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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
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四十一、老臣の寄る辺とキノコのゴマ味噌汁・後編

キリのいい話を書けるまで、ちょっと早いのですが更新をストップします。

あと三話ほど書けたら、まとめて更新する予定です。

 儂は現在、重大な問題で思い悩んでいることがあった。

 それは目の前に出された、キノコのゴマ味噌汁についてじゃ。

 というより、これを作った人間のことで思い悩んでおる。


「……やはり、どうにかせにゃならんじゃろうな」


 儂は重い口を開き、呟いた。

 正直、ここまで事態が重くなるとは思うておらんかったのだから。

 儂ことコフルイは、ここ数週間のことを思い出しながら、料理の器に手をかけた。






「は? シュリを、ですか」

「そうだ」


 数週間前。儂は姫様の元で仕事の報告をしておる時じゃった。

 最近はメキメキと実力を上げたネギシを筆頭に、あやつに感化された兵士たちが訓練に励んでおることを喜んでおったのだがな。

 それも、姫様の言葉で吹っ飛んでしまった。


「シュリを、改めてアユタ専属の料理人に任命する」


 儂は咄嗟に言葉が出ず、返答ができなんだ。

 正直意味がわからなんだよ。

 何故かって、そもそもシュリはアユタ姫様専属の料理人として派遣されてる。

 改めてもへったくれもないわけでの。現に、シュリは姫様への料理を主に作っておる。

 それを何故、改めて、などと前置きをしたうえで言ったのか?


「それは、例えシュリがグランエンド本国への移送命令が出ても無視をする、ということでございましょうか?」


 儂がようやく口を動かしてそう言ったとき、姫様はハッキリと頷かれた。


「あっちがこっちに寄越したものを、こっちのものだと言い張っても文句は言わせない」

「ですが……」

「話は以上。下がってよし」


 儂が言葉を続けようとしたとき、ソファに座ったアユタ姫は目を閉じてそっぽを向く。

 こうなったら何を言っても無駄じゃ、引き下がるしかない。

 言いたい言葉を飲み込み、儂は一礼してから扉へと向かった。

 その儂の背中に、姫様の言葉が突き刺さる。


「お前がシュリの様子とアユタの様子を逐一、あのクソ親父に報告しているのは知ってる」


 ガバッ! と儂は振り返ってしまった。

 そこに居たのは、姫様の燃えるような瞳。


「そして、そろそろ本国のクソ親父が、アユタの食生活がマシになったからってシュリを呼び戻そうとしているのも、知ってる」


 バカな、それを、どこで……!? 手紙や報告書の存在は姫様には伏せていた。

 知らせれば確実に姫様は激怒なさるだろうし、報告書があるなんて知ったら普段の生活に影響も出て正確な報告ができなくなってしまうからじゃ。

 姫様は儂の目を真っ直ぐに見て答える。


「それに関して、お前を責めることはしない。それはお前の仕事であり、職務であり、義務だから。仕方がない。

 だけど、あのクソ親父がそろそろシュリを手元に戻そうとする、というのは予想できる。アユタの食生活は、多分クソ親父の許せる範囲になったから」


 そうだ、その通りだ。姫様の食生活は、シュリが来る前のそれと比べたら遙かに改善されている。これはとても喜ばしいことであり、御館様にとって最善の結果であっただろう。

 事実、儂が報告を重ねるごとに御館様からの手紙には嬉しさがにじみ出ていた。隠そうとしているだろうが、隠せてないほどに。

 そして、最近の報告ではシュリの役割が終わり、この国に縁ができたことで逃亡の可能性も低くなったと判断できることから、本国へ戻すことを考えていると記してあった。

 シュリがここを去る、儂はそれを残念に思うと共に安堵もしていた。

 この話の流れなら、シュリはきっと本国で御館様の元、手柄を立てるだろう。

 そうなれば、いずれまたこちらにも帰ってくる。そのときはきっと、この国の縁を自分の一部にしている男となってじゃ。

 アプラーダのことはあれども、心をこちらへ移してくれる。儂はそう思っていた。

 シュリは義理堅く優しい人間だ。期待に応えてくれるだろうと。

 だが、姫様はあくまでも、シュリを手元に置きたいと考えておられる。それは御館様の意思に反するかもしれない。

 それでも姫様はご自身の我を通そうとなさるであろう。それが姫様らしさなのだから。


「だが、シュリは渡さない」


 断固として、姫様は主張を変えようとなさらないだろう。


「……あいつは、ずっとここでアユタと一緒だ」

「それは」

「今度こそ話は以上……アユタは、少し寝る。起きるまで起こすな」


 そう言って姫様はソファに横になり、目を閉じられた。これ以上語ることもないと言わんばかりに。静かに寝息を立て、全てを無視する。

 儂は溜め息を吐きそうになるが寸前でこらえ、一礼してから今度こそ姫様の部屋を去る。

 扉を出て、廊下を歩きながら考える。

 シュリの処遇を。

 儂はシュリを本国に戻すべきだと考えておる。

 理由は先述した話の通りだけど、あと一つ理由はある。


 ……そろそろ、アプラーダの連中がここを嗅ぎつけてきている。


 それは覚悟しておった。あれだけ派手に動けば、嗅ぎつけられるのは時間の問題であっただろう。

 派手な動き……それはシュリのために用意した多種多様な食材の蒐集、そして姫様が所望した氷製造機の買い付け。

 あれが原因で、アプラーダに情報が渡った形跡があると諜報員から報告があった。

 どれも仕方がないことじゃがな。

 シュリの能力を十全に使わせるには、それ相応の食材が必要なのだからな。

 だからこそ、方々に手を尽くして食材を集め、シュリに料理を作らせた。本人がそれに疑問を思う間もないように。

 ……時間はない。姫様を説得し、シュリを本国へ送還してアプラーダからの何かに備えなければいけないのだから。


「さて……どうしたものか」


 儂は困った顔をして、廊下を進む。






 それから日にちが過ぎ、何も手を打てないでいた。

 姫様に根気強く説得しても、それを受け入れてもらえることはない。

 話をしても二、三程言葉を交わすとすぐに目を閉じて話を拒絶なされる。

 話をすることすら叶わない。

 その日も儂は、仕事を片付けるために書庫への廊下を歩いていると、姫様の部屋からシュリが出てきたのじゃ。


「ふぅ……今日も食べてもらえて良かった……」


 そこでシュリは安堵の笑顔を浮かべておった。

 儂はそこに近づくと、シュリは儂に気づいて頭を下げた。


「ご苦労じゃったの、シュリ」

「ありがとうございます、コフルイさん」


 嬉しそうにするシュリを見て、儂は胸が痛む。

 これだけ優しい人間を、儂は自分の都合に付き合わせようとしている。

 だが、儂はあくまでもグランエンドの人間なのだ。

 グランエンドに忠節と命を捧ぐ、一本の剣なのだ。

 そうは思っても、心のどこかが軋む。


「なになに、日々姫様の食の好みの改善に力を注いでおるシュリの方が、遙かに働いておるからの」

「そういうコフルイさんも、日々の書類仕事に追われてお疲れ様です」

「ありがとうの」


 この会話も、あとどれだけ続けることができるのか。

 儂もまた、シュリの人たらしに飲み込まれておるのかもしれない。

 シュリと共に廊下を歩きながら他愛ない会話を続ける。


「コフルイさん」

「なんじゃ」

「そういえば、この砦はグランエンドのどのくらいの位置にある場所なので?」

「……それは儂には言えんことじゃの」

「そうですよね。コフルイさんだって立場はありますから……」

「なになに、そこまで言わなくても良い。わかってもらえれば良い。さて、儂はまだ仕事があるのでな」

「あ、長々とすみません」

「構わぬよ」


 そう言って、儂はシュリと別れて書庫へ向かう。

 歩き、歩き、廊下を曲がり、シュリの気配を遠く感じるところまでようやく着いて。


 儂はどっと冷や汗を流した。


 シュリは、未だ帰ることを諦めてはいないのではないか?

 本当は今すぐでもここから出て行きたいのではないか?

 姫様と儂、ネギシ、他のみんなと過ごした日々はどうでも良いのではないか?

 シュリに対する疑念は湧きあがり、儂の中で渦巻き混沌を為す。


「……未だ、帰る道筋を諦めておらぬ、と思った方が良かろうな……っ」


 儂は、流れる汗を拭い、廊下を歩く。

 どうすればシュリを引き止められるか。

 その場合、どうすれば姫様を納得させることができるか。

 儂の頭の中は、それでいっぱいだった。






 そして、今。

 シュリは儂の体調を気遣って料理を出してくれた。遅くまで仕事をしているだろうから、と。

 気遣いのできる人間だ。人のことを気に懸けることのできる人間だ。

 シュリは、天然の人たらしだ。

 儂はそれを改めてわからされた。


「……どれ、まずは食べてみるかの」


 儂は器を手に取り、まずは匂いを嗅ぐ。

 良き香りだ。鼻の奥に優しい味噌の香りが広がる。

 その奥にある、出汁の香りとゴマの香り。これらが鼻へと吸い込まれ、優しく食欲を沸き立たせる。

 味噌汁の具は、キノコくらいなもの。確かこれは……シメジであったかな?

 具はこれだけ。なんともシンプルな料理よな。

 まず、儂は汁から飲んでいく。

 するすると喉を通る味噌汁。

 なんとも優しい味わいよな。儂は心が安らいでいくのがハッキリとわかった。

 味噌特有の旨味としょっぱさに、何やら他の出汁が加えられているらしい。それが味噌汁の味をさらに奥深く、優しいものへと変えている。

 次に風味で残るゴマ。これが最後に口の中へと広がり、頭の疲労を取ってくれるようだった。

 キノコも良し。最初にバターかなにかで炒められているのか、旨味が倍増している。

 ゆっくりと食べ進め、最後の一滴まで飲み干し、儂は息を吐いて余韻に浸る。


「……うむ、夜食にしては大層なご馳走よな」


 儂がそう呟くと、扉が開いた。


「えーっと……そろそろ良いですかね?」


 シュリが恐る恐るこちらを覗きながら言った。

 ああ、律儀に約束を守ってくれたらしい。なるほど、ゆっくり味わっていたとは思っていたが、もう三十秒経って居ったのか。


「ええぞ。儂からも話があるでな」

「はい」


 シュリは中に入り、扉をゆっくり閉めてから儂の前に立った。


「まずは、夜食をありがとう。優しい味わいの味噌汁よな。疲れた体にゆっくりと染み渡り、癒やしてくれるようじゃ」

「いえ、どういたしまして。……ネギシさんから、コフルイさんはこの砦の書類仕事の一切を引き受けていて、疲れてるかなと……勝手に思いまして……」

「その心遣いだけでもありがたいわ」


 ……儂は言わねばならぬことを頭の中で整理し、机に肘杖を突いてから言った。


「シュリよ。大切な話がある」

「はい? 何でしょうか?」

「お主は……この国に残るつもりは、ないかの」


 シュリは驚きで目を見開いていた。

東朱里の物語――――

―――――残り、三話

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