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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
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三十八、側近さんたちと激辛ギョウザ・前編

「シュリ、あれを」

「はい、水ですね。どうぞ」

「そうそう、それだ」


「シュリ、そろそろ」

「タオルですね。水切りをしていますから、冷たくていいですよ」

「うむ、わかっている」


「シュリ、やれ」

「はい、マッサージですね。慣れてなくてすみません」

「いや、なかなか良い。悪くないね」


 どうも皆様、シュリでございます。

 ダイダラ砦に連れて来られてから一週間が過ぎました。

 時が経つのは早いよね、全く。逃げる予定が全然できてないよ。

 そもそも、ここが地理的にどの場所にあるか、全くわからないから仕方が無いね。

 仕方がないで済まないんだけどね!


 さて、激辛のバターチキンカレーを食べさせてから、アユタ姫はなんか態度が軟化しましたよ。

 まあ……長年食べたいと思っていた味に出会えたから、満足してるだけなんだと思う。

 しかし……僕は考える。アユタ姫の部屋で、うつ伏せになった彼女の背中のツボ? を肘でグリグリしながら考える。

 色気だの下心など考えず、別のことを考える。


「姫様、よろしいでしょうか」

「なに?」

「辛いものばかりを食べると、お通じによくありません」

「関係ない。もっととびきり辛くて旨いものが食べたい」


 ちくしょうがっ!





 そう、僕が考えるのはアユタ姫の体調の話です。

 お世話が終わり、退室を命じられたので、廊下を歩きながら考えます。

 辛いものが好きなのは別に良い。地球でもそういう人はいたし、人の趣味嗜好にとやかく口を出すのは野暮ってものですから。

 でもねぇ……。


「あんまり辛いものばかりだと、体に良くないよなぁ」


 僕は顎をさすりながら呟きました。

 まあ辛いものを食べ過ぎた場合の体の不調は、今更言うまでもありませんが……。

 とりあえず上げると三つ。

 一つ、味覚障害。

 刺激的なものを食べ過ぎると、舌が繊細な味を感じられなくなります。これは怖い。

 濃い味を好むようになり、薄い味付けがわからなくなるわけですね。

 二つ、消化器官の不調。

 食道炎や胃炎がこれに当たりますね。最悪の場合はガンだね。怖いわ。

 三つ……まあ、痔だよ。

 刺激物は粘膜組織を傷つけるからね。続けて食べてたら炎症を起こすわけです。

 なので……あまり辛いものばかりを食べ過ぎると体を壊すってことです。


「どうしたものか」

「お、シュリ。どうした?」


 目の前の廊下の曲がり角から、一人の男性が出てきました。


「ああ、ネギシさんですか」


 そこに居たのはネギシさん。どうやら鍛錬が終わった後らしく、汗をタオルで拭いながら歩いていました。

 ネギシさんは汗を拭い終わると、言いました。


「何を悩んでんだ? なんかさっきから困った感じだが」

「え、ああ、ちょっとアユタ姫様の食事に関してちょこっと」

「ああ……なるほどな」


 ネギシさんは快活に笑うと言いました。


「あの姫様に満足してもらえる料理を作れるなんてのは、お前だけなんだから頑張ってくれよ」

「まあ、頑張りは……しますが」

「何だ? 何かあるのか?」

「ええ、辛いものを食べ過ぎた場合のことを考えまして」


 そこで僕は、辛いものを食べ過ぎるとどうなるのかをネギシさんに言いました。

 簡単に簡潔に、短くわかりやすくね。

 するとネギシさんは顔をしかめて、顎に手を添えて言いました。


「そりゃさすがにマズい」

「でしょ? それにアユタ姫様は日頃から、好みの味を要求しては濃いめの味付けの料理を、たくさん食べていたはずです。

 健康に見えるのは毎日これでもかと鍛錬をして体を鍛えてるからそう見えるだけで、実のところ内臓がどうなってるのかと思うと怖いです」

「確かにな……お前はそういうとこ、わからんのか?」

「僕は医者じゃないので、さすがにそういう医療知識に関して断言することは……」

「そりゃ失礼した。……しっかし」


 ここでネギシさんは顎から手を離し、笑顔を浮かべました。


「お前、本当に親しみやすい奴だな」

「え? 何をいきなり?」


 どういう話の流れでそんな言葉が出て来んの?

 僕が困惑していると、ネギシさんは僕の鼻っ面を指で弾きました。


「いて」

「そういう、誰に対しても礼儀を正しくそれでいて砕ける感じだよ。

 俺も、コフルイも、この砦に居る誰もが、いつの間にかお前に一目置いてんだよ」

「てて……そ、そうですか」

「何より」


 ネギシさんは真剣な顔をして腕を組みました。


「あの姫様を相手に、未だに五体無事で世話役をできる奴なんてそうそういないからな。そこら辺も一目置いている理由だよ」

「まあ……確かに」


 あの人の傍若無人ぶりは、この一週間で大分思い知らされましたから。

 料理が気に入らなかったら殴られ、望むことと別のことをすると蹴られ、余計な言葉を足すと睨まれて。

 あの人、言葉が少ないからね。態度と流れでお世話をするしかないんだよ。一週間でようやく殴られずに済んだくらいだから。


「でもネギシさんとコフルイさんも側近でしょう? あなた方だって無事なのでは」

「俺たちはあくまで、仕事に必要な事務上の付き合いって感じだよ。姫様がそういう線を引いて俺たちに接してくるんだ。だから、過剰なほどに何かを求められることはないぞ」

「羨ましい」


 僕もそういう扱いが良かったよ。何がどうなって、殴られ蹴られな職場に来なきゃいけなかったんだ。どんだけブラックなんだよ、ここ。

 だけど僕の言葉に、ネギシさんは顔を曇らせました。


「……羨ましくなんかないぞ。俺とコフルイは、姫様が幼い頃から仕えてるんだが……姫様は必要以上に親しくしてくださらない」

「え」

「それが、寂しい時もある」


 そう言ってネギシさんは僕の横を通り過ぎ、去って行きました。

 ……駄目だな、僕は。

 僕と違って彼らは、長年アユタ姫に仕えてるらしいから……主が部下に親しみを見せてくれないのは、信頼を寄せてくれないのは、寂しいのかもしれない。

 アユタ姫は何を考えてるかわからないからな……。


「……さて、辛いもの対策は明日からにして、今日も辛い料理を出しておくか……なんとかしないとな」


 僕はそう呟いて、厨房へと向かうのでした。






「で、なんでコフルイさんがここに?」


 ともかくとして、今日もアユタ姫のための料理を作ろうと、厨房に来た僕の後にやってきたのはコフルイさんでした。

 コフルイさんは顎を撫でてから答えました。


「姫様の体調に関わることを聞いたのでの。そうとなればほっとくわけにもいくまい」

「体調? ……ああ、ネギシさんから聞いたんですか」

「聞いたときには驚いたわ。……いや、日頃から濃いめの味付けがされた料理を食べているのだ、体に良いわけがないとは思っておった」


 苦虫噛みつぶしたような顔になったコフルイさんは、さらに言いました。


「何度か諫めたが、止まらなかったのでな……なんとかせねばとは思っていたのだ」

「それで、ここに?」

「そうだ。……シュリよ、お主ならどうする?」


 コフルイさんはこちらを真剣な目で見て言いました。


「姫様の舌の好み、どうにかできるか?」

「無理でしょうね」


 僕はそれに対して、苦笑しながら言いました。


「これはもう個人の好き嫌いの話ですから……好物が食べられないのは嫌だってのはよくわかりますから」


 誰だって好物を取り上げられたら、嫌に決まってる。

 特にアユタ姫は、長年好物とする料理を作ってもらえなかったので、ようやくそれを食べられる現状、何を言っても聞かないでしょう。

 それは仕方が無い。だけど、今までの食生活から体に不調が起こってもおかしくない。

 ネギシさんとの話にも言いましたが、今は普段から運動してるから不調が見えないだけってのも可能性にあるから怖い。

 とはいえ、今日は普通に辛いものを作るしかないでしょう。


「だけど、対策はあります。明日から始めようかと」

「明日から?」

「……アユタ姫様に了解を得ないといけませんのでね」

「なるほど」


 コフルイさんはそう言って納得してくれたみたいです。

 じゃあ今日の辛めの料理、いきますか。

 今日作るのは、ギョウザです。みんな大好きギョウザ。

 え? ギョウザは辛くないって?

 ふ……ならば辛くなるようにタネを仕込めば良いのだ!

 材料は、餃子の皮、豚ひき肉、豚脂、塩胡椒、ニラ、キャベツ、鷹の爪 、ニンニク、ショウガ、醤油、ラー油、酒、油、ごま油です。

 もうおわかりですね? そう、塩胡椒と鷹の爪の量を、味を壊さない程度に増やすのです……!

 ここまで来ると、もうロシアンルーレットの領域だよ。僕だったら怖くて箸が震える。

 さて調理といきましょうか。

 まずニラは細かく切る。かといって細かくしすぎても駄目だぞ。

 次にキャベツとニンニクはみじん切りにして、 豚ひき肉と塩胡椒をよーく混ぜる。ここに豚脂を入れる。

 これらと鷹の爪、みじん切りにしたニンニク、すりおろしたショウガ、醤油とラー油、そして酒を加えてから餃子の皮に包んでいきます。

 え? ラー油? ラー油は意外と簡単にできますよ。

 ごま油に唐辛子、それとショウガと鷹の爪なんかいれて炒めて、そこから強火にして煮てから油濾しなんかで濾してから瓶に詰めれば良いよ。他にも簡単に作れたり、こだわりから材料増やすのも良いかもね。

 それと羽が欲しい場合はここで片栗粉を片面にまぶすのもあり。好みでやってね。

 あとは鍋に油を敷き、餃子を並べて火を付けます。

 鍋の底が隠れる程度に、餃子の上からお湯をかけてフタをします。

 強火で少し焼いたら、フタをあけてごま油をかけ、また閉めてちょっと待つ。

 火が通ったらフタを開けて中火にします。これで水分が蒸発し、ギョウザの端がキツネ色になったら完成です。

 合わせてタレも用意しましょう。醤油とラー油ね。酢は……ここは止めとく。

 僕はギョウザを皿に移すと、それをコフルイさんに差し出しました。


「これにて辛いギョウザの出来上がりです」

「お、おう……あっという間だったな」

「調理自体は、さほど難しいものでもありませんからね。お一つどうです?」


 と僕が聞くと、コフルイさんは明らかに顔を嫌そうに歪めました。


「……辛いのかの?」

「相当に」

「……止めておくわ」


 こら! 人の作ったものを毒物みたいな目で見るんじゃない。






「かぁー! 辛い! これよこれ! こういうのが食べたかった!」


 結局コフルイさんが味見も毒味もしてくれないので、アユタ姫へ運んだときにまず自分から食べる事になりました。

 自分で作っといてなんだけど、素材の味を壊すギリギリのラインの辛さでした。早く水が飲みたい。


「くぅ~! たまらない! えーっと、これなんていうんだっけ?」

「ギョウザです」

「そう! ギョウザというのね!

 この小さな皮で包まれた中身に、これでもかと旨味が閉じ込められている!

 これは……豚肉かな? さらに脂も濃くて、他のニラとキャベツの味を強調しているねー。

 何より、この唐辛子の使い方よ! 豚肉の脂の他に、何か辛い油も加えられてるから、それがツーンと心地よい!

 ああ、熱い! 体が熱い! 良い熱さだ! 汗がよく出る! 旨い!

 辛さの奥にちゃんと美味しさがある料理か、満足満足」


 アユタ姫はギョウザをひょいひょいと食べ進めます。


「このタレも良いね。この薫り高いしょっぱさの中に、風味の強い辛みも隠れてる。

 これがギョウザの旨さと辛さをさらに際立たせてくれるから、食べ飽きないでいられる!

 うむ、大儀である」

「ありがとうございます」


 僕はいい加減、そのギョウザを食べて乾いた喉に水が欲しいなーと思ってますけど。

 でもそれは言わずに、恭しく頭を下げました。殴られたくないからね。

 アユタ姫は用意したギョウザを全部食べ尽くすと、満足そうに用意した水を飲んでくつろぎました。


「ふー、美味しかった。アユタは満足してる。

 シュリが来てくれて良かった」

「そう言ってもらえると嬉しいですね」


 僕は正直帰りたいんだけど、思いながら皿やフォークをお盆にのせて片付けを進めました。

 そんな僕に、アユタ姫は机に肘杖を突いて言いました。


「他の料理人は、なんともアユタの好みの料理を作ってくれなくて……長年困ってた」

「辛いものを食べたい、と言わなかったんですか?」

「言ったこともあったけど、そうしたらただ唐辛子や塩胡椒をぶち込んだスープになった。辛いのは好きだけど辛いだけなのはいただけない。

 辛いには辛いんだけど、ちゃんと料理としての美味しさもある料理が欲しかった。

 わかる?」

「わかります」


 まあ、僕も地球に居た頃の激辛料理を食べたときの感想は、「辛いだけだなこれ」っていうのが多かったですから。

 僕自身も辛い料理を作っていると気づきますが、辛いってのは他の味の感覚を塗りつぶすほどに刺激が強いんですよね。

 だから、美味しくて辛い。辛すぎるが美味しい。その二律相反する料理ってのは難しい。

 アユタ姫はうんうんと頷きました。


「わかる人が来てくれて良かったよ、ほんとに。明日も期待してる」

「ああ、明日、ですか」


 そうだ。僕はここで提案しないといけないんだよな。

 ちょっと怖いが……それでも言わないといけない。

 このまま辛い料理を食べ続けても、この人のためにならないし。


「提案なんですけど」

「ん?」

「甘いものを食べてみませんか?」


 その瞬間、アユタ姫の顔が嫌そうに歪みました。

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