四、恋煩いの湯豆腐・前編
肌寒い季節になりました。
こっちに来てから既に半年が過ぎようとしています。暦は同じなので、分かりやすくて助かってます。
木々は葉っぱを散らし、風は冷たくなっていく……。帰れるのですかね、僕は。
こんにちは、シュリです。
ちょっと詩的なことを言ってみましたが、既に地球への未練は薄いです。半年も行方不明の人間なんて職場はクビにされてるだろうし、親だって呆れてるに違いありません。
異世界誘拐保護みたいな法律、できないかなと真剣に悩んでます。
それよか、こちらで就職してますから、こちらで身をたてるしかないですね。
塩の利権を巡る戦が終わって、大量の褒賞金と食材を手にいれました。ガングレイブさん大喜びです。これで兵の増員も装備の充実もできそうです。
料理番の補助はもう少し先になりそうですが。
「どうして料理番の補助は募集しないんで?」
「お前の料理の腕をカバーできるほどの人材がいないからだ。今更、そこそこの飯しか作れん人間を入れるのもな」
僕の苦労は続きそうです。
別に教えるくらいなら出来そうなのですが。
「お前の飯の技術は他に広めるにはちょっとな」
そ、そんなに問題ある?!
一応、リルさんにもクウガさんにも気に入ってもらってるんだけど……。
ちょっとショックを受けましたが、寒い時期にさらに寒い地方で戦が起こっています。
今回の理由はズバリ鉱物資源らしいですね。
鉄とか銅とか。とりあえず武器や日用品になりそうなものの原料です。
まあ、金とか銀とかではないそうで。
でも、良質な鋼を作れる鉄らしいので、やはり争いは避けられません。
寒いです。
寒い時期でさらに寒い地方ですので、雪が積んであります。
積もってるんじゃありません。積んでるんです。
一メートルも積もってたら、積んでるのレベルでしょ?
「寒いですね、リルさん」
「……」
大変です、リルさんが固まっています。
しかたありません。
「ひょい」
「……あったか!」
最近作った、暖かい飲み物の甘酒です。
酒麹で作りました。アルコールがあるのであまり広めません。
「甘い、酒っぽくない」
「でも一応お酒なんで、一本だけですよ」
んくんくと飲むリルさん萌え。
ふと目を向けると、ガングレイブさんが僕の作った甘酒を飲みながら作戦を練っています。
隊長さんたちと話しているので、いかにこの雪山を乗り越えて敵を討つかでしょう。
ん、隊長さんの一人がこちらを見てますね。なんでしょう?
結局、今日は休んで明日進行するらしいです。
僕とリルさんは後続部隊としてここに残ります。
こういう日の洗い物は辛いですね。身にしみます。
「ちょっといいですか」
ん?
「ああ、アーリウスさんですか」
「話があるのですが」
アーリウスさんは魔法使いの部隊を率いる魔法のスペシャリストです。
前に遠くから見たら、直径一メートルはありそうなでっかい火の玉を、敵の陣地に情け容赦なく落としていました。
そんなアーリウスさん。絶世の美女です。
光沢がある長い銀髪に整った顔立ち、僕より少し背が高めでプロポーションが完璧な女性です。ただ、胸はぺったんこですが。
魔法使い独特のローブに、腰には二本の短い杖を持ってます。
そんなアーリウスさん。どうして僕に話しかけたのでしょうか。
「なんでしょう?」
「そ、そのですね……」
ちょっと恥ずかしそうにするアーリウスさんにエロさを感じた僕は、普通のはずだ。
「私に料理を教えて欲しいのです」
……恋する女性の顔だ。
というのもアーリウスさん。
ガングレイブさんのことが好きだそうです。
てか、見りゃ分かるんですよ。
チラチラ見たり、甲斐甲斐しく接したりとか。
明らかに他の男性陣に向けるはずのない優しい瞳をするんですよね。
聞かなくても一発で分かります。あからさまですから。
本人は隠してるつもりらしいので、あえて深く突っ込みません。
気づかないのなんてガングレイブさん本人くらいですよ?
「料理、ですか? 構いませんけど、料理の経験は?」
「ありません……」
これは、料理を教えたらグロテスクで腹痛エンドしか見えないな。
「包丁を握ったことは?」
「……少し」
「料理の経験がないのに?」
「ごめんなさい、見栄を張りました……」
ばつが悪そうに腕を組むアーリウスさんにエロを感じた僕は健常だ。
「んー、いきなり料理を教えてくれというのは……。
教えるのに問題はありませんが、簡単に出来ませんよ?」
「そんな……」
「でも、どうしたんですかいきなり?」
今まで僕と話す機会はなかったのです。
この人、初対面でさっさと殺せって言ってましたし。
怖くてなかなか話せなかったんですよね。
「その……誰にも言わないでくれますか」
「僕は口が堅いので問題ありません」
「私……ガングレイブのことが好きなんです」
知ってるよ!!!!! それもみんな!!!!!!
いざ美女がイケメンに好きだなんていう場面を見ると、殺意が湧きますね。
今なら殺意の波動で滅・○動拳が撃てそうです。
みんな知ってると言いたいのをグッとこらえました。
「はあ、そうなんですか」
「それで、最近ガングレイブがあなたの料理を美味しそうに食べてる場面をよく見ます。
ちょっと、嫉妬しました」
BL要素なんぞ、一つもないがな!!!!!
「それは、まあ」
「私もガングレイブに料理を作ってあげれれば、振り向いてもらえるかと思ったんです。
最近、リルとクウガの部隊が活躍してそっちに目が行ってます。
ガングレイブのために、何かしてあげたいんです。
魔法も、もっと覚えますから」
憂う恋心。深窓の令嬢。
く、美女補正がすげえ。
「アーリウスさんは別に、魔法で困ってるわけじゃないんですね」
「……ちょっとだけ」
困ってるんだ。
リルさんとクウガさんのことがあったから、もしかしてと思ったけど。
「魔法は別の分野なんで口出しは出来ませんよ。
でも、恋心のお手伝いはできます」
「え!? 本当に!?」
近い近いいい匂……。
は、僕は一体何を!?
「僕のいた地域で、親しい者たちで食べる料理があります。
ちょうど時期と地域もいいですし。ガングレイブさんと二人を招待しましょう」
「え? あなたもいるの?」
「そのときには、僕のことは背景の一つとでも思っていただきたい」
言ってて泣きそう。
「で? 俺は呼んだのは料理会のご招待か?」
その晩、ガングレイブさんとアーリウスさんをお呼びしました。
協力として、リルさんにテーブルと椅子を作ってもらいました。
代償としてハンバーグです。牛肉が急ピッチで減っていきます。
「はいお客様がた。こちらの席へどうぞ」
そっと椅子へ促して座らせます。
テーブルに皿とスプーンを用意して、さらにはポン酢もどきを用意しました。
魚醤では、ネギにつけてもこの料理の味を損ねてしまいますから。
「では、これから料理を作らせてもらいます」
「ほう、目の前で料理か」
ガングレイブさん楽しそう。
アーリウスさん、殺意の波動がこもった目をしてます。
だから、BL要素なんぞない!
「といっても、出汁はできてます。少しで完成です」
今回は湯豆腐を作らせていただきました。
前に海の街で滞在した時、昆布が売られてたので買いました。
品質も良く、いい出汁です。
「こちらに豆腐を投入」
大豆と、海で手に入れたにがりで作った出来たての豆腐です。
これは作るのに苦労しました。
作るための道具から作らなければなりませんでしたから。
そのため、リルさんにハンバーグです。牛肉、ストックがまずいです。
「コトコト茹でて出来上がり。湯豆腐です」
「……これだけ?」
ガングレイブが意外そうな顔をしてます。
「これは寒い時期に食べるからこそ最高の料理です」
「そうか、で、よそってくれるのか?」
「いえ、私はあとは関与しません」
「は?」
特製お玉を渡しました。
あの穴開きのやつです
「二人が互いのためによそって、一つの鍋をつつく。
それが鍋料理の醍醐味です」
このとき、アーリウスさんが何かに気づいた顔をしました。
「ガングレイブ、私がよそってあげましょう」
「ん? ああ、頼む」
アーリウスさんがガングレイブさんの皿に豆腐を三つ、入れてあげてます。
「じゃあお前のは俺がよそってやるよ」
「え?! え、じゃ、じゃあ……」
照れた感じでお玉と皿を出します。
互いに三つずつ入れてあげて、食事会の始まりです。
「うめえ!」
「本当です……こんな単純な料理なのに」
二人共驚いてますね。
けど、単純とはまた。
「ガングレイブさん。もしこの鍋に昆布が入ってなかったらどうなると思います?」
「同じ味だろ?」
「いえ、劇的に味が違います」
二人共不思議そうな顔です。
「細かい説明は省きますが、脇役の昆布に含まれる本当に小さい旨みとなる要素が鍋に溶け、それが主役の豆腐に染み付くとこういう味になります。
どうです? ガングレイブさんという主役に、旨みを与えてくれているのは誰でしょ?」
なんか自分で言ってて恥ずかしいな。
ガングレイブさんはハッとした顔をしてるし、アーリウスさんは熱っぽい視線でガングレイブさんを見てます。
「まさか、アーリウス……」
「……はい」
照れた感じで肯定するアーリウスさん。
これで僕の仕事は終わりですね。
二人の話を遠くに、シュリはクールに去るぜ……。
次の日、アーリウスさんに感謝されました。
どうも、今は恋人にはできないが落ち着いたらこっちから告白するという、男らしい返答らしいですよ。
リア充なんて爆発しろ、と思ってましたが。
身近にいる仲間が幸せになると、そう思わないのですね。
ちなみに成分やら原子やら分子やら聞かれたので答えました。
その後の戦には勝ちましたが、アーリウスさんが無双したらしいですよ。




