三十、ターニングポイント
「これで、一応全部の村を回ったってことでいいんですか?」
「ガラキア村が残ってるよ。確かにパンアラと話せたけど、村長さんとはまだだから」
「はよう行こうや。そろそろ雨が降りそうやけん」
「そうですね、クウガさん」
ども、クウガや。
ウゥミラ村の復興作業を続けていたワイらやが、中央から派遣されたもんに作業を引き継ぎ、再び幌馬車の旅に出とる。
あいにくの曇り空。もう少しで雨が降りそうやわ……。幸い山間の道を進んでるし、いざとなったら木の下で天幕出したりして暖を取る必要がありそうやな。
さて、ウゥミラ村で騒いでたパンアラっちゅうもんはガラキア村の村長の息子だったらしく、シュリの料理に感動したのか快く紹介状を書いてくれたらしい。ワイはその場に居らんかったから、聞きかじった話やけど。
これで面倒くさいあれこれの誤解も、早く解けるとええわ。
「ガラキア村まであとどれくらいや、エクレス」
「まだかかるね……出発したのも昼過ぎだったし……一度野営の必要がありそうだ」
「もうすぐで雨が降るかもしれん。その前に天幕の準備をした方がよさそうやぞ」
「リルもそう思う。馬を休ませたい」
「もう少し行けば、無人の家があったはずだ。旅人や商人が一泊するのに使う無人宿みたいなもので、ボクも使ったことがある。そこなら厩もあるから、馬も休ませることができるよ」
そういうもんがあるんか。それなら、雨宿りによさそうやな。
そう話してたワイらやが、唐突に幌馬車が停止したことで話は中断した。
どうしたんや? もうその無人宿が見えたんか?
ワイが幌馬車から顔を出すと……そこにいたものを見て、ワイは幌馬車から出て剣を構える。
「どうしたんですか、クウガさ」
「出てくるなシュリ!! エクレスもや!! リルは幌馬車を守れい!!」
「わかった!」
リルはすぐに状況を理解し、顔を出そうとしたシュリを幌馬車の中に押し込む。
ワイはというと……あかんな、手が震える。久しぶりや、この感覚。
道の先に、黒いローブを羽織った謎の人物が立っていた。
まるで闇をそのまま衣にしたような、異様な風貌。顔をフードで隠しとるからどういう面をしとるんかがわからん。
しかし、ローブの下から覗く謎の武器……短い棒の先に紅く輝く魔晶石があしらわれたものに、目が離せない。
そして何より、ローブ野郎の威圧感が、ワイの脳髄に危険信号を送る。
逃げろ、と。
久しぶりや、この感覚。久しく感じ取らんかった。それは、相手との実力差でもあり、ワイの自信でもある。
それが一瞬で、目にした瞬間に崩れた。つまり、相手はそういう奴や。
「何もんや、お前?」
ワイはとりあえずローブ野郎に話しかけてみる。
……当たり前やけど、返答はない。それどころか、こちらへ近づいてくる。
「止まれ! それ以上近づくなら……前領主の娘とその護衛を傷つける意思があると見なし、容赦なく殺す」
脅しをかけても、無駄やった。それどころか早足になる。
みるみるうちに間合いが近くなる。どうやら引く気はないらしい!
「恨むなよ!」
ワイは剣を腰だめに構え、相手に肉薄する。
足先から発生した力を足首、膝、股関節、腰、背骨、肩甲骨、肩、肘、手首、指先とよどみなく伝える。
それによって発生した、神速の一刀。首を刎ねるつもりで全力や。
全力やったんや。普通だったら、もう首を刎ねてる。
しかし、こいつはワイの一撃を、こともなげに防ぎよった!
手に持った棒で、ワイの剣を片手で防いどる!
「お前っ……!」
ワイは間合いを取り直し、剣を構える。
そうすると、ローブ野郎も棒を片手で構えた。
構え方からすると……片手半剣……?
疑問に思うワイに、ローブ野郎はくいっと手首に力を込める。
すると、宝石の先に光る剣が現れた。なるほど、あの棒は魔工武具か。
おそらくあの光る刃も、魔力で作られたもんかもしれんな……正直、初めて見る。
「なかなかやるやないかい! 思いっきり行くで!」
ワイはローブ野郎に向かって、右切り上げを放つ。
ローブ野郎はそれを、左足を下げながらそれを受ける。
はじかれた勢いを利用し、さらに体ごと回転。左薙ぎの攻撃へ移行。
しかしローブ野郎はこれに対し、瞬時に右足を踏み出しながら間合いを潰しつつ攻撃を受ける。
同時に受けた剣を押し込むように腰ごと体重を乗せてくる。上手いなこいつ! 体勢が一番崩れるタイミングを知っとる!
しかし舐めんなよ、ワイを! 押し込もうとする相手の体に、ワイは剣を握る左の肘の力を緩め、ローブ野郎の肩口に肘を叩き込む。
体勢が崩れたローブ野郎との間合いが離れたのを見計らい、その場で足を踏み込み腰を回転させ、左片手で突きを繰り出す。同時に左手にひねりを加えながら突きに回転を加える。
その場での足の踏み込みによる剄力、それをその場で腰の回転によって繰り出す近距離突き、絶剄! 防げるものなら防いでみぃ!!
その突きがもう少しでローブ野郎のみぞおちに入る―――。
ローブ野郎はそのさらに上を行くっ!? ローブ野郎は右に避けるでも左に避けるでもなく、とった行動はなんとしゃがみ込むように体を下げることだった!
これには予想外だった! そもそもワイの剣は、もはや常人では防ぐことも避けることもできないほどの速度と、反応できない拍子で放たれる。
それに対応するか! こいつ!
ワイが突きを空振りした瞬間、ローブ野郎は体を回転させて蹴りを放つ。
その蹴りはワイの足首を刈り、ワイの体勢を今度こそ崩した。
「くっ!?」
体勢を崩しながらもローブ野郎を見ると、ローブ野郎はすぐに体勢を戻し、そこから足を踏み込み、腰を回転、剣を握る左手にひねりを加えながらワイの眉間に突きを放つ!
これは、ワイの技か!
舐めやがって、てめえの技なんて簡単ってか! ならこれを真似られるか!?
ワイはローブ野郎の突きに対し、右手を差し出す。ローブ野郎の刃の下に右手を添える感じや。
瞬間、ワイは右手の手首を跳ね上げるように反応させる。ひねりを加えてある突きやから当然右手に切り傷はできるが、この場では痛みを無視。
ローブ野郎の突きがワイの体をほんの僅かにかすめるだけに終わった時を見計らい、右手をさらに動かし、ローブ野郎の左腕を掴む!
「……!?」
瞬間、感じる違和感。こいつの腕の感触、おかしい―――。
いや、そんなことを考えてる暇はない! ワイは掴んだ左手を体で巻き込みながら、背負い投げでローブ野郎を投げ飛ばす。
体勢を崩して膝を突いたワイは、すぐに顔を上げる。
ローブ野郎は離れたところで地面を転がったらしいが、すぐに受け身をとって痛みを分散し、立ち上がる。
こいつは、相当手強い。
ワイとここまで切り結び、ワイに膝を突かせた奴がここ最近おったやろうか? いや、おらん。どんな相手でも、ワイは最初の一太刀で終わらせとる。
それに比べて、ローブ野郎はワイと互角以上に戦い、ワイの技を瞬時に会得し、そしてワイに膝を突かせた。
「あーらら、だから『うち』じゃ厳しいってたのによ」
瞬間、ワイの背筋に悪寒が奔る。軽薄そうな男の声、やと?
ワイが握った左手の感触は、少女のそれやったのに?
そう、それが違和感の正体やった。握った腕の感触が、明らかな女性のそれだったんや。
腕の筋肉の張りから、それも少女やと。
なのに、男の声?
そう思ってると、ローブ野郎はフードを外した。
戦慄。
その下の顔は、明らかに人間のそれじゃなかった。顔つきも、目つきも、口許も確かに少女やった。まだ年端もいかない、それ。
しかし、その顔にはいくつもの口や目があった。比喩でもなんでもなく、本来ある少女の顔の部品の他に、目や口が……!?
「変わろーか? 『うち』? 『小生』がやろうか?」
「『小生』、黙りなさい。『私』が思うに『うち』は『小生』より強いわ」
「『私』よ、正直『儂』はどうでもいい。それより、新参者の『僕』にやらせたらええじゃろ、この程度の相手は」
「……『僕』はそれが望まれるなら。でも、『うち』にはまだやらせても宜しいかと」
「うるさいっ。『うち』まだやれるっ! 黙ってなさい!」
頭がおかしくなりそうやった。こいつらは、顔に出ている唇からそれぞれ声が出て、それと少女が会話をしている。
異常としか思えない光景。ワイは目がおかしくなったのか?
幌馬車から顔を出しているシュリも驚いて目を見開いているし、リルはあまりの光景に嘔吐いているほどや。
そして、エクレスはローブ野郎を見て、口を押さえている。明らかな怯えの表情。
「まさか……!! そんな、なんであいつがここにいるんだ!? なんのために!!」
その口ぶりから、エクレスはローブ野郎の正体を知っているようやった。
ワイは剣を構え直し、声を荒げた。
「エクレス! こいつは何者や!」
「そ、それはグランエンドの最終兵器だ! あらゆる武芸を極めたものをその身に取り込み、様々な戦場で猛威を振るう災害! グランエンドの三宝将の一人、剣宝リュウファ・ヒエンだ!!」
剣宝……!? 微かな噂で聞いたことがある。
ワイがまだひよっこだった頃に、その噂は聞いた。しかし、どれも要領を得たことはない。
なぜなら、どの噂もよくわからなかったからや。
曰く、剣技に長けたかわいらしい少女だった。
曰く、槍術が凄まじい寡黙の男だった。
曰く、大鎌を操る老獪な男だった。
曰く、大斧を振るう美女だった。
曰く、双剣の妙技を持つ軽薄な男だった。
曰く、神技の刀の剣士。
聞けば聞くほど、別の誰かの話でしかない話しか聞けなかったからや。情報が多種多様すぎて、逆に謎に包まれた剣士。
それが目の前におるんか!
「そうか、お前がリュウファかっ。ワイらになんの用や!!」
ワイの問いかけに、リュウファはジロリとワイを睨む。
顔の眼球が全てワイに向けられる妙な恐怖感を抑えながら、ワイは立っていた。
「『俺』が答えよう」
少女の顔 少女の顔が歪み、骨格から変わり、表情筋の全てが再配置されてく。
そして変わったのは、端正な顔つきの男だった。
黒髪で、冷たさを感じる美男子。目つきのそれはまるで氷のように冷たく刃のように鋭い。
「俺の目的はそこの料理人だ。我らが主が望んでおられる」
「主? いや、それよりも」
シュリが目的やと? それがわかった瞬間、リルはシュリの体を掴んで幌馬車の中に押し込む。そして、馬の手綱を握った。
わかっとる。それが一番の行動や、ええぞリル。
リルの様子を見て、リュウファは言った。
「さて、逃げられても困る。もう勝負を終わらせよう」
「何やと?」
「終わらせると言ったんだ。お前では、俺には勝てん。時間をかけるだけ無駄だ」
そういうとリュウファは、腰だめに剣を構える。今度は剣が軽く反った形状の武器へと変化していた。
……来るっ!
ワイはそれを察知し、両足から力を抜く。膝を自然に曲げ、前後左右全てへの対処を一瞬で整えた。
「六尽流刀の形・鎖躯螺」
瞬間、リュウファの剣がワイの眼前に迫る。バカな、動きの初動が読めなかった!
突き、眉間、回避! しかし、刃はワイの眼前から消える。
止まった瞬間、右足に激痛。下を見ると右足の甲に、リュウファの剣が突き刺さっていた。
「六尽流刀の形・荒魂」
さらにリュウファの剣は軌道変化し、目にもとまらぬ早さで動く。
ワイの目に捕らえたのは、刀の柄が襲いかかる光景だった。
避けることができず、柄がワイの鳩尾に突き刺さる。
「ぐぶぉ」
ワイの口から、全ての空気が抜ける音が出る。
しかし、リュウファはそこで止まらずさらに肘を曲げ、再び二撃目の攻撃を鳩尾へと叩き込んだ。
瞬時の鳩尾二連撃によって、ワイは目の前の景色を完全に遮断された。
呼吸ができない、目の前が見えない、体が動かない。鳩尾に入った攻撃特有の呼吸困難と腹痛が、ワイに一気に襲いかかる。
「ほぅ……」
遠のく意識の中で、リュウファの声が聞こえる。
「絶命を免れるように、わずかに力点をずらしたか……殺し損ねたのは初めてだ」
「う……ご……」
「時間がない。お前はここで放っておく。命があることを感謝するんだな。それでは、あの男はもらう」
そこで、ワイの意識の全てが途絶えた。