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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕とリュウファさん
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三十一、誘拐されてウサギ肉の煮込み

 ……うーん、ここはどこだ……? 何故か記憶が飛んでいる……。


「ほら、『うち』が強く殴るから、未だに目が覚めないだろ」

「うちは悪くない。『儂』が手っ取り早くやれって言ったからだ」


 ? 話し声が聞こえる……確か、確か……?

 確か僕は!?


「クウガさん!? いって……っ!?」


 僕の脳裏に記憶が鮮烈に蘇り、慌てて体を起こしてみると首の辺りが痛いです。

 回りを見ると、乗ってた幌馬車だ……でもリルさんとクウガさんとエクレスさんの姿が見えないぞ?

 誰もいない、何もなくなった幌馬車の中から御者席を見ると、誰かが座っている。

 黒いローブを身に着けた、謎の人物……あ!


「もしかして、あなたは、えーっと、リュウファ、さんとか言う人!」

「ん?」


 軽い感じの声がローブから聞こえて、振り返ったローブの下の顔を見ました。

 その下には、なんか軽薄そうな男の顔がありました。なんというか、全体的にチャラい感じの。


「おー、目が覚めたか。全く、あれから一日は寝てたんだぜ、あんた」

「は?! 一日!? いやそれよりも」


 僕は慌てて幌馬車の隅に逃げて言いました。


「みんなはどうしたんです!?」


 僕の問いかけに、チャラい男……リュウファさんが困ったような顔をして頭を掻きました。


「あー、小生が説明するのめんどくせぇなぁ。今から『儂』に変わるから待ってろよ」


 そういうとリュウファさんはフードを被って前を見ました。

 ? 『儂』に変わる? なんのことだ?

 少しして再び振り向いてフードを脱いだその下の顔は、老練な男性の顔が!?


「『儂』が説明するのはめんどうくさいんじゃが。まぁ、『俺』からも言われとるし、ええやろ」

「え? さっきの人……リュウファさんはどこに?」


 僕はわけがわからずに聞くと、お爺さんはキョトンとした顔をしました。

 そして、快活に笑い出した。


「ワッハッハ! 久しぶりにそんな人間の反応を見たもんじゃ! いやぁ、この瞬間は楽しいのぅ。儂はそれが好ましいわい」

「え?」

「儂はリュウファ・ヒエン。いや、儂『も』リュウファ・ヒエンと言えば良いかのぅ」


 ???

 この人は何を言ってるんだ? 儂もリュウファ・ヒエン? どういう意味だ?


「儂『ら』は一つの肉体を共有する『六人』の『達人』の集合体じゃ。と言えば、わかるかの?」

「いえ、わかりません」


 わかるわけないよね? どういう意味かさっぱりわかんないんだけど。

 僕がキョトンとした顔をしていると、お爺さんは困った顔をしました。


「こりゃ困った。こりゃ、説明するより見た方が早いのぅ。『私』よ、変わってくれるか?」


 お爺さんがそういうと、信じられない光景が。

 なんか、お爺さんの顔が歪んで、崩れて、滅茶苦茶になった。

 そこら辺のスプラッタなんか目でもないほどのホラー映像を見させられてる気分になり、僕は吐き気を催した。

 でも寸前で堪える。さすがにそれは失礼……だよね?

 崩れた顔……骨格や筋肉、目や口や鼻が再び人の顔になったときに、そこには全く別人の顔が出来ていた。

 その形は美女のそれだった。気のせいか、ローブの下に浮かぶ体形も変わっているように見える……!


「この通りよ。リュウファ・ヒエンの一人の『私』よ。短い道中、宜しくね」

「わ、私?」

「そ、私。私は私。リュウファ・ヒエンになった時点で自分の名前は捨てたわ。だから、今のリュウファ・ヒエンは『私』と名乗ってるの」


 そ、そういうことか! つまりこの人は、六人分の人間が一つの肉体に押し込められてるんだ!

 そして六人はそれぞれ、自分のことを一人称で表してる……わかるだけでも『小生』、『儂』、『うち』、『私』……。

 そこでようやく、僕は何が起こってこうなっているのかを、思い出した。





「クウガさん!! クウガさぁん!!」

「リル、早く馬を出して! シュリ、諦めるんだ! ここは逃げるしかない!」


 あの時、大雨が降り始めた時。僕たちはガラキア村に向かう道中だったんだ。

 そこに、リュウファと名乗るローブの人物が現れた。

 目的はどうやら僕らしく、

 クウガさんはそれを阻止するために戦った。

 正直、僕はその時点で安心してたんだ。クウガさんなら負けるはずがない。絶対に勝つのがクウガさんだって。

 でも、クウガさんは負けた。僕の目の前で。

 何をされたのか、さっぱりわからなかった。でも、持ってる武器の光が刀にも似た形になったかと思うと、一瞬でクウガさんを倒していた。

 ハッキリ見えたわけじゃないから断言できないけど、でも地面に倒れて動かないクウガさんは、間違いなくリュウファに負けた。

 そこから早かった。暴れる僕を押さえるエクレスさん。

 そして御者台で馬の手綱を操るリルさんが、もの凄い速さで幌馬車を走らせた。

 駆け寄ろうとする僕を、エクレスさんが必死に押さえて言いました。


「よくわからないけど、あいつの目的は君だ! 目的が君である以上、君を奪われたらボクたちの完全敗北だ! クウガはそれをさせないために戦ったんだよ!」

「でも! 助けないと! クウガさんが!」

「無理だ! あの状況でクウガは助けられない!」

「リルさん! 戻って、戻ってください! クウガさんを!」

「無理! この状況じゃ助けられない!」


 言い争う僕らの幌馬車に、ドンと振動が鳴った。

 幌馬車の後ろを見ると、幌馬車に足を掛けて立ってるリュウファがいた。

 そんな、この速さの馬車に追いついたと!?


「リル! リュウファだ!」


 エクレスさんがそういうと、リルさんは手綱を放して後ろに来ました。

 そしてリルさんとリュウファが睨み合います。空気が歪みそうになるほどの緊張感が、この場を支配する。


「お前、なんのつもりでシュリを狙う! ただじゃおかない!」

「止めとけ。お前では僕に勝てない」

「言ってろ!」


 リルさんはリュウファに向かって走ると、いつも着ている白衣の下から瓶を三本、取り出しました。

 それをリュウファに向かって投げようとした――が。


「無駄だと言ったのに」

「がは」


 リュウファの持つ長柄の棒が、リルさんの喉に突き刺さっていた。

 いつの間に、動きが見えなかった! いや、それよりも!


「リルさん!」

「げほ! げほっ!!」


 リルさんは喉を押さえて倒れました。顔を赤くして、息苦しそうに。


「安心しろ。殺すほどじゃない。ただ、当分呼吸できない苦しみは味わうぞ」


 リュウファはそう言うと、今度こそ僕を見ました。


「さて、どうする? 僕はお前以外の二人を殺せるが、お前の返答次第じゃ見逃してやる」

「なに?」

「大人しく僕と来るなら、二人の命は助けてやるって事だ。断れば殺して、お前を連れて行く」


 間違いない、こいつはやる。確実にやる。僕でもわかるほどに雄弁な殺気を感じる!

 だが、そんな僕の前に立って腕を広げた人がいた。


「エクレスさん!?」

「シュリくん、すぐに幌馬車から飛び降りて、森に逃げてから村へ向かえ! そして救援を頼むんだ! 早く!」

「させんよ」


 リュウファの持つ棒が瞬時に動くと、エクレスさんの左のこめかみを打ち抜く。


「う!!」

「エクレスさん!!」


 倒れるエクレスさんに駆け寄ろうとした瞬間、僕の後頭部に痛みが走り、

 意識が途絶えた。





 と、ここまでを思い出した。


「そうだ、リルさんやエクレスさん、クウガさんをどうしたんだ!!」

「お、ようやく思い出したみたいね。出番よ、『儂』」

「めんどくせぇのじゃけど」


 そう言いながら、リュウファの顔が老人の顔へと変わりました。


「言っとくがだーれも殺しとらんぞ」

「嘘だ!! クウガさんは、クウガさんは……っ!」


 僕は言葉に詰まりながら続きを言おうとしますが、喉から出てきませんでした。

 クウガさんが殺された。

 それを口にすると、本当に現実になりそうで、でも本当に現実で。

 でも最後の一線で信じたいから、言葉にできなかった。

 そんな僕の様子を見て、リュウファは前を向いて頭をかきました。


「殺しそびれたわい」


 ……え?


「殺し、そびれた?」

「あの『俺』の攻撃を寸で見切り、致命傷を避けておったわ。初めてじゃわい、『俺』が敵を殺しそびれるとは」

「では、みんなも?」

「殺しとらん。おんしを追うために、無駄に殺して死体を処理する暇がなかったからのぅ。クウガはあの場にいるじゃろうし、あの女子(おなご)たちは気絶させて荷物ごと放りだしたわい。だーれも殺しとらん」

「みんな……生きてる……良かったぁ……」


 僕は安堵のあまり、涙が出てしまいました。

 良かった、みんな生きてるのか……! 僕が狙われたせいで、みんなが死んだなんて聞いたらきっと立ち直れませんでした。

 しかし、ここで問題が。


「……それで、僕はどこに連れ去るつもりで? えーっとリュウファ、さん」

「おんしを襲って仲間を倒した人間を『さん』付けするとは、器の広い男子じゃな。

 まあ、気になるわの」


 いや、連れ去られてるからこそ、怖いから『さん』付けで相手を呼んでるだけです。

 何に気を咎めて襲ってくるかわかんないからね。


「おんしをこれから、儂らの主の元へ連れてく」

「主? 仕える王様、ですか」

「それ以上はいいだろう」


 お爺さんだった声が若い男性の声になり、こちらを振り向きました。

 その下の顔はとても端正な男性の顔になっている。この人は……。


「俺は自分の任務を果たすだけだ。死にたくなければその内容を詳しく聞くな。

 情報は命より重い」


 その声はとても低く、冷たい。思わず背筋に悪寒が走りました。

 そう思っていると、途端に幌馬車が止まりました。何故?


「さて、そろそろ昼時だ」

「え? 昼?」


 そういう時間帯だったのか……全然気がつきませんでした。

 リュウファさんは御者台から降りると、棒を手にします。


「すぐに戻る。『俺』から逃げられると思うなよ。腕をへし折られなくなければ、ここにいろ」

「あ、はい」


 駄目だ、あわよくば逃げようかと思いましたが……この人からは逃げられない。そんな感じがする。本当に逃げたらどこまでも追っかけてきて、酷い目に遭わされる。

 リュウファさんは……考えてみればなんなんだ?

 いや、敵ってのはわかるけど、そもそもなんで六人で一人みたいな超生物なの? この世界ではそれが普通なの?

 そんなわけないよねー。いくら魔法や魔工があるからって、六人の人間を一つにまとめるなんて、聞いたことがない。見たこともなかった。

 しかも一人一人が達人らしいし。なんだろ、敵国の極秘プロジェクトで生まれた生物兵器みたいな存在なの? いや失礼な言い方ですけど。


「戻ったぜ!」

「早い!」


 リュウファさんが幌馬車に戻ってきたことで、思わず言っちゃったよ。

 だって五分も経ってないよ!? 何しに出たのか知らないけど、戻ってくるの早すぎない? もしかしてトイレだった?

 ちなみに今の顔は、最初に見た軽薄そうな男の顔です。コロコロ変わってややこしいわ。


「ほら、解体してきた」


 そう言って投げてきたのは……解体し立てのウサギでした。もう皮を剥がれた肉状態です。いや、本当に早くない?


「それと、近場の盗賊から奪ってきた食料品と調理器具、食べられるキノコだ」


 革袋を二つとキノコの束も投げてきたので、中を覗いてみるといろんな食材が。

 いや、早くない? 早すぎるでしょ? 五分くらいでウサギを狩って盗賊から食料品奪ってきたの? え? 僕の時間の感覚狂ってる?


「小生は腹が減ったから、早めに頼むな」

「……あ、僕が作るんですか?」

「誰が作るのさ? 君はそれが取り柄なんだろう?」


 僕がキョトンとした顔で答えると、それにリュウファさんもキョトンとした顔で言いました。

 あ、これは作らなきゃいけない流れだ。

 ……いくら相手が僕を攫った相手だからと言って、仕事を投げ出すのも駄目だよなぁ。てか僕もお腹が減った。

 しかし……ウサギ肉か。扱うのは久しぶりだなー。難しいんだよウサギ肉って。

 焼き加減間違えると固くなるし。だから煮込み料理にするのが良いなぁ。

 革袋の中の材料を確認して……これならいけるか。

 というわけで、作るのはウサギ肉の煮込みです。

ウサギ肉、ローズマリー、オリーブ油、キノコ、にんにく、玉ねぎ、小麦粉、白ワイン、水、塩、胡椒です。

 なんか革袋の食料が品物豊富なんですけど……これ絶対に盗賊からじゃないだろ……まさか商人を襲ったとか……てか、オリーブなんてあったんだなこの世界……いや考えないでおこう。

 正義感でこんなもの使えませんとか言えないし……言ったら殺されるかもしれん。あと僕自身もお腹が減ってるし生きるために……仕方が無いと割り切っておくしか……。

 気を取り直して作り方。まずは大きめに切ったウサギ肉を水で洗い、水気を取ります。

 次にローズマリーと油をもみ込み、30分ほど置きましょう。

 その間にキノコを2cmぐらいに手で裂くか切って、にんにくと玉ねぎはみじん切りです。 鍋に油を引き、にんにく、玉ねぎを入れ、玉ねぎが透き通るまで弱火で炒めます。

 時間が経ったウサギ肉に薄力粉をまぶし鍋に加え、中火で焼きます。

 焼き色がついたらキノコと白ワイン、水、塩を加えて混ぜて、蓋をして弱火で1時間ほど煮込みます。


「まだできねぇの?」

「もうちょっと待ってください」


 焦げないよう、時々全体をかき混ぜるのですが、どうもリュウファさんのせっつきがうっとうしなぁ! 待ってくださいよ。

 最後に胡椒をふり、火を止めて出来上がり。


「お待たせしました。どうぞ」

「おう」


 リュウファさんは皿に移した料理を受け取ると、食べ始めました。

 ……無言。


「どうです?」

「食えなくはない」


 え、それだけ? おかしいな、不味かったかな。

 試しに僕も食べてみますが……うん、美味しい。

 ウサギ肉独特の香りと食感、それを上手く煮込んでできた濃厚な旨味。

 香るローズマリーの風味がウサギ肉の嫌な臭みを消して、食べやすくしています。

 野菜の類いもウサギ肉の旨味を吸って、とても美味しい。

 うん、美味しい。失敗ではないか。


「まあ、食べられるなら良いか」


 リュウファさんも黙って皿を出してきますし、食べられるってことはマズくないってことでしょう。おかわりするくらいだし。

 さて、僕も今のうちに腹ごしらえをしときましょう。

 この先、どんな旅路になるのかわかりませんし。





 これが、僕とリュウファさんの奇妙な旅路の始まり。

 敵として出会ったリュウファさんを通して知った、相手側の事情。

 この奇妙な旅があったからこそ、この後の様々な出来事に対処できたのだと思います。

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― 新着の感想 ―
よくわからんけど、達人6人のままのほうが6つの戦場で使えるんじゃ…? 効率悪くないかこの存在w
[一言] 主人公のリアクションなんてこんなもんだろうになぁ(^_^;)<今までからして(肝がふとい)
[一言] さすがに主人公がバカすぎてもうだめだ
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