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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・僕とターニングポイント
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二十六、エエレの村の豊穣祭とチヂミ・後編

 それは、シュリくんが出発する前日の話だった。


「ふーんふーん……」


 鼻歌交じりに城の廊下を歩いていたボクは、シュリくんの部屋へと向かっていた。

 あらかたお仕事が終わったので、明日は一緒に街にいかないかと誘うためだよ。デートだねデート。

 美味しいお菓子屋ができたって聞いたから、食べに行こうって誘おうかと。

 ただ誘っても、きっとシュリくんは断るかもしれないから、「お菓子作りの研究のためだよ、研究の」という完璧な言いわ……理由もあるよ。

 で、シュリくんの部屋の近くに行くと、シュリくんが部屋の前にいるじゃないか。

 ボクは思わず廊下の角に隠れて、様子を伺う。なんてタイミングが良いんだ。ちょうど誘うのに、もってこいだね!


 なのに、角から顔を出して見ると、シュリくんはアーリウスと一緒に居た。


 なん……だと? 何故アーリウスがシュリくんと二人きりでいるんだ……?

 彼女はガングレイブにべた惚れのはず……お腹には子供だっているんだよ……。

 そういえば、と思い出す。

 アーリウスの懐妊がわかったのは、一ヶ月前のことだ。彼女は、日夜ガングレイブと同衾をしている。

 領主というのはちゃんと領地を治めるだけが仕事じゃない。外敵から領地を守るのもそうだし、必要とあれば戦に打って出る必要だってある。

 でも、一番の仕事は後継者を作ることだからね。

 たとえ領主が優れていて、その代で統治を上手くしたとしても、次代が駄目だったら話にならないし、次代がいなかったら論外。領地は荒廃していく。

 だから、ちゃんと血を継いだ子供を作り、その子を教育し、次が任せられるほどに成長させなければいけないんだ。

 その後継者作りをしていたわけなんだけど、アーリウスはある日突然、食事中に嘔吐感に襲われて倒れたことがある。

 シュリは料理にマズいものが入ったのかと慌てたし、ガングレイブだって血相を変えてアーリウスの介抱をした。


 結果、医者の診断によると酷いつわりによるものだってさ。


 意味がすぐにわかったのは、同席していたシュリだった。喜び飛びはね、ガングレイブの肩を荒々しく叩いてたものさ。

 そしてそれを見て、他のみんなも理解して喜んだ。もちろんボクもだ。なんせ、新しい命というのはいつだって神聖で尊いものだからね。

 それだけ喜んだ出来事だったなぁ、と思い返して見てたボクに、二人の声が聞こえてくる。


「ではシュリ、準備はよろしいですか?」

「はい。明日の用意はこれで終わりです。アーリウスさんも身重なのですから、仕事はそこそこに体を大事にしてくださいよ」

「もちろんですよ。ガングレイブが忙しいから、私がやってるだけです。体に負担はかけませんよ。それでシュリ、できればお腹の子が生まれる前に帰ってきてくださいね」

「もちろんです。あと半年以上はありますが、それまでには」


 ん? 妙な会話だな。まるでシュリくんが出かけるような……。


「今回の任務。少数精鋭というか、訪れた村に圧力をかけないために人数は集められません」

「理解してます。支配ではなく融和を望むのなら、不必要な武力は必要ありません」

「詳しいことは渡した書類に書いてあります。人選に関しては、こちらでギリギリまで調整してますので、当日まで待ってください」

「できれば事前に相談したいんですけどね」

「すみませんが……あちらの仕事の引き継ぎがまだとかで……」


 二人の会話を聞いてわかった。

 シュリくんはなんか、城を離れて仕事をすることになってる! それも長期間だ!

 出張だね。出張任務だね。村、融和、武力は必要なし……と考えると、きっとガングレイブに反発する村に出張ででかけて、評価を改善しようとしてるんだ!

 ボクは思わず右手を握りしめた。

 それならボクを連れて行ってくれればいいのに。ボクだって昔から村々を回って仕事をしていたから、役に立つんだよ。

 反発する村の人を説得するなら、ボクが一番の適任だ。

 シュリくんとボクが一緒に行けば、きっと事は簡単に終わるというのに!

 そこではたと気づく。


 そうだ、勝手に付いて行ってしまおう、と。


 声をかけられないなら、勝手に荷物に紛れ込めば良い!

 あわよくばシュリくんと一緒に旅もできるじゃないか! 仲を深める良い機会だよ!

 そうと決めたボクは、急いで部屋に戻って荷物をまとめた。

 まとめた荷物を持って、城の入り口に行ってみる。

 よし、馬車が用意してある。

 近づくと、荷物と箱がたくさん入っている幌馬車だ。これで出かけるんだね。

 フフフ、驚く顔が楽しみだ!

 そう考えながら、ボクは荷物と一緒に馬車へと紛れ込んだ。


 しかし、良くバレなかったもんだよなぁ、と振り返って思うよ。






 そして現在。

 シュリくんたちとエエレの村の人たちの衝突を止めた。

 そしてシュリくんからお昼をいただいたあと、村長たちの集まりに顔を出したわけだ。

 でもね……。


「エクレス様! 我々が共に居りまする故、どうかご命令を!」

「命じてくだされば、全ての村で蜂起する準備は整っています!」

「止めんかお前ら!」


 集会所の中は紛糾してるよ。

 村長さんは止めてるけど、若い衆はどうもボクが領主の座を奪われてここに落ち延びていると思ってる節がある。

 そうじゃないんだよなぁ。


「いい加減にしなよ」


 ボクは静かに言った。

 その声が良く通ったのか、紛糾していた集会場の中は静かになった。

 ここには村の有力者と若い衆の代表者が集まっている。だから物騒な意見も出やすいんだろうなぁ。

 だから、ここでボクが言っとかないといけない。


「ボクは何度も言ってるけど、自分から領主の座の争いから身を引いたんだ。

 ボクではこの乱世を乗り切れない。ギングスだって無理だ。だからこそ、ガングレイブを頂点として補佐する役目に就いたんだ。その方が、生き残る可能性が大きいから」

「ですが! エクレス様!」


 村の若者の一人が、立ち上がって言った。


「エクレス様は今まで、領地の中のことに目を向けてくださいました! それこそ微に入り細に入り、我々のことを守ってくださった! そのおかげで、村の暮らしは随分と良くなりました!

 そんなあなたでは領地を治められないと言ったら、誰が治められるのです!?」

「それが、ガングレイブなのさ」


 ボクがそう答えると、集会場の中はシンとなった。誰もが目を丸くしている。


「ボクは確かに内政が得意だ。でも軍務は苦手だね。逆にギングスは軍務は得意だけど内政が苦手。

 でもガングレイブは、どちらもできる才覚がある。何より、彼は悪い」

「悪い?」

「そう、この乱世の時代で必要な悪さを持ってる」


 この時代、ただの善人は食いつぶされて絞られるようなものだ。

 だから、領主となる者には悪さが求められる。領地のためなら悪になれるような、時として正義と悪意を使い分けることができるような器用さと、裏表が。

 ボクとギングスもあるにはあるが、ガングレイブには及ばないだろう。

 だからこそ、能力でも悪さでも、彼を推すことにしたわけだから。


「わかったかい? わかったなら、どうか彼らを認めてやってくれないか?」


 ボクがそう頼むと、集会場の中の人たちは神妙な顔をして受け入れてくれてるようだった。

 ほらね、ボクが説得に回らないと話にならないんだから。


「それで、この時期は豊穣祭だったよね?」

「はい、今日の夜がそうです」


 村長の答えに、ボクは心の中で喜んでいた。なんてタイミングが良いんだ。


「なら、ボクも加えてくれるかい?」

「もちろんです」

「そして、彼らも加えて欲しい」


 ボクの言葉に、村長は困った顔をした。


「ですが、彼らは……」

「彼ら……特にシュリくんは豊穣祭をもっと盛り上げてくれるよ」

「盛り上げて、くれる?」

「そうだよ。美味しいご飯に楽しい話。彼はきっと豊穣祭を良きものにしてくれる」


 村の人たちは半信半疑な様子だけど、事実だからねぇ。

 豊穣祭は収獲した食材を使って色んな食事や酒を振る舞い、村の中心で大きな篝火を焚いて歌や踊り、そして最後に儀式を行って神に感謝を捧げる祭りだ。

 だからこそ、ここでシュリくんが役に立つ。これ以上無く。

 フフフ、そのときが楽しみだ。






 で、夜になり豊穣祭が始まった。

 収獲された食材を持ち寄り、料理が作られて振る舞われる。

 広場の中央には大きな篝火が、本当に大きな篝火が焚かれ、周囲が満遍なく明るく照らされる。

 空に浮かぶ三日月の光も相まって、まるで昼間のような明るさだ。

 それでも空にある光が美しく、見ていて飽きない。

 楽器を持ってる村人も、この日のために練習した楽曲を弾いて場を盛り上げている。

 さて、そんな中シュリくんはと言うと、


「あんた、これ美味しいじゃないか! 若いのにやるねぇ!」

「そうやって料理をするのかい。あたしゃ見たことないわ」

「男で若くて料理上手なのねー。はー、珍しい」


 村のおばちゃんに囲まれながら料理を振る舞っていた。

 最初は、用意された食材をおばちゃんたちが料理していたが、ボクがけしかけてシュリくんにも料理をさせた。

 おばちゃんたちは不服そうな顔をしてたけど、シュリくんの手際や出来上がる料理を見て手のひらを返していく。


「特にこのチヂミとやらが美味しいわねぇ。これどうやって作ってるの?」

「はい、これはですね、こうやって……」

「他の料理も美味しいけど、このチヂミってのは作り方も簡単で、良いわぁ」

「そうね。具材を変えれば、飽きもないでしょうし」


 請われるままに、シュリくんはおばちゃんたちの質問に答えていく。

 いつの間にか、おばちゃんたちは料理を止めてシュリくんの回りで、料理を習う光景になっていた。

 また、シュリくんが作る料理も美味しいので、村人には好評だ。


「うめぇな。こりゃ」

「うちの作物がこれほど旨くなるとは思ってなかったわ」

「ヘタしたらうちのおっかぁの料理よりもうめぇ」

「こら、聞こえてるよ!」

「わ、ごめんよ!」


 そんな賑やかな声が周囲に響いていく。

 また、シュリくん以外にも仕事をしている人がいた。


「だからな、身を守ろうと思うたらまずは体を鍛えにゃならんわ」

「でもあんた、体が細いじゃないか」

「阿呆。細いんじゃなくて、絞っとるんじゃ。無駄なく動けるように、無駄な筋肉は付けないようにな」

「どうやったらそんなことができんだ?」

「日頃から、自分の得物で素振りすることじゃ。体に意識を向けて、どういう方向にどういう動きをすれば、楽に動かせるか。それを考えながら動く」


 クウガも酒を呑みながら、自分を襲ってきた若者たちに簡単な教えを授けているようだった。

 好評なようで、力自慢の男たちから人気を得ている。


「あと、こうすれば」


 目を転じてみれば、村の軒下でリルが魔工ランプを吊していた。

 それを村の若い娘が囲んでいる。


「はー、明るくていいわね」

「これなら夜の裁縫仕事も捗りそう」

「こんなちっちゃいのに、よく働くね」

「裁縫仕事をするなら、村に裁縫道具を作っておく。リルはそういう仕事のために呼ばれてるから」

「本当!? それなら大きくて高性能で使いやすいの!」

「あんた欲張りすぎよ」

「了解。リルなら簡単に作れる」

「本当に!? お願い!」


 リルはリルで、どうやら娘たちの内職仕事の手伝いをしてるみたいだった。だから魔工ランプを付けて明るさを保ち、裁縫道具を作ると言っている。話の流れから、皮をなめす道具とかもつくることになるだろうね。

 みんながみんなが、自分のできることをして、村人に馴染もうとしている。

 その中心は間違いなくシュリくんだ。


「本当に彼は凄いよ」


 ボクは篝火の近くで、シュリくんの料理を食べながら呟く。

 彼の作る料理の美味しさで、頑なだった村人の心を解した。だから、クウガとリルに話しかける人だって増えてるんだよ。

 そんなことを考えながら、ボクはシュリくんに作ってもらったチヂミを食べていた。


「エクレス様」


 そんなボクに、村長が隣に座ってきた。

 その手には、シュリの料理が。


「彼の料理はとても美味しいですな。これだけ美味しく料理されてるなら、収獲した我々も嬉しくなります」

「だよね? ボクもそう思って、彼に豊穣祭の料理を作ってもらうように言ったんだ」

「英断かと。すっかり、馴染んでますからな」

「そうだろ」


 ボクはチヂミを口に運んで食べる。

 うむ、美味しい。

 このチヂミってやつは、様々な食材を水で溶いた小麦粉と混ぜて焼いた料理らしく、中にはニラや豚肉といったものが入っている。

 食べてみると、生地の中に野菜と肉の旨味が閉じ込められ、噛む度に口いっぱいに広がっていく。食感も良い。

 野菜、肉、生地がそれぞれ食感のアクセントを持っていて、噛んでいて口飽きることがない。

 かかっているたれも、甘酸っぱくピリ辛に仕上がっているため、サッパリと食べられて良い。


「それで、エクレス様」

「何かな?」

「これから、他の村にも回るおつもりで?」


 村長が聞いてくるから、ボクも真剣な顔で答えた。


「そうだよ。アルアカ、テンペクとヴォラと回るつもりだよ」


 こっそりと書類を確認したけど、だいたい主要な村を回るらしく、あと三つは回ることになるだろう。


「そうですか」


 村長は不安そうな顔をして言った。


「エエレの村は現在、これといって不安要素がありませんでした。だから豊穣祭も無事に開き、彼らを受け入れることができた。元々、エクレス様が説得する機会がありますれば、支持する土台はあったかと」

「そうなのかい」


 確かに、エエレの村での活動は順調すぎるほどに終わったと言ってもいい。

 これからもそんな簡単に終われば良いなとは、確かに思ったけど……。思っただけで、簡単にいかないだろうなとは覚悟していた。


「ええ。しかし他の村は違います。今回の内乱で、各地の村に問題が生じていると話を聞いています」

「問題? それは?」

「盗賊……災害……不作……話ではこれくらいかと」

「それは……厄介だね」


 今回の内乱で、確かにその問題が城に上がることはなかったかも。

 ボクの落ち度だ。思わず唇を噛む。

 ガングレイブに仕事を引き継がせる事ばかり考えて、肝心な領民のことを考えてなかったとは。

 村長はボクを見て言った。


「なので、エクレス様。どうか他の村にも回るのでしたら、この問題をどうにかしていただけませんか?」

「もちろんだよ」


 ボクは篝火をジッと見て答えた。


「いくら仕事を引き継いで、領地の名前が変わったとしても。ボクはこの地に住む人たちのことを見捨てないから」 

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[気になる点] こんかいのりょうり、粉モンはええけど、何で朝鮮料理なん?! 粉モンなら日本が誇るお好み焼きでええやん。 糞南鮮は小説に要らんでしょう! ウザい存在は現実だけで十分です!!
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