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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・僕とターニングポイント
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二十八、被災地と君、そして芋煮・前編

「では、皆さんまた」

「おう、また来いよ!」


 皆様こんにちは。シュリです。いや、今はおはようございますかな。

 僕たちは今、朝早くからシュカーハ村を出る予定で、村人たちから見送りを受けています。

 前回、ガングレイブさんもエクレスさんも失念していた前例の踏襲……シュカーハ村生産の婚礼衣装の件についての話が終わりました。

 話し合いは数日に渡って行われ、エクレスさんの今後の身の振り方についても話がありました。

 結果として、エクレスさんが排斥されたわけでもなく、これからは一人のエクレスという女性として領内の政治に関わりながら生きていくと、自由にするということがわかってもらえたらしいです。

 その数日の間に、リルさんは手紙を送っていたらしいです。それもガングレイブさん宛てに。

 エエレ村とシュカーハ村のことを記し、何があったのかの報告をしたみたいです。


「こういうことは早めに知っといた方が良い。ガングレイブなら、すぐに行動する」

「手紙を送っても、すぐには届かないのでは? てか、届ける人は?」

「そこは大丈夫。リルの持っている端末と城に置いてある受信機を使って、すぐに手紙を届ける」


 僕がどうやるのかを聞いたところ、リルさんは自信満々に鳥らしき模型を出しました。


「これさえあれば、リルがここで書いた手紙をハトマルが運んで、リルの研究室の受信機……巣に戻る。それも鳥のように速く飛んで!」

「凄い! 通信革命ですよ!」

「欠点として、ハトマルは片道一回しか使えない。風はなんとかなるけど、雨に濡れると壊れて落ちる。要研究開発!」

「それでも十分に凄いと思いますが」


 リルさんは悔しそうにしてましたが、それでも条件が揃えば高速で手紙が届くなんて凄くない? 純粋に感動したよ。その後で疲れたからとハンバーグを要求しなきゃ、なおよかったけどな。

 結局、その手紙を読んだらしいガングレイブさんがすぐに行動を起こしたらしく、早馬に乗って来たテグさんがガングレイブさんの書状を届けました。

 内容は、婚礼衣装の件の丁寧な謝罪と、婚礼衣装の適正価格以上のお金での購入、そして自分たちの子供にも婚礼衣装を用意して欲しいことと、今回の婚礼衣装は記念として城に飾って子供の結婚式にも使うということです。

 かなりシュカーハ村の方々への配慮がなされた内容らしく、さらにエクレスさんからの説得もあってシュカーハ村の叛意を静めることができました。

 僕がやってたこと? あえて言うなら村のおばちゃん衆に簡単で量が食べれる料理とか教えてたことかな。好評だったよ。

 そして……。


「シュリ、お前の男気は見せてもらったぜ。エクレス様のこと、頼んだぞ」

「え? あ、はい」


 こんな風にマンセムさんたちの好感度が上がったらしい対応をしてもらってます。なんで?


「それじゃ出発しよかー」


 荷物の確認をしたらしいクウガさんが、僕たちに声をかけました。

 その姿を見て、村の女性たちが溜め息を……こんなイケメンだもんな、離れるのが惜しいのはわかる。

 そして男衆よ。それを嫉妬マシマシの目で見るの止めて。勝てないから、どんなに頑張っても見た目じゃ勝てないから。職人技と人間性で戦お? ね?


「はい、クウガさん。では……」

「そ、村長はいるか!!」


 僕たちが出発しようとしたとき、村に早馬が来ました。

 相当急いでいた様子で、馬も乗っていた男性も泥だらけ。ボロボロの様子で村に入ってきました。

 男性は倒れ込むように馬から下りて、膝から崩れ落ちてその場に座り込んでしまいました。息を切らし、立つこともできないほどに疲労している様子です。


「君は……たしかウゥミラの村の、狩人のワンハンだったか?」

「そ、うです。ワンハンです。ウゥミラ村の村長の息子、ワンハンです」


 ウゥミラ村? 僕はエクレスさんを見ると、何やら難しい顔をしています。


「エクレスさん。ウゥミラ村って」

「待ってシュリくん。説明する時間もないかもしれない」


 エクレスさんは飛び出すと、ワンハンさんに寄り添い手を握りました。


「ワンハンくん、だよね」

「え? ええ? エクレス様? どうしてここに、ガングレイブに殺されたと、聞いてましたが」


 殺してないわ。噂が歪むにも程があるだろ。

 しかし、それを口にするのも憚れるほどにエクレスさんは真剣な顔そのものでした。


「その話は後だ。こうして僕は無事だし、ガングレイブたちとの関係は良好だからね」

「え?」

「それより、君の様子だ。君と似た姿の人が昔、城に来て助けを呼んだことがある。最悪な可能性だが……何かあったのかい?」

「そ、そうです! ウゥミラ村の、ウゥミラ村の」


 ワンハンさんは呼吸を整えて、口にしました。


「ウゥミラ村の山が、地滑りを起こしました! 流れた土砂が、複数の家を巻き込んでしまいました! だから、隣の村に救援を、」

「わかった! シュカーハ村のみんな!」


 エクレスさんは首だけをこちらに向け、シュカーハ村の人たちに言いました。


「すまないが作業を中断して、災害救助を要請したい! 手を貸してもらえないだろうか! 今の僕にはその権限がないのはわかってるけど、頼む!」

「もちろんです! お前たち! 鋤と鍬、それと鍋と薪を持ってこい! 食料も忘れるな!」

「わかった!!」


 村人たちは村長の指示で、すぐに行動を始めました。村人全員がそれぞれ、準備をしています。

 エクレスさんは次にリルさんを見ました。


「リルは、前に使った、えーっとハトマル? はまだある!?」

「あと三羽ある。すぐにガングレイブに救援要請をする」

「ありがとう! クウガ、災害に乗じて盗賊が現れる可能性もある! 君の武技、ここで頼っても良いかな!?」

「ええで、手を貸したるわ」

「恩に着る! シュリくん!」

「は、はい!」


 あまりのエクレスさんの様子に、僕はたじろぎながら言いました。ここまでしっかりした、というより政務を預かっていた者としての顔が凜々しすぎて戸惑っていたというのが正しいです。


「炊き出しの時、君に頼る! 災害に遭った人たちのお腹を、君が満たして欲しい!」


 真摯な、誠実なお願いでした。エクレスさんは真っ直ぐに僕を見て、頼んでいるのです。

 断れるはずが、ない。


「もちろん!!」





 僕たちはすぐに出発しました。ウゥミラ村はシュカーハ村から近いらしく、次の目的地だったみたいです。

 準備ができたものから行動をしろ。エクレスさんはその指示を村人に託し、僕たちはいち早く災害箇所へと向かいます。

 その道中で、エクレスさんから軽く、話を聞くことができました。


「ボクはね。昔、ワンハンくんと同じ……災害にあって城に来た人を見たことがある」

「え? それって」

「そう。ウゥミラ村とは違うけど、山の崖崩れがあってね。それと同じ様子だったから、もしかしてと思って」


 だからすぐに行動ができたんだ。凄いな。


「ウゥミラ村は、陶器と磁器を作る村だ。シュカーハ村と違うのは、陶器と磁器作りは村の中での消費より少し多めにしか生産してなくて、他は狩猟と畑作で食料を賄ってる。良い腕をした狩人が多い村だ」

「へー、陶器と磁器を……」

「城にあるほとんどの陶器と磁器は、その村の特産だ。ハッキリって、諸外国にも受けは良い。うちの収入源としてはかなりの割合を占めてる」


 僕は驚きました。城への献上品に陶器と磁器、そして生み出す金の大きさ。

 それなら、それを主産業にすれば良いのに……なぜ狩人?


「彼らの多くは偏屈者だ。僕でも親しくなるのに、かなりの時間がかかった。職人気質で商売っ気のない人たちと仲良くなるのは、骨が折れたもんだよ。

 そういう人たちだから、自分たちが精魂込めて作ったものを他人があれこれと価値を付けて売買をしようとすることに抵抗があったけど……城へ毎年、一定数の磁器と陶器を納税することで、他は求めないという契約でなんとか納めてもらってる」

「それだけ良くできてたんですか、作品は」

「ボクから見ても、それは素晴らしい出来だよ! 必ず、周辺に高値で売れるし……城の調度品に使えば権威も見せられる。それほどさ。君が結婚式で使用した器のほぼ全てはウゥミラ村のものだし、実際招待客も難癖付けなかっただろう?」


 確かに言われてみれば、そうでしたね。

 ガングレイブさんとアーリウスさんの結婚式で、供された食事も皿も、何も文句は言われませんでした。

 思い出してみれば、確かに用意した皿はどれも見事なものでした。美しく、使いやすく、場の雰囲気を壊さないものが多い記憶がある。

 だからこそ、エクレスさんもウゥミラ村の皿を使うことに決めたのでしょう。そしてそれを手に入れたかったと。


「なら、今回の災害は」

「うん、かなり痛い。人的被害がないのはもちろん最優先だけど、その次に作業場が壊れたりしてなければいいのだけど……そろそろ着くか」


 エクレスさんが外を見ると、すぐに戻ってきて幌馬車に積んであった鋤を手に取りました。


「うん。見えてきたよ、シュリくんも準備をお願い」


 エクレスさんの言葉に、僕も慌てて行動することになりました。






「これは……」


 幌馬車から鋤を手に取って降りた僕は、思わず絶句しました。

 リルさんも、クウガさんも、同様に言葉を失っています。後ろから馬で着いてきた、シュカーハ村の救助隊第一陣のみんなも、言葉が出ない様子でした。


 村が半壊している。


 ウゥミラ村は山の麓にある村らしく、切り拓いた山、坂道の上に家を作っているような村でした。だから山の上の方にも家がある。そして山の段々に畑を作ったりもしてたみたいです。

 それが、地滑りで半壊している。

 山の上の方にある家が、地盤が崩れることで下の方にズレてきて、他の家も土砂と一緒に巻き込んで地面の下へ。

 そして、色んな人が泥だらけで埋まった人を助けたり、倒壊した家から人を救出したりしています。

 同様に被害が比較的ない建物にけが人を運んでいるらしく、今も何人もの人が担ぎ込まれていました。

 その光景は、さながら地獄絵図にも似ている。

 僕がこの世界に転移してくる前にも、ニュースで同じ県で起こった土砂崩れ災害もあった。地元でも、大雨で崖が崩れて道が塞がれるっていう災害も、出くわしたことがあります。

 しかし、現実に災害が起こったばかりで救助されてる人を見るのは、正直これが初めてです。

 それは、戦場と同様の悲惨さかもしれない。傷つき、倒れ、大切なものが失われようとしている姿は、心にヒビをいれるかのようだった。

 動けなかった。情けないほどに、目の前の光景が悲惨すぎて、非日常すぎて。


「みんな、行動開始だ!」


 その中でも、エクレスさんは前線に立って僕たちを引っ張った。

 一歩前に出て、僕たちの前で声を張り上げたんだ。


「男衆は埋まってる人がいないかの確認を! 倒壊している建物に近づくときは注意だ、決して自分も被害に遭わないように! 二次被害は悲惨だぞ!

 女衆はけが人の介抱だ! 治療できるもの、治療できないものを見分けて、優先順位を付けて行動すること! 非情な話だけど、ケガが深刻でも助かる人を優先してくれ! 死んだ人は……いや、それは今は考えない!

 ボクは村長と情報交換して、救助体制と計画を整える! それまでみんな宜しく頼む!」


 この状況でも、凜と行動できるエクレスさんを見ると、どこか眩しいものを感じました。 非常事態でも出来ることを冷静に、的確に判断している。


「クウガ! 周辺の山を探索! 無事に避難している人がいたら、あの建物に誘導! 盗賊は見つけたら容赦することない!」

「了解や」

「リル! 今からで悪いけど、救助に必要な道具をどんどん作ってくれ! シュリくんが炊き出しができる場所の設営も! それができたら倒壊した建物に仮補修を施して、中での作業事故を防いで欲しい!」

「ん」

「じゃあみんな行動開始! 頼む!」

「「「「おう!」」」」


 みんなそれぞれ、自分のすることをしっかりと定めたらしく、行動を開始しました。

 男衆は救助に当たってる人の手助けや、鋤を手に地面を掘り返す。

 女衆は救助された人を運んだり、収容された建物の中へと急ぐ。

 リルさんも手に木材を持って、開けた場所で作業を開始しました。


「シュリ、ええか」


 そんな僕に、クウガさんが肩を組んで耳元で言いました。


「今のうちにエクレスの指示を学んだといた方がええで。今のところ、あいつの行動に間違いはない。

 ガングレイブはこれから、こういう災害にも行動できるようにせにゃならん。今、ワイらはそれを経験できとる。次同じ事が起こっても、行動できるようにしとこうや」

「はい」

「じゃあ、ワイも行くで。シュリ、頼むわ」


 そういうとクウガさんは僕から離れて、軽い足取りで山へと消えていきました。おそらく周辺の山を調査して……不埒者をサーチ&デストロイするんでしょうね。

 さて、僕は僕でできることをしよう。

 炊き出しに向いていて、温かくて食べやすく、栄養のあるもの……。

 今の材料で用意できる物の中で最適なものと言えば……。


「そうだ、あれがあったな」


 僕は幌馬車の荷物をチェックし、用意できることを確認する。

 よし、あれならたくさんの人に用意できるし、美味しいから食べてもらえるはず。

 材料と道具を用意しながら、僕は仮の広場に道具を広げました。


「リルさん、机を用意してもらっても良いですか?」

「ん? 良いよ、簡単な奴ならすぐできる」


 リルさんは荷車や鋤を作る手を止め、木材を用意すると魔工を使用。

 木材がまるで粘土細工のように柔らかくなり、それでリルさんは形を整えていきます。何度見ても、この魔工は凄いなぁ……。

 すぐに用意できた机は広さも大きさも十分なもので、僕はリルさんに頭を下げました。


「ありがとうございます。これで作業ができます」

「ん。リルはあと鋤と鍬を何個か作ったら、倒壊しそうな建物の補修と解体をする」

「解体もですか?」

「人が居ないこと、危険がないことを確認したら、駄目な建物はすぐに崩した方が良い。そうすれば、復興するときの解体作業も少なくて済むと思う」


 なるほど、そういうことですか。

 僕が倒壊した建物を見ても、確かにあれは土台から崩れてるので、修理のしようがありません。

 それならいっそ、分別解体を行って救助活動の範囲の確保と材料の確保保存をした方が良いのかもしれません。

 リルさんはさっさとまた自分の作業に戻ってしまいましたが、僕もやらねばなりませんね。

 今回作るのは、芋煮です。主に日本の山形県で食べられる料理ですね。他にもあるそうです。

 里芋と肉を使った東北地方で食べられる汁物でして、実は僕の親戚も山形出身の人がいましてね。今でもそのときの作り方で芋煮をこしらえることがあります。

 さて、材料は里芋、牛肉、長ネギ、ゴボウ、シメジ、醤油、砂糖、酒になります。これ、ほとんどがニュービストとの交易で手に入れた品々になります。ガングレイブさんがあちらさんと取引してくれたおかげですね、よかった!

 まず鍋に油をひき、長ネギ以外の材料を軽く炒めて油を回します。この時牛肉は別の鍋で軽く炒めておく。

 そうしたらここに水、酒、醤油、砂糖を入れて沸騰させる。そして弱火にして具材に火を通しましょう。

 これで火が通ったら、長ネギ、牛肉を入れて完成です。

 もっと他の作り方も色々あるのですが、今は簡単にこれだけの作り方で終わります。


「みなさーん!!」


 僕は大声を張り上げて、全員に聞こえるようにしました。


「お腹が減ったら、ここで食事をしてください! 量は作ってますから、押さないように! 全員分は用意できますから!」


 すると、こっちを見て食事が取れると思った人たちが、一人、また一人と食べに来ました。

 しかし、正直全員分用意できるというのは嘘だ。

 さすがにこんな事態は想定してないし、まさか旅路で使う分の材料を全部ここで使ってるなんて、言える訳もない。

 それでも、人々は僕から芋煮を受け取って食べ始めました。


「……うめえ」


 誰かがそう言ってくれました。


「嬉しいな……こういうときに肉が食えるのは、安心できる」

「なんだろうな、優しい味なんだけどがっつり腹に溜まる」

「それな。なんか不思議な味付けだけど……里芋も柔らかくなってるし、他のも良い感じになってる」

「腹に溜まって、力が湧いてくるようだ。ありがとうよ」


 そしてどんどん食べに来てくれる人が増えて、気づけば食べた人がすぐに作業に戻っていく。人の回転が速くなってきました。

 僕は遠慮無く、材料を投入して芋煮を作っていきます。まずはここに居る人たちの腹を満たさないといけない。

 そんな思いを胸に抱き、どんどん作っていきます。

 美味しいものを食べて余裕が出たのか、作業する人たちの顔が明るくなっていく。

 よかった……まずは食べないと力が出ませんから。


 しかし。


「ふざけんなよ!!!」


 そのとき、怒号が鳴り響いた。

 そっちを見ると、壮年の男性が地面に皿を叩きつけ、芋煮を踏みつけていた。


「こんなときに、旨いもんなんて食ってられるか! 傷ついた人たちに失礼だと思わないのか!」


 そして男性は僕の胸ぐらを掴み、怒りの表情で言った。


「被災した俺たちへの哀れみか! 同情か!? ふざけんなよお前!! 何を考えてやがるんだ」


 被災した人の気持ちの配慮。

 僕は、何も考えて無かったんだ。

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[気になる点] 芋煮は、最初に炒め無いでしょ
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