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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・僕とターニングポイント
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二十七、結婚衣装とピザ・後編

 シュカーハ村の村長の家が、悲しみで満ちていた。

 ボクはあまりにも、変わっていく環境に喜びすぎていろんなものを落としていたに違いない。

 それを、この村の人たちの話を聞いて知った。


 エクレスだよ。今はみんなと話をしている。

 シュカーハ村の叛意の真実。それはボクが彼らへの配慮を忘れていたことだった。

 彼らの気持ちを何一つ慮ることをせず、ただ自らが手に入れた自由だけを見ていた、そのツケをここで払わされてる気分。


「……本当にごめんなさい。ボクのせいだ」

「違う! エクレス様のせいじゃない!」

「そもそもあいつらが、よそから来たくせに我が物顔で領地を支配するのが問題なんだ!」


 マンセムくんはそう叫び、机を殴りつけた。

 他のみんなも、口には出さないが同じ気持ちなんだと思う。微妙な表情をして、マンセムくんの態度を咎めたりしないのが、その証拠だ。


「それは何度も言ってる通りだよ。ボクでは、ギングスではこの先の戦乱を乗り切れないんだ」

「だからって!」

「みんなの為でもある!」


 いい加減終わらせよう、この不毛な言い争いを。

 ボクは大声を出し、改めて全員の顔を見渡した。

 誰もが、ボクに期待している顔だ。

 ボクならどうにかできるはずだ。今からでも遅くない。この領地を---

 だから、無理なんだ。ボクには。


「平和な世の中なら、ボクとギングスならどうにかなる。でも、今は当たり前のように戦争があって当たり前のように隣の親しい人間が死ぬような時代だ。そんな時代に、みんなを守ることができるのは優れた為政者であるだけでは駄目だ。

 冷酷でなければいけず、激情家でなければいけず、善を良しとし、悪を飲み込むような度量を持つ人間が必要だ。それがガングレイブなんだ!

 だから託したんだ! ボクたちみんなで生き残るためにも!」


 ボクの言葉に、誰もが言葉を失って黙っていた。

 わかって欲しい。優秀なだけじゃ駄目なんだ。もっと、優秀だけじゃない。

 姑息さを、冷酷さを持ち、

 激情を持ち、人情を持ち、

 善を認め、悪を飲み込む。

 そんな人間でなければ駄目なんだと。

 すると、村人の中からポツリと言葉が聞こえた。


「……俺たちはただ、世話をしてくれたエクレス様に幸せで居て欲しいんだ……」


 その言葉を皮切りに、村人たちは顔を上げてボクを見た。そして言葉を紡ぐ。


「俺たちの暮らしがあるのはエクレス様が便宜を図ってくださったおかげだ」

「戦があってもギングス様は勇ましく戦ってくださった」

「俺たちが安心して暮らせるのは、間違いなく御二方のおかげなんだ」

「領主が無理なら、せめて幸せでいて欲しいよ」

「あいつらに何かされるんじゃないかと不安なんだ。儂らは」


 それは、純粋にボクを心配してくれる声だった。それが村人の口からどんどんどんどん溢れてくる。

 嬉しかった。ただただ嬉しかった。

 ボクが守ろうとした人たちは、ボクをこんなにも心配してくれていたと。

 領主の継承権を失い、ただのエクレスとなっても、慕ってくれることが嬉しい。

 ……でもね。


「心配ないよ」


 ボクは笑みを浮かべて言った。


「ボクは今、とても幸せだ。みんなにそんなに思ってもらえて。それに、この立場になってから大切な人もできた」


 村人たちがざわめく。


「好きな人ができたんだ。初めて好きな人ができた。今もボクのために、どうにかしようとしてくれる人だ」

「それは……」


 マンセムくんは戸惑いながらも言った。


「あの美丈夫で?」

「いや、それは」

「皆さーん」


 ああ、やっぱり君はこうしてきてくれる。この状況をどうにかするために。助けるために。

 君はいつでも、そうして両手に皿を持って来てくれるんだよね。


「腹減ったでしょうから、まずはこれを食べてくださいな!」


 美味しそうな料理とともに幸せを運んできてくれる。

 シュリくん。

 やっぱりボクは君が好きだ。


「皆さん、これをどうぞ!」


 そう言ってシュリくんが出してくれたのは、パンだ。いや、パンかな?

 平たく伸ばされたパンの上に、色とりどりな食材が盛られてる。見えるだけでもトマト、ベーコン、ピーマン、バジル、チーズと色とりどりだ。

 赤黄緑と色彩豊かなそのパンを、シュリくんは大皿に収まるほどの大きさで作ってきたんだ。それも、二枚。

 言ってしまえば、豪華だよ。


「これは……なんだよ?」


 マンセムくんは恐る恐る、シュリくんにそう聞いた。

 シュリくんはそれに対して胸を張って答える。彼はいつもそうだ。料理に関して、常に胸を張る。自信を持って出してる。


「ピザ、というものです。ちょっと待ってくださいね」


 そう言ってシュリくんが出してのは、変わった形の道具だ。持ち手の先には、回転するノコギリのような刃。

 それをピザというものに突き立て、慣れた手際で切っていく。

 なるほど……あれはピザを二つ四つと切り分けるのに最適な形なんだな。あれもリルのお手製だろうか。


「ではマンセムさん、どうぞ」


 そういってシュリは、切り分けたピザの一片をマンセムくんに差し出す。

 マンセムくんは戸惑いながら言った。


「いや……どうぞと言われても……何の関係が?」

「食べればわかります。ほら、どんどん配りますよー」


 シュリくんはマンセムくんにピザを押しつけると、他のみんなにもどんどん渡していく。

 残念ながら全員には回らなかったけど、食べるのが怖いって人もいて争いにはなってない。

 しかし……美味しそうだなぁ。

 作りたてらしくて湯気が出てるし、チーズがとろけて糸を引いてる。熱と共に香りもこっちに来る。

 ああ、良い匂いだ……トマト独特の酸味ある香りとバジルの香りが、こっちにも漂ってくるようだよ。


「で、これを……」

「どうぞ、食べてください」


 シュリくんは有無を言わさぬ口調で、マンセムくんに告げた。


「それを食べてくれれば、エクレスさんの覚悟とかいろいろとわかるかも知れませんよ?」


 その言葉に、マンセムくんの顔色が変わった。

 てか、ボクのことがわかる? どういう意味、それ?


「わかったよ。食べればいいんだろ!」

「ええ! そりゃもう勢いよくがぶりと!」


 マンセムくんは意を決したように、ピザにがぶりついた。

 盛大に食いちぎり、一気に食べ尽くす。

 そして固まった。

 ああ、わかるよ。シュリくんの料理を食べたときはいつもそれだ。

 彼の料理は突飛なところが多いけど、誰にでも等しく同じものを与えてくれるんだ。


「……うめえ」


 美味しくて幸せだ、という気持ちを。


「うめえな! これ! もっとないのか?」

「あと一切れは……ちょっと待ってくださいね」


 確かに皿には、あと一切れが残ってる。なんで? 

 シュリくんの後ろでクウガとリルが羨ましそうに見てるし。彼らの分ではないと?


「確かに! 美味しい!」


 そう思っていると、他にも似たような声が挙がった。


「チーズのコクと、バジルの香りが良い!」

「トマトの酸味とよく合うな!」

「ベーコンも良い物を使ってるよ、これ。しなびたカラカラのじゃなくて、作りたてのどっしりとした旨さがある」


 他の村人たちが喜びの声を出す中で、シュリくんは最後に残った一切れをボクに差し出してくれた。


「では、エクレスさんもどうぞ」

「いいの?」

「はい。これはあなたのためのものです」


 ボクのため、か。そう言われたら断れないじゃないか。

 ボクはピザを受け取り、躊躇無く食べた。

 ああ、美味しい。一口目からそれがわかった。

 チーズのまろやかなコクと、トマトの酸味の相性は抜群だ。ピザの大元の旨味は、この土台のパン自体の美味しさとチーズとトマトにある。

 そして、ともすれば飽きるだろうまろやかさとコクに、ピーマンの爽やかで独特の苦みが引き締めてくれる。

 作りたてで新鮮なピーマンの、ザックリ感にも似たシャキシャキとした食感が、パンのフワフワとした食感をまた補強してくれる。

 ベーコンそのものの旨さ……上手に作れたベーコンの塩味と旨味も合わさった上で、この料理は完結している。

 とはいえ、それも一切れ。あっという間に終わってしまう。


「ありがとう、美味しかったよ」


 ボクはシュリくんにお礼を言いながら、指についたチーズを舐めとる。

 とても美味しかった。とても、だ。相変わらず、シュリくんの料理は美味しい。


「どうも、エクレスさん。さて、皆さんも見たでしょう」


 シュリくんは村人たちを見て言った。


「エクレスさんは皆さんと同じ料理を食べたことに」


 その言葉に、村人みんながハッとした顔になる。ボクも今更ながら気づいた。

 確かに、ボクはみんなと同じ物を食べた。元領主の後継者であったボクが、だ。


「本来なら、エクレスさんは皆さんと同じ物を食べるような身分じゃないかもしれません。あるいはここに来て視察したときには食べたかもしれませんが、そこは重要じゃない。

 みんなと同じ目線で、同じものを食べて、同じ感想を言った。エクレスさんが皆さんとの距離を縮めたからです」


 そうだ。確かに視察に来たときも、この村で食事を取ったことはある。

 でもそれは仕事としてだ。みんなと分かち合って食べることはなかった。


「でも、エクレスさんは幸せそうに食べてくれました。みんなと同じ美味しいものを食べて、同じように美味しいと言った」


 シュリくんは大皿を片手に二枚持ち、続ける。


「今、皆さんとエクレスさんの距離はどうですか? 前と同じように遠いですか? 遠くて不幸せそうですか? それとも」


 シュリくんはニカッと笑って言った。


「皆さんに近くて幸せそうに、見えましたか?」


 その言葉に、村人たちの顔に困惑が浮かぶ。

 ---だが、それも一瞬だ。


「近いよ。エクレス様の笑顔がよく見える」


 それは村人の子供だった。ボクの顔を見て、嬉しそうに言った。


「前はこんなに近くで話せなかったけど、今はお礼が言えて、笑顔が見えるくらい近い」


 それを皮切りに、またも言葉が紡がれていく。


「そうだな。前は村長と工場の責任者が主に話すだけで……一言二言お礼を言えれば良い方だった」

「今は遠慮無く、意見が言えた。エクレス様も悩んでくれた」

「不幸せには、見えなかった」


 そうか、シュリくんは伝えたかったんだ。

 追い落とされてここに居るんじゃない。みんなと同じ目線、同じ地面に立ってるんだと。

 幸せに、過ごせるのが見えるよと。

 ピザだけで、シュリくんはそれを雄弁に語った。

 気づけば他のみんなから、さっきのような剣呑さはない。安心してるって顔だ。

 良かった……これならボクも安心だ。


「それでも、不幸せに見えるなら」


 ここでシュリくんは、みんなに向かって頭を下げた。


 そして驚愕の一言を述べる。


「エクレスさんを幸せにしますので、安心してください!!」


 空気が、固まった。ボクも固まってしまった。

 クウガとリルも固まったし、みんなも固まった。

 え? え? これって……もしかして……。

 

 プロポーズ?


「お前!」


 マンセムくんはシュリくんの両肩に手を置くと、顔を上げさせた。


「その言葉に、二言はないな!」

「え? あ、はい」

「嘘を言ったなら、俺がお前を地の果てまで追ってぶん殴る。だから、だから、頼む! エクレス様を、頼む」

「え、え、え? ああ、はい」


 マンセムくんの言葉に、村人たちの顔にも喜色が宿った。

 

 てか、これって……ええ? ボクは顔を真っ赤にすることしかできなかった。





 その後、シュリくんはまたみんなにピザを振る舞おうと、料理をしていた。食べられなかった人のためだ。

 みんなも楽しみにしてるようで、今日は工場を休みにして広場で待ってる。

 で、シュリくんとボク、クウガとリルはというと。


「それが、ピザを焼くための窯かい?」

「そうです。これがないとピザが始まらない」


 シュリくんは料理を続けながら言った。

 村のちょっと外れに、なんとシュリくんはピザを焼くための窯を作っていた。なんでもリル作のようだよ。

 用意したパン生地……どうやら前々から作っていたものを伸ばし、平たくして、器用に作業をこなす。

 切った材料をパンの上に乗せて、赤々と内部が煌めく釜の中に入れる。どうやらあれは、相当熱いらしい。ここからでも熱気が伝わって来る。


「みんなのために、ありがとうね。シュリくん」

「いえいえこれもエクレスさんのためですから」


 エクレスさんの、ため。ああ、駄目だ。また顔が赤くなりそうだ。

 何故かいきなり告白を受けて、しかも男らしく幸せにすると来た。

 ……と、言いたいけど。


「シュリ、質問」

「あ、ワイもや」


 作業をするシュリくんに、リルが話しかけた。


「幸せにするって、どういうこと?」

「え? そりゃあ、美味しいもんを食べてもらって、ガングレイブさんの作る国で穏やかにってことですよ? 他に意味あります? 領主の座をチマチマ争っていた以上に楽しいことが、この先にきっとありますからね!」


 だと思ったよ! ボクは苦笑を浮かべながら項垂れた。

 全く、シュリくんは……人をぬか喜びさせるにもほどがあるでしょうよ!


「なんや、安心したわ」

「何がです? クウガさん」

「いや、ワイもリルと同じ質問をしようと思ったんじゃけど……その答えでええわ?」

「え?」


 どうやらシュリくんはわかってないようだね。






 でもいつか、その言葉が本当の……ボクが求める意味で答えてくれる日を、待ち望んでるよ。

 そしたら、彼らが用意してくれる結婚衣装に身を包んで、君の隣に立ちたいものだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 村ではエクレスの婚約が事実として広まるやつですね
[一言] ピザも比較的簡単で応用範囲の広い食いもんだしなぁ、みんなで食べるには丁度いいか(^q^)。 これからこの村の隠れた名物になりそう。 昔は、村共同のパン焼き窯がある所って結構あったそうだし…
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