二十八、被災地と君、そして芋煮・後編
「……ということで、この範囲から徐々に救助活動を広げるってことで」
「かしこまりました。……エクレス様が生きてくださってることだけでもありがたいのに、災害救助の陣頭指揮を執ってくださるとは……」
「ボクは今や、領主として行動できる立場じゃないから。でも、その分だけ自由に動けるんだよ」
ボクことエクレスは今、ウゥミラ村の村長と一緒に仮避難施設にて話し合いをしていた。ウゥミラ村では狩りが良く行われているから、周辺地理の地図を作成してたんだ。今回はこれで助かるよ。
シュリくんたちとシュカーハ村で、ウゥミラ村の地滑り災害を聞いて飛んできたけど、予想以上に酷かった。
段々畑はほぼ崩壊、狩り場の山も地滑りで地形や環境が変わってしまっている。
何よりキツいのが、窯場が半数以上潰れているってことだ。口には出さないけどね。
これだと、前のように磁器や陶器を納められるのに何年かかるだろう……少なくとも三年は駄目だと思う。ボクの予想だけど。
ボクはさらに苦い顔をして地図を見る。
「しかし……どうしていきなり地滑りが起こったんだろうか? 木を切りすぎたかい?」
「いえ、木は大切な資源ですし、窯場にも必要です。夏にも冬にもいるので、伐採量に関して口うるさいくらい注意してましたし、みんなも気を付けておりました。過去には木の切りすぎで小規模な土砂崩れがありましたので。
……先日、ここらに大雨が降ったのでそれで地下水が増えて地盤が緩んだ、としか原因を考えられません」
そうだよねぇ。ボクも難しい顔をして頷いてしまった。
ていうか、それ以外考えられない。この村は特に磁器や陶器にも木材を使う関係で、昔事故があったくらいだ。管理はもの凄く厳しくしているのは、ボクでも知ってることだ。
だいたい、地滑りした土砂には木だって相当数混ざっていた。だからこそ被害が拡大したとも言えるんだけど。
「まあ、今さら二人で原因を考えても仕方が無い。作業中に調べるとして、今はとにかく被災者の救助が優先だ。こういう計画で……」
「ふざけんなよお前!!」
そんなときだった。外から怒号が聞こえてきたのは。
思わず驚いて入り口の方を見ると、場面は見えなかったのだけどさらに声が聞こえてきた。怒号のせいで内容がよくわからないけど、なにやら騒ぎがあるようだ。
「ボクちょっと見てくるよ」
「あ、エクレス様!」
ボクが仮避難施設から出ると、そこには驚く光景が広がっていた。
シュリくんが、男性に殴られて尻もちを突いていた。
何してるんだお前、とか。
何があったんだ、とか。
いろんな思いが頭によぎったけど、今はそれを考えてる場合じゃない。
尻もち着いて泥だらけになったシュリくんに駆け寄り、ボクはシュリくんを助け起こした。
「大丈夫かい、シュリくん!?」
「え? ああ、エクレスさん、ですか」
「んだお前! そこをどいてろよ!」
男はさらに怒号をあげてボクたちを睨む。
しかし、ここで屈するほどボクは弱虫でもない。こんな怒号、仕事をしていた頃から何度も聞いていたからね。
ボクが逆に男を睨み返す。それも、怒りを含めて。
「お前? どいてろ? 何を言ってるんだ。ふざけたことを言ってるんじゃないよ。彼のどこが気にくわないんだよ」
「はあ!? 見てみろよ! 災害にかこつけてこれ見よがしに豪勢な料理を作ってやがる! 俺たちに同情してやがるんだよ! 可哀相な俺たちに、豪勢な料理を食わせてやろうって見下してんだよ!」
そうだそうだ! と数人の男も同調する。
何かおかしい気がするが、ボクはそれを無視して、シュリくんの料理を見るべく立ち上がった。
鍋に近づき中を見るが、普通にスープだ。肉と里芋が入ってる。ニュービストから来た商人の売り物の中で見たことのあるものだ。
確かに豪勢に見えるが、ボクは試しにオタマで掬って肉と里芋を食べる。
あ、美味しい。
スープに使っている出汁は何かはわからないけど、独特の塩気がする優しい風味だ。
肉も里芋もしっかりと煮込まれていて、噛み応えがありつつも柔らかい。
肉も噛めば崩れつつもしっかりと食感がするし、里芋もねっとりとした舌触りと味が美味しい。
ちゃっかりスープも掬って飲んでみるけど、うん。
材料の旨味と出汁に使った物が調和して、優しく胃に落ちていく。
ボクはオタマを鍋に戻す。
「うん、確かに美味しいよ。豪勢に見えるけど、その実は単純だよ。
被災したみんなの腹にしっかりと溜まって、この後も動けるように力が湧いてくるように作られてるもんだ。これを豪勢だと言ってたら、この後の作業は何も出来ないよ?」
「うるせえな! ともかく、おい!」
男の呼びかけに、数人の男性がボクを押し退けて鍋を持つ。
「あ、何をする気だ!」
「こんな豪勢な料理なんて気にくわねえ。山に持っていって捨ててやるよ! 行くぞ!」
「あ、待て!」
「ああ、持っていっても無駄やで」
そのときだった、クウガが広場にやってきたのは。
両手にはぶちのめしたらしい、ひげ面の男が引きずられていた。顔中血だらけで、どんだけボコられてんだよ、と思ったよ。
そしてクウガはその男を広場に投げ出すと、飄々とした顔で言った。
「エクレスの予想が大当たりやな。そいつらとこいつ、ここらの山を根城にする山賊の一味やったわ」
え? その言葉に、男たちとボクは困惑する。同時に広場にいた全員が戸惑いの声を出した。
さらに、そこへトドメが刺される。
「お前ら、誰だ?」
声がした方を見れば、村長が立っていた。
村長は男たちを指差し、怒りに震えながら言った。
「お前ら誰だ! 俺は村の連中の顔は一人残らず覚えてる! 狩りと畑作を共にする仲間だからな! 背中を預ける相手を忘れるわけがねえ! 特に男衆はな!
お前らの顔は、村の中では見たことないぞ! さて、最近山に潜んでるって言う山賊の類いか!」
村長の弾劾に、男たちは震えた。そしてボクも、バカだったがようやく気づいた。
こいつら、ボクを見て『誰だ』と言ったんだ。
ボクは周辺の村に何度も足を運んでる。この村だって磁器と陶器を納めてもらうために、それこそ数え切れないほど訪れた。だから色んな人に顔を覚えてもらってる。
なのにこいつらは、ボクが誰かを知らなかった。
あり得ない。
一応次期領主として仕事をしてる関係上、村長が知ってるお偉方を、知らないなんて思えない。
「それと、お前らただの山賊やないな」
クウガはさらに言った。
「こいつをさんざんボコってようやく吐かせたわ。
グランエンドの手の者やろ?
ここらに来て調べ物をするためにな」
「なんだって!?」
ボクは驚いて男たちの顔を見た。すると、観念しているじゃないか。
つまりこいつら、間諜だったのか!
「クウガ、こいつらをすぐに斬るんだ!」
「ええんか? 詳しく調査せんでも」
「構わない! 山に潜んで行動してたって事は、木材の密輸も行っていた可能性もある! ここで生かしておいて捜査しても、グランエンドはあんな国だ! ろくでもない大義名分で攻められるより、その前に」
「待ってください!」
シュリくんの声が、響いた。
ボクも、クウガも、その場にいる全員が、シュリくんを見た。
彼は何を考えてるのか、皿を数枚用意すると、男たちに近づく。
「何をしてるんだシュリくん! 彼らは!」
「わかってます。間諜でしょう? 山賊の振りをしてたって」
「なら!」
「彼らも山に潜んでいて、被災したのでは?」
その言葉に、ボクは声を詰まらせた。
そうだ、としか言えないからだ。でも言いたくなかった。
山に潜んでいて、こんな所まで出て来るって事は彼らも余裕がないのだろう。
救助隊のボクたちが来た段階で全員で出てきて、物資を奪って逃げる。それが一番の最善だ。被災地から離れるのが、彼らにとって一番の優先事項のはずだから。
だけど、ここにいるのは数人だけ。他には出てこない。
不自然だ。被災して消耗してる村人からなら、いくらでも略奪できる。
なのに被災した村人にかこつけて、料理だけを持っていこうとするのは……。
「あなたたちも、腹が減って余裕がなくなったのでは? あるいは保存していた物資もほとんどが土石流の中にあって、失ってしまったとか」
シュリくんは男たちが持っている鍋のオタマを持ち、さらにスープをよそった。
そして、男に差し出す。
「あなたたちがどういうつもりで、どういうことをしようとしたのかは、今は聞きません。でも、僕が命じられているのはただ一つ」
シュリくんは、笑みを浮かべた。
「被災した人の腹を、満たして欲しい。それだけです」
そして、シュリくんは男の胸に皿を押しつけて続けた。
「まずは食べること。そして、もうこんなことはしないこと。いいですか?」
「……チッ」
男たちは鍋をおろし、シュリくんから皿を受けとった。
「どのみち、あのクウガがいるんじゃどうしようもねえ。お前ら……」
「わかってるよ。頭もやられてんだ。諦めたよ」
「そうだな」
シュリくんはその様子を見て、鍋を持ち上げて机の上に戻した。
そして皿にスープを移してく。
「さあ皆さん! 食べてください! まずは腹を満たすこと! 満たして行動すること! 力を尽くして、この状況を乗り越えましょう! 僕たちなら必ず出来ますから!」
こうして、広場での騒ぎは収まった。
全員にスープが行き渡り、作業が進んでいく。
間諜の男たちは、とりあえず無事だった倉庫に閉じこめた。逃げられても困るし……シュリくんのやりとりを見てると、どうも殺すことが出来なくなってしまったからね。
「だからって、あんな無茶はもう駄目だよ」
「はい、すみませんでした」
ボクとシュリくんは仮避難施設の入り口に座って、みんなの作業を見ていた。
食事休憩も一段落して、ようやく休めるってことだ。
ボクも計画を立てて、村長との話し合いも終わった。とりあえず、今年の税に関してはガングレイブへ手紙を書いたよ。納めるのは無理そうだから、来年からの方がいいってさ。
聞き届けられるかはわからないけど、彼もバカじゃない。きっとわかるだろうよ。
「しかし、君は本当に料理にこだわりがあるよね。彼らに食べさせようとするとは」
「まあ、料理人を任されたことの誇りと言いますか、こだわりと言いますか」
シュリくんは苦笑しながら言った。
「それに、あんなことをしても最後には、クウガさんとリルさんと、エクレスさんがどうにかしてくれるかなって」
「信頼してくれてありがとう。そして他力本願過ぎるよ」
「ご、ごめんなさい」
全く。
「君はボクがいないとホンットーに駄目な奴だな」
ボクは隣に座るシュリくんの肩に頭を乗せた。
「仕方が無いから、最後まで付き合ってあげるよ」
「それはありがとうございます。エクレスさんや、リルさんたちの力があれば、いろんな人の腹を満たせそうです」
「そういう意味じゃ……もういいや」
ボクは諦めて、シュリくんの肩から頭を離した。彼の唐変木っぷりにはもう慣れたよ。
ボクとシュリくんが話していると、シュリくんの反対隣にリルが座った。
「疲れたー」
「お疲れ様です、リルさん」
「うん。疲れた。シュリ、ご飯頂戴」
「はいはい」
シュリくんは立ち上がると鍋の方に近づき、少し温めてからスープをリルに渡した。
先ほどボクも味見した料理だ。良い匂いがする。
「どうぞ」
「いただく」
そういうとリルは、勢いよく食べ始める。ちょっと行儀悪いくらいだ。
「ああ、ほら零してますよ」
シュリくんはそんなリルの頬からゴボウの欠片を摘まんで食べる。
「もうちょっと行儀良く食べてくださいな」
「美味しいから無理!」
「無理じゃないでしょうよ」
シュリくんは呆れながらも、リルを甲斐甲斐しく世話していた。
あーあ、なんかボクなんて眼中にないって感じだ。
ボクは青空の下、ちょっと嫉妬心が出てきたのだった。