五、黄昏のポトフ・前編
最近、疲れが溜まってきました。
寒い地域の行軍、戦闘、仕事と忙殺されて、体調管理が上手くできていません。
結果、風邪をひきました。
どーも、シュリです。
絶賛風邪を患ってます。
喉は痛いし体は痛いし寒いし熱いし……何が何だがよく分かりません。
こんな調子なんで料理の味もよく分かりません。
なんせ鼻は詰まるわ口は乾くわで……味が滅茶苦茶です。
「すまねぇ。早めにお前の補助を雇うべきだった」
テントで看病されてたところにガングレイブさんが謝罪してきました。
すまなそうな顔です。
「いえ……僕も体調管理をしっかりしてれば……こうはなってなかったですので……」
「薬の備蓄を怠った俺の責任でもある……。お前の料理に頼りすぎてた……」
「頼ってもらうのは……嬉しいことですから……」
仕事でもあるし、美味しいって言ってもらえるのはやりがいがあるんですよ。
「それよりも……みんなは……? 食事はちゃんと……とってますか……?」
「ああ。だが、味は最悪だ。みんな、お前の復活を願ってる」
「大袈裟な……」
寝てれば治る程度のものですよ。
それでも、ガングレイブさんの顔は悲しそうなままです。
「大袈裟じゃねえよ。医者も近くにいねぇんだ。薬もねぇ。もしものことがあったら、怖いだろ」
まあ、肺炎になったら大変です。
でも大袈裟すぎます。笑っちゃいました。
「僕は簡単には……死にませんよ……」
「信じてるからな。本当はみんな、看病したくて押し寄せようとしてんだ。
お前には、みんながいるからな」
「あはは……ありがとう、ございますって……伝えてください」
ガングレイブさんは惜しい顔をしてテントから出ました。
僕は布団の側にあるコンロに火を着け、酒と卵を入れてぐーるぐる。
卵酒。風邪を引いたらこれですね。
「……味がない」
でも味が分かりません。
それでも飲み干して、横になります。
こういうとき、僕は地球でどうしてたでしょうか。
父さんと母さんが、あの料理を作ってくれてたはず。
おじやとか、雑炊とか。
あと一つ、我が家で作ってたものがありました。
「父さん……母さん……」
人間、弱るとこんな言葉が出てしまうんですね。
もう未練はないかと思っていました。
こっちの世界に来て早半年。
父さん母さん、友達に上司に同期。
どんどん顔を忘れてきています。
帰る方法も分からず、いつの間にかこっちに馴染もうとして、忘れようとしてたのかも。
ひと目でいいから、会いたいなあ……。
いつの間にか寝ていたようです。
体の調子はいいです。熱もだるさも痛みも引いています。
「……ちょっとトイレ」
もよおしました。
テントから出ると、綺麗な月夜です。
木の幹で用を足して戻ると、テントの前に誰かがいます。
「あれ、テグさん?」
「あ、ああ、シュリ。元気っスか?」
「ええ、だいぶ」
弓兵隊隊長テグさんでした。
茶色のドレッドヘアーでおちゃらけた感じの人です。
ですが、弓の腕前は百発百中。抜群の腕を持つ人ですよ。
「寒いので中に入りませんか?」
「あ、いや、いいっス。シュリももう寝たほうがいいっス」
「調子が良いので構いません。それに、少し誰かと話したいです」
なんせこの半年、騒がしい日々でしたから。
いきなり静かな時間になってしまうと、寂しい思いが溢れそうです。
「そっスか……じゃあお言葉に甘えるっス。オイラも話したいこと、あるんで」
おや、なんでしょう?
中で座ると、テグさんが神妙な顔をしています。
「シュリ。お前さん、故郷に帰りたくないんスか」
「え?」
いきなりなんでしょう?
「帰りたいですよ。もちろん」
「そっスよね……」
「でも帰れないかもしれません」
不思議そうな顔してますね、テグさん。
「説明が難しんで省きますけど、遠いんです。それも簡単にたどり着けないような。
この大陸じゃないですし」
「この大陸じゃ、ない?」
「まあ……」
そっスか、とテグさんは悲しそうな顔をしました。
いけませんね、みんなにそんな顔をさせるわけにはいきません。
「ちょっと夜食、作ります」
「ああ、じゃあオイラはこれで……」
「いえ、一緒に食べてもらえますか?」
ちょっとびっくりしてますね。
「この料理。僕の家族が、僕が風邪になった時に作ってくれてた料理なんです。
だから、傍に誰かいてくれた方がいいかな、なんて」
一人でこの料理を食べるには、思い出が蘇って寂しくなります。
コンロに鍋を据えて、料理開始。
もしもの時のために食材は持ち込んでます。
作るのはポトフ。
風邪には栄養を、と母さんが作ってくれました。
前々から振る舞おうと用意していたコンソメスープとじゃがいも、人参、白菜、ソーセージのポトフ。
ああ、懐かしい。
今でも、母さんのそれに追いつけたと思えません。
それほど母さんのポトフは美味しかった。
完成したポトフを、テグさんの前に皿に移して差し出します。
「さあ、食べましょう」
「これ……腸詰肉っスか?」
「はい、この料理にはよく合います」
スプーンで掬って口に入れます。
ああ、暖かい。
でも、まだ母さんには追いつけませんね。
「旨いっス。じゃがいもなんて、水増し食材としか思ってなかったっスよ」
「水増しなんかじゃありませんよ。じゃがいもは栄養満点で体にいいんです。
味がしみたじゃがいもは、格別です」
「そう……スねえ」
「これ、僕の母さんが作ってくれてました」
ポツリ、と出てしまいました。
「ちょっと懐かしいというか。悲しいというか……。
この団に入ってからみなさん、優しいです。でも、家族に会えないって辛いです」
ああ、やっぱりまだ風邪をひいてますね。
僕がこんな弱音を吐くなんて。
「オイラ達は!」
テグさん?
「オイラ達は全員、孤児っス。ガングレイブも、リルも、クウガも、アーリウスも、オイラも全員っス。
でも、オイラ達は互いを家族だと思ってるっス。
その中にはシュリ。あんたもいるっス。
だから、寂しかったらオイラ達に頼ればいいっス。
オイラ達は一蓮托生の家族なんスから」
……僕は幸せものです。
たかが半年、一緒にいただけの僕を、家族と言ってくれる人がいました。
涙が出そうです。
「はい……ありがとうございます……っ」
「オイラ達が絶対、シュリを守るっス。
だからシュリ。あんたはオイラ達の居場所になればいいっス。
こんな旨いメシ。もしオイラ達に親がいたら、こんなの作ってくれてたと思うっスから。
お礼を言うのはオイラ達の方なんス」
「はい……はい……」
「旨いっスよ。このスープ」
嬉しいですね。
こんな僕に、家族ができました。
次の日、体調が良くなった僕はまた料理番に戻りました。
団のみんなから優しい言葉をもらいました。
よかったね、とか。
もう風邪ひくなよ、とか。
また旨いご飯頼むよ、とか。
テグさんの言うとおり。
ここには、僕を仲間と、家族と受け入れてくれた人たちばかりです。
父さん母さん。僕は多分そちらに帰れないかもしれません。
でも、こっちで幸せにしてます。
心配いらないので、そちらの皆さんも元気でいてください。
雪が止んだ青空を仰いで、僕はこの思いが家族に届くことを祈りました。
この日から、テグさんが訓練に身を入れるようになってはるかに強くなりました。
いつでもおちゃらけた雰囲気で場を和ませようとするテグさん。
ほんとは、すごく優しくて強い人でした。