三、悟りのアジフライ・後編
剣はいい。振っていれば気は紛れ、精神集中にもってこいや。
敵が出てきた時も、思うままに斬った。奪おうとする相手も、や。
ワイの世界は敵か味方か、剣か。
そんな単純なものでええ。
ワイはクウガ。傭兵団で歩兵隊隊長しとる。
ワイの歩兵隊は、戦いたくて戦いたくて仕方ないやつを集めとる。
剣を、槍を、道具を。器用なやつから力自慢なやつらが集まって、敵のぶっ殺し方を模索しとる。
前線で一番に突っ込んで、敵をぶっ倒す。後ろのやつらの道を切り拓く。それがワイらの仕事や。誇りにしとる。
ワイは道具は使わん。槍も使わん。ワイが使うのは両手剣一本だけ。
槍やろうが弓やろうが魔法やろうが魔道具やろうが関係ない。剣一本だけで敵を倒してきたんよ。
でも、最近はそうやない。
リルちゃん。あの子が才能を開花させたんや。
三つの発明品はすぐにワイの部隊にも配置された。
すぐに馴染んだ。これで敵をもっとぶっ倒せる。そう言ってワイの部下たちは喜んどった。
でも、それなら工兵隊と変わり無いやん?
ワイらは武器で敵をぶっ倒すことに誇りを持っとった。でも、それらですむならそれでええやん、て考えが生まれ始めた。
それではアカンのや。
ワイらは、前線で戦うのもそうや。でもそれだけやない。
撤退線において殿(撤退線の一番後ろで足止めする役割)もせなあかん。そのとき、道具が残ってるか?
残っとらん。そんな磐石ならそもそも撤退なんてするはずないやろ。
しかし、ワイではもう説得でけへん。
剣の重要性を理解しとる奴もおる。だけど、ほとんどがリルちゃんの道具頼みや。
便利なもんがあったら、そらワイでもそれを使う。
でもワイらは盾や。盾が装飾に頼ったらアカンのや。
ワイはもともと、スラムに住んどった。
ガングレイブたちと汚い環境で、互いに支えあって生き残った。
そのとき、ワイはいつも木の棒や鉄棒を持って一番に敵に突っ込んだ。逃げる時も一番後ろで敵を食い止めた。
そのせいやんな。剣の腕はかなり自信ある。
でも、ガングレイブにはまだ勝ち越せておらへん。
あの天才は、ワイが人生の大半を費やしてようやく身につけた剣技を、あっちゅう間に身につけよる。
でも、もうガングレイブは隊長や。前線に出すわけにはいかん。
ワイが一番に切り込んで、あいつの花道を飾ったらなアカン。
やけんど、ワイの剣はなかなか上達せえへんようになってもうた。
剣の疾さも重さも、や。
ここがワイの才能の限界なんやもしれん。
じゃが、ワイはある日の夜、知ったんや。
自分で自分の剣を、つくらなあかん。
今まで兵隊襲って奪ってきた技から、ワイだけの技を。
部下と喧嘩して飛び出したある日の夜。
いつまでも発炎石に頼る馬鹿に稽古を促しても聞き入られずに飛び出してもうた。
森に入って、開けた場所に出たとき、ワイは無意識に剣を抜いた。
何年もこうやって、目の前にワイ自身を生み出して稽古を続けとる。
魔法の類やない。敵と戦い鍛錬を続けたが故に身につけた、ワイの集中力の極み。
影稽古と呼んどる。
そのまま何合か切り結ぶ。
……あかん。
やっぱり、ワイの理想とする剣、目指さなアカン目標を前にして、ボロ負けしそうやった。
そのとき、森から誰かの気配を感じた。
「誰なん、そこにいんの」
声をかけてみると、木の影から男が出てきよった。
それもバツの悪そな顔で。
「す、すみません」
「ああ、シュリか。びっくりさせんなや」
料理番のシュリ。
最近ガングレイブが肝いりで入団させた変わり種。
確かに最近の料理は旨いし、ワイの体の調子もええ。
しかし、こいつなんでここにおるんや。
「どうしたんですか。こんな夜中に」
「まあ、な。スランプってやつや」
なぜか、こいつには話せた。
ワイの悩みは誰にも打ち明けておらへん。才能に限界を感じてますなんて、団から捨てられても文句が言えへん。
でも、今は話して楽になりてえ。
ワイは剣を収めてどっかりと座った。
「スランプ、ですか」
「そや。最近リルちゃんが頑張っとるやろ? えらいもん作って、戦に貢献しとる。でもワイは器用に剣を振るしかできへん。
ワイの才能では、ここが限界なんかのう」
自分で言うてて悲しうなるわ。
リルちゃんを妬むわけではあらへん。でも、羨ましいわ。
ワイなんて、隊のやつらからも愛想つかされ始めとんのに。
「才能なんて悲しいこと言わないでくださいよ」
「ん?」
なんやシュリは、泣きそうな顔でワイに言ってきた。
「僕も才能、ないですけど。
それでも努力してきたたくさんの知識や経験を、手持ちの技をやりくりしてます。
クウガさんはすごく綺麗に剣を扱えるんです。スランプじゃなくて、壁にぶち当たってるんですよ」
涙が出てきそうやった。
ワイの人殺しの剣を、こいつは綺麗と言い切るんや。
綺麗なんかじゃねえのに、血で汚れとんのに。
いや、仲間を救うために振るい続けた剣や。
もしかしたら、ワイはそれに気づかなあかんのやないか。
ワイの仲間を救うための剣を、誇りに。
信じなあかんかったのかもしれん。
涙を見せんように俯いて思うた。
壁か。ワイは、壁にぶち当たっとんのか。
「壁……か」
才能の限界の壁なのか、もう一回り大きうなるための試練なのか。
「あ、お腹すいたでしょ。ちょっと夜食を作りましょうか」
「ええんか?」
「頑張ってる人にご飯出しても、ガングレイブさんは怒りませんよ」
ガングレイブの名前が出てきてドキッとしてもうた。
気づいとったんか、ガングレイブは?
それでこいつをワイに張り付かせて、発破をかけさせとったんか。
……あいつ、こういうところで気を使いよって。
ワイの心境も関係なしに、シュリはアジと油となんや山椒やら持ってきおった。
あの黄色くて粘っこいのなんやろ?
そういや、前にシュリがひたすら椀に入れた卵と油と調味料をかき混ぜとった時があったな。
あんときは何しとんやろ? て気にしながら無視しよったな、ワイ。
シュリは山椒を油で揚げてすぐにパン粉に粉々にしてぶち撒けよった。
アジを綺麗にさばいて山椒入りパン粉と卵につけて油に投入。
「うまそうやな」
ええ匂いがする。
油で揚がる新鮮な魚の香ばしい匂いがたまらへん。
ワイはもともと魚が死ぬほど好きや。
でも、もうちょいコッテリしよってもええのにとか思うやんな。
「ピリ辛です」
ぴりから?
ちょっと辛い言うことかね。
そしたらシュリはアジを取り出し、黄色のもんをかけてワイに出してきた。
黄色いもん、いるか?
このままでもええ感じがするけど、こいつの料理が旨いんはよう知っとるけえ、構わず口に頬張った。
まず、サクっとした。
で、ふわっときた。
不思議な食感やった。サクサクと噛みごたえがあるんに、中はふわふわしてて口ん中いっぱいに香ばしさと匂いが広がった。
そして魚の味がこれでもかと口ん中を支配する。
あっさりとコッテリ。この相いれんはずの感覚が見事に調和しとる。
そして黄色いもん。これがたまらへん。
酸っぱいんやけど、いやな酸っぱさやあらへん。
酸っぱくて旨くて、アジの美味しさを邪魔することなく際立たせとる!
「おー! サクサクふわふわ。甘酸っぱくて風味よしやんね!」
そう、風味もええ。
山椒の香りが後味で鼻に来て、スッキリする。
確かにちょいと辛いが、そんな辛さやない。
辛いんやけど、辛くないんや。
これがピリ辛、ってやつなんやな。
「魚さばくの、うまいな」
アジフライとやらを口に運びながら、なんとなしに聞いてみた。
骨はないし見た目は綺麗やし。
「包丁で柔らかいところ撫でて切るんです」
柔らかいところ。撫で斬る。
その言葉に、ワイは天啓を感じた。
そうや、何もガングレイブや大きなやつの真似することあらへん。
ワイはそこまで力があるわけやない。いつだって器用に立ち回ってきたんや。
立ち回って、隙をついてぶっ倒してきた。
でも、それだけやダメなんや。
鎧の隙間、攻防の隙間といった“柔らかいとこ”。
そして、意識の隙間。これを突けばええんや。
そこをつけりゃ、撫でてでも斬れる。力で斬る必要なんてなかったんや。
ワイはシュリに聞いてみたんや。
才能ってなんやろな、て。
そしたらあいつはちょいと悩んだだけで答えよった。
「そうですねえ。気づくことじゃないですか?
相手の優れたところや弱いところなんかを気づいて、優れたところを取り入れて自分のものにしたりとか。
守破離、ていうらしいですよ。武芸全般。守で教えを守って、破で教えを破って試して、離で守からも破からも離れて自分だけのものを作るらしいです」
守破離。初耳やった。
そうや。ワイは自分の殻を破ろうとしとったんや。
そして、手がかりを見つけた。
ワイはシュリと別れたあと、ひたすら影稽古を続けた。
驚くほど、影稽古でうまくいった。
さっきまでボロクソに負けとったのに、あっさりと勝てるようになってもうた。
もちろん、力の剣を捨てるつもりはあらへん。
新しい剣を手に入れただけや。
力の剣を“剛剣”と呼ぶなら、技の剣を“柔剣”と呼ぼう。
ワイはまた一歩、どころか何十歩も強くなれた気がした。
その後の戦、相変わらず道具に頼るやつらの前で柔剣と剛剣を使って見せた。
気づいたときには、ワイの周りに敵がおらん。みんなワイの強さに遠巻きにするしかなかったみたいや。
戦も勝って、金もゲット。
そのあと、部下たちがワイに謝罪して、剣を教えて欲しい言うてきた。
無論、手のひら返しなんは分かっとる。
やけんど、こいつらもワイの大切な部下や。
ワイの剣が誰かを“救える”なら。
それもええかなって穏やかになれた。
統一帝国建国後には様々な武術が乱立した。どれもが戦場で培った兵法を元に作られ、そして消えていく。
なぜなら、統一帝国において武術といえばたった二つしか存在しないからだ。
その一つが、空我流。
剣聖クウガ・ヤナギによって創られた武術。
それは塩の利権を巡り起きた戦のさなか、開祖クウガが開眼した最強の剣術。
初披露したその戦でクウガは数百人もの敵を息一つ切らさずたった一人で倒したところから広まった。
空我流には様々な派生がある。
力で敵を防御ごとたたっ斬る“空我流剛剣術”
技で敵の意識を縫うように撫で斬る“空我流柔剣術”
心で相手や戦場の流れを感じ取る“空我流心眼術”
素手の状態で武器を持った相手と戦うことを前提とした“空我流合気術”
他にも弓以外の様々な武器の派生流派が存在し、他の有象無象の流派など比べようもないほどの実用性で広まっていく。
代々の帝国帝王の必須科目にさえ空我流は存在し、その秘奥に至るまでの習得が大前提となっていく。
また、クウガ・ヤナギは統一帝国大将軍の地位でありながら前線で敵を倒し鼓舞する方法を好んだ。
彼はこう語っている。
「ワイの後ろには死体しかない思うとった。でもあいつが気づかせてくれたんや。死体だけやない。助かった命が何千何万もあるんやと。
だから、ワイは一番前で戦う。
親友たちを守るため、ワイが一番に飛び出て盾に、剣になったるんや」
殺した数より救った命の方が大きいことを信じて、彼は剣を握っていた。
空我流を広め後進に託し、大将軍の地位を譲った老後でも、彼は最強を誇った。
隠居したあとは、のんびりと釣りを楽しみながら幼馴染の帝王や仲間たちと飲んで語らう好々爺になったという。
そのとき、彼は必ずアジフライを食べる。
皺だらけの顔が、満面の笑顔になるその料理を欠かさず食べたとか。