三十六、本当の理由と茶碗蒸し・前編の弐
僕は今、ギィブさんと一緒に階段を降りている。
この階段って言うのが先ほどの謁見の間にあった、隠し階段です。それを降りて、どこかへ向かっている所になっています。
どうもシュリです。誘拐されてとうとうグランエンドに着いた僕です。
なんの目的で攫われたのかわかりませんでしたが、ここに来てようやく理由が判明しました。どうやら『御館様』という人が僕に会いたいってのが本当の理由みたいです。
なんでそこまでして会いたいのか……そして御館様とは何者なのか……?
それが明かされようとしています。
「御館様、件の人物を連れて参りました」
おっと、どうやら着いたようだ。いつの間にか階段を降りきっていました。
ギィブさんが膝を突いた先にあるのは、あまりにも異様な光景。
そこは、座敷牢だった。そして、先ほどの謁見の部屋みたいな広さがある。
太い木が格子状になった檻の中に、その人はいた。
おびただしい程の本と紙が散らばる中に、正座をして背筋を伸ばした壮年の男性。
白髪頭で相当な年だと思うけど、その姿勢の良さと厳かで気品溢れる姿を見て、いったい何歳なのか見当が付かない。
その中にいる人は、こちらへ視線を向けた。
逃げたい。
あまりの異質な威圧感に、僕は足が震えるようだった。こんなの、今までの旅の中ですら感じたことがなかった。
それはテビス王女が持つような、単純な血統と才能による威圧感とは違う。
まるで人間という形に、あらゆる悪意を詰め込んだかのような怖さ。
穏やかな目であるはずのその目線に、僕は目を逸らしたくなるほどだった。見られたくない、目を合わせたくない。そう思ってしまうほどに。
「今度の命令は果たしたようだな、ギィブ」
「はい、御館様」
「そっちにいるのが……東朱里だな?」
!? この人、今僕の名前を……!!
「はい、相違ありません」
「だろうな。『懐かしい』雰囲気だ。俺と同じ」
!!
「同じ……?」
「そうだ。東朱里」
御館様と呼ばれる男が、僕を見据えて言う。
「俺はお前と同じだ。お前と同じなんだ」
「まさか、それなら」
まさか、そんなありえない!!
僕以外にそんな存在がいるなんて、確かに考えなかったことはない!!
もしかしたらいるんじゃないかって、どこかに隠れてるんじゃないかって思った!!
だけど、まさか現実にいるとは思えません!!
「あなたは、僕と同じ異世界人だと!?」
僕の叫びに似た問いかけに、御館様は頷きました。
「そうだ。俺はお前と同じ異世界人……流離い人だ。
寿命で死ぬこともできず、世界の輪廻から見放された地球人の影法師。それが俺たちだ」
僕はあまりの衝撃にへたり込みそうになりました。それをすんでで堪える。
確かに、この国には地球の残滓のようなものがあった。
それもあからさまなほどに、です。
だからといって、本当に僕と同じ地球人がいるとは夢にも思わないじゃないか!!
「寿命で死ねない? 世界の輪廻から見放された? 影法師? それは」
「その前に、名乗ろうか」
御館様は立ち上がると、檻のすぐ側まで近づいて座り、言いました。
「俺の名前は織田信長。グランエンドの実質的な支配者だ」
衝撃だった。ここに来て、何度目の衝撃だろう。
目が眩みそうになるけど、それでも僕は言わなければいけなかった。
「それは、偽名、ですか」
僕の問いかけに、信長と名乗る人も、ギィブさんも、二人とも驚いていた。
そして信長さんは目を細めると、ギィブさんを見ます。
「ギィブ」
「はっ」
「下がっておれ。俺はこいつと話がある」
「かしこまりました」
ギィブさんは頭を下げると、僕の横を通って階段を上っていきました。
残された僕と信長さんは少し沈黙していましたが、信長さんの方から口を開きました。
「よく気づいたな。俺が信長じゃない、と」
「普通に考えて、そんなはずはないかな、と。ただの勘で」
「良き勘だ。大事にするんだな」
信長さんは居住まいを変えて、正座からあぐらへと変わりました。
「その通りだ。俺は、『本物』の織田信長じゃない。ただ名前をもらってるだけの、お前と同じ人間だ」
「それにしては……凄い威圧感というか……」
「当たり前だ。俺はもうこの国を興す前から生きてる。ざっと百年以上だ」
「百年以上!?」
あまりの言葉に驚いてしまいました。人間がそんなに生きられるはずがない!!
「あり得ない!! いったいどんな」
「それを話していこうか。そして、俺の望みも言っておこう」
信長さんはこちらへ手を伸ばすと、言いました。
「シュリ、俺と来い。この大陸を平定し、『外』に打って出るために」