三十一、誘拐されてウサギ肉の煮込み
……うーん、ここはどこだ……? 何故か記憶が飛んでいる……。
「ほら、『うち』が強く殴るから、未だに目が覚めないだろ」
「うちは悪くない。『儂』が手っ取り早くやれって言ったからだ」
? 話し声が聞こえる……確か、確か……?
確か僕は!?
「クウガさん!? いって……っ!?」
僕の脳裏に記憶が鮮烈に蘇り、慌てて体を起こしてみると首の辺りが痛いです。
回りを見ると、乗ってた幌馬車だ……でもリルさんとクウガさんとエクレスさんの姿が見えないぞ?
誰もいない、何もなくなった幌馬車の中から御者席を見ると、誰かが座っている。
黒いローブを身に着けた、謎の人物……あ!
「もしかして、あなたは、えーっと、リュウファ、さんとか言う人!」
「ん?」
軽い感じの声がローブから聞こえて、振り返ったローブの下の顔を見ました。
その下には、なんか軽薄そうな男の顔がありました。なんというか、全体的にチャラい感じの。
「おー、目が覚めたか。全く、あれから一日は寝てたんだぜ、あんた」
「は?! 一日!? いやそれよりも」
僕は慌てて幌馬車の隅に逃げて言いました。
「みんなはどうしたんです!?」
僕の問いかけに、チャラい男……リュウファさんが困ったような顔をして頭を掻きました。
「あー、小生が説明するのめんどくせぇなぁ。今から『儂』に変わるから待ってろよ」
そういうとリュウファさんはフードを被って前を見ました。
? 『儂』に変わる? なんのことだ?
少しして再び振り向いてフードを脱いだその下の顔は、老練な男性の顔が!?
「『儂』が説明するのはめんどうくさいんじゃが。まぁ、『俺』からも言われとるし、ええやろ」
「え? さっきの人……リュウファさんはどこに?」
僕はわけがわからずに聞くと、お爺さんはキョトンとした顔をしました。
そして、快活に笑い出した。
「ワッハッハ! 久しぶりにそんな人間の反応を見たもんじゃ! いやぁ、この瞬間は楽しいのぅ。儂はそれが好ましいわい」
「え?」
「儂はリュウファ・ヒエン。いや、儂『も』リュウファ・ヒエンと言えば良いかのぅ」
???
この人は何を言ってるんだ? 儂もリュウファ・ヒエン? どういう意味だ?
「儂『ら』は一つの肉体を共有する『六人』の『達人』の集合体じゃ。と言えば、わかるかの?」
「いえ、わかりません」
わかるわけないよね? どういう意味かさっぱりわかんないんだけど。
僕がキョトンとした顔をしていると、お爺さんは困った顔をしました。
「こりゃ困った。こりゃ、説明するより見た方が早いのぅ。『私』よ、変わってくれるか?」
お爺さんがそういうと、信じられない光景が。
なんか、お爺さんの顔が歪んで、崩れて、滅茶苦茶になった。
そこら辺のスプラッタなんか目でもないほどのホラー映像を見させられてる気分になり、僕は吐き気を催した。
でも寸前で堪える。さすがにそれは失礼……だよね?
崩れた顔……骨格や筋肉、目や口や鼻が再び人の顔になったときに、そこには全く別人の顔が出来ていた。
その形は美女のそれだった。気のせいか、ローブの下に浮かぶ体形も変わっているように見える……!
「この通りよ。リュウファ・ヒエンの一人の『私』よ。短い道中、宜しくね」
「わ、私?」
「そ、私。私は私。リュウファ・ヒエンになった時点で自分の名前は捨てたわ。だから、今のリュウファ・ヒエンは『私』と名乗ってるの」
そ、そういうことか! つまりこの人は、六人分の人間が一つの肉体に押し込められてるんだ!
そして六人はそれぞれ、自分のことを一人称で表してる……わかるだけでも『小生』、『儂』、『うち』、『私』……。
そこでようやく、僕は何が起こってこうなっているのかを、思い出した。
「クウガさん!! クウガさぁん!!」
「リル、早く馬を出して! シュリ、諦めるんだ! ここは逃げるしかない!」
あの時、大雨が降り始めた時。僕たちはガラキア村に向かう道中だったんだ。
そこに、リュウファと名乗るローブの人物が現れた。
目的はどうやら僕らしく、
クウガさんはそれを阻止するために戦った。
正直、僕はその時点で安心してたんだ。クウガさんなら負けるはずがない。絶対に勝つのがクウガさんだって。
でも、クウガさんは負けた。僕の目の前で。
何をされたのか、さっぱりわからなかった。でも、持ってる武器の光が刀にも似た形になったかと思うと、一瞬でクウガさんを倒していた。
ハッキリ見えたわけじゃないから断言できないけど、でも地面に倒れて動かないクウガさんは、間違いなくリュウファに負けた。
そこから早かった。暴れる僕を押さえるエクレスさん。
そして御者台で馬の手綱を操るリルさんが、もの凄い速さで幌馬車を走らせた。
駆け寄ろうとする僕を、エクレスさんが必死に押さえて言いました。
「よくわからないけど、あいつの目的は君だ! 目的が君である以上、君を奪われたらボクたちの完全敗北だ! クウガはそれをさせないために戦ったんだよ!」
「でも! 助けないと! クウガさんが!」
「無理だ! あの状況でクウガは助けられない!」
「リルさん! 戻って、戻ってください! クウガさんを!」
「無理! この状況じゃ助けられない!」
言い争う僕らの幌馬車に、ドンと振動が鳴った。
幌馬車の後ろを見ると、幌馬車に足を掛けて立ってるリュウファがいた。
そんな、この速さの馬車に追いついたと!?
「リル! リュウファだ!」
エクレスさんがそういうと、リルさんは手綱を放して後ろに来ました。
そしてリルさんとリュウファが睨み合います。空気が歪みそうになるほどの緊張感が、この場を支配する。
「お前、なんのつもりでシュリを狙う! ただじゃおかない!」
「止めとけ。お前では僕に勝てない」
「言ってろ!」
リルさんはリュウファに向かって走ると、いつも着ている白衣の下から瓶を三本、取り出しました。
それをリュウファに向かって投げようとした――が。
「無駄だと言ったのに」
「がは」
リュウファの持つ長柄の棒が、リルさんの喉に突き刺さっていた。
いつの間に、動きが見えなかった! いや、それよりも!
「リルさん!」
「げほ! げほっ!!」
リルさんは喉を押さえて倒れました。顔を赤くして、息苦しそうに。
「安心しろ。殺すほどじゃない。ただ、当分呼吸できない苦しみは味わうぞ」
リュウファはそう言うと、今度こそ僕を見ました。
「さて、どうする? 僕はお前以外の二人を殺せるが、お前の返答次第じゃ見逃してやる」
「なに?」
「大人しく僕と来るなら、二人の命は助けてやるって事だ。断れば殺して、お前を連れて行く」
間違いない、こいつはやる。確実にやる。僕でもわかるほどに雄弁な殺気を感じる!
だが、そんな僕の前に立って腕を広げた人がいた。
「エクレスさん!?」
「シュリくん、すぐに幌馬車から飛び降りて、森に逃げてから村へ向かえ! そして救援を頼むんだ! 早く!」
「させんよ」
リュウファの持つ棒が瞬時に動くと、エクレスさんの左のこめかみを打ち抜く。
「う!!」
「エクレスさん!!」
倒れるエクレスさんに駆け寄ろうとした瞬間、僕の後頭部に痛みが走り、
意識が途絶えた。
と、ここまでを思い出した。
「そうだ、リルさんやエクレスさん、クウガさんをどうしたんだ!!」
「お、ようやく思い出したみたいね。出番よ、『儂』」
「めんどくせぇのじゃけど」
そう言いながら、リュウファの顔が老人の顔へと変わりました。
「言っとくがだーれも殺しとらんぞ」
「嘘だ!! クウガさんは、クウガさんは……っ!」
僕は言葉に詰まりながら続きを言おうとしますが、喉から出てきませんでした。
クウガさんが殺された。
それを口にすると、本当に現実になりそうで、でも本当に現実で。
でも最後の一線で信じたいから、言葉にできなかった。
そんな僕の様子を見て、リュウファは前を向いて頭をかきました。
「殺しそびれたわい」
……え?
「殺し、そびれた?」
「あの『俺』の攻撃を寸で見切り、致命傷を避けておったわ。初めてじゃわい、『俺』が敵を殺しそびれるとは」
「では、みんなも?」
「殺しとらん。おんしを追うために、無駄に殺して死体を処理する暇がなかったからのぅ。クウガはあの場にいるじゃろうし、あの女子たちは気絶させて荷物ごと放りだしたわい。だーれも殺しとらん」
「みんな……生きてる……良かったぁ……」
僕は安堵のあまり、涙が出てしまいました。
良かった、みんな生きてるのか……! 僕が狙われたせいで、みんなが死んだなんて聞いたらきっと立ち直れませんでした。
しかし、ここで問題が。
「……それで、僕はどこに連れ去るつもりで? えーっとリュウファ、さん」
「おんしを襲って仲間を倒した人間を『さん』付けするとは、器の広い男子じゃな。
まあ、気になるわの」
いや、連れ去られてるからこそ、怖いから『さん』付けで相手を呼んでるだけです。
何に気を咎めて襲ってくるかわかんないからね。
「おんしをこれから、儂らの主の元へ連れてく」
「主? 仕える王様、ですか」
「それ以上はいいだろう」
お爺さんだった声が若い男性の声になり、こちらを振り向きました。
その下の顔はとても端正な男性の顔になっている。この人は……。
「俺は自分の任務を果たすだけだ。死にたくなければその内容を詳しく聞くな。
情報は命より重い」
その声はとても低く、冷たい。思わず背筋に悪寒が走りました。
そう思っていると、途端に幌馬車が止まりました。何故?
「さて、そろそろ昼時だ」
「え? 昼?」
そういう時間帯だったのか……全然気がつきませんでした。
リュウファさんは御者台から降りると、棒を手にします。
「すぐに戻る。『俺』から逃げられると思うなよ。腕をへし折られなくなければ、ここにいろ」
「あ、はい」
駄目だ、あわよくば逃げようかと思いましたが……この人からは逃げられない。そんな感じがする。本当に逃げたらどこまでも追っかけてきて、酷い目に遭わされる。
リュウファさんは……考えてみればなんなんだ?
いや、敵ってのはわかるけど、そもそもなんで六人で一人みたいな超生物なの? この世界ではそれが普通なの?
そんなわけないよねー。いくら魔法や魔工があるからって、六人の人間を一つにまとめるなんて、聞いたことがない。見たこともなかった。
しかも一人一人が達人らしいし。なんだろ、敵国の極秘プロジェクトで生まれた生物兵器みたいな存在なの? いや失礼な言い方ですけど。
「戻ったぜ!」
「早い!」
リュウファさんが幌馬車に戻ってきたことで、思わず言っちゃったよ。
だって五分も経ってないよ!? 何しに出たのか知らないけど、戻ってくるの早すぎない? もしかしてトイレだった?
ちなみに今の顔は、最初に見た軽薄そうな男の顔です。コロコロ変わってややこしいわ。
「ほら、解体してきた」
そう言って投げてきたのは……解体し立てのウサギでした。もう皮を剥がれた肉状態です。いや、本当に早くない?
「それと、近場の盗賊から奪ってきた食料品と調理器具、食べられるキノコだ」
革袋を二つとキノコの束も投げてきたので、中を覗いてみるといろんな食材が。
いや、早くない? 早すぎるでしょ? 五分くらいでウサギを狩って盗賊から食料品奪ってきたの? え? 僕の時間の感覚狂ってる?
「小生は腹が減ったから、早めに頼むな」
「……あ、僕が作るんですか?」
「誰が作るのさ? 君はそれが取り柄なんだろう?」
僕がキョトンとした顔で答えると、それにリュウファさんもキョトンとした顔で言いました。
あ、これは作らなきゃいけない流れだ。
……いくら相手が僕を攫った相手だからと言って、仕事を投げ出すのも駄目だよなぁ。てか僕もお腹が減った。
しかし……ウサギ肉か。扱うのは久しぶりだなー。難しいんだよウサギ肉って。
焼き加減間違えると固くなるし。だから煮込み料理にするのが良いなぁ。
革袋の中の材料を確認して……これならいけるか。
というわけで、作るのはウサギ肉の煮込みです。
ウサギ肉、ローズマリー、オリーブ油、キノコ、にんにく、玉ねぎ、小麦粉、白ワイン、水、塩、胡椒です。
なんか革袋の食料が品物豊富なんですけど……これ絶対に盗賊からじゃないだろ……まさか商人を襲ったとか……てか、オリーブなんてあったんだなこの世界……いや考えないでおこう。
正義感でこんなもの使えませんとか言えないし……言ったら殺されるかもしれん。あと僕自身もお腹が減ってるし生きるために……仕方が無いと割り切っておくしか……。
気を取り直して作り方。まずは大きめに切ったウサギ肉を水で洗い、水気を取ります。
次にローズマリーと油をもみ込み、30分ほど置きましょう。
その間にキノコを2cmぐらいに手で裂くか切って、にんにくと玉ねぎはみじん切りです。 鍋に油を引き、にんにく、玉ねぎを入れ、玉ねぎが透き通るまで弱火で炒めます。
時間が経ったウサギ肉に薄力粉をまぶし鍋に加え、中火で焼きます。
焼き色がついたらキノコと白ワイン、水、塩を加えて混ぜて、蓋をして弱火で1時間ほど煮込みます。
「まだできねぇの?」
「もうちょっと待ってください」
焦げないよう、時々全体をかき混ぜるのですが、どうもリュウファさんのせっつきがうっとうしなぁ! 待ってくださいよ。
最後に胡椒をふり、火を止めて出来上がり。
「お待たせしました。どうぞ」
「おう」
リュウファさんは皿に移した料理を受け取ると、食べ始めました。
……無言。
「どうです?」
「食えなくはない」
え、それだけ? おかしいな、不味かったかな。
試しに僕も食べてみますが……うん、美味しい。
ウサギ肉独特の香りと食感、それを上手く煮込んでできた濃厚な旨味。
香るローズマリーの風味がウサギ肉の嫌な臭みを消して、食べやすくしています。
野菜の類いもウサギ肉の旨味を吸って、とても美味しい。
うん、美味しい。失敗ではないか。
「まあ、食べられるなら良いか」
リュウファさんも黙って皿を出してきますし、食べられるってことはマズくないってことでしょう。おかわりするくらいだし。
さて、僕も今のうちに腹ごしらえをしときましょう。
この先、どんな旅路になるのかわかりませんし。
これが、僕とリュウファさんの奇妙な旅路の始まり。
敵として出会ったリュウファさんを通して知った、相手側の事情。
この奇妙な旅があったからこそ、この後の様々な出来事に対処できたのだと思います。