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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・僕とターニングポイント
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二十九、最後の村と怒りの矛先、そしてクラムチャウダー・前編

「こっちの作業は終わったぞ。そっちはどうだ?」

「こっちも終わりだ。あとはあの区域の調査と作業だな」

「おい! さっさと一輪車を持ってこい! 手が足りん!」

「そろそろご飯ですよー!」


 皆さんこんにちは。シュリです。

 災害に巻き込まれたウゥミラ村。この村で復興作業を初めて一週間経とうとしていました。

 僕たちはこの村に留まり、ガングレイブさんとの連絡役と作業要員として働いています。

 だってさ、いくらなんでも次の村に向かわないといけないからって、そのままほっとくわけにもいかないでしょ? 手が空くようになるまでは、作業に参加しとかないとね。

 クウガさんはずっと山を歩き回って不審者がいないかを探し、周辺で怪しい人影を見たとあれば直行して、騒ぎがあれば駆けつけて静めたりしてます。

 リルさんはずっと作業工具を作ってましたが、途中から調査する建物の補修を軽くして、作業が終わったところから建物を分別しながら壊してます。

 エクレスさんは、随時送られてくる情報を精査しながら、村長と相談中です。多分、一番頭を使ってるんじゃないかな。

 そして僕は、というと。


「お、やっと飯時か」

「こんな作業だ……。気が滅入ってくるが、この時だけは忘れることができるな」


 みんなのための炊き出し作業を続けております。僕はご飯を作る事くらいしかできないからね。

 それに……僕は避難所の前に目を向けてみる。


「……今日も、見つかりましたか」

「ああ。今日見つかったのは、猟師のアビゴの奥さんらしい……子供は無事だったんだが、奥さんが守ってたかららしい。一週間も建物の中で、良く生きてくれてたよ」

「そう、ですね」


 避難所の前では、見つかった遺体を並べてどこの誰かの確認をしています。それが終わったら……供養のために棺に入れて、共同墓地へ運ばれます……。

 当たり前ですが、災害で全員が助かるなんて事は、奇跡に近い。

 こうして、身内の誰かを亡くして泣く姿を見る方が、当たり前になってしまう。

 アビゴという男性は、腕の中に奥さんを抱いて泣き続けていました。もう、体温もなくなってしまった、伴侶の亡骸を抱きしめている。


「お前が守った娘は俺が守るから……! お前がいなくなって、さみ、寂しいけど、俺は、娘を、う……うわああああぁぁ!!」


 大声で叫びながら泣く姿は、彼だけじゃない。

 他にも家族の遺体、恋人の遺体を前にして泣きはらす人は多い。そういう人たちは、ご飯が喉を通らない。


「……どうぞ、今日のスープです」

「ありがとうよ……お前たちが来てくれて助かったよ」

「え?」


 鍋からスープを皿によそい渡していると、不意に男性に言われました。


「すぐに来て、作業を手伝ってくれてる。お前たちのおかげで助かった命も多い。見つかった命も、多い……からさ」

「それは……」

「お前の言いたい事はわかるよ。もう少し早く来て救助活動をしていれば、とか考えてるだろ?」

「……はい」


 それは事実だ。もう少し早く来て、倒壊した建物や土砂の中に埋もれてしまった人を助ければ、もっと多くの人命が救われたかもしれない。

 でも、わかってる。


「でも、それは理想論、ですよね」


 災害は誰にも予測できない。突如襲ってきて、大切なものを根こそぎ奪い去る。

 だからこそ、日頃から備えることしかできない。避難場所の確認、物資の貯蔵、いざというときの連絡手段。

 それらを完璧に揃えていても、理不尽に命を落とすのが災害だから。

 日本に居た頃は、確かにニュースでいくらでも災害放送はしていた。

 地震、大雨、堤防の決壊、崖崩れ、台風、吹雪……それが流れない年はないと思うくらいに。

 でも、僕はバカだった。向こうに居た頃はどこか他人事だったから。画面の向こう側の出来事と、身近に感じることはなかったんだ。

 でもここは違う。実際に災害場所に来ればわかる。ご飯が食べられて、少しでも体を動かして復興できるだけでもマシだ。

 大切な人を失った人の悲しみ、慟哭は画面の向こうでは決して感じられなかったよ。

 財産を無くした人の絶望の顔は、思わず目を背けて吐いてしまうくらいキツい。


「そうだ。理想論だ。だけどな、俺たちは現に生きてる」


 男性は皿を受け取ると、もう一度災害場所を見る。


「生きてる……生き残った奴は、生き残った奴なりの責任がある」

「責任……」

「助かった分だけ長生きして忘れないことだ。俺はそれしかできないと思ってる」

「他には……」

「何もない。死んでしまった奴の代わりになってやることはできないし、死んでしまった奴を生き返らせることもできない。そして、死んだ奴を忘れたら、本当にそいつは世界から消えてしまう気がするんだよ」


 ズキリ、と胸が痛んだ。


「だから、生きて忘れないこと」

「そうだ。……クサいことを言っちまったな。忘れてくれ」

「いえ」


 僕は断りを入れると、男性はお礼を言って去って行きました。そして、考えてしまう。

 僕はどれだけ覚えてるのだろうか、と。

 今までガングレイブさんたちと一緒に居て、たくさんの人と出会った。

 たくさんの人と死別した。

 傭兵団内の葬儀は、何度も経験した。

 覚えておこう。忘れないでおこう。

 そして、また同じ災害があったときは、覚えてる分だけ誰かと一緒に生き残ろう。

 そう思った、僕だった。






「さて、今日の分も終わりか」


 僕はすっかり夕暮れになった広場で、鍋や皿を洗いながら呟きました。

 結局、今日も亡くなった人が見つかった。それも、たくさんだ。

 泣く人も途方に暮れる人も多かったな……。

 そして、エクレスさんに言われた。『確認できる村人全員の安否がわかった』て。

 つまり、助かった人も助からなかった人も、全員見つかったわけです。


「……エクレスさんの話が本当なら、あと数日でこの村を離れることになるかも」


 なんせ全員見つかったわけですので、あとはリルさんが倒壊した建物や土砂の処理の大方を済ませれば良い。クウガさんの周辺調査も九割終わったって言ってたし。

 エクレスさんの救助計画だって、煮詰まった感じだからねぇ。ガングレイブさんとの連絡もしてるし、実際この一週間で物資は届いてる。


「さて……ん?」


 なんだろう、村の入り口の方が騒がしい。

 気になっていって見ると、何やら人だかりが。


「どうした……」


 んですか、と続けようとした僕の口が止まった。

 そこには、数人の男性と口喧嘩をしているリルさんの姿があったからだ。

 今にも一触即発の状況で、双方ともに怒りが勝っている。どうした?


「だから!! リルたちは今回の事に関して救助活動以外のことは、してない! 言いがかりにもほどがある!」

「言いがかりだと? お前らがこの領地に来て、お前の魔工で地滑りを仕込んだんだろ! 自作自演で支持を得るためにやったんだろ!!」

「そんなことをしてリルたちに何の得がある!? これから治める土地を自分で荒らすバカはいない!」

「うるせぇ! 事実原因不明の地滑りが起こってんだろ?! それが何よりの証拠だろ!」

「そっちだって、リルたちが地滑りに関与した証拠を出せ! 地滑りだけを槍玉に挙げて屁理屈を言うな!」


 すげえ、リルさんがこれだけ怒って喋るの初めて見た。

 と、そんなこと言ってる場合じゃない!


「ちょっとすみません」

「シュリ」

「ああ!? なんだお前!」


 僕はリルさんと男性の間に立って、矛を収めようとしました。

 リルさんは明らかに安心した顔をしていました。見れば涙目になってる。幾多の戦場を渡り歩いたリルさんが、涙目になるとは……。

 男性を見ると、十数人の集団でした。男と女が入り交じってますね。

 てか、誰この人たち?


「あの、状況がよく見えないので……まずあなた方は誰ですか?」

「俺たちはガラキア村のもんだ! 隣の村のもんだよ!」


 ガラキア村? ガラキア村、ガラキア村……。

 はて、どこの誰? 説明されてもわかりませんでしたが、ここではそれを聞かない。


「それで、そのガラキア村の人がどうしてここに? 僕たちはここで救助活動をしてるものですけど……」

「決まってるだろ! 助けに来たんだよ!」


 え? 今更? という言葉を飲み込む。


「それはありがとうございます。今日で……その、全員が見つかりましたので、復興を手伝ってくだされば」

「お前が指図する話じゃないだろ!」

「そりゃそうですけど。事実、救助は終わってるんです。明日から土砂と倒壊した建物の撤去をお願いしたいのですが」

「っ……お前、誰だ?」

「領主ガングレイブさんの元で働いているシュリ、というものです。ここにはたまたま」

「ガングレイブ!? お前らがこの地滑りを仕組んだんだろ!」


 は?


「仕組んだ? ……ああ、支持がどうとやら、と」

「そうだろ! 俺たちが言うことを聞かないから、こんなことを」

「それ、正気で言ってます?」


 僕は思わず語気に怒りを含ませていました。


「いいですか? まず、その不謹慎な言葉を止めなさい。そして、広場の避難所に行きなさい」

「だからお前の指図は」

「避難所の前で最後の別れをしている人たちがいる!!」


 男性の言葉を遮り、僕は叫びました。


「その人たちの前で同じ事を言ってみろ!! 『お前の家族が死んだ災害は仕組まれたもんだ』って!! 言えるなら僕たちに文句を言え!!」

「それは……」

「言えないよな!? 言えるわけないよな!! 自然災害で亡くなって人の気持ちを逆なでして、誰かに責任転嫁して善人面するクソやろうがいるなら、僕だったら殴り殺してる!! 何を知っていてそんなことを言うのか、そのドヤ顔で何を言いやがるんだと怒り狂うのが普通だ!」


 僕はさらに男に詰め寄り、続けました。(はらわた)が煮えくりかえるような、頭が沸騰するような怒りをそのまま男にぶつける気持ちだった。


「お前らは何しに来た!? 誰かを助けるため、この村の助けになるためだろう! 証拠も何もない憶測を、デマを振りまいて自慢げな顔をするためじゃないよな!? 僕たちを責めたいなら証拠を出せ! そして村人のみんなの前で言ってみろ! 僕たちに怒りをぶつけるのはそれからだ!! まあお門違いな話になるのは間違いないだろうけどな!」


 僕の叫びに、ガラキア村から来た人たちはバツの悪そうな顔をして俯く。

 わかってる。わかってるつもりだ。

 綺麗ごとを言ってるけど、誰かのせいにしないとやってられないって気持ちはわかるつもりだ。

 でも実際にそれをやっちゃいけない。

 だから、言うしかない。


「……避難所の前の人たちと話をしてください。それから、避難所にエクレスさんとウゥミラ村の村長さんがいます。彼らと話をして、計画を聞いてください」

「なっ。エクレス様が、ここに?」

「はい。エクレスさんは復興の為に領主と連絡を取りながら、陣頭指揮を執ってます……。だから」

「……行くぞ」


 僕が最後まで言う前に、ガラキア村の人たちは避難所に向かっていきました。

 ゾロゾロと進みながら、僕を見る人もいる。睨む人はいない。


「……ふぅ」

「シュリっ」


 思わずよろけてしまった僕に、リルさんが支えてくれました。

 一気にまくし立てたから、ちょっと目眩がしたよ。


「リルさん、大丈夫でしたか?」

「リルは、大丈夫。ありがとう」

「どういたしまして」


 僕がお礼を言うと、リルさんは悔しそうな顔をして目に涙を溜めました。


「あいつら、リルたちが地滑りを起こしたんだって言いがかりを付けてきた。たくさんの人を助けてお礼も言われたのに、あいつらは一方的に言ってきた。リルたちのせいだって」

「ええ」

「違う。リルたちは違う」

「知ってます」


 僕はリルさんの涙を指で拭いました。

 彼女も、泣くことがあるんだな。そう思ってしまいましたよ。


「リルさんが頑張ってるのは、僕がよく知ってますから。だから、泣かないでくださいな」

「うん……」

「言い争ってお腹が減ったでしょう。何か作りますよ」

「うん」

「さて、あれを作るか」


 僕はリルさんを連れて、物資の中から必要な材料を用意して、洗った鍋や包丁などを再び用意しました。

 さて、温かいスープがいいだろうな。クラムチャウダーでも作るか。

 用意するものはアサリ、タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ベーコン、塩、コショウ、バター、小麦粉、牛乳です。

 さらにここに、滞在中に作っておいたコンソメも入れます。作業の合間に作ってたんだよね。これがあれば、すぐにスープが作れるから。

 まずベーコン、タマネギ、ジャガイモ、ニンジンを食べやすい大きさに切っておきます。

 そして鍋にベーコンとタマネギを入れて炒め、塩、コショウ、コンソメで味を付けます。

 そこにジャガイモ、ニンジン、アサリを加えて水を入れる。野菜が柔らかくなるまで煮ましょう。

 別の鍋を火にかけバターを溶かし、小麦粉を加えます。これでルウを作る。

 出来たルウを牛乳と一緒に材料を入れた鍋に加え、とろみが出るまで煮れば完成。

 よかった……クウガさんが周辺を探索したときに行商人を見つけて、アサリを買ってきてくれて……その行商人がアサリを腐らせずに運んでて、そして腐る前に使えてよかった……。


「できましたよー」


 できたクラムチャウダーを手に、リルさんに渡しました。

 匙と一緒に受け取ったリルさんは、クラムチャウダー見て首を傾げます。


「何これ?」

「これはクラムチャウダーと言って……まあまた今度にでも話しましょうか。まずは食べてください」

「うん」


 リルさんは匙でアサリを掬い、口に運びました。


「……美味しい」


 リルさんはほっこりした顔をしました。


「味が優しい。いろんな食材の味を感じるけど、優しいって言葉が一番良く合う。

 胃の中に安心できる熱が運ばれて、気持ちが安らぐ」


 さらにリルさんは食べ進めました。


「野菜も美味しい。丁寧に作られてるし、食べやすい形で切られてて、口に入れると柔らかく砕ける。スープは牛乳、かな。この感じ」


 そこからリルさんは黙々と食べ進め、そして皿を空にしました。


「ごちそうさま。……ちょっと落ち着いたよ」

「それはどうも」


 僕は鍋を持って避難所へ向かおうとしました。


「待って。どこに行くつもり?」


 リルさんが聞いてくるので、答えました。


「あの人たちにも振る舞うんですよ」

「え?!」


 リルさんは驚きながら言います。


「でも、あいつらは」

「わかってますよ。でもね」


 僕は苦笑しました。


「お腹が減ったら、明日から困るでしょ?」


 そういうと、リルさんは少し俯いて黙りました。

 黙るのは数秒だと思う。何か諦めたような感じでリルさんは笑います。


「そうだった。シュリはそういう人だった」

「それがどういうのか知りませんが、リルさんを泣かしたことは許してませんからね。

 だから、明日はその分、しっかりと働いてもらわないと」


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[一言] なんでシュリは飯のことに関してだけバカになるんだ
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