三十九、辛党改善とシャーベット・前編
「甘いもの……?」
「甘いものです」
激辛ギョウザを食べてもらった僕ことシュリがそう言うと、明らかにアユタ姫の顔が嫌そうに歪みました。
料理が乗っていたお皿と匙、水が入っていた杯を片付けながら、僕は説明します。
「ハッキリ言って、アユタ姫様のお食事環境は体に良くありません」
「……それで?」
アユタ姫はますます不機嫌そうな顔になりました。止めてよ怖い。
「濃い味付けに辛すぎる料理、これらを食べ続けては、内臓と舌に悪影響が出ます」
「関係ない。アユタは今は健康そのものだし、舌がおかしくなってはいないから平気だ」
「これからのことですから」
僕はお盆に諸々を乗せて片付けを終えて、さらに続けます。
「別に辛いものを食べるなとは言いません。辛いものを食べさせないとも言いません。
ただ、美味しく感じる料理の幅を広げてみませんか? という話だと思ってください」
「美味しく感じる料理の幅を……広げる」
「そうです。これは別に、アユタ姫様の好みを否定するわけではありません。
むしろ、好みの幅を広げること。そして人との繋がりをさらに強くするためです」
そろそろ説明が苦しくなってきましたが、それでも頭をフル回転させて説明を続けます。
正直、ここからは詭弁というか言い訳というか、ともかくアユタ姫に納得してもらうためのプレゼンですからねっ。
「どういうこと?」
「正直、アユタ姫様はその食事の好みで、他の誰かと感想を共有できたことがございますか?」
この言葉に、アユタ姫の表情が明らかに悲しそうなそれに変わりました。
だろうよ、そんな極端な辛党が簡単に人の同意を得られるとは思いませんよ。
いやね? そりゃ探せばいるでしょうよ? 日本でもどこでも。
でもここは戦国時代の異世界、食えれば幸せな方だよ?
そんな食べるものがあるだけで幸せな世の中で、辛いものが好きです、なんて言ってもこっちは食べるだけで精一杯なんだよ! とか、せっかくの料理を台無しにするな! とか言われても仕方ないからね。
「それは……ない」
「なら、これを期に色んな人と感想を共有できる好みの幅を、作っておくことが必要かと」
「確かに……まあ、言われてみればそうだけど」
「では決まりですね!」
ここで僕は有無を言わさぬ勢いで、言いました。
「こちらで用意しますのでなんの心配もありませんから! では!」
「あ、ちょ!」
アユタ姫が何か言いたそうですが、すぐに部屋から出て厨房へ向かいました。
ここでヘタに反論とかさせてはいけない、できない言い訳をさせてはいけない。
その前に逃げて、言い訳の余地を消して、さっさと料理を作るのが一番ですからね!
で、厨房に戻った僕なのですが、
「実際、何を作るのかが問題だよな」
僕は後片付けをしながら呟きました。
「ただ甘いお菓子を作っても仕方が無い。アユタ姫の表情を見る限り、普通のお菓子を作って渡してもいやいや食べるだけかも。
かといっておかきといったお菓子はNG。今回は甘いお菓子だからしょっぱいお菓子は候補から外して……」
ブツブツ呟きながら考えますが、一朝一夕に閃くようなお菓子がないなぁ。
なんか良いものはないだろうか……そんなことを考えながら、最後の皿を洗い終えて戸棚に片付けて部屋に戻ろうとした僕は、食料庫の奥に何か、埃被ったものがあるのを発見しました。
「おいおい……食料庫なのに埃があるって……なんだろう」
僕は気になって、食料庫に入り、そこにあるものを確認しました。
なんだろ、箱か? これ……。
なんの箱かな?
「まあ埃被ってるのもなんだしね……拭いておいた方が良いか」
僕は踵を返して厨房の水瓶から水を桶に汲み、台拭きを手にしました。
そのまま台拭きを濡らして絞り、再び食料庫へ。
埃被った謎の箱を拭きながら、改めて調べて見ます。
「なんかこう……最初に出会った頃のリルさんの発明品みたいな感じだな……。
あ、ここに大きく魔字が書かれてる。でも、二文字だけ、か……なんだこれ?」
「どうしたシュリ?」
なんだろうかと悩んでいた僕に、僕の様子を気にした料理人さんが顔を出しました。
僕は振り返って、箱を指差して言います。
「これ、なんです? なんで食料庫に埃被ったものが?」
そう聞くと、料理人さんは苦笑しながら言いました。
「それか。それはな、一時期アユタ姫の要請で購入した氷製造機だ」
「氷製造機?」
僕はもう一度箱を確認しました。箱の大きさは僕よりも頭一つ分低い感じで、幅70㎝くらいです。箱の表面は灰色をしてる。
……あ、確かにこれ、引き出しみたいなものがある。試しに引いてみると、結構な収納スペースが。というか中には何もない。
「ここで訓練する人間のために、体を冷やす氷を作るためにな」
「はぁ」
「だけど、そいつかなり燃費が悪いんだよ」
「燃費が悪い?」
もう一度確認してみると、魔字の辺りに何かをはめ込む穴がありますね。
「もしかして、魔晶石をガンガン消費するって事ですか?」
「そうそう。魔晶石の値段もバカにならないし、毎日毎日使うわけにもいかんでな。で、結局お蔵入りってわけだ」
「それはもったいない」
「全くだ。それを買う金で、もっと別に買うものがあっただろうに……」
料理人さんは顔を伏せながら苦虫をかみつぶしたような顔で言いましたが、僕はもっと別のことを考えていました。
これなら、あれを作れるんじゃないだろうか、と。
「すみません、これを動かす魔晶石ってあります?」
「ん? ああ一応な。だが、ストック分を考えるとあと三日分しかないな」
「それで十分です」
「は?」
僕は笑顔を浮かべて言いました。
「これなら、あれを作れるな。なんとかなりそうです」
くくく、これならアユタ姫も満足するものを作れるぞ。
次の日。
僕は夜遅くから材料を揃えて料理をし、それを氷製造機に入れて保管していました。
朝になった現在、アユタ姫は稽古をしている頃でしょう。
僕は氷製造機の引き出しを開けて、出来上がったものを見て満足そうに微笑みました。
「くくく、上手くいったな。これならアユタ姫も満足してくれるかも」
この氷製造機、動かすのにかなり料理人さんたちに無理を言って動かしてもらいましたからね。
この穴埋めもどこかで必要でしょう。何をすれば良いだろうか。
まあそれは置いといて……僕は完成したそれを持って厨房に戻り、銀のお盆にのせた皿に盛り付けていきます。
その数三つ。あとはこれに匙を付けて、暑さ対策に蓋をして運びます。
それとタオルも用意しておく。汗を拭いてもらわないとね。
鍛錬場に行くと、炎天下の中で鍛錬に励むアユタ姫の姿が。
訓練兵に混じって、実践稽古をしているようです。
相手と同じ長剣型の木刀を手にして肩に担ぐように構えるアユタ姫。
大きく息を吐くと、一礼してから鍛錬の輪から離れます。
「お疲れ様です、アユタ姫様」
「ん、ああシュリか」
アユタ姫は額から流れる汗を拭います。
てかこの人、こういうところは本当に綺麗なんだよな。なんていうか、夢に向かって懸命に努力するアスリートみたいな気高さを感じる。
そういうの好きな類いな僕ではありますが、油断すると拳が飛んでくるこの人に劣情を抱くはずも無く、どちらかというと身構えてしまうわけで。
「どうぞ、タオルです」
「ありがと」
僕がタオルを差し出すと、アユタ姫は汗を拭います。
額、顔、首、胸元、腕と拭くのですが……うーん、やっぱり色っぽいんだけど、ここでそんな目をしたら蹴りが飛んでくるかと思うと、全然そういう気分にならない。
心がキュンてするよりも、怖くて胃がキュッとする感じ。
「もう少し、もう少し鍛錬を続けたい。小休止したら、もう一度鍛錬の輪に加わる」
その割に鍛錬には真面目なんだよな。こういう姿勢は正直、凄く良いと思います。
「その前に、休憩がてら冷たいものでもいかがですか?」
「断る。鍛錬中にいたずらに体を冷やすのは、後の動作効率に影響が出て来るから」
真面目すぎるんだよなぁ! こういうとこは良くないと思う!
「いえ、いえ、先日言った甘いものですよ」
僕の言葉に、ことさら顔を嫌そうに歪めるアユタ姫。そこまで嫌か。
「……ここで食べる必要がある? それなら鍛錬が終わって落ち着いてからでも」
「ちょっと失礼」
僕は遠慮無く、アユタ姫の腕を取って手首辺りを触ります。
……やっぱりか。
「なにをする?」
アユタ姫は動じながら、僕が掴んでいる手を振り払おうとしません。そこまで信頼を得ているということかな。
僕はアユタ姫の手首から手を離すと、真面目な顔をして言いました。
「アユタ姫様。ちょっと熱中症初期の一歩手前じゃないですかね」
「……熱中症?」
アユタ姫は僕へそう聞きました。
これは、今までそれを考えずに生きてきたのかな? それとも、こうして世話をしてくれる人が事前に止めていたからか? そうじゃないと、今まで無事なのがわかんないけど。
いや、現代の日本でも熱中症が問題視されたのは、割と平成が過ぎて結構経った頃からですし、この世界でも割とそうなのでしょう。
まあ、あれは年々熱くなる夏の影響もあって、たくさんの人に周知されたってもの理由だと思うけど。
それは置いといて。ともかく、アユタ姫の手首がとても熱くなっていました。
加えて太陽が燦々と照りつける今日。危険かな。
なのにここの人たちが平気……そうに見えるのは、体がそれに順応してるから……かなぁ? 多分違うけど、わかんないな。別に僕は医者ってわけじゃないし。
汗をダラダラ流してるから、それで体を冷やせてるのか? でもそれだと今度は脱水症状が怖いよなぁ。
それはそれで、今の僕は不本意ながらもアユタ姫の側用人兼料理人。体調に気を使うのも仕事なわけで。
まあ、熱中症の一歩手前だよ、なんて僕には判断できないので、適当に体温が高いのででっち上げていきます。どのみち、休んでもらわないと駄目だと思うし。
「簡単に説明しますと、人間の体温が上がりすぎると危険という話です」
「ほう」
「体温が上がりすぎると、どうなると思いますか?」
「体が熱くなる」
「そうすると、人間の脳が茹で上がります」
「なんですと!?」
アユタ姫はビックリして頭を抱えました。こういう仕草は可愛いのに、日頃のおっかなさのせいで可愛さ半減だよ。
「茹で上がったら……どうなる? タダじゃ済まない……よね」
「簡単に言います。人間として壊れます。下手したら脳の機能がほとんど使いものにならなくなり、最後には……」
「いや、いい! 怖いから!」
普段からおっかない人が怖がってどうする。
「ちなみに脳が茹で上がったら、二度と治せません。脳がほとんど死んだままだと思ってください」
「そ、そうか……今度から全員に、適度な休憩と体を冷やすことを周知させよう」
おりょ? 聞き分けが良いな……こういう体育会系の人は「気合いでどうにかなる!」とか言いそうだけど……。
でもちょうど良かった。気合いじゃどうにもならないからね。
僕はアユタ姫の前に銀のお盆を差し出して言いました。
「なので、適度に休んでもらうためにも、間食で栄養補給も必要です」
「栄養」
「そうです。なので、これを作りました」
僕は蓋を開けて、その下のある三つの皿とお菓子を見せました。
「シャーベット、です」
やっぱりこう、暑い日には冷たい氷菓子を食べたくなるもんだよね、て話です。
なので、まずは材料から。
最初はプラムのシャーベット。プラムに水、砂糖、レモン果汁です。レモンは搾って果汁を取り出しておいたぞ!
まずプラムにナイフを入れ、ひねりながら縦半分に割って、種を取り出したら、半分に切ります。
次に鍋に先ほどのプラムを入れ、砂糖、水を加えて弱火で煮詰める。
皮から煮汁に色素が移ったら、火からおろしますが、火からおろす直前にレモン果汁を回し入れます。
そしてこれをペースト状になるまで攪拌しましょう。どうやって撹拌したかって? 食料庫の奥でこれまた埃被ってものを取り出したんだよ。
なんでここにミキサーがあるのか聞いたら、ニュービストで最近話題になってるから購入してみたけど、上手く使えなかったんだとよ。
しかし、この作り……どことなくリルさんを思い浮かべるんだが……それは置いとこう。 さて、撹拌したものをを容器に入れ、冷凍庫で冷やし固めます。
1~2時間に一度かき混ぜまぜて、これを数回くり返しそう。
固まったら、器に盛り付けて完成です。
次はブルーベリーのシャーベット。
これはあっさりしてるぞ。
ブルーベリー、砂糖、牛乳をミキサーに入れて良く撹拌する。
で、これを容器に入れて冷凍庫へ。
これも固まる途中で空気を入れるように混ぜ合わせ、さらに冷やし固めりゃ完成だ。
最後はオレンジのシャーベット。
これも絞ったオレンジ果汁を容器に入れて冷凍庫へ。
途中途中で混ぜ合わせ、だんだんシャーベット状になってきたらOKですよ。
以上三つのシャーベット。暑い季節にピッタリだ!
「……なんだこれ?」
「だから、シャーベットですよ」
僕はお盆に乗せていた匙をアユタ姫に渡しました。
「さ、急いで急いで。氷菓子は急いで食べないと溶けますから。
あ、急いで食べ過ぎても頭が痛くなるのでほどほどに」
「どうやって食べろと?
……ま、まあ、いただきます」
うさんくさそうな顔をしてアユタ姫は、まずはプラムのシャーベットから食べました。
鮮やかな赤色の氷菓子が、アユタ姫の口の中へと消えていく。
咀嚼する暇も無く、口の中で味わったアユタ姫は驚きの顔をして言いました。
「! これは、旨い!」
おお、良かった。アユタ姫は喜んでくれたようです。
目を爛々と輝かせてどんどん食べていってくれました。
「この赤いのはなんというか、好みの酸っぱさだな! こちらの紫は酸味が強めだがクセになる! この橙色は甘みが強い酸味!
いや、酸っぱいだけじゃない! なんと言えば良いのか詳しく言えぬが、この氷菓子だからか? 不思議な感触がする!」
「これ、一応全部果実から作ってるんですよ」
「果実からか! なるほど、この爽やかな酸味は果実由来だからか!
赤いのは薄らとした酸味を、何かを加えることで甘みとともに味を強調させているな。
この紫は酸味はあるが、なんというかまろやかさがある……これがわからん。でもこのまろやかさが、紫の酸味を優しく包んで食べやすくしている。
橙色はシンプルだな、これ。多分果汁をそのまま調理したんだろうね。だから、これが一番果実っぽさが強くてアクセントがある。
そして何より、これだ! これらをどうやったのか知らないが氷にして菓子にまとめたというところ!
ほとんど噛むことがいらない! 口に入れただけで、溶けていく! 溶けた瞬間にそれらの味が一瞬で広がり、同時に冷たさで口の中が一杯だ!
くぅー……たまらない。火照った体にはちょうど良い塩梅だ!」
「褒めていただきありがとうございます」
アユタ姫は嬉しそうにシャーベットを食べて、全部完食してくれました。
満足そうに口元を拭い、再びタオルで額を拭きます。
「これは良い。疲れて火照った体に良く染み渡るようだね……。
これ、毎日出して」
「無理です」
「なんで?」
アユタ姫は滅茶苦茶残念そうな顔をしました。
なので、僕は皿をまとめて片付けながら答えます。
「これ、かなりコストが掛かるんですよ」
「コスト?」
「ほら、前にアユタ姫が肝いりで導入したけど、結局魔晶石を喰うってことでお蔵入りにした冷凍庫。あれで作ったんです」
「あれか! すっかり忘れてたな……」
アユタ姫はやっと思い出したらしく、手を叩いて答えました。
「なら、それを解決すればまた作れる?」
「多分ですけど……」
「そうか……」
アユタ姫は何かをブツブツ言いながら僕にタオルを投げ渡すと、再び鍛錬の輪に加わっていきました。
なんだ? 何を企んでいるんだろうか?