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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕と我が儘姫さん
82/140

三十七、偏食癇癪お姫様と激辛チキンカレー

「僕はどこに運ばれるんでしょうか?」

「黙っていろ」

「あ、はい」


 僕は鍵付きの檻の中に閉じ込められ、荷馬車で運ばれながら黄昏れていました。

 檻に布がかぶせられてるせいで外の様子は全く見えないけど、御者の人はかろうじて見えるので、どうやら今はまだ朝らしいです。

 檻の中で体操座りをして、僕はため息を吐くばかりでした。


 どうも皆様こんにちは、シュリです。

 信長さんの誘いを断って二日後、僕は檻に入れられてどこかに護送されていました。

 食事はスープとパンを渡してくれるのでひもじい思いをしなくてすみますが、いかんせん外が見えないために気が滅入る。

 しかし僕はどこに運ばれているんだろう、気になって仕方がありません。出発前に信長さんからの知らせではダイダラ砦という場所らしいですが……そこはガングレイブさんたちの国からどれだけの距離の場所だろう? そういう情報が一切入ってこない。

 まあ、知られて逃げられたり連絡を取られたりしたら大変だろうから、こうして外の情報を遮断しているんでしょうけど。詮無きことよ。


「……しかし、結構な時間を馬車で移動しますね……グランエンドから離れてるってことか、それともどこかの国の国境付近の場所ということなのか?」


 呟いても誰も教えてくれません。なんだ、この情報の徹底的な封鎖具合は。教えてくれよ御者さん!

 と愚痴っても仕方が無いので、再び横になって寝ちゃいます。

 起きてても誰も反応してくれないからね、寂しくて死にそう。


 そうやって数日ほど、誰にも反応してもらえないままに運ばれてた僕ですが、唐突に馬車が止まりました。

 寝てた僕はなんだなんだと起きてみると、御者さんが荷台の布を取り払って、僕を見て一言。


「ここで降りるぞ」

「え?」


 僕は久しぶりに感じた太陽の光に思わず目を眩ませながら、それを見ました。

 どこ、ここ?

 運ばれたのは、前線基地となる城でした。

 どうやら切り立った崖のすぐそこに建っているみたいです。下は何だろう、川かな? 

 中に入ってみれば、規模はそんなに大きくないけど迎撃施設や城壁、空堀、物見櫓、倉庫や訓練施設といったものが充実していました。

 居住スペースもちゃんとしてるみたいですね。城壁内は綺麗に掃除されてます。


 ここが……信長さんが言うダイダラ砦、か……。

 どこと戦争することを想定した砦なんだ?


 なんせここに来るまでの道筋が全くわからないので、ここがどこの国の国境とかがわかりません。

 そもそも、ここは国境なのかな? もしかしたら訓練施設とか? それにしては防備が凄いけど。

 もしかしたらここら辺一帯を支配する城主の城とか? でも砦って言ってたしなぁ。違うかもしれない。

 駄目だな……情報が少なすぎて、なんにも判断できないや。


「さっさと付いてこい」


 御者さんは檻の鍵を開け、僕を外に連れ出しました。

 外に出た僕の両手に手枷を付けて、縄を引っ張ります。そこまでせんでも逃げはせんわ。

 といった文句は頭の中だけで済ませて、僕は大人しく付いていきます。

 同時に周りの様子も観察する。何人かの兵士が僕を見て不思議そうな顔をしている。

 まあ、いきなりこの砦に手枷と縄を着けられた人が来たら、興味本位で見るでしょう。

 そのまま砦の中に案内されましたが、これが驚いた。砦と言うからには戦場での運用を前提とした無骨な内装を想像していましたが……。

 中は意外と整理されて綺麗です。ここが戦で使われるのか……? とちょっと疑問に思うくらいは。

 やっぱり、ここはどこかの国の領主が使ってる、領主の館みたいなものなのかな? ならどうして信長さんはここを砦と? うーん、わからん。情報がちぐはぐすぎる。

 そして先頭を歩く御者さんの導きそのままに歩いていた僕です。逆らっても仕方ないからね。

 そして階段を上って三階に到達して、ある部屋の前で御者さんが止まったので、僕も止まりました。


「ここに姫がいらっしゃる。決して不敬な態度は取らないように」

「はい……はい?」


 え? 今、御者さんなんて言ったの?

 姫? 姫がいるって? どういうこと? ここ砦じゃないの?

 僕の疑問はそっちのけで、御者さんは部屋をノックしてから扉を開きました。


 瞬間、御者さんの顔に跳び蹴りが来た。


 御者さんは慣れた様子で、咄嗟に僕を引っ張る縄から手を離して両手で跳び蹴りを防御していました。

 床を滑りながら足で踏ん張り、ようやく勢いが止まったところで、御者さんは防御を解きました。


「ご無沙汰しております、アユタ姫」


 そのまま片膝をついて、臣下の礼をとった御者さんを確認してから、僕はようやく跳び蹴りをしてきた相手を見ました。


 美しい人だ。


 僕とほぼ同じの黒髪をポニーテールにしていて腰まで伸ばし、動きやすい白い袖無しチュニックと軍服に近いゴツい黒いズボンを穿いている。そして靴も黒色でゴツく、鉄板でも仕込んでるのか思うような頑強さが見てとれた。多分コレ、足底とつま先に鉄板を仕込んでるな。

 現代風に言うと、白いタンクトップで裾が短いヘソ出しスタイルに、黒いバギーパンツ、それとミリタリーブーツを履いてるようなもん。

 そして顔つきは、どこか日本人を思い浮かばせる、大和撫子のそれ。狐目でほっそりとした顔で、白い美肌です。

 でも、なんでか目を離せない。

 この世界に来てからいろんな美人に出会った。傭兵団のリルさんとアーリウスさんだって美人だ。今まで旅の中で容姿が整っている人はたくさんいた。


 でも、この人はなんだかそれと違う美しさを感じた。


 なんでこんなに目が惹きつけられるんだろうか。理由はわからない……でも、なびく黒髪をうっとうしそうに撫でつけるその仕草さえも、艶やかさを感じる。

 なんだけど……。


「何よ、あんた」


 じろり、と僕の方を睨んでくるそこには、女性らしさだの綺麗だの艶やかだのを介在する余地がない。

 めっちゃ怖い。

 だって、入ろうとした人に跳び蹴りしてくるような人でしょ? しかも部下の人も部下の人で、当たり前のようにガードして当たり前のように振る舞ってるんだから、怖いわ。

 僕はとりあえず頭を下げました。


「えーっと、僕は今日からこちらに送られた」

「長い、くどい、短く簡潔に自己紹介をしろ」

「僕の名前はシュリ・アズマです。宜しくお願いします」

「よろしい」


 女性……アユタ姫はそういうと一瞬で僕への興味を失ったらしく、部屋の中へと戻っていきました。

 それを見てホッとする横で、御者の人が近づいてきます。


「珍しい、初対面で殴られない人を見るのは久しぶりだな」

「えっ」

「アユタ姫様は、初対面の人間の話を長々と聞く趣味はないからね。君はその点、実に素早く、素晴らしく適応した。これは期待できそうだ」


 何に期待よ?

 僕がそれを聞く前に、御者さんに連れられて部屋の中に入りました。


 なんだこのトレーニングルーム。


 中には木剣、サンドバッグらしきもの、防具、木人みたいなものがたくさんある。

 一応壁や天井は、王族が住まう人のための壁紙や装飾が施されてますが、なんというかこの中で鍛錬をしてるのか、それらが壊されて廃れてる。

 アユタ姫はその中で、乱雑に置かれたソファに行儀悪く座ってる。男かあんたは?

 その横には、二人の男がいました。

 一人は白髪が交じったオールバックの壮年の男性。こちらはきちんと軍服……なんというか和風なそれを着込んでいて、腰には剣を佩いています。背丈は高く、僕よりも頭一個分大きい。顔つきは柔和で、目も細いです。

 もう一人は静かな雰囲気の若いお兄さん。こちらはアユタ姫と似たような服装ですが、へそは出してないけど、上下共に黒い服装。腕は太いし、手には人差し指と中指だけが抜かれた手袋を身に着けています。緑色の髪をソフトモヒカンにしていて、顔つきはクールっぽい。こっちの目つきは、なんというか感情が見えない。

 御者さんに連れられた僕は、その人たちの前に立たされました。


「ご苦労。そちらが国主様から手紙にあった人かの?」


 壮年の男性の方が、僕を見ながら言いました。


「はい、コフルイ様。こちらがシュリです。国主様から、こちらで雇うようにと」

「ふぬ……」


 今度は若い男性の方が僕を見ます。


「……国主様から他に連絡はあるんかい?」

「『使い物になるようにせよ』。それ以外はありません、ネギシ様。私が言付かってる言葉は」

「ご苦労。下がって良い」

「はっ」


 御者さんは僕の拘束を解くと、一礼してから部屋を出て行きました。

 残されたのは僕と、壮年の男性コフルイ、若い男性ネギシ、そしてアユタ姫……。

 困ったな、何を話せば良いんだ? この状況は……。

 まあ、連れて来られたとは言えども礼を失する理由にならず、ですかね。

 僕は頭を下げました。


「僕はシュリ・アズマと」

「それは聞いた」


 アユタ姫からそんな言葉が響く。鈴がなるような、綺麗な声だ。


「要件は」


 アユタ姫はそういうと、転がっていた木剣を手元に蹴り上げて掴み、僕へ突きつけました。

 その顔はすでに苛立ったそれになっています。下手なことを言ったら、一瞬で殺されそうだ。

 ……ああ、なるほど。この人はそういうタイプか。

 長話が嫌い、無駄が嫌い、要件を短く端的に簡潔に、連絡はわかりやすく一言で。

 そういうタイプの人なのでしょう。なので、僕は言いました。


「ここで料理を作るようにと」


 僕がそういうと、アユタ姫はなおさら苛立った顔をしました。

 そして手に持っていた木剣をそこら辺に投げ出し、立ち上がります。


「わかった。晩ご飯から作れ。気に入らなかったら殴る。いいね」

「はい」

「よろしい」


 アユタ姫はそう言うと、部屋からさっさと出て行きました。

 ……え? 残された僕はますますどうすれば良いのさ?

 そうして困っていると、唐突に笑い声が聞こえてきました。


「クフフフ。ネギシよ、アユタ姫の顔を見たかいの」

「ああ、コフルイ。ありゃ、相当嬉しそうだったな」


 は? あれで嬉しそう? どういうこっちゃ?

 下手なことが言えないので黙っている僕に、コフルイさんは咳を一つしてから真面目な顔をしました。


「失礼、シュリくんだったな」

「はい」

「君は姫から許可をもらった。晩の食事より、厨房に入り給え」

「……あ、ああ、あれですか」


 確かにアユタ姫は、晩ご飯から作れと言ってたな。あれは、諸々ここで雇われる事への許可だったのか。

 あまりにも短すぎてわからなかったよ。晩ご飯『から』ってそういうことか。

 するとネギシさんが僕に近づくと、まじまじと僕の顔を覗き込んできました。


「顔つき、普通。体つき、普通。雰囲気、平凡、戦闘力、皆無。

 なるほど、あの姫様のサンドバッグにはちょうど良いかもしんねえな」

「え」


 不穏な単語が聞こえたぞ? サンドバッグ?


「サンドバッグって……まさか苛立ち解消に?」

「正解だ。頭脳は優秀寄りか。今まで送られてきた奴に比べたら、遙かにマシだな」

「そうだの」


 コフルイさんは嬉しそうにしていました。いや、サンドバッグになるつもりはねえぞっ。


「あのー……それで、ここはどこですか? ダイダラ砦と聞いてますが、ここはどこかの前線基地か何かで?」

「いや、ここは兵士訓練所兼姫様専用癇癪発散場所さ」

「か、癇癪発散場所?」

「じきにわかる」


 さ、とコフルイさんが続けようとした瞬間、もの凄い大きな音が聞こえました。

 食器や何かがぶっ壊れるような音です。なんだなんだ?


「コフルイ」

「ああ、姫様の癇癪が始まったようだわい」

「え、これが癇癪?」

「付いてこい」


 ネギシさんはそういうと、とっとと部屋から出て行ってしまいました。コフルイさんもそれに続いていきます。


「……アレ? 僕が逃げると思ってないのかな?」


 と思ったのですが、ここがどこでなんなのかわかんないので、逃げ出しても野垂れ死にしそうだなぁ。

 逃げる選択肢を除外し、僕も慌てて二人の後を追いました。

 しかし速いな、二人の足! 振り切られそうだな! 息切れが酷いわ!

 しかし距離的にはそう遠くない場所だったらしく、二人の後に付いて入った部屋は食堂みたいでした。遠巻きに十数人かの兵士らしき人が野次馬をしています。僕もその輪に入って、何が起こってるのか見ていました。


 そこには、散乱した料理と割れた食器、破壊された机、そして料理人らしき人の胸ぐらを掴んで不機嫌オーラを全開にするアユタ姫の姿が。


 いったいなんでこんなことが起こってるんだ? どうして?

 そう思ってると、隣に立っていたコフルイさんが困った顔をしていました。


「ああ……また姫の癇癪が始まられたか……」

「は? 癇癪?」


 僕がそう聞くとコフルイさんはちょっと驚いた顔をしましたが、すぐにアユタ姫の方を見て答えてくれました。


「姫はな、酷い偏食なのだ」

「偏食」

「気に入らない料理が出て来ると、ああやって暴れなさる」

「ただのクソガキ……いえ、なんでもないです」


 僕が思わず出た言葉にコフルイさんが睨んできましたので、慌てて誤魔化しました。

 いや、だって偏食にしたって、気に入らない料理が出てきて暴れるようなの、ただのバカかクソガキじゃないですか。誰だってそう思う。

 コフルイさんは再び前を見てから続けました。


「今の言葉は聞かなかったことにしてやるわ。次、言ったら首を刎ねるからの」

「すみませんでした。……しかし、何が気に入らなかったんですかね?」

「姫は、濃いめの味付けを好まれるのだが……それでも濃すぎても怒るし、薄くても怒るのだ」

「濃いめの味付け? ……それは濃厚という意味で?」

「いや、そうではない……わからんが、とにかく濃いめなのだ。それを好まれる」

「はぁ……」


 コフルイさんは困り果てた顔をしていましたが、僕はそれよりもアユタ姫の方に目がいってしまう。

 なんていうか、最初に抱いた美人目線をとことん台無しにする人だなー……これが残念美人かー……と思ってしまう。


「マズい! 相変わらずアユタ好みの料理を作らないな、お前は!」

「あ、アユタ姫の好み通り、濃いめの」

「それはアユタの好みではないと言っているだろ!」

「でも、前の腸詰め肉の胡椒多めは食べられたような」

「あれは好みだから食べた! ああ! わかってない!!」


 そういうとアユタ姫は料理人の胸ぐらから手を離すと、机の上にあった残りのスープの皿を持ち上げ、床にたたきつけた。

 皿が割れ、スープがぶちまかれる。野菜と肉が、床に落ちて台無しに。


 それを見て、僕の頭にカッとなるような熱が奔った。

 僕は思わず野次馬の輪から出ると、料理人の前に手を広げて立ちました。

 彼を庇うように、守るように。

 するとアユタ姫は不機嫌な顔をさらに眉間に皺を寄せて不機嫌になりました。


「シュリ! どけ!」

「退きません。あなたこそ、食堂から退くべきだ」

「なんだと!?」


 アユタ姫は一気に憤怒の表情になり、そして。


 ノーモーションで殴られた。


 鼻っ面に一撃くらい、鼻血が流れる。横に吹っ飛んで床に転がった。

 周りをそれを見てさらにどよめいています。アユタ姫は追撃するように、僕に向かって足を振りかぶり、腹目掛けて蹴ってきた。

 ギリギリで腕を挟んで防ぎましたが……なんだよこの靴、本当に鉄板が仕込んであるじゃないか! 腕が折れるかと思ったじゃないか!


「あなたは!」


 僕はそこで大声を出して、アユタ姫にぶつける。


「作ってもらった料理に文句を言うにもほどがある! 使われる食材を作る人にも、それで料理を用意する人全員に対して侮辱している!」

「だからなんだ! アユタは何度も何度もこいつらに言ってる! アユタの好きな料理を作れと! 濃厚で味が凄い奴を作れと!

 何年もそれだ! グランエンドの城にいるときも、ここに来てからも! 一度もこいつらはアユタを満足させる料理を作れない!」

「なら僕が作ってやるよ!!」


 僕のその言葉に、アユタ姫の動きが止まった。

 そして怪訝な顔をして言う。


「なに……?」

「濃いめで味が凄い奴ですね、了解しましたよ! 僕が作ってやるから、ここは大人しく部屋に戻りなさい!」

「なにを言って」

「それで満足できなきゃ、僕の腕を落とすと良い!」


 僕は立ち上がりながら、左手で右肩をパンと叩いて言いました。それだけ覚悟を持って、です。

 そして次に、アユタ姫の鼻先に指を突きつけて言いました。


「ただし! 満足したらもうこんなことは止めなさい! 食材にも、料理人にも失礼なことは止めるべきだ!」


 僕の言葉に、場に静寂が訪れました。

 数秒間その静寂が流れた後、アユタ姫は気にくわないように近場の椅子を蹴り飛ばし、僕の横を通り過ぎようとする。

 そして、僕の耳に口を近づけ、


「良いだろう、その言葉に乗ってやる。ただし、アユタが満足できなかったら、その命……アユタの武芸の的で使い果たしてやる」


 という物騒な言葉を残し、去って行きました。

 場はざわめいていましたが、僕は料理人さんに近づき、膝を突いて手を伸ばしました。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……大丈夫だ、いつものことだからな」


 いつも?

 いつもこうやって料理を無駄にしていると?


「いつも、ですか」

「ああそうだ……てか、お前は誰だ?」


 料理人さんは怪訝な顔をして僕に聞いて来ました。

 もし、本当にアユタ姫が料理を無駄にし続けているようなら、これはもうやらないといけない。

 なので、僕は胸を張って言いました。


「本日よりこちらに赴任しました、シュリと言います。料理人として、アユタ姫に料理を作ります」


 僕の言葉に料理人さんは驚いて何か言おうとしましたが、僕はそれを手で制しました。


「あなた方にとっては大変不本意でありましょうが、今回だけは僕に任せてください」


 そうだ、僕がやらないとな。


「アユタ姫の晩ご飯……命を捨てる覚悟で取りかからせていただきます」


 あのお姫様に、料理がどんだけ大切なものかを叩き込んでやる!!






 数時間後。


「失礼致します」


 僕は完成させた料理を持って、アユタ姫の部屋に訪れました。

 僕の手には銀のお盆に銀のフードカバーが被せられ、中になんの料理が入っているのか見えないようになっています。


「遅い」


 アユタ姫はサンドバッグらしきものをぶっ叩き、汗を掻きながら言いました。……料理前に、サンドバッグを叩く?

 あ、この人マジモンで、僕の料理が気にくわなかったらボコボコに殴るつもりだな?

 アユタ姫の後ろでは、コフルイさんとネギシさんが待機してるし。タオルとか持って。逃がさないための要員だな。

 実際、トレーニング器具にはさっきまで使ってた痕跡があるぞ……汗が付いてたりとか配置が不自然で使ったばっかって感じで。

 ヤバいな、本当に殺されるかもしれません。


 まあ、死ぬつもりで作った料理ですけどね。


 僕は手に持っていたお盆を、部屋にある机の上に乗せました。


「はい。こちらがアユタ姫が所望した、濃厚で味が凄い奴の」


 僕は銀のフードカバーを取りながら言いました。


「チキンカレーです」


 僕が用意したのは、チキンカレーです。それとナンも作ってみたよ。米が手に入らなかったので。

 それを見たアユタ姫は、コフルイさんからタオルを受け取り、汗を拭いながら乱暴に椅子に座りました。

 そして机の上のチキンカレーを見て、首を傾げました。


「……確かに、匂いは刺激的な奴を感じる」

「ええ。特別製ですから」

「そう、特別製」


 アユタ姫はお盆に乗せられていた匙を掴むと、手の中で回転させてから僕に突きつけました。こら、行儀が悪いなっ。


「なら、これがアユタの希望に通らなかったのなら、あなたはアユタの特別な技で沈めてあげる」

「できればどうぞ」


 僕は不敵に笑って言いました。


「あなたは十秒後、あまりの衝撃にのたうち回る」

「言ったな」


 アユタ姫も不敵に笑って答えます。


「なら、試させてもらおう。……このパンもどきに浸して食べるってことかな?」

「ええ。だけどチキンカレーなので、最初はチキンをがっつり食べてください」

「なるほど、そうさせてもらおう」

「姫」


 その前にネギシさんが出てきました。


「ここは最初に私が毒味を致します」

「ああ、それなら」


 僕はネギシさんが行動を起こす前に、ナンの一部を切り取ってからカレーと鶏肉の一部を掬い取り、口に入れました。

 二三度咀嚼し、一気に飲み込む。


「この通り、毒は入ってませんよ。ご安心ください」

「だが……」

「ネギシ」


 アユタ姫は、軽く手でネギシさんを押しやると言いました。


「目の前でシュリが毒味をした。問題はない、食べるよ」


 そういうとアユタ姫は、チキンカレーの鶏肉……手羽肉とカレーを豪快に掬って口に運びました。

 それらを一気に口に含んで、咀嚼します。


「なるほど、濃いめの味付けというより元々濃い。香辛料と味付けが絶妙で美味しっ!?」


 カラン、と机の上に匙が落ちる。

 アユタ姫は口元を押さえて立ち上がっていました。俯いて、口を押さえ、汗まみれになって目を見開いている。


「ククク! 掛かりましたね!!」

「貴様っ」

「毒でも盛ったのか!! 御館様から毒は盛らないほどに矜恃のある料理人だと聞いていたが、まさかこのような卑劣な手を使うとは!!」

「いやいや」


 僕は不敵な笑みを浮かべると、もう一度ナンを少しだけちぎって、カレーと鶏肉を少しだけ掬って口に含みました。

 もう一度食べて、口を開きます。


「この通り毒はありませんよ毒はね!」

「なら姫のこの様子はなんだ!」

「簡単ですよ」


 僕はチキンカレーを指差して言いました。

 ずっと表情に出さないように我慢し続けていましたが、とうとう僕の額からも溢れるように汗が流れ始めます。


「こいつは、ちゃんと食べれるけど滅茶苦茶辛いバターチキンカレーなのですからね!!」


 そう、僕が用意したのは激辛チキンカレーなのです。

 材料は……なんとこの砦、全て揃っていたのでビックリです。どうやら国主様が様々な香辛料、作物の栽培や農業研究を奨励しているらしく、種類が多くて助かったわ!

 必要な材料は鳥の手羽肉、ニンニク、生姜、ターメリック、チリペッパー、ガラムマサラ、クミン、カレー粉、ヨーグルト、トマト、塩、醤油、生クリームです。

 ビックリだよね、これだけの材料が揃ってるなんて。驚いたよ。

 ちなみにカレー粉は自作した。香辛料が事前にこれだけ揃ってたら、簡単にできたよ。

 では調理手順をおさらいしましょう。

 鳥の手羽肉にニンニクと生姜をすりおろしたものとスパイスを全て入れてよく揉み込みます。これにさらにヨーグルトを加えて揉み込んだら1時間ほど置いときます。

 熱した鍋にバターを入れて少し焦がしバターにしたら、そこにトマトを入れて熱して気持ち煮詰めます。

 このトマトは、この砦で保管されてた奴を自分でトマト缶らしく作りなおしたものです。つまりホールトマトですわ。

 ここで、最初に作っていた鶏肉をペーストと一緒に全て入れて中火で焦げないように時々かき混ぜながら煮る。時間が経ったら塩&醤油で味を調整する。

 ここに生クリームを入れて沸騰させないように煮たら出来上がりです。

 さて、このチキンカレーの辛さを決めるのは生クリームです。この段階で生クリームを使って辛さの調整をします。

 しかし! 僕はここで香辛料を多めに生クリームを少なめにし、それでいながらまろやかさは失わないように神経を削りながら調整! その結果、美味しいけど凄く辛いよというバターチキンカレーの出来上がりってわけです!

 今、僕の体から汗が滴り落ちるほどの辛さだ! 美味しさは保証するが、果たしてこの辛さを乗り切れるかな!?

 僕はそんなバターチキンカレーをお盆ごと掴み、コフルイさんたちに差し出しました。


「どうぞ、僕が食べたので毒はないことは証明してます。少し食べてみては?」

「は、なんだと?」

「どうせ毒味をするつもりだったんでしょう? 僕も食べてるんですから、食べてみてくださいよ」

「……何を言って」

「じゃあ俺が食べてみるわ」


 そう言うとネギシさんは、アユタ姫と同じように机の上に転がっていた匙を手に取り、


「姫様も食べたんだ。大げさな辛さだろ、どうせ」


 チキンカレーを掬って口に含みました。


「は、こんなもんだ! 無礼を働いたことはっ!?」


 と、喋っていたらネギシさんも口を押さえて汗を流し出しました。


「は、がは!」

「ね、ネギシ!?」

「は、はは……コフルイ、確かに、これは、旨いよ」

「は!?」


 コフルイさんはわけがわからないって顔をしました。

 それに構わず、ネギシさんは続けます。


「旨いん、だよ。これ。確かに、だが、辛いっ!」

「クハハハ! そうでしょうとも! 僕自身もいい加減、水が欲しいくらいですからね!」


 本当はバターとかを口に含むと良いんだけどね。それは置いておこう。

 僕は、未だに口を押さえて汗を流しているアユタ姫の前に、持っていたバターチキンカレーを置いて言いました。


「どうですか? 刺激的で濃くて、良い料理でしょう?」


 僕がそう言っても、アユタ姫は僕を見て何も喋りません。

 構わず、僕は続けて言いました。


「あなたが無駄にした料理だって、本当はこれくらいは美味しいんだ。無駄にしていいもんじゃない!

 僕はここで死んでもいい。だけど、料理を無駄にすることは許さない!

 だから」

「旨い!! これだ、これがアユタの求めた料理だよ!!」

「この料理を作って食材の大切さを……え?」


 僕が思いの丈をぶつけようとしたアユタ姫の口から出た、予想外の言葉。

 僕は思わず固まってしまいましたよ。さっきまで喋られなかった人が、なんか満面の笑みを浮かべてるんですから。

 いや、そりゃ食べられるし美味しく作ってあるけど……そう簡単に言えないくらい辛くしてあったのに。

 あ、この人たちが食べられなかったときは、全部僕が食べて片付けるつもりでしたよ。無駄にはしない。

 そんな僕の内心とは裏腹に、アユタ姫は嬉しそうにバターチキンカレーを食べ始めました。

 用意したナンを、僕がしたようにちぎってはカレーを掬って、口に運んでは食べていきます。

 辛さで悶絶しながら、汗を垂らしながら嬉しそうに食べるその姿に、僕は尚更何も言えない。


「あー! 旨い! これだ、これがアユタの求めた料理だ!

 味も濃い、辛さも良い! こういう料理を食べたかった!

 独特の酸味と辛み、そしてそれらを最低限にだけまとめ上げるまろやかさ!

 鳥の旨味がこれでもかと使い尽くして、それを香辛料を使って際立たせてる感じ! ナンを使うと辛さの調節を少しはできる! でもアユタはこの際だった辛さそのものを味わうのが一番だなー!

 たくさんの香辛料を使うことで辛さだけを持ってきてるのかと思ったけど、そうじゃない! 香辛料の持つ香りも旨く調和している!

 これだ、こういう料理をアユタは食べたかったんだよぉ!!」


 食べ進めるごとに悶絶と笑顔を繰り返すアユタ姫を見て、僕は思わず脱力して腰が抜け、その場に座り込んでしまいました。

 本当は、美味しいけど食べにくい辛い料理で、この人が料理を無駄にすることを諫めるつもりでした。

 それがどうしてこうなったのか。同時にわかったことがあります。

 この人は多分、偏食という感じじゃない。

 簡単に言うと辛党。辛いものが好きということだ。

 だけど、この砦の料理は一応濃いめに作られているけど、そういう辛さは好みの辛さというわけじゃなかったんだ。

 僕が作ったカレーのレベルで、刺激的で強すぎる辛さを求めてたってこと。


「嘘だろ姫様……この料理をこんな嬉々として」


 ネギシさんも驚いていました。だろうよ、食べた人にはわかるほど、このカレーは辛い。


「初めて見た……姫様がこれだけ嬉しそうに料理を食べる姿を……」


 コフルイさんも驚きのあまり呆然としている。

 そうしてアユタ姫は全ての料理を食べ尽くし、舌舐めずりをしました。

 椅子から立ち上がり、僕の前に中腰になります。


「お前、シュリと言ったな」

「は、はい」

「そうか。良し、決めたぞ」


 アユタ姫は僕の鼻先に指を突きつけて言いました。


「お前は今日からアユタ専用の料理人だ。アユタのためだけに料理を作れ」

「は!?」

「アユタが満足する、アユタのための、アユタが食べるためだけの料理を作り続けろ。

 お前の料理を気に入った。良いな?」


 あまりにも傲岸不遜な物言い。

 僕は思わず言い返そうとしましたが、あまりにもアユタ姫が嬉しそうな笑みを浮かべているから……何も言えなかった。


 これからの生活、はたしてどうなるんだ……。

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