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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
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四十、ヒトの気持ちと槍のキレとロールキャベツ・前編

「お前は姫様にだけ料理を作っていてズルい」

「え?」

「俺にも何か作ってくれ」


 皆様おはこんばんちは。シュリです。

 アユタ姫にシャーベットを出した次の日、いつも通りに朝の食事をアユタ姫に食べてもらったあとに、その皿を片付けてた僕は、廊下を歩いて厨房に向かっていました。

 鍛錬場の横を通り過ぎようとした時、稽古に励んでいたネギシさんが汗まみれのまま、僕に近づいてきて言ったわけです。

 僕は思わず呆けてしまい、固まってしまいました。どうした突然?


「どうしました突然?」

「お前、昨日姫様だけに美味しいお菓子を出したと聞いたからな」


 え? 誰から聞いたの? いや、そりゃみんなの前で出したから知られても当然でしょうけど。

 ネギシさんは悔しそうな顔をしながら、槍を肩に担ぎました。

 つーかでかいな、その槍……どれくらいあんの?


「まあ、それはアユタ姫様の食事の好みの矯正のために、ちょっと」

「羨ましいんだよ」

「羨ましい?」

「姫様だけに美味しいお菓子出してよ……俺も食べたいじゃないか」

「気持ちはわかりますが……そうは言われても僕の仕事はアユタ姫様に食事を作ることであってですね……」


 言いたいことはわかるよ。美味しい何かを食べてる人を見ると、僕だって羨ましいと思う。

 だけど僕が与えられた仕事は、アユタ姫が食べられる料理を作れ、だからなぁ……ここでネギシさんに料理を作って良いものか……。

 僕が悩んでいると、ネギシさんは僕の肩をバンっと叩いて笑顔を浮かべました。


「なら、バレずにやりゃいいんだよ!」

「バレずにって……」

「じゃ、頼んだからな!」


 ええええ。ネギシさんは僕が了解する前に、さっさと離れてしまいました。

 思わず手を伸ばして止めようとすると、


「あ! 俺の場合は肉ががっつり食べられる奴を頼んだ!」


 さらにリクエストまでして去って行きました。

 そのまま鍛錬の輪に加わってしまったので、断ることができませんでした。

 さて……どうしよう。

 僕は諦めてその場を離れ、改めて厨房に向かいながら考えます。

 うーむ、ネギシさんはかなり強引だなぁ……。

 だけど、リクエストされたからには作りたくなるのも事実だし……。

 まあいいか。これっきりにして、作ってあげても良いかもしれない。

 僕はさっさとメニューを決めて、厨房へ向かうのでした。







「さて、材料は用意したぞ」


 厨房へと戻った僕は、アユタ姫に出す料理の横でネギシさんへ出す料理の材料を揃えました。

 ちなみにアユタ姫には、塩胡椒が利いたポトフを作ってるぞ。

 前に比べたら、だいぶ塩胡椒の加減はかなり抑えて作ってある。これも食事事情改善の一歩です。

 で、ポトフのスープ……塩胡椒がよく利かす前のスープを使って美味しくがっつり食べられる肉料理とは? と聞かれたらこれだなと思ったものが、ロールキャベツでございます。

 材料は、豚肉、牛肉、キャベツ、タマネギ、ニンジン、卵、塩コショウ、ナツメグです。

 ちなみにポトフは野菜の切れ端、取り置いてあったベーコンとかで作ったコンソメスープなので作ってありますよ。

 では作っていきましょ。

 キャベツは洗って葉っぱを剥がし、沸騰させた湯で柔らかくしましょう。これは冷ましてから使いますよ。

 あと、芯が厚めの部分は包丁で切り取っておくと食べやすかったりします。

 その他のロールキャベツの材料……豚肉と牛肉をミンチにして合い挽き肉に、タマネギとニンジンを微塵切りにして卵、塩胡椒、ナツメグをボウルに入れて全部よく捏ねます。

 これでタネが出来たらキャベツの葉で包み、爪楊枝がないので料理用の紐で縛る。爪楊枝……こういうときにないと困るよなぁ……。

 それを作ったコンソメスープ……ポトフに入れて一緒に煮込む。弱火でコトコトとね。

 これで火が通ったら完成。あとは皿に盛り付けてお出しします。


「さて……できたけど、ネギシさんはどこにいるのかな」

「ここにいるぞ」

「おわっ!?」


 厨房の入り口から声を掛けられ、思わず僕は飛び上がるほど驚いてしまいました。

 そちらを見ると、ネギシさんが稽古終わりらしくタオルを首に巻いてこっちに近づいてきます。


「できたか?」

「え、ええ……食堂でお出ししますので、移動を」

「ここで良いわ」


 ネギシさんは厨房の入り口からこっちに来て、途中で椅子を掴んで持って来ました。

 僕が何かを言う前に、盛り付けられた料理の前に座ります。


「ネギシさん、あの」

「これ、食べて良いんだよな? じゃ、もらうぞ」


 僕が問いかける前に、ネギシさんはさっさとロールキャベツを食べ始めてしまいました。

 どうしたんだ、本当に?

 ネギシさんは用意していたフォークを使って、ブスリと刺したロールキャベツを豪快に囓る。


「!! こりゃ旨いな!」


 ネギシさんは開口一番、そう叫んでロールキャベツを食べてくれました。


「なるほど、キャベツの葉で肉と野菜を包み、その中に旨味を閉じ込めてるわけだ。

 だからほら」


 ネギシさんはもう一度ロールキャベツに齧り付き、その断面を見つめました。


「こうして肉汁がわんさか出て来るからな。これ全部が旨味だと思うと、贅沢な料理だな本当に。

 肉もただ、ミンチにした肉を使ってるわけじゃねえな、これ。豚肉……牛肉か? 二つの肉を混ぜて作ってるんだろ、二つの肉の旨味が旨く調和するように比率を考えて混ぜられてんな。

 野菜の旨味と肉の旨味をキャベツで閉じ込めて、食べる瞬間に全部味わうことができるってわけだ。旨いわけだぜ。

 あとスープも良いな」


 皿のスープを匙で掬い、ネギシさんは口に運びました。

 笑顔を浮かべて、味わうようにして飲みます。


「いろんな旨味が溶けこんでるスープだ……何を使ってるのかはわかんねぇが、ともかく旨い。

 このスープとロールキャベツの相性が抜群に良い。ロールキャベツとスープ、互いの旨味を吸い込んでさらに旨いな!」


 そう言って、ネギシさんは皿に残った料理を全て食べてから、腹をさすります。

 満足そうな顔をして、息を吐いてから言いました。


「ありがとうよシュリ。俺ぁ満足だ」

「どうもです……それで」


 僕は皿を流しにいれて、水洗いを始めながら言いました。


「どうしていきなりこんなことを?」


 僕の言葉に、ネギシさんはピクリと反応します。


「あ? だから姫様にだけ」

「それは方便じゃないかと」


 さすがに、付き合いは短いけど気づくにゃ気づくからね。


「さすがにいきなり、料理を作ってくれなんて言うのは……あなたの場合、何かあるんじゃないですか?」

「何を……」

「そうじゃなけりゃ、なんかこう……不自然かなと。すみません、憶測ですが」


 僕に料理を頼んでいるときのネギシさんは、笑顔を浮かべながらもどこか僕を見ていなかった。

 僕の後ろにある何かを見ているように感じた。僕を通して何かを知りたかったのかな、と思う。

 それを言うと、ネギシさんは机の上で拳を握ります。


「お前から見て、クウガはどういう強さだ?」

「え? クウガさん?」


 なんの話だ? 突拍子もなさすぎて理解ができませんでした。

 だけどネギシさんの顔は真剣そのもので、


「姫様は、リュウファと戦って唯一生き残ったクウガのことを目標にしている」


 とても、茶化すことができません。

 そして、その言葉に胸がチクリと痛む。

 今でも思いだす。あのとき、リュウファさんと戦ったクウガさんのことを。

 クウガさんは強い。それは間違いなく、最強だ。

 でも、そんなクウガさんが倒されるところを、僕は見た。

 リュウファさんの剣によって破れ、僕を見るクウガさんの目を、今でも思い出しては胸を掻き毟りたくなる。

 それだけ、僕にとって辛い経験だった。


「だが、クウガの強さの秘密はなんなのかわからねぇ。姫様は口伝からクウガの技を再現しようとするが、それができない。

 俺としても、守る対象が敵を目標にするのも複雑な気持ちなんだよ」


 ネギシさんは僕の顔を見ました。


「だから、お前にとってクウガの強さってのはどのくらいのものなんだ?

 俺としても、それくらい強くなりてぇ。姫様を守るためにもだ」


 これは……なんと言えば良いんだろうか……?

 安易に敵に情報を流すべきじゃない。というのが普通なのですが……。

 こうして相談しくてる相手が悩む姿を見せると、どうにも僕は弱い。

 なので、僕は言いました。


「僕は、常に料理を作る時に相手の気持ちを考えます」

「は?」

「どういうものが好きなのか、どういうものを食べてもらった方が良いのか、どういうものを欲しがっているのか。それを常に考えます」


 ネギシさんが不思議そうな顔をするのを無視して、僕は続けます。


「クウガさんにしたって、ただ鍛錬を続けたわけじゃない。ある日閃いた技が、相手にどういう意味を与えるのか考えたんじゃないですか?」

「どういう意味を、与えるか……」

「あの人の強さの秘密は、僕にも計り知れないしわからない。

 でも、身に着けた剣技や武術をただ使うんじゃ無くて、相手にどう通じるか、通じないか、通じるようにするにはどうすれば良いのか。

 相手の気持ちを知る。それが強さの一端ではないですかね?」


 僕の言葉に、ネギシさんは考え込むように腕を組みました。

 その横で、僕はアユタ姫用のポトフを用意して、離れます。


「まあ、僕は所詮は料理人なので、どこまで本気にするかはネギシさんに任せますよ」


 その言葉を最後に、僕はネギシさんと別れてアユタ姫の元へ向かいました。






 あんな言葉で煙に巻けたかどうかわかんないけど、あれで良かったのかなぁ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやそれ、利にかなってるやん(^_^;)。
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