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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
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四十三、ターニングポイント2・前編

「ここに、シュリが……」


 リルは今、グランエンドの中でも辺境に位置する砦の前まで来ている。

 こちらは……アプラーダ軍はすでに臨戦態勢だ。少数精鋭、人数は四十人ほどの部隊。

 それは今までシュリに世話になった、傭兵団時代からの兵隊の中でも選りすぐった精鋭たちだ。

 そして、リルも、クウガも、テグも、アーリウスも来ている。

 もちろん、ガングレイブも。


「さて、派手に開戦の狼煙を上げたわけだが」


 ガングレイブは腕組みをしてから呟く。


「作戦通りに行くかな」

「作戦通りもクソもないっスよ」


 その横を、テグが気合いを入れた真面目な顔をして通り過ぎる。


「ようやくシュリがどこに居るかの手がかりを、リルが作った魔工道具で手に入れてここにいるわけっスからね……ようやく、シュリを取り戻せそうっス」

「気合いを入れるのは構いませんが」


 さらにアーリウスは、腰に佩いていた杖を手に取り構える。


「作戦通りに、素早く確実にシュリを取り戻すことを考えましょう」

「当たり前やわ」


 さらにクウガが腰の剣を抜き、一振り。

 リン、と鈴が鳴るような音が響いた。


「シュリを取り戻すために、あのクソリュウファに勝つために……今まで鍛錬を積んで来たんだわ。

 今度こそ、シュリを守るで」


 全員が全員、気合いの入れようが凄まじい。背中から覇気が伝わって来るよう。

 でも、それはリルも同じだった。


「うん。今度こそ、シュリを助けて、取り戻して、守る。

 リルももう、失うのは嫌だ」

「よし、全員気合いは入れてるな」


 ガングレイブはもう一度全員の顔を見て、声を張り上げた。

 よく通る声が、部隊全員の耳に届く。

 それはガングレイブの決意の現れのようにも感じる。


「いいか! 作戦は簡単だ! 陽動が砦の兵士を惹きつけ、その間にクウガとリルがシュリを助ける! 簡単だろ!

 シュリを助けたら、後は各々が散開! あらかじめ決めていた集合場所に逃走しろ! 猶予は三日だ、それ以上は本隊は待たない! 以上! 作戦開始!」

「「「おおおおおおお!!」」」


 ガングレイブの声とともに、兵士たちは砦へと攻め入る。

 それを見て、ガングレイブも槍を手に歩き出した。


「じゃあ頼んだぞ、クウガ、リル」

「任せとけ」

「了解」


 リルとクウガは一緒に砦へと侵入した。他の兵士が戦闘を開始してる中で、リルとクウガは敵を無視して内部を走る。

 迫る敵兵を、クウガが一太刀で切り伏せリルの魔工による壁の隆起で制圧する。


「便利でええな、それ」


 クウガがリルの方を振り返らず、さらに敵兵を一人切り伏せて言った。


「こういう室内戦においては無二の頼もしさがあるの」

「だからリルがシュリの救出を任されたわけ」

「よくわかるわ」


 クウガはさらに敵兵を切り伏せた。よそ見もせず、目の前の敵を一太刀のもとに切り捨ているその剣の技は、今日も冴え渡っているよ。


「それなら、大概の敵は眼中にもなかろうな」

「……それでも、こうしてシュリを助けにこないといけなくなった」

「そうやな。……ワイも弱かったからリュウファに負けた。しかし、今度はちゃうで」


 クウガは力強い足取りで、さらに砦内部を突き進む。

 リルはその後ろを追随するようにして共に走った。一歩一歩がシュリに繋がるのだと思うと、これまでシュリがいなかった日々の辛さが消えていく感じだ。

 待ってて、シュリ。今、行くから!

 そうして砦内部を走っていると、クウガが唐突に動きを止めた。足を止め、剣の柄を握り直している。


「リル、ちょい待て」

「どしたの」

「これは」


 クウガは目の前の敵を見て、言う。


「なかなかの強敵かもしれん」


 そこに立っていたのは、荒々しさを纏った一人の男。

 その男は鎧姿に砦内部で振るには不釣り合いな槍を持って、リルたちの前に立っていた。


「お前らが侵入者かぁ?」

「……だったらなんや?」

「何、なんてことはない」


 男は器用に槍を振って、構えた。


「この先は通さねえよってことだ」


 男から発せられる殺気に、リルは背中に冷や汗が流れる。

 この感じ、リュウファと相対したときに感じたそれに似てる感じ。

 動けないでいるリルの前を、クウガが立つ。


「そうか。なら、ワイはお前を切り伏せて通らせてもらう」

「は! やってみろ! このネギシが! お前をぶっ殺す!」

「ならこのクウガは、お前を討つ」


 クウガとネギシと名乗った男は、ジリジリと間合いを詰め始める。

 クウガは構える様子もなく両手を脱力させたままだ。

 ネギシは槍の穂先をクウガに向けたままにじり寄る。

 普通ならこの狭い空間、ネギシの槍を躱して間合いを詰めて切り伏せるのがクウガのやり方だ。クウガなら、何の障害もなくやれるはず。

 なのに、クウガは間合いを一気に詰める様子を見せない。


「……お前、相当やる奴やな」

「まあな。最近じゃ、相手のことをよく考えるようにしてるかんな」

「どうりで。こっちの攻め手を上手く潰してきよるわけだわ」


 クウガはにやり、と笑った。


「んじゃ、このままじゃ埒が明かん。いくで」


 その一言とともに、クウガは一足飛びでネギシとの間合いを潰す。一瞬にして槍の間合いの内側へと入った。

 しかし、ネギシは凄かった。

 なんとネギシは槍を振るった。突くでは無く、振るう。

 それは壁や天井を無差別に破壊しながら、クウガへと迫った。崩れる壁や天井にお構いなし、まるで天災そのものだ!


「なんと!?」


 これにはクウガも意外だったのか、リルがクウガの名前を呼ぶ前に、クウガは身を屈めた。袈裟懸けに振るわれる槍の範囲外に体を逃がし、天井や壁の破片を避けながら再び下がる。

 ネギシはそのまま槍を振るい、再び構え直した。先ほどまでとは打って変わり、リルの目にはネギシに隙がないように見える。

 なんせ、壁や天井を完全に無視して槍を振るう豪腕を持っているから。この狭い空間が、逆にネギシに有利を与えている。

 向こうは壁や天井お構いなしに槍を振るえるけど、クウガは狭い空間内でしか動けない。間合いを潰しても、再びあんな攻撃をされた再び避けられる保証はない。


「こりゃ驚いたわ」


 クウガは感心したように言った。


「間合いを潰す心理戦だけやなく、間合いを支配する身体能力持ちとは。

 強いのぅ。だが」


 そして、先ほどまでの攻撃を完全に思考の外に追いやったように、再び間合いを詰める。


「ワイはそれ以上に強いぞ!」


 クウガは左脇構えの姿勢から切り上げを放つ。

 ネギシはそれに対し、防御の姿勢を取ること無く無理矢理槍を振るう。

 天井を破壊しながら振り下ろされた槍の一撃を、クウガの一撃がぶつかり合った。

 互いに威力は拮抗し、勢いよく弾かれる。

 二人して、同時に無防備な状態へと変わった。

 リルの目には、全くの互角に見える。だけど、

 クウガの顔には余裕のある笑顔が浮かび、

 ネギシの顔には余裕のない怒りが浮かぶ。

 目には見えないところで、二人の実力差が現れてきたのかもしれない。


「疾っ!!」


 クウガは短く息を吐くと、弾かれた勢いを利用してその場で回転、剣を横薙ぎに振るった。

 ネギシも負けていない。弾かれた勢いを鍛えた肉体で無理矢理元に戻し、壁を破壊しながら槍を振るう。

 片手で剣を持つクウガが、両手で槍を振るっているネギシに対して不利を悟って瞬時に剣の軌道を変える。

 敵を狙い撃つ軌道が、ネギシの槍の下を小指の太さにも満たない近さへと軌道を変えたんだ。

 クウガはネギシの槍の穂先が刃と触れた瞬間に、身を屈めながら槍の穂先の下を潜るように抜ける。

 その勢いでネギシの槍があらぬ方向へと振り切られ、完全な無防備を晒す。クウガは瞬時にさらにネギシの懐へと飛び込んだ。

 剣も、拳も、振るうことができないほどの超至近距離。

 クウガは自身の背中をネギシの体へと添え、止まる。


「ふんっ!!」


 ズシン、という床を踏み抜く音と共にクウガの体がぶれた。

 そう、ぶれたんだ。まるでクウガの体だけに振動が起こったように。

 リルは魔工の研究で良く振動を与えることで物質に起こる影響を調べたりする。

 そんな、一瞬の、刹那にも満たない振動をクウガが起こした。

 ネギシはその間、止まったままだった。

 驚愕の顔を浮かべ、ようやく動いたと思ったら蹈鞴を踏んで後ずさる。

 槍を手から落とし、左手で胸を抑え、そして。


「がっ!?」


 口から突発的に血が弾けた。床を、壁を赤黒い血が汚す。

 ネギシはその場で膝を突き、クウガを見上げる。

 クウガは余裕の笑みを浮かべて剣を鞘に納めた。チン、と鯉口が鳴る。


「はぁ! はぁ! はぁ!? な、なにを!?」

「空我流剛剣術、銀輪火花」


 クウガはネギシを見下ろして続けた。


「超至近距離から、お前の体の中目掛けて衝撃でぶち抜いた。背中の広い面から放たれた貫通する衝撃は、お前の筋肉や骨ではなく内部の水……血や内臓に振動を与えて傷を負わせる技だ」

「なんだ、そりゃ」


 ネギシは諦めたような笑みを浮かべていた。


「剣術じゃねぇよそれ、体術じゃ、ねえか」

「やめとけ」


 クウガはネギシの眉間に指を突き立てた。

 触れるだけのそれに見えるけど、まるで見えない短剣でネギシの命を握ったかのような威圧間がある。


「銀輪火花は内臓に傷を負わせる技、下手に喋れば死ぬぞ」

「そんなこと言ったって、ここで俺を、殺すだろう?」

「まあ」


 クウガは指を引き、納刀した剣の柄に手を添える。


「そうやな」


 そして、クウガは瞬きの間に剣を抜いた。

 だが、軌道はネギシの首を撥ねるためのものではなく、自分に迫ってきた剣戟を防ぐためのものだった。

 ネギシの後ろから現れた謎の人物が剣を抜きざまにクウガの首を狙うが、クウガの剣はそれを正面から受け止めた。

 その人はネギシとクウガの間に体を入れ、クウガの腹に前蹴りを放つ。

 クウガはそれを下がって避けると、楽しそうに唇の端を舐めた。


「へぇ」


 クウガの口から、血が流れていた。小さな小さな切り傷。

 全くリルから見えなかった。いつの間にクウガに一太刀を入れてたの??

 クウガに一撃を入れた人は壮年の男性で、その姿勢からは覇気も殺気も感じない。

 だけど、クウガにはわかるらしい。


「こりゃ、リュウファの次に強い人間が現れたのぅ」


 クウガの顔から笑みが消えた。剣を正眼に構える。


「リル」

「なに?」


 リルは腕まくりしながら答えた。


「助太刀?」

「アホを言うな。……あいつは思ったより手強いわ」


 珍しい、クウガがそんなことを言うなんて。クウガはリュウファと出会う前にも出会った後にも、リュウファ以外にこんな姿を見せなかった。


「時間がかかってまうから、お前だけ先にいけ」

「クウガは?」

「あいつを倒してから行くわ」


 リルはその一言で察した。

 少なくと、クウガにとって目の前の敵は時間がかかるほどの実力なのだと。


「わかった」

「一瞬だけ時間を作る」

「十分」


 その言葉と共に、リルとクウガは走る。

 ネギシは急いで立ち上がりながら槍を拾い、壮年の男性はゆらりと構えたまま間合いを詰める。

 クウガの眉間にネギシの槍による刺突が放たれた瞬間、リルは壁に手を触れた。そのまま魔工を発動させる。

 壁の一部が弾け、その礫がネギシと壮年の男性を襲う。

 ネギシは負傷していた影響で反応が遅れたものの、槍の動きを止めて礫を防ぐ。

 壮年の男性は顔や額、体中に礫がぶつかっても構わずクウガへと向かう。

 とうとう、二人の剣が交じり合う。


「やるなお前! 名前はなんや!」

「侵入者に名乗る名前はないのだが、一応。コフルイと言う」

「覚えとくわ! ワイはクウガ、尋常に勝負を挑む!!」


 三人を置いていき、リルは走る。走る。

 手当たり次第部屋を開けていき、シュリの姿を探す。

 ひたすら探し続ける。


「まだ……どこ……!?」


 外では戦闘音が大きくなっている。ガングレイブたちの戦闘が激しくなっているのかもしれない。

 いくら精鋭とはいえ少数で来ているリルたちでは、奇襲による利がなくなれば不利になるのは自明の理。だから、急いでシュリを助けてここを抜ける必要がある。

 だから、早く、早く!


「シュリ!」


 そして、とうとう見つけた。

 扉を開けた瞬間、そこに見えたのは、シュリが見知らぬ女性に剣を突きつけられてる姿だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] クウガの新しい技、「〇背〇」とか「〇孔〇」とか「無〇波」みたいな技ですね。
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