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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
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四十二、老人の寄る辺、真意

「お主は……この国に残るつもりは、ないかの」


 僕は目玉が飛び出るんじゃないかと思うくらい、驚きました。

 まさかコフルイさんからそんなことを言われるとは思ってませんでしたから。

 みんなと離ればなれになってから、もうすぐ半年近く経とうとしています。

 今頃みんなはどうしているんだろうか。

 クウガさんは無事だろうか。

 テグさんは元気だろうか。

 アーリウスさんは大丈夫だろうか。

 リルさんは落ち込んでないだろうか。


 ガングレイブさんは、どうしてるんだろうか、と。


 それを考えない日は、なかった。

 思わない日は、なかった。

 自分自身がここから逃げ出すことができない、その情けなさに苦しまない日はなかった。

 どれだけここで受け入れられても、認められても、それらの負の感情は全く消えませんでした。


「……僕は」


 口を開こうとして、そして閉ざす。

 本音を言えば、すぐにでも帰りたいのです。今すぐに、みんなのところへと。

 でも、それを口にしてしまったときに、僕はどうなるでしょうか。

 殺されるかも? と思うと安易に口にできない。

 たくさんの戦場を経験したとしても、自分が死ぬかもしれないような状況になるのは怖いのです。

 だからといって、嘘でも残りたいとは言えなかったのです。

 懊悩する僕の様子を見て、コフルイさんは失望した顔をしました。


「すまぬ。仲間から離れてまだ半年近くだ。心は向こうにあっても仕方あるまいて」

「……ごめんなさい」


 僕は謝ることしかできませんでした。

 それを聞いて、コフルイさんはなおさら失望した顔をして俯きました。


「まだ、仲間のことを想うか?」

「……」


 僕はコフルイさんの言葉に、沈黙で返す。


「そうであろうな。最初のきっかけは、リュウファによる誘拐であったからの。印象は最悪から始まったのは間違いあるまい」

「コフルイさん……」

「でもな、シュリ」


 コフルイさんは失望した顔から微笑を浮かべて言いました。


「ここでの絆も、嘘ではないのではないかの?」


 その言葉に、僕は胸が痛む。

 嘘ではない。ガングレイブさんたちを想うのと同じように、ここに居る人たちにもたいそう世話になりましたから。

 来たばっかりで右も左もわからなかった僕ですが、アユタ姫に認められるごとに周りの人たちの態度も軟化していきましたから。

 そして、今では挨拶すれば挨拶を返してくれるくらいにはなった。

 僕は甘い。

 たったそれだけでも、心のどこかで繋がりができたのだと思い、未練ができてしまったのですから。


「嘘では、ありません」


 だから、僕は正直に答えた。


「ここの人たちには、お世話になりましたから……」

「否定は、しないのじゃな」

「それは……ええ……」


 できるはずがなかった。

 繋がりがあると思ってしまったのですから。

 僕は苦しみながら、吐き出すようにして続けました。


「僕はコウモリ野郎です。その繋がりを感じつつも……ガングレイブさんたちへの思いも捨てられません。

 帰りたいと思いますが、何かが僕の足を掴んで離さない。

 最低のコウモリ野郎です」


 僕は、そんな自分自身が嫌になる。

 それは言ってしまえば、ガングレイブさんたちの元へ帰れないことを認めて諦めてしまっている自分がいるから思う考えなのです。

 最初の頃にあったような、何が何でも帰ってやるという強い気持ちを失いつつあるからです。

 そんな苦しそうな僕を見て、コフルイさんは嬉しそうに言いました。


「悩むのはいい事じゃ」

「コフルイさん」

「儂としては、帰らずにここに居て欲しいと思うのでな。悩んでくれるということは、その余地があると思えるからの」

「でも……そのチャンスが来たら、僕は帰るかもしれませんよ?」

「繋がりはできた」


 コフルイさんは言いました。


「ならば、いつかどこかで敵でなくなったときに、巡り会うこともあるじゃろうよ」

「……ありますか? そんなこと」

「姫様の行動次第じゃな」

「アユタ姫様、の?」

「グランエンドの本家と手を切るか、それとも本家の意向に従うか」


 コフルイさんは机の上の書状を手にとってから言いました。


「シュリよ。儂から改めて言おう。本国からお主に召還命令が来ておる」

「召還命令?」

「本国に帰ってこい、ということじゃ」


 僕はそれに驚きながらも、おどけながら言いました。


「え、いや、そんな……嘘でしょ」

「あいにくと本当じゃ」


 しかし、コフルイさんの顔は一つも冗談のつもりはないと言わんばかりに、真剣そのもの。

「お主のおかげで姫様の食事の好みもだいぶ改善された。儂はそれを逐一、本国のギィブ様へ報告していたのじゃよ」

「え」

「無論、姫様はご存じであった。怒られてしもうたよ、全く」


 自嘲の笑みを浮かべて、コフルイさんは続けます。


「そして、姫様はお主を本国に戻すつもりはない、と断言された」

「……」


 ここまでの話の流れが急すぎて、僕は上手く次の言葉を言うことができませんでした。

 いろいろと、この会話の中だけで衝撃的な事が多すぎたからです。

 一度喉を鳴らして唾を飲み込み、ようやく言葉が口から出ました。


「アユタ姫様、は、どうなさるので?」

「さて……どうなさるのじゃろうな」


 コフルイさんは書状を机の上に戻し、僕の目をまっすぐ見ます。


「儂が言いたいのは、ともかくとしてお主を本国に戻さねばならん。三日後、迎えの馬車が来る予定じゃ」

「三日後」

「そうだ……姫様には詳しい日程を伏せておく。どうなさるか、どうなるか予想ができん。癇癪を起こすだけならまだ儂らでなんとかなる。ただ、姫様は予想以上にお主を気に入っておるからね。迎えのものに襲いかかられては困る」

「いや、さすがにそこまで大袈裟なことはしないかと」

「シュリ。最近の姫様は、儂が経験したことがないほどに穏やかに過ごされておられる。しかし、以前はシュリが食堂で初めて見たような、癇癪を度々起こされていたお方なのだよ。

誰だって、あれを経験すれば警戒するものよ」


 そ、そうか。よく考えたらアユタ姫様は、僕に対しても満足のできる料理ができなければボコボコにするぞ、て感じのことを言うような人だったよ。

 最初の頃だって気にくわないことがあれば、容赦なく蹴られてたし。思い出してみれば、結構ボコられてるな、僕。

 昔を思い出して苦い顔をする僕に、コフルイさんはさらに言いました。


「シュリよ。だからお主も秘密にしておくことじゃ。知られたら何をされるかわからんぞ」

「き、肝に銘じておきます」

「それが良い」


 コフルイさんはそう言うと、静かに目を閉じて言いました。


「お主はこの国を、内心では嫌っておろう」


 その言葉に、僕は思わずドキッとした。


「じゃが、過ごす日々の中でこの国を好きになって欲しい。案外、悪いところではないのだ、この国は」

「……善処します」

「頼んだ。もう下がってもよい。明日も、頼む」


 僕は一礼すると、コフルイさんの部屋を後にしました。

 自分の宛がわれた部屋に向かう中で、思わず右手で心臓のあたりの服を強く握りしめます。

「そうだ……僕は、帰るんだ」


 自分に言い聞かせるように、自分に念じるように、自分に鎖で縛り付けるように。

 僕は繰り返し繰り返し、続けました。胸を握る手の強さが増していき、痛みさえ感じるほどに。


「みんなの元へ、みんなの場所へ。

 僕が、帰る場所へ」


 僕がいるべきなのは、僕が今、故郷と呼べるのはみんなが居る場所だ。

 あのアプラーダなのだ。

 ガングレイブさんの、

 アーリウスさんの、

 クウガさんの、

 テグさんの、


 リルさんが待っているあの土地へ帰るのが、僕の目的なんだ。

 だから、だから。


「だから、帰るんだ」


 ひたすらそれを自分に言い聞かせないと、居心地の良いここにいつまでも居座ってしまいそうです。

 確かに、ここにいる人たちはそんなに悪い人たちじゃない。出会いが違えば、あるいは一緒にいたかもしれない。

 アユタ姫の元で、ネギシさんとコフルイさんと一緒に居たかもしれない。

 でも違うんだ。

 出会いが違うんだ。そういう出会い方じゃなかったんだ。

 僕はあくまで誘拐されてきた人間であり、ここを故郷としている出会いじゃないんだ。

 それを、自分に言い聞かせて、廊下を歩くのでした。






 次の日、再び僕はアユタ姫への料理を作り、食べてもらっているところです。

 朝の日差しが、心に惑いがある僕の顔を優しく灼くようだ……てか眩しい、カーテンくらいつけて欲しい。


「ごちそうさま」


 アユタ姫は料理を食べ終わり、目を閉じて言いました。

 僕はそれを受けて、料理を片付けて厨房へ持って行く準備をします。


「今日も美味しかった」

「いえ、お粗末様でした」

「そんなことはない。今では、アユタは辛いもの以外も食べるようになったから。大したもの」

「ははは。そりゃどうも」


 僕は苦笑いを浮かべながら言いました。

 そう、アユタ姫はここ最近になって辛いもの以外も食べれるようになっています。

 食べれるようになるって言うか、食べてくれるって言うか。そこはこまかいところなので割愛。


「では今回はこの辺で。次は昼食を」

「待て」


 そのときでした。

 普段はあまり僕を呼び止めないアユタ姫が、僕を呼び止めたのは。

 僕が振り向くと、アユタ姫は立ち上がって僕に近づいてきていました。


「は、はい?」

「シュリ」


 アユタ姫が、一歩近づく。


「ここは好きか?」

「……? ……この砦の生活が、ですか?」

「そうだ」


 相変わらずこの人の言葉は、過程をすっ飛ばして要点と結果だけですね。

 一瞬何を言われたのかわからなくて、呆けてしまいました。

 再び一歩、アユタ姫が僕へと歩を進めます。


「どうだ?」

「……悪くは、ないかなと」


 それは、僕の正直な気持ちでした。

 悪くはない。この砦の生活も、悪くはない。

 迷いに迷った末の結論。ここだってそんなに悪くはない。

 良い……とまで言えないのは、ガングレイブさんたちの待つアプラーダへの郷愁の念のためか。

 もしくは攫われて連れて来られた事に対する意地なのか。

 僕にもハッキリとは言えませんが、それでもこれだけは言える。

 ここの生活も、案外悪くはない。

 それを、真面目な顔をして僕はハッキリと言いました。


「誘拐されて、無理矢理連れて来られて、ここの生活を強要されて……。

 僕だって意地はあります。戻りたい気持ちは捨てられない。捨てちゃいけない。

 それでも、この砦に居る人たちは僕に良くしてくれました」


 そうだ。思い出してみれば、ここの人たちは僕に意地悪をしなかった。

 いきなりアユタ姫専属の料理人という重役を任された僕へ、何かしらの悪意を向けてくるようなことはありませんでした。

 それどころか、アユタ姫の癇癪を収めて食事を改めてもらう毎に認めてもらって、良くしてもらって、親切に受け入れてくれた。

 よそ者の僕を、アユタ姫の相手ができる人間として。

 だから。

 だから、ここの生活だって、悪くはなかったんだ。


「親切な人が多かった。血気盛んでも悪人はいなかった。

 意外と心地よかった。

 それは、本当にありがたいことだと思っています」

「そうか」


 アユタ姫は歩みを止め、滅多に見せない微笑を浮かべました。

 ……僕はさらに言わなければいけない。この続きを。


「でも、いつかは去る」


 アユタ姫の笑顔が固まった。


「こんな形で連れて来られた以上、僕はいつか同じように強引な手段で戻ることになるでしょう。

 それが明日なのか、数ヶ月後なのか、数年後なのか。

 わかりませんが、いつかは何かの形で去りましょう。避けられないことです。

 だから」

「うるさい!」


 アユタ姫の拳が、僕の腹に打ち込まれる。

 思わず硬直して痛みに備えましたが……ポスッという力のない拳。

 打ち込まれるというより、ただ力なく当てただけという。

 僕がアユタ姫の顔を見ると、そこには悲しそうな顔がありました。


「ああそうだ! アユタはわかっていた! シュリはいつかここから去ることになるかもしれないって! 出会いも、きっかけも、何もかも最悪だった!

 アユタにだってわかる! アユタだってそうする! アユタが同じ状況になったなら、敵と相打ちになってでも抵抗する!

 シュリは戦えない人間だ、でも男だ! 芯のある強い人間だ!

 だから、だから……いつかはそうなるってわかってた」


 アユタ姫の拳が、僕の腹から滑って離れる。

 そのままアユタ姫の僕の胸に頭を埋め、顔を隠します。


「でも……アユタは、シュリが来てからの日常を、捨てたくないんだ。

 捨てたくないんだよ。

 シュリが来てから、アユタの言葉を理解できる人間がいることに安心できた。

 他のみんなだって笑顔が増えた。

 その日常を捨てたくない。

 シュリにはずっと、ここに居て欲しいんだよ。

 ここに居て、アユタ以外の人のためにも料理を作れ。

 厨房に入って仕事をしろ。

 命令だ、命令だっ……」

「……それは、それは……難しい、かと」

「……なら」


 アユタ姫は僕の胸から頭を離し、素早く後ろを向きました。

 顔が見えないように、表情が見えないように。

 そうして言いました。


「助けが来るまでの間に、シュリにここだって良いところだって思ってもらおう。

 ここに居たいと思えるようにしてもらおう」

「……最後まで、言っても良いですか?」

「……」


 アユタ姫が何も言わないので、僕はその背中に言いました。


「帰ってから、この砦とガングレイブさんの国のアプラーダと交流を持ってもらうように言うつもりです」


 アユタ姫が驚いた顔をして振り向きました。


「シュリ?」

「そしたら、またアユタ姫にも料理を振る舞えるでしょう?

 出会いが最悪なら、一度その最悪を取り払って一からやり直しましょうよ。

 僕も、最初の誘拐諸々を水に流しますから」

「シュリ……」


 アユタ姫が笑顔を浮かべた。

 これで良い。これで良いはずだ。

 誘拐されてここに連れて来られたのなら、一度帰って改めて国交を繋げれば良いはずだ。

 グランエンドが難しいなら、この砦とだけだってできるはずだ。

 ……甘い考えなのはわかる。

 無茶なことだってわかってる。

 ガングレイブさんが承知するとは思えない。

 でも、言うべきかな。そうするべきだって、僕の口から。


「だから、それまで」


 ここに居て良いですか?


 その言葉を続ける前に、言葉は止まった。


 突如として、外から爆発音が鳴り響く。まるで魔法が着弾したような、激しい音。

 僕は驚きのあまり、持っていたお盆を取り落としてしまいました。床に落ちて砕けるものと、金属音を鳴らして床に転がる食器類。

 アユタ姫は瞬時に身構えて衝撃に備え、すぐに窓の外を見ました。


「……!! あれは!」


 アユタ姫が何かを続ける前に、僕の後ろのドアが激しく開けられました。

 そこには慌てた様子のネギシさんの姿が。すでに武装した姿をしています。

 ネギシさんはアユタ姫の前で膝を突き頭を下げました。今までに見たことの無い姿で、僕は思わずたじろいてしまいます。


「姫! 敵襲にございますぜ!」

「敵は、あれか」

「そうです」


 ネギシさんは僕を一度見てから、アユタ姫を見て告げます。


「ガングレイブ率いるアプラーダ軍が、この砦を攻めてきました!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 活動報告に「Web版を今年中に完結させる」って書いてあったけど、こんなペースで本当に完結出来るのか疑問 帳尻合わせのような形でバタバタと完結させるくらいならじっくり執筆して欲しい
[良い点] めっちゃおもしろいです! 物語としてもレベル高いけど、何より主人公以外の視点が沢山あって最高でした! 更新楽しみにしてます(≧∀≦)
[良い点] とうとう来たかー 長かった [一言] ストックホルム症候群だったかな 誘拐された人が誘拐した側に対して好意的になろうとする防衛心理 個人的にはマイナスがゼロになっただけだと思うから曖昧な許…
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