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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
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四十一、老臣の寄る辺とキノコのゴマ味噌汁・前編

「ふぅ……今日も食べてもらって良かった……」

「ご苦労じゃったの、シュリ」


 僕は空になった皿を見て、安心して肩から力が抜けました。

 そんな僕に、コフルイさんが苦笑しながら労ってくれます。


「ありがとうございます、コフルイさん」

「なになに、日々姫様の食の好みの改善に力を注いでおるシュリの方が、遙かに働いておるからの」

「そういうコフルイさんも、日々書類仕事に追われてお疲れ様です」

「ありがとうの」


 僕たちは互いに苦労を労いながら、食堂の方へと向かいました。






 どうも皆さん、シュリです。

 ……随分とこの砦で過ごすようになったなぁ、と思う今日のこの頃です。

 あれから……リュウファさんに攫われてから何日目だろう? すっかり忘れてしまいました。

 みんな元気だと良いなぁ。つか、どうやって帰ればいいのか見当もつかないのです。


「コフルイさん」

「なんじゃ」

「そういえば、この砦はグランエンドのどのくらいの位置にある場所なので?」


 なので、試しにコフルイさんに聞いてみました。

 答えてもらえないだろうなぁ、と思っていますけど。


「……それは儂には言えんことじゃの」


 ほらね。コフルイさんも困った顔をしてる。多分口止めされてるんだろうな。


「すみません。答えにくい質問でしたか?」

「まあ、の」


 コフルイさんは苦笑いをして、言葉を濁しました。

 ……ちょっとこの質問は時期尚早だったかな? 僕がまだ、帰る意思を失っていないことをコフルイさんは見抜いている。

 僕は慌てて手を振りながら言いました。


「そうですよね、コフルイさんにだって立場はありますから……。答えられないこともありました。本当にごめんなさい」

「なになに、そこまでは言わなくても良い。わかってもらえれば良い」


 良かった。コフルイさんは好々爺のような笑みを浮かべて、謝罪を受け入れてくれました。


「さて、儂はまだ仕事があるのでな」

「あ、長々とすみません」

「構わぬよ」


 そういうとコフルイさんは僕と別れて、廊下の向こうへと歩いていきました。

 ……そういえば、コフルイさんって書類仕事しかしてるところは見てないな?

 アユタ姫は……ほぼ自室や訓練場で鍛錬をして、僕の料理を食べてる印象しか無い。

 ネギシさんなんかも似たり寄ったりで、鍛錬ばかりだ。言ってしまえばそれしかしてない。

 ……はて、おかしいな。なら事務系統の仕事は他に誰がしてるんだ……?


「おう、シュリか」


 なんて考えていると、コフルイさんが去って行った廊下とは別の方からネギシさんが現れました。

 汗まみれになってこっちに歩いてきています。


「あ、お疲れ様です」

「おう、お疲れ」

「稽古終わりですか?」

「そんなところだ」


 ネギシさんは凶暴な笑みを浮かべると、右手を強く握りしめました。


「もうちょい……もうちょいで完全……いや完了(・・)に至りそうだ。自分でも驚いてるぞ、この感覚」


 ……おや、これは……クウガさんを思い出すような、ネギシさんの威圧感。

 そうだ。これは出会ったばかりの頃、クウガさんが己の剣の先を見失ってた頃だ。クウガさんは僕と一緒に食事をして、何かを掴んだ。それから急激に強くなり、今までその剣と背中で僕たちを守ってくれていたのです。

 それと同じ何かを、ネギシさんから感じる。これは……何があったのでしょうか……?


「そうですか。それは良いのですか、早めに布をもらって汗を拭いてくださいね。汗が垂れてるじゃないですか」

「おっと、これは悪かったな。いやー、鍛錬場に布を持っていくのを忘れててな……」


 と言いながら、ネギシさんは服の裾で顔の汗を拭ってますけどね。それ、焼け石に水だからな。


「そういえば、コフルイさんが鍛錬場にいるのってあまり見ないですね」


 僕はふと気になったことを口に出していました。


「いえ、たまに剣を振って指導をしている姿は見るのですが……それ以外の姿を見ないというか」

「そりゃ、コフルイは一日のほとんどを書類仕事に時間を使ってるからな」

「書類仕事」


 ……あ、だから見かけるときにはいつも小脇に紙の束を抱えてたのか。なるほど。


「俺も姫様も、机に座って書類仕事なんぞできないからな! 全部コフルイ任せだ」


 カラカラとネギシさんは笑いますが、僕は一方で納得してしまい顔を手のひらで押さえていました。

 あー、だからコフルイさんはいつも書類を持って、部屋で仕事をしてたのかー。他の人ができないから、自分でやるしかなかったんだなー。なるほど。

 それはちょっとかわいそすぎる。


「そ、そうだったのですか。だからいつも書類を小脇に抱えて……」

「まあなー。俺も戦場での戦働きがほとんどで、そういうべんきょーしてねぇし」

「いやそれはマズいでしょう」

「そういうのは頭の良い奴に任せて、俺はそいつの指示で動けば良いんだよ。死んでも失敗しても、俺の責任にすりゃいいし」

「いやそれはマズいでしょう!?」


 その考え方はあまりにもあんまりのような……それは駄目でしょう。


「いや、上に立つ人間がそれじゃあ……ちょっとマズいでしょうよ」

「そうでもねえよ。俺の下にも、一応頭の良い奴は入れてるしな。俺の役割はそいつの責任を負うことだ」

「まあ……上司として部下の責任を背負うのは……間違いでないような。

 いや、それはどうでもいいんです。つまり、コフルイさんは一人で書類仕事をしてるってことですか」

「まあそういうことだな。あと三人の書記官と一緒にな」

「それは……大変すぎますね」

「そうか? たかが書類仕事だぞ?」

「書類仕事だって仕事ですよ」


 そんなもんかね、とネギシさんは言い残すとどこかへと歩き去って行きました。

 僕はそれを見てから、改めてコフルイさんが去って行った方を見る。

 つまり、コフルイさんがいないとこの砦の運営に著しい影響が出るってことですか。

 ……大変だなぁ。ちょっと労ってあげたいな。


「……元気の出るスープでも作りますか」


 そうと決まれば、食材とかを確認しておきますか。

 僕はそう考えると、厨房へ向かっていきました。






「さて、遅くなったけど……コフルイさんはまだ頑張ってるのかな……?」


 夜遅くになり、アユタ姫への食事を出し終えた僕は厨房で再び食材を並べて呟きました。

 アユタ姫辛党脱却計画は順調に進んでいますが……お次はコフルイさんへの労いと来たもんだ。忙しいね。


「でも、頑張ってる人には相応の褒美があっても、良いと思うんですよね」


 僕はそう呟くと微笑を浮かべました。

 作るのは体に優しい、キノコのゴマ味噌汁です。

 材料はキノコ、出汁、ゴマ、バター、味噌です。簡単でしょ? ちなみに今回、出汁は昆布出汁ですぞ。

 味噌? なんか探したらあったよ。ほんと、なんでこの砦はこういうのを揃えてあるの?

 まあそれはおいとこう。

 調理開始といきます。

 まずキノコは根元の部分を切って下処理を行う。

 次に鍋にバターを中火で溶かし、シメジを加えて炒めておきます。軽くで良いですからね。

 火が通ったら、ここに用意しておいた昆布出汁を加えて煮ます。

 時間が経ったらここに味噌を加えて、後は器に盛ってからゴマを加えて完成。ゴマはすっておくと良いぞ!


「さて、持っていきますか……しかし」


 僕は改めて食料庫の方を見てから呟きました。


「どうしてこれだけの様々な食材がここにあるんだろう?」


 そう、味噌にしたって何にしたって、ここにある食材は何かと都合の良いものが多い。

 というか、不思議に思うのがここにある様々な食材。これらはどこで運ばれてくるんだろう? 商隊が来るけど……そこからか?

 その商隊もどこでこれらの食材を揃えてくるんだ?

 ……もしかしたら、運ばれてくる食材の傾向をチェックしたら、ここの大まかな位置がわかるかも。


「ま、それは後にしよう」


 大事なことだけど、今はコフルイさんを労うのが先ですしー。

 月明かりが優しく廊下を照らす夜、僕は砦の中を用意した食材を持って歩きました。

 そしてコフルイさんの私室に付くと、僕は扉にノックをする。


「すみません、コフルイさん。起きてますか?」

「む? シュリか? 起きておる、入っても構わぬよ」

「では失礼します」


 僕が扉を開けて中に入ると、コフルイさんは月明かりと蝋燭の明かりで、まだ書類仕事をしているようでした。

 部屋の内装はコフルイさんらしい、質素で簡素で必要なもの以外は何も置いてない、整然と整理された部屋でした。

 一応壁際には鎧と剣が飾られてるけど、これもちゃんと拭かれてるらしく埃がない。

 僕は中に入って扉を閉めると、コフルイさんが声を掛けてきました。


「どうしたシュリ? こんな真夜中に」

「いえ、アユタ姫の食事が終わりましたので。コフルイさんも遅くまで仕事をしているだろうなと思い、夜食を用意しました」

「お? それはありがたい……」


 僕はコフルイさんの前に、調理したキノコのゴマ味噌汁を差し出しました。


「どうぞ、キノコのゴマ味噌汁です」

「ありがとう……すまんがシュリ」

「どうしました?」

「少し、一人にしてもらえるか?」

「え?」


 ど、どうした、いきなり?


「……少しだけ、少しだけで良いのだ。そうだな、三十秒してから入ってもらえるか」

「え? あ、はあ……」


 なんかコフルイさんが難しい顔をしてるな……。

 僕は大人しく扉の外に出て、秒数を数えることにしました。

 どうしたんだろ、コフルイさん?


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