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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕とリュウファさん
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三十六、本当の理由と茶碗蒸し・前編の壱

「ここがグランエンドかぁ……」


 僕は幌馬車から顔を出して、辺りの景色を見ました。御者席にいるリュウファさんが、首都の門番と何かを話している間のことです。

 とうとうグランエンドに到着……到着? まあいいや、ともかく到着した僕ですが、そこに見えたのは……。

 なんというか、時代劇の街並みっぽい。日本の和と異世界文化が融合したみたいな国。

 ニュービストと違うのは、日本の和の方に寄ってるって感じが強いことですかね。ニュービストはあくまでもこの世界の和風。

 でも、グランエンドは日本に近い和風。

 ……これは偶然か? そんなわけがない。

 この世界に来てからちらほら見えた、不気味な何か。それがわかるかもしれません。


「何をキョロキョロしている。お前は任務の対象だ。大人しくしていろ」


 話が終わったらしいリュウファさんが、僕の方に来ました。


「降りろ。ここからは徒歩だ」

「徒歩?」

「幌馬車はここに置いていく。物資も全てだ。後は城の連中がどうにかする」

「どこに向かうんですか?」

「あそこだ」


 リュウファさんが指差す先にあったのは、城でした。

 さすがにこれは石造りの城……日本の城ではないです。こっちで散々見た城ですが、そこまで高さがない。遠目から見ても三階ほど? 他の家屋が一階しかないのがほとんどだから、ここからでも城が見えちゃいますね。見晴らしが良いとは言ったもの。

 でも、大きい。そしてきっちり城壁で囲まれてる。さすがに防備はしっかりしてますね。


「付いてこい」

「あ、はい」


 リュウファさんがさっさと歩き出したので、慌ててその後を付いて行くことにしました。

 街並みを見てみれば、活気づいている。人々の顔に戦乱特有の影がない。毎日が楽しく、生きがいに溢れてる顔です。

 店に並ぶ商品も立派なもので品揃えも良い。ああ、あそこの魚なんて新鮮そのもの……さぞかし旨い吸い物や焼き魚ができるでしょうに! もったいない!

 あそこの反物なんて、地味な色合いながらも気品に溢れてる良いものです。なかなかお目にかかれないものだ……アーリウスさんに良く似合いそうな色のものもある。

 この国の武器も独特で、剣もあれば片刃剣もある。片手剣に両手剣、槍に薙刀、長弓に短弓、矢も三枚羽の風切りが付いてる。質が良いなぁ。

 あと、魔晶石と魔工道具を売ってたりも。さすがにこれは、アルトゥーリアの魔晶石やリルさんの魔工道具には敵わないな。でも値段が安いなぁ……。

 そんな感じで観察しながら歩いていると、城の正門まで到着。

 深い堀と立派な城壁に囲まれてるなぁ……城の高さの関係で城壁はそこまで高くないけど、石積みに矢を撃つための穴、そして堀に架けられた橋の長さ。そして堀の深さときたら、かなりの防御力を誇ってますね。


「この城へ?」

「正面からはいかん。こっちだ」


 リュウファさんはそう言うと、正門とは違う方へ歩き出しました。慌ててそれに付いて行きます。

 何故か城を迂回して……裏口でもあるのかね?

 城の裏側に回ると、リュウファさんは堀の向こうに向かって手を挙げました。

 なんだ? と思っていると城壁の一部が動き、地面へ沈むように開きます。凄いギミックだな!

 そこから船が出て来ると、こちらへ接岸しました。


「お待たせしました、リュウファ様」


 船頭さんらしき人が船を櫂で漕いできて、リュウファさんへと頭を下げます。どうやらこの裏口の関係者さんみたいですね。

 リュウファさんはそれを片手を揚げることで答えると、さっさと船に乗りました。

 ……え? 乗って良いのかね?


「リュウファ様、こちらの方は?」

「『俺』の任務の関係だ。連れて行く」

「了解しました。……そちらの方、どうぞ乗ってください」


 船頭さんが促してくる上に、リュウファさんがこちらをじろりと見てくるので、仕方が無いと腹をくくって船に乗りました。

 そしてゆっくりと船が動き出し……裏口へと到着します。

 船頭さんにお礼を言って、中に入っていきます。


「ここで靴を脱げ」

「え?」

「靴を脱ぐんだ。屋内は外靴禁止だ」


 見れば靴箱が設置されていて、靴を納めるようになってます。珍しい……こちらの世界に来てから初めてのことだな。

 リュウファさんの後を黙々と付いて行きますが……ここは城の中なんですよね?

 石積みの外見に比べて、内装は木造のそれです。凄いのが、風の流れを計算して作っているのか城の中なのに涼しい風が吹いていて、湿度と温度が過ごしやすくされていることです。そして部屋の名前の書かれた標識、人が二人並んで歩くのが精一杯な廊下、歩く度にキィキィと鳴く廊下、それでいて住んでいる人には行動しやすいように、部署事に区画が分けられてる感じ。


「綺麗な内装ですね。掃除も行き届いていて、整理整頓もされている。使用人の方の技量の高さが窺えます」

「無駄話は良い。……ここだ」


 あれ? 案外あっさりと着いたな?

 リュウファさんが案内してくれたのは、一階の中央に位置する部屋です。

 ここに……目的の人が?


「国主様……リュウファです。戻りました。これから目的の人物を中に入れます」


 リュウファさんが中へそう言うと、こちらを見ます。


「ここからはお前一人で行け」

「ぼ、僕一人ですか?」

「そうだ。……俺は別の任務だ」


 それだけ言うと、リュウファさんはどこかへ行ってしまいました。

 ……え? 本当に僕一人?

 た、立ち止まってても仕方が無いな。入るか。


「失礼します」


 扉……というか襖を開けて中に入りました。

 中を見ると、広い部屋に二人の男がいます。


「来たかぃ。おんしゃあがシュリじゃの?」


 一人は小柄な男です。上等な和服に身を包んだ小柄な男。鳶色の髪を伸ばし、整える気もないようでぼさぼさになっています。顔は若いのですが、威圧感があり、座っている位置や態度からして、この人が一番偉いのでしょう。

 もう一人は、両目を閉じた人です。剣を肩に掛けているて、紫に近い黒髪を後ろに流し、座る姿も凜としてます。背筋も伸びており、胴着の裾から覗く二の腕は凄く鍛えられています。側近かな?


「えっと、はい。僕が、シュリです……」

「ふーん……」


 じろじろと僕を見る小柄な男。そして満足したように笑顔を浮かべました。


「まあええ。儂がこの国の国主、ギィブ・グランエンドじゃ」

「……私は御館様の側仕え、クアラ・ヒエン。リュウファの兄よ」


 ……!? リュウファさんの兄!? そして、この人かグランエンドの国主、か!


「えっと、ご丁寧にどうも」

「まあそこに立っているのも疲れるじゃろう。こっちへ来て座れ」

「……はい」


 僕は襖から離れ、ギィブさんへ謁見するつもりの距離で座りました。


「えーっと?」

「うむ、何がなんだかわからんって面をしちょるの。当然か、正規の手段の全てを無視したからのぅ!」

「……国主様。本題に入られた方が宜しいかと。シュリが混乱しておられます」

「そじゃの」


 ギィブさんはこちらに鋭い目つきを向けると、言いました。


「単刀直入に言おうか」

「はい」

「……シュリをここに連れてきたのは、御館様が望まれたからよ」


 …………?

 は? 御館様?


「御館様? 誰、です?」

「国主様。話が飛びすぎておられます。私から説明しても?」

「そうじゃの。そうせぇ」


 クアラさんはギィブさんにそう言うと、僕の方へと向き直りました。


「シュリ。私から説明しよう」

「お願いします」

「その前に……リュウファからどれだけ聞いておる?」

「何も。こちらに有益な情報は一つもありません」

「そうか。ふむ、そうだな。では、一つ一つ丁寧に説明しよう」


 クアラさんは肩に掛けてた剣を反対の肩に持ち替えて言いました。


「まず、リュウファ・ヒエンは優秀な仕事をしたな。三鬼一魔の将として、立派なことだ」

「? 三鬼一魔の将? 三宝将とか剣宝じゃなくて?」


 それを言うと、クアラさんは一瞬呆けた顔をしてから笑いました。


「ハハハ、どうやら他国への情報操作は上手くいっているようだな」

「違う、ので?」

「それは、ある一人の将を隠すための工作だ。正確には三鬼一魔、四人の将よ」

「四人?」


 お? ここに来て有用な情報が出てきたな。

 三宝将と剣宝ではなく、三鬼一魔。


「リュウファは『魔』……魔人の称号を持つ最強の戦士よ」

「魔人……」

「他は魔法を極めた『魔鬼』、あらゆる武器の扱いを修めた『武鬼』、そして隠している将で統率力と軍略に優れた『王鬼』の三人となる」

「魔鬼と魔人は……何か意味ある関連で?」

「違うな。魔鬼は魔法を極めたもの、魔人は人のそれに魔を加えたものよ。

 ……リュウファの一人は私の弟よ。だから弟と呼んでおる」

「ヒエン、という家名は?」

「もともと最初のリュウファの家名がヒエンであっただけよ。……私の一族は、その業を背負っておるだけよ」


 駄目だ、いきなり情報が溢れすぎて頭が付いてこない……。

 わかるのは、グランエンドには魔人、リュウファ・ヒエンの他にも三人の将軍がいるってことだ。


「他の方々は……今はどちらに?」

「他の戦場よ。王鬼はそろそろ帰るはずだがの」

「そう、ですか」

「さて、リュウファの説明はよかろう。本題に入る」


 本、題?


「お前をここに、正規の手順も外交も全て無視して呼んだのには、理由がある。それはちゃんとした話し合いでは絶対に通るはずのない話だからだ」

「通らないって……引き抜きとかですか。いや、自惚れた話だってのは自覚してるんですけど」

「自惚れてはいないな。順当な評価、だと私は思う」


 僕が呆気にとられた顔をすると、クアラさんは溜め息を吐いて言います。


「気づいておらん、か。シュリが現れてより、広めた料理はどれも異質なほどの技術があると」

「……」


 この口調、この態度……まさかっ。


「もしかして、気づいてらっしゃる?」

「それも御館様と話せばわかる。……引き抜きではないと、先に言っておく」

「引き抜きではない、と?」

「そうだ。先ほど国主様が言った通りだ。御館様が、シュリと会うことを望まれた。だからここまで連れてきた」

「……そこまでして、ですか?」

「そうだ。正規の手段を全て無視し、国交断絶となろうとも、我らは御館様の命に従う。それだけだ」

「わかったかいのぅ」


 ギィブさんはそう言うと、立ち上がりました。


「そんじゃあシュリ。おんしは料理が得意と言っとったのぅ」

「あ、はい」

「では茶碗蒸しを作って参れ」

「は?」


 え? 御館様とやらに会うんじゃないの?


「御館様の好物でな。挨拶代わりに作って持っていけ。良いな」

「それは、どういう」

「言葉のまんまじゃ。さっさと茶碗蒸しを作ってこい!」


 驚く僕を尻目に、ギィブさんはそう言い切りました。

 いや、でも、え? 


 この世界に、茶碗蒸しがあるのか?!


 今まで僕が作ってきた料理は、地球の料理です。こちらで作られてないような料理がほとんどを占める。

 それなのに、ここに来て茶碗蒸し? どういうことなんだろうか? 好物? つまり御館様というのは、茶碗蒸しを知っている人ってことか?

 それは、つまり、


「わかりました」


 僕は立ち上がると、ギィブさんを真っ直ぐに見つめます。


「どうやら、僕も御館様とやらに会う必要がありそうです」

「そうじゃろう」


 ギィブさんはニカッと笑って言いました。


「御館様も言っておったよ。それを言えば、必ずシュリは食いつくとな」

「そう、ですね」

「じゃあ、御館様が満足するような茶碗蒸しを作れ。えぇな」


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