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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
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四十、ヒトの気持ちと槍のキレとロールキャベツ・後編

「ありゃ、何を食わしてもらってるんだ?」


 俺ことネギシは、最近の日常が楽しくて仕方が無い。

 それは俺が仕える、国主様の末の姫……アユタ姫様の元に送られた人間を見るのが楽しいからだ。

 シュリ・アズマと名乗ったその料理人は、初日から姫様と諍いを起こしたと思ったら、あっという間に料理の腕を気に入られ、気づけばだいたい一緒にいるようになっている。

 一度あいつが作った料理を食べたことがあるが……そのときは姫様好みの辛すぎる料理だったからな。味わうもへったくれもなかった。

 それが、今日は違う。何やら赤、紫、橙色に輝く不思議な料理を食べさせてもらっているじゃないか。


「さぁてね、よそ見をしてる暇があるのか!?」


 俺がよそ見をしている間に、俺の相手をしていた兵士が木剣を振りかぶって襲い掛かってくる。


「あるぜ、結構」


 俺はそれを、右足を軸にして木剣の斬撃を槍の柄でいなしつつ、そのままの回転を乗せて相手の背中に叩き込む。


「ぐぉ!?」


 手加減はしているつもりだったが、相手は吹っ飛んで地面を転がる。

 俺は握っていた槍……身の丈を超す程の大きさの長槍を振り回して言った。


「ほら、さっさと来な。まだまだ稽古は続くぜ。……しかし、あの姫様が食べてるもの……やたら美味そうで羨ましいな」

「くそが、行くぞ!!」


 兵士は起き上がりながら唾を吐き、再び俺に襲い掛かってくる。

 俺はそれを、凶悪な笑みを浮かべて迎え撃つ。

 チラリチラリと、姫様とシュリの方を見ながら。






 俺の名前はネギシ。元はそこそこの身分の家に生まれたもんだ。

 幼い頃から俺は暴れん坊で、やりたい放題喧嘩をしては親に怒られていた。

 だが、俺はそれがなんだと言わんばかりに無視し、何度も喧嘩して何度も店から食い物をくすねて食べて……仲間を増やして暴れ回ったもんだ。

 だが、ある日実家から縁切りされた。勘当って奴だな。

 実家も俺の行動を庇いきれなくなり、俺を家から追い出したってわけ。

 そこに現れたのが、コフルイの爺さんだった。

 コフルイの爺さんは暴れる俺をあっという間に打ち据えて、姫様の元に連れて行った。

 何でも、俺と同年代で国主様の末の姫様がいるのだが、その姫様の護衛が見つからない。

 国主様から護衛の任を受けたからお前も来い、だそうだ。

 後で知ったが、それが最後の実家としてやってやれる、俺の仕事への斡旋だったらしい。そこは感謝している。

 そして連れて行かれた先にいたのは、姫とは名ばかりの求道者だった。

 女のクセして武術に打ち込み、自分のやりたいことしかやらない奴。

 それが、姫様に抱いた俺の第一印象だ。

 コフルイは姫様の前に俺を跪かせると、この者が姫様の護衛でございますと宣言した。

 正直やりたかなかったし、こんなことをしてる暇があったら仲間たちと暴れ回りたかったのが正直なところだ。

 だが、姫様から信じられない言葉を聞いた瞬間に、その考えは吹っ飛んだ。


「弱そうだからいらない」


 その言葉にブチ切れた俺は、姫様に殴りかかった。

 今にして思えば、コフルイは止めることができたはずだ。俺を押さえていたのだから、暴れないように鎮圧できたはず。でもコフルイはそれをしなかった。

 姫様の顔面に拳を叩き込んだ瞬間、姫様から上段蹴りを喰らって俺もよろけた。

 それが合図となって、俺と姫様の醜い喧嘩が始まったってわけだな。

 俺は街で身に着けた喧嘩殺法、姫様はコフルイに仕込まれた殺人格闘術。

 お互い、本気で相手をぶちのめすために戦った。

 最後には互いの攻撃が互いの急所に命中し、二人してぶっ倒れて戦いは終わった。

 そのときの俺は、清々しい気分だった。

 同年代では俺に敵う奴なんて誰もいなかった。それがどうだ、女が俺と対等に戦ったんだ。

 俺が体を起こすと姫様も体を起こし、ボロボロの顔をさすって笑顔で言った。


「なんだ、強いじゃん。背中は任せた」


 そう言うと姫様は、俺と戦った直後だってのに再び稽古を始めたんだ。

 どうしてそこまで稽古に励むのかわからないが、俺はそのとき胸がこれでもかと高鳴ったのを覚えてる。


 それが、俺の初恋。


 俺と対等に戦い、戦った後も清々しく接し、何食わぬ顔で稽古に励む。

 自分本位でありながらも自分本来の生き方をする姫様の在り方は、どこか俺が憧れた生き方の体現そのものであり、美しく感じた。

 それから、俺の暴れっぷりは鳴りを潜めた。仲間たちは、今でもこの時のことを振り返って、俺に首輪が付けられたんだと言ってやがる。

 俺は次の日から、コフルイの爺さんに弟子入りを頼んだ。女である姫様でさえあの強さ、俺もコフルイに学べばきっと強くなれる。

 だがコフルイは俺の弟子入りを認めなかった。

 お前は姫様の護衛で、いざという時に体を張るだけで良いと言われたんだ。

 だが、その横で姫様には粛々と武術を教えている。

 なので、俺は強硬手段に出た。

 それは毎日、コフルイを襲うことだ。

 最初は拳で殴りかかった。その三倍はぶちのめされた。顔に青痰を作りまくったが、俺は楽しかった。

 何故なら、コフルイはなんだかんだで俺に武術を教えてくれてるからだ。

 拳の振り方、身の躱し方、体捌き、足捌き、呼吸……いろいろと口にしながら俺をぶちのめしたからだ。

 俺はそれに気を付けて、次の日からもどんどん襲い掛かった。

 それを繰り返すうちに、俺の体に武が宿っていったのを覚えてる。

 ある日、いつも通り殴りかかろうとしたら、木剣を渡された。

 なんだと思う前に、木剣で叩きのめされたわ。

 何がなんだかわからなかったが、三日目にしてようやく気づいた。

 ようやく、木剣を使った稽古をしてもらってるのだと。

 コフルイは頑なに俺を弟子じゃないと言い張るが、そんなの関係無しに俺にいろいろと教えてくれた。

 最後には槍を渡され、それが一年ほど続いたら相手をしてもらえなくなったな。

 寂しかったが、そのときになると姫様よりも強くなり、戦働きもできるようになった。

 そして現在、俺は戦場での暴れっぷりから自然災害、『天災槍』という異名を持ち、姫様の側で護衛を続けている。


 だから、シュリが来たときは姫様の関心がそっちにいってしまい、寂しいとさえ思ってしまった。

 姫様は他人とそこまで仲良くしないお方だ。いつもどこか、一線を引いて他人と向き合ってる。それは、俺とコフルイを相手にしても同じ事だ。

 姫様は必要以上に喋らないお方だし、そしてその言葉も、段階を三つも四つも飛ばして結論を話しているようなものだ。無駄に言葉を重ねることを良しとせず、無駄話はしない。

 俺とコフルイでさえ手間取る姫様の言葉だが、シュリはあっという間に理解して行動している。

 地頭が良いんだろうな。そして、相手の短気に対して緩く付き合うことができる奴だ。

 だから、姫様に気に入られたんだろう。

 それを見て寂しいと思ってしまった。

 同時に楽しいとも思った。

 今まで見たことのない姫様の言動を見られるのは、自然で楽しい。

 あのシュリがそれを為したことには複雑な気持ちだったが……きっと、側用人にはシュリのような人間が一番だろうな、姫様には。

 だから、俺は俺の役目を果たす。

 いざという時に、姫様の盾となれる戦士になるために。






 だが、それと姫様だけが美味しいものを食べるのは別問題だ。

 正直羨ましいんだよな、辛そうだけど旨そうなのを目の前でバクバク食われて、それをただ見てるだけってのも。

 一度だけ食べたあの料理。正直辛さしか感じなかったが、何故か今、食べたくなっている……。


「なあ姫様」


 その晩、俺は食事を終えた姫様に話しかけた。

 姫様は椅子にもたれかかり、食後の余韻に浸っている。

 コフルイは仕事のために一度離れている。だから俺が護衛役としてこの場にいるわけだ。

 魔工ランプと月明かりに照らされている部屋で、俺は壁にもたれかかった。


「なに」

「稽古の合間にシュリに何を食べさせてもらってたんだ?」


 俺は姫様に対して、無作法に聞く。

 俺は姫様に敬語を使うことはしない。いつもこれだ。

 コフルイには苦い顔をされるが、知ったことではない。姫様も承知の上で、椅子の背もたれに体を預けてから言った。


「シャーベット」

「シャー………ベット?」


 なんだ、それは? 聞いたことがない。


「なんだそれ?」

「氷を使った菓子……いや、果実を凍らせてシャリシャリさせたお菓子」


 説明が飛びすぎて理解がしにくいが、ここでわかるのはどうやら氷のように冷やした果実の菓子ということだ。

 それにしてはあの時チラリと見えたのは、果実の姿形は無く太陽の光に反射するそのものだった気がするが。


「この暑い季節に冷たい菓子か。羨ましい限りだな」

「体がよく冷えて、活力が湧いてくる」


 姫様は真剣な目をした。


「あれを本格的に導入する必要がある」

「ハァ? 何でだよ」

「皆の健康のため」


 健康のため?


「なんだそりゃ」

「……体が熱くなりすぎると危険だから。果実の活力と氷の冷却を持って、稽古疲れを緩和させる」


 姫様は不機嫌そうな顔をして言った。

 俺は失敗したな、とうなじの辺りを気まずそうに掻く。

 いかんいかん、姫様は説明を好まない人だ。今だって、あれだけ少ない説明でも理解できる人間を求めている。

 それができるから、シュリは側にいる。俺は護衛止まり。


「やはり……ああいう良いものを食べてるから、クウガも強いのかもしれない。

 あの強さに近づくためには、シュリの助けがいる」


 ズキっと心が痛む。

 姫様は、リュウファと戦って生き残ったクウガという男に興味を持っている。

 あのリュウファと戦って生き残れる奴が、この大陸にいること自体が驚きだ。

 俺もあいつの強さは知っている。戦場で一度見たことがある。

 傍若無人に傲岸不遜に戦場を歩き、そしてそれでいながら天下無双の強さを持つ戦士。

 それがリュウファだ。

 そのリュウファと戦って生き残る、これがどれだけ驚くことなのかはよくわかる。

 だから、姫様がそんな強さを求めるのも、わかる。

 だけどな、姫様。


「俺だって、クウガと戦って勝つ自信はあるぜ。槍働きなら負ける要因がない」

「どうだか」


 姫様はフンと楽しそうに鼻を鳴らし、目を閉じた。

 こうなった姫様は、何を言っても反応しない。交わすべき会話は全部終わったと言わんばかりに寝てしまうんだ。

 俺はそれを確認すると、部屋を出て扉の前に陣取る。

 同時に思案する。

 クウガは確かに強い。だが、あれだけ名高い強さを持つ男が、唐突に大陸に名を轟かす程の強さをいきなり手に入れられるものだろうか?

 何か秘密があるのでは無いか?

 それを、シュリが知っていると?

 俄然興味が湧いてきた。

 俺は扉に寄りかかり、明日シュリに聞いてみようと思った。

 ただ聞くだけじゃ、なんだな。

 そうだ、料理を作ってもらおうか。

 あいつの料理を食べて、そこからヒントを得るのも良い。


 俺はそんなことを考えながら、扉の前で護衛仕事を続けた。






 で、次の日。

 俺はさっそく姫様の朝飯を片付けて厨房に向かうシュリに、料理を作ってもらうように頼んだ。というより、断られる前に逃げたのが正しい。

 あいつの性格を考えると、優しいからな。律儀に作ってくれているに違いない。


「で? 何を楽しみにしている?」


 そして今、俺は稽古中に姫様の相手をしている。

 姫様の全身から怒気が溢れている。剣を担ぐ独特の構えを取る姫様の顔には、明らかな不機嫌さを感じるな。


「楽しみ、とは何だよ」


 俺は飄々と言いながら、長槍を振り回して構える。

 だが姫様の不機嫌さはさらに増していく。これは……バレてるのか……?


「知ってるんだぞ」

「だからなんだよ」

「お前、シュリに何か作ってくれるように頼んだな?」


 姫様はその一言と共に、俺に向かって一歩で距離を詰める。

 そして、担いでいた木剣を思い切り俺の肩口へと叩きつけようとした。

 俺はそれを、槍を回転させることで払い、さらに回転させて姫様の足を払う。

 姫様の体勢が崩れるが、姫様はなんと体勢を崩したまま木剣を横薙ぎに振るい、俺の脇腹へと叩きつけた。


「ぐほっ」

「ぐっ」


 互いにダメージを負いながら下がって間合いを取る。

 結構痛いな。姫様はこういう、体勢がどうなっていようが剣に体重を乗せるのが上手いからな……。

 姫様は姫様で、俺が払った足首の調子を確かめるように、二度ほど地面を踏みしめる動作をした。


「いって……相変わらず、どんな姿勢でも剣に威力を乗せるのが旨いな、姫様は」

「そっちこそ、槍がまるで手足のように操られてる。気づけば槍の長さも相まって、視覚の外から攻撃されてる気分だ」

「そりゃどうも」

「で? なんでシュリに料理を頼んだ?」


 姫様はさらに、俺に向かって突きを繰り出す。

 俺はそれを、槍を大上段から地面に叩きつけるようにして、力強く払う。

 地面に当たった衝撃をそのままに、突き上げるように姫様の喉を狙う。

 姫様はそれを首を傾けることによって紙一重で躱し、俺との間合いを一気に詰めた。

 そこからさらに攻撃を加えてこようとする姫様に対し、俺は槍から片手を離して縦拳を放つ。

 姫様の鎖骨に命中したが、同時に俺の二の腕に姫様の木剣がぶち当たる。

 再び相打ち。俺たちは間合いを取って、再び体勢を整えてた。


「どうしたもこうしたも、姫様が羨ましかっただけだ」


 俺は槍を地面に突き立て、おちゃらけて答える。


「たまには姫様以外の奴だって、シュリの料理を味わっても良いんじゃないか、とね」

「それは許さない」


 姫様は鎖骨を撫でて、木剣を逆手に握って言った。


「あれはアユタのだ」

「そうですかい」

「……だけど、今回だけは許す」


 ? なんだどうした。


「いきなりなんだよ。その心変わりはなんのつもりだ」

「……シュリにシャーベットを食べさせてもらったけど、アユタ好みの料理からも離れる必要があると思った」

「ふむ」

「……だから、たまにはうちの料理人の料理を、食べようかなと」


 これは驚いた。本当に驚いた。

 まさかここまで姫様に反省を促すとは。シュリのお菓子、恐るべし。

 同時に、羨ましくも思った。

 姫様にそこまで信頼される、シュリに。


「そうかい」


 俺はそのまま槍を肩に担ぎ、その場を離れようとする。


「待て、どこに行く」

「そろそろ昼飯なんでね。一度だけだが、シュリの料理を堪能させてもらおうかと」

「……良く味わって食べるといい」


 姫様はそれだけ言うと、別の相手を見つけてそちらに向かう。

 俺はそれを確認して、鍛錬を終えた。






 で、厨房に来てみたら凄く良い匂いがするじゃないか。

 シュリの前に置かれた鍋から香る匂いは、鍛錬で腹を空かせた俺の食欲をこれでもかと刺激する。思わず涎が出そうになるのを防いでおいた。


「さて……できたけど、ネギシさんはどこにいるのかな」


 これはちょうど良かった。タイミングぴったしだな。


「ここにいるぞ」

「おわっ!?」


 俺が声を掛けると、シュリは飛び上がらんばかりに驚いた。

 そこからシュリが何か言ってるのだが、俺はそれに生返事に近い返答で返しながら、厨房の椅子を引っ張ってきて料理の前に座る。


 ただ、目の前の料理しか見えなかった。


 皿に盛り付けられた料理……どうやらキャベツに何かを包んだ料理だ。

 俺はリクエストで肉をがっつり食べられる料理を所望したのだが……となると、中に包まれてるのは、肉、か?

 俺は高鳴る鼓動を抑え、用意されたフォークを握った。


「ネギシさん、あの」

「これ、食べて良いんだよな? じゃ、もらうぞ」


 抑えきれない食欲とともに、俺はキャベツに包まれた肉を食べる。

 豪快に口を開き、一気に頬張って食いちぎる。

 同時に、俺の口の中にこれでもかと衝撃が奔った。


「!! こりゃ旨いな!」


 口いっぱいに広がる旨味の暴力とも言える奔流で、俺は思わず叫んでいた。

 皿に盛り付けられた個数は四つ。


「なるほど、キャベツの葉で肉と野菜を包み、その中に旨味を閉じ込めてるわけだ。

 だからほら、こうして肉汁がわんさか出て来るんだな。これ全部が旨味だと思うと、贅沢な料理だな本当に」


 料理の断面から見える肉のミンチは程よく火が通り、そこから肉汁が溢れてさらに滴るほどだ。

 普通に料理すればスープに溶け出す肉の旨味と肉汁。それが全てキャベツの葉によって溢れることなく閉じ込められ、囓ることで一気にそれを味わうことができる。


「肉もただ、ミンチにした肉を使ってるわけじゃねえな、これ。豚肉……牛肉か? 二つの肉を混ぜて作ってるんだろ、二つの肉の旨味が旨く調和するように比率を考えて混ぜられてんな。

 野菜の旨味と肉の旨味をキャベツで閉じ込めて、食べる瞬間に全部味わうことができるってわけだ。旨いわけだぜ」


 そう、この料理の奥深いところは、閉じ込めた旨味が互いに主張し合って喧嘩していないってところだ。

 肉だけが詰め込まれてるわけではなく、肉の旨味を補強する何かの野菜も中に混ぜられている。それが、この肉の旨味の影に隠れている。

 その脇役のおかげで、この料理はこれだけ旨さを持っている。


「あとスープも良いな。いろんな旨味が溶けこんでるスープだ……何を使ってるのかはわかんねぇが、ともかく旨い。

 このスープとロールキャベツの相性が抜群に良い。ロールキャベツとスープ、互いの旨味を吸い込んでさらに旨いな!」


 そして、それらの料理の土台になっているのがこのスープだ。

 キャベツの葉で旨味を閉じ込めながら、逆にキャベツの葉がスープをこれでもかと吸い込んで、キャベツの葉自体が料理の旨さの土台を支えている。

 ホロホロと崩れそうなほどにスープを吸い込んだキャベツは、とても柔らかく仕上がっており、肉を噛みしめたときに食感が喧嘩しない。

 俺はそれだけの料理を好きなだけ頬張り、食い尽くし、堪能した。

 食べ終わったときに、俺はフォークを机の上に置いて腹をさすった。


「ありがとうよシュリ。俺ぁ満足だ」


 姫様から許可されたのは、今回のこれだけなんだがな。

 それでも、十分な満足感をもらえた。明日からも頑張れそうだ。

 ……そうか、こういう料理をいつも食べてたら、そりゃ力も湧いてくるだろうな。

 クウガの強さの一端がこれか? と思うが……さすがに大げさかもしれないな。


「どうもです……それで。どうしていきなりこんなことを?」

「あ? だから姫様にだけ」


 シュリが俺に疑問を投げかけてきたので、俺は前に言った言葉を繰り返そうとした。

 しかし、その前にシュリが真剣な目でこちらを観る。


「さすがにいきなり、料理を作ってくれなんて言うのは……あなたの場合、何かあるんじゃないですか?」


 こいつ、どこまで察しているんだ。


「何を……」


 感じたんだ。思ったんだ。

 そう言おうとした俺だったが、咄嗟に口から出ないように閉ざした。

 しかし、それはさらに踏み込んだ言葉を吐く。


「そうじゃなけりゃ、なんかこう……不自然かなと。すみません、憶測ですが」

 

 ……駄目だな。ここまで勘づかれてたら、何を言って誤魔化しても無駄かもしれないな。

 いや、言わないのも良いんだ。それはそれで構わない。困るわけでもない。

 だが……料理で絆されたのか、思わず俺の口は動いていた。


「お前から見て、クウガはどういう強さだ?」

「え? クウガさん?」


 予想外の名前が出たのか、シュリの顔に困惑の色が浮かぶ。


「姫様は、リュウファと戦って唯一生き残ったクウガのことを目標にしている」


 だが、続く俺の言葉にシュリの顔が明らかに苦しそうなそれに変わった。

 何を思いだしたのか。何を知っているのか。何を見たのか。

 俺にはそれがわからないが、シュリにとってリュウファとクウガの戦いって奴は思い出すのも辛いものかもしれない。


「だが、クウガの強さの秘密はなんなのかわからねぇ。姫様は口伝からクウガの技を再現しようとするが、それができない。

 俺としても、守る対象が敵を目標にするのも複雑な気持ちなんだよ。

 だから、お前にとってクウガの強さってのはどのくらいのものなんだ?

 俺としても、それくらい強くなりてぇ。姫様を守るためにもだ」


 俺は何を言ってるんだろうな。これを聞いてもシュリが教えてくれるとも限らないのにな。

 元々俺とシュリは敵同士だったんだ。答える筋合いはない。

 特に内部事情なんてものはもってのほかだ。

 それでも聞いてみたかったんだがな……。俺は自嘲の笑みを浮かべて


「僕は、常に料理を作る時に相手の気持ちを考えます」


 いたのだが、シュリは片付けを終えると共に話し始めたため、驚いて拍子抜けした顔をした。不思議な顔、と言っても良いかもしれない。


「は?」

「どういうものが好きなのか、どういうものを食べてもらった方が良いのか、どういうものを欲しがっているのか。それを常に考えます」 


 何を言ってる、と言おうとしたが、その前にシュリは言葉を重ねる。


「クウガさんにしたって、ただ鍛錬を続けたわけじゃない。ある日閃いた技が、相手にどういう意味を与えるのか考えたんじゃないですか?」

「どういう意味を、与えるか……」


 考えたこともなかった。俺の技は、槍は、仇為す敵をぶっ殺すためにある。

 全てが一撃必殺。全てが初撃で完結させるのが俺の槍だ。姫様を相手にしたような槍の扱いは、俺にとっては遊びに過ぎない。

 振るう槍の穂先全てが、相手の命を刈り取るものだ。

 だが、それでも倒せない敵はいる。

 確かに初撃で倒せなかった達人もいた。そして、そうなると長期戦になる。

 そうなるとごり押しで倒してきたのが俺の戦いだ。

 だが、あの一撃が相手に与えた影響はどうだったのか?

 そこから繋ぐ技によっては、時間を掛けずに済んだんじゃないのか?


「あの人の強さの秘密は、僕にも計り知れないしわからない。

 でも、身に着けた剣技や武術をただ使うんじゃ無くて、相手にどう通じるか、通じないか、通じるようにするにはどうすれば良いのか。

 相手の気持ちを知る。それが強さの一端ではないですかね?」


 それを知る。相手のことを知る。相手の気持ちを知る。

 一撃一撃が相手に与える影響を、心境の変化を見抜く。

 心の機微を捉える。

 ……これは。


「まあ、僕は所詮は料理人なので、どこまで本気にするかはネギシさんに任せますよ」


 シュリはそう言うと、姫のための料理を用意して去って行った。

 残された俺は、思わずその場から駆けるようにして離れた。

 心がざわついた。心が、すぐに行動に移せとざわつく。

 俺は鍛錬場に付くと、愛用の長槍を手に取り振り回す。


「違う……こうじゃない、こう……」


 俺はブツブツ呟きながら、槍を振るう。

 心。俺は思い出したんだ。

 シュリが言ったのは、昔ちらりとコフルイが俺に言った言葉。

 心の動きを捉えよ、というのをもっとわかりやすくしたものだ。

 あの時は言葉が難しすぎて理解できなかったし、それからコフルイに何を言われても良くわからなかった。

 だが、シュリの言葉はすっと頭の中に響く。脳髄に響いて理解を促す。


「そうか……」


 相手の心だけじゃない。自分の心も捉えなければいけない。

 槍の動きが、心が手に取るように分かっていく。

 皮肉にも、心というのを蔑ろにして生きてきた俺が、心の大事さに気づくとは。

 槍の穂先の動きが洗練されていき、風切り音が鈍いものから鋭いそれへ、そこからさらに鋭くなり、最後には上質な楽器の音色のような音へと変わる。

 一つ一つに心の動きがあるなら。

 一つ一つに心の意味があるなら。

 俺はそれを知らなければならない。

 それが、クウガに勝つのはもちろんのこと、姫様を守るために必要なことだ。


「こうか」


 そして最後に繰り出した突きは、俺自身が驚くほどの滑らかさで空を突く。

 一連の演舞が終わったとき、俺は気づいた。

 息切れしない。いつもなら、全力で動けば今頃は軽く息切れしてるはずだが。


「やっとそこに至ったか」


 そんな俺に、こちらに近づいてくる人物が声を掛けた。


「全く……お前が一番身に着けなきゃいけないことなのに、いつまで経っても身に着けようとせんかったからの。困ったもんじゃ」


 その声はコフルイのそれだった。

 そちらを見ると、コフルイが書類を置いて木剣を手にしているところだった。


「それで良い。心の流れの感知はすなわち意識の掌握。自らの体を十全に動かすために必要な、超えなければならぬ壁なのだ」

「コフルイ」

「今なら、儂に一太刀浴びせることができるやもしれんぞ?」


 コフルイは楽しそうに木剣を構えた。

 それを見て、俺は口角が上がりそうな口元を押さえ、構え直す。


「良いのか? とうとう師匠越えしちまうぞ?」

「儂はお前を弟子にした覚えはない。それに、入り口に立った程度のお前にそう簡単に破れんよ」

「言ってろよ!!」


 俺は勢いよく、コフルイへと掛かっていく。

 いつもと違う、何かを得られるという確信とともに。

すみませんが書籍作業のために少しの間更新を止めます。

八月中旬には再開予定。

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[一言] 正に思い至るやなぁ(^_^;)。
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