妾は右手で顔を覆い、ウーティンの言葉を止める。
「王女、さま」
「もうよい……もうよい、下がりおれ」
「は、い」
指の間からウーティンを見れば、まだ何か言いたそうであった。しかし、今は何も聞きとうはない。
ウーティンが部屋から出て行ったのを確認し、妾は天井を見上げる。
「そうか、死んでしもうたか」
独り呟く。
「死んで、しもうたか」
自分に言い聞かせるように、言う。
「もう、会えぬか」
そこまで言って、妾の中から怒りがこれでもかと湧いてくる。
思いっきり振り上げた手を、机に叩きつけた。腕力はないため、バンと小さな音しかならない。
「バカもんが!!」
妾は叫んでいた。
「死んでしまっては何もないであろうが!」
あの素晴らしい料理を堪能することは、もうない。
あの素晴らしい技術を目にすることは、もうない。
それを考えるだけで、腸が煮えくりかえるほどの怒りが、胸の底から湧き上がってきて止まることを知らぬ。
「何故、何も残さなかった! 何故、死んでしまった! 何故じゃ!
シュリよ、お主の料理の腕は宝そのものであった、なおさら後世に残すべきものだった!
なのにこれでは……その後は何も、何もないではないか……!」
素晴らしい職人を失うことは、人間にとって大きな損失である。
妾は国政に携わる者として、それを骨身に感じておった。
優れた職人が居ろうとも、それを弟子に残さねば意味が無い。
妾はそれが悔しくて悔しくて、机を何度も叩いた。手が痛くなっても、何度も叩く。
「何故じゃ、何故死んでしもうた……。妾なら、シュリの全てを残すことができたというに……」
悔しくて悔しくて……妾は泣いておった。机に落ちる涙の雫を見て、妾は自分が泣いていることに初めて気づいた。
「涙……これは、なんの涙じゃ……? 惜しい者を無くした涙か?」
いや、違う。ようやく妾は気づいた。
「そうか……妾は、シュリが欲しかったのだな」
欲しかった。あの腕前も、人柄も、シュリが欲しかった。
恋心などという気持ちではない。ただ、シュリが側に居れば良かったのじゃ。
ウーティンと共に妾の側にいる未来を、願っておったのか。
「ああ、そんな未来であったなら、妾は幸せであったろうに」
妾は机に突っ伏し、静かに涙を流した。
惜しい人よ、大切な人よ。せめて、冥福を祈ろう。