閑話、無関心さの罰、無知の罪・ガングレイブ
「クソッタレが!」
俺ことガングレイブは、シュリたちから届いた書状を読んで、手紙を床に叩きつけた。
夜の執務室。積み上がった報告書や決裁書を机の上にほっぽったまま、俺は立ち上がって怒りをぶちまけている。
この怒りは、他の誰でもない。俺自身に対しての怒りだ。
手紙の内容を要約すると、こういうことだ。
『エクレスも失念していた周辺の村への配慮を忘れていた』
俺自身、その可能性を考えて無かったわけじゃない。今回の村々の叛意も、エクレスたちを蹴落としたという風に見られているからこそ、こうなっている。
いや、客観的に見れば結局そうとしか見られないわけだがな。エクレスたちは領主の座を俺に明け渡しているわけだから。事実として領主を譲られても、いくらでも悪評のたてようがある。
だからこそ、他の村は叛意を持っている……はずだが、事実はどうだ。
エエレ村ではエクレスの無事と幸せを詳しく知らせずに蔑ろにしていた。
シュカーハ村特産の婚礼衣装に関する前例。これを蔑ろにした。
全部、俺が事前に調べるべきことだったじゃないか。
「ガングレイブ……?」
俺が興奮していると、執務室にアーリウスが入ってきた。
彼女のお腹には、俺の子がいる。身重となったアーリウスは、今はゆったりとした動きやすく体を締め付けない服を着てもらっている。
その中で用意していた寝間着を着ているアーリウスが、俺を心配そうな顔をして見ていた。片手には魔工ランプを持っているから、俺の憤慨を聞いて心配して来てくれたってことだろう。
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着けると、執務の椅子に座る。
「どうしたアーリウス。眠れないのか?」
「厠に行っていたら、ガングレイブの声が聞こえましたので……」
俺はその言葉に顔をしかめてしまった。思わず、一瞬だけだが。
いかん。今のアーリウスは身重なんだ。余計な心労を懸けさせるべきじゃない。隠すことが一番だし、心配させるなど論外だ。
しかしアーリウスは、俺が地面に投げていた報告書を手に取って中を読み始めた。手に持っていた魔工ランプで、内容を読み取る。
「あ、それは」
俺が止めようとする前に、アーリウスの顔が怒りに染まっていく。
「ガングレイブ。これはどういうことですか?」
そして、俺と同じように報告書を投げ捨て、俺に詰め寄る。子供を宿した母親とは思えないほどの動きで、俺の側に立つ。
上から見下ろす……いや、見下すような目線に気圧され、俺は息を呑んだ。
「あなたは国を手に入れることが目的でした。誰も飢えず、誰も苦しまず、幸せに過ごせる国を作る事を人生の目標にしていました。私はそう記憶してますが……そうですよね?」
「お、おうとも」
そうとも、それが俺の初心だ。今も忘れぬ果て無き夢だとも。
俺の返答に、アーリウスはさらに眉を歪めて言った。
「なのに、他の人たちへの、領民への配慮を忘れていた? 教えられてないからできなかった? エクレスも忘れてたと書いてありますが、これは本来エクレスが提言することではありません。
ガングレイブが役目に着いたときから、自分で気づかねばならぬことです。
そうですよね?」
「そ、その通りです」
いつもは大人しいアーリウスのはずだが、今は違う。芯の通った強さを感じた。
母親になったことで、アーリウスにも変化があるようだ。それも良い変化が。
とか考えてる場合じゃねえ。
「それで? どうするつもりですか?」
「あ、ああ。まずは周辺の村へ、速達で事情を伝える。エクレスとギングスは無事であること、それとエクレスが周辺の村を巡回していることも、だ。護衛もちゃんと付けてると言っておこう」
「他には?」
「こ、古参の城勤務の者へ聴取を行い、他に俺が知らない前例や慣習がないかも調べる。それも踏まえて、謝罪声明を行おう。同時に、蔑ろにするつもりはないとも」
「あとには?」
「あ、あと? あ、あとはだな」
駄目だ、アーリウスが怖すぎて頭が回らん。母親になった女性はここまで強くなるのか、と思うほど怖い。
「目下の所、シュカーハ村の婚礼衣装です。聞けば私たちのために用意してくれたとのこと。これをそのままにしてはいけません」
「え? でも俺たちはもう結婚式を」
「もうしたからいらないでは済まされません! 相手の覚悟を受け取る意図も含めて、適正価格で買い取るのです! 信頼はまず行動をしてから積むものです! ほっときゃ自然と信頼を得られるなんて、今までの人生であり得ないって嫌でも学んだでしょう! あなたは一番それを知ってるはずですよ! クソみたいで名前ばかりの領主が、領民に気を使わずに好き勝手やらかして苦しめられてるってのを! あなたがそれをしてどうするんですか!」
「は、はい!」
あ、駄目だ。アーリウスが強くなりすぎて、俺はもう尻に敷かれそう。
俺は椅子の上で縮こまりながら、アーリウスに頭を下げた。
「お、お前の言うとおりだ。全面的に俺のミスだな……。今から気を付ける」
「気を付けてくださいよ? それと買い取った婚礼衣装は飾り、城内はもとより来客者にも見えるようにしましょう。それだけ立派な婚礼衣装なら、周辺への喧伝に一役買うことでしょうよ。なんなら、私たちの子供の婚礼衣装に使っても良いでしょう」
「またそのときに、婚礼衣装を作ってもらえるんじゃないか??」
「アホですか? 結婚式のお色直しで複数の婚礼衣装を用意して見せれば、財力や権力も示せるでしょう。使えるものは何でも使う。それが傭兵団の流儀です。そして領主となったからには、使えるものをくれた領民には適正な褒賞を与えてしかるべきです」
ここまでアーリウスが理路整然と意見を述べることができるようになるとは……!
え、成長しすぎじゃありませんか? 本当にアーリウス?
俺がそうやって考えていると、アーリウスは椅子に座る俺にしなだれるように座りながら寄りかかってきた。
「そして、一番駄目なことがあります」
「なん、だ?」
「夫であり、我が子の父になる人が無理をしていることです」
俺の膝に頭を乗せているアーリウスが、甘えるように目で俺を見上げていた。
「無理をしすぎてある日ポックリ……なんてのは嫌です。休めるときは休んでくださいね」
「……ああ、すまない」
俺はアーリウスの頭を優しく撫でながら、癒やされる。
そうだな。俺は父親になるんだ。
子供のためにも、嫁のためにも、付いてきてくれた仲間たちのためにも、俺を信じて役目を任せてくれた奴らのためにも。
これ以上、失敗はできんな。