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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・僕とターニングポイント
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二十六、エエレの村の豊穣祭とチヂミ・前編

7/16 1/2更新

 どうも皆さんこんにちは。シュリです。

 現在僕は、出張の準備を終えた馬車で、最終確認をしているところです。

 時刻は朝方。それも早い時間帯です。太陽が昇り始めた頃ですね。

 ガングレイブさんから出張任務を受けた僕は、ガーンさんとアドラさんに残りの仕事の引き継ぎをして、準備を整えていました。

 ガーンさんもアドラさんもすっかり、料理人として任せてもいいくらいになってますからね。ていうか僕よりもリーダーシップがあるもんだから、適任だよ。トホホ。

 準備に引き継ぎ、そして馬車の用意と三日ほど時間を掛けて、四日目の今日。最終確認をして出発しようとしているところです。


「……よし、調理器具やお金、食材や野営道具、馬のブラッシング道具も良いな」


 その確認をリストにまとめた書類と見比べて、僕は安心しました。

 馬車は一台で向かう予定です。あと何人かが同行してくれるらしいのですが、聞かされてません。

 ガングレイブさんに言わせると、「各自の準備がある。まあ出発の時刻は決めてるから、そこで落ち合ってもいいだろう」とか超絶適当発言が出ました。

 何を考えてるのやら……。出発する人同士の話だってあるでしょうに……。


「さて、そろそろ出発の時刻なんだけど」


 僕が回りを見渡すと、それっぽい人はまだ現われない。はて、何をしてるんだ?

 とか考えていると、城から二人の人物が現れました。それぞれ手荷物を持って、こっちに近づいてきますが……。


「え? リルさんにクウガさん?」

「おうとも! ワイやで」

「リルだよ」

「な、なんで?」


 僕が恐る恐る聞くと、二人とも笑いました。おかしいな。この二人は仕事が忙しいはずですが?


「なんでて、ワイが護衛役やからや。リルは」

「リルは単純に、馬車の整備と運転。シュリは馬の扱い、下手だから」

「そ、そりゃそうですが……」


 確かに、未だに僕は馬に慣れてもらってません。それどころか、さらに嫌われているのか、近づけば警戒される始末。

 なので馬を扱ってくれる人が付き添ってくれるとは思ってましたが……。


「いいのですか? お二人にも仕事が」

「だから、これがワイの仕事や」


 クウガさんが僕に近づくと、僕の胸に拳を当ててきました。


「お前を守るってな」


 その言葉に、胸が熱くなる思いがした。

 たくさんの部下を持つ身になっても、クウガさんはクウガさんのままだと。

 リルさんも同様に頷いてくれている。


「……それなら、お願いしますね!」


 僕はクウガさんの胸に拳を当てて、答えました。


「おうともよ! 任せとけ」

「リルも」

「はい。リルさんも一緒に!」


 僕がそう言うと、二人とも馬車に手荷物を放り投げました。


「しっかし、あれやな」

「あれ、とは?」

「こうしてみると、人数が少なくなった傭兵団みたいやな」

「そうですかね?」

「そうやろ?」


 クウガさんは手を叩いて言いました。


「これから三人であちこち回って、領主の仕事をこなすんや。

 盗賊狩りもするかもしれんし、領民のためにお願いを聞いて回る。これはもう傭兵団の仕事と変わらん。じゃから、ワイはこの仕事を任されて正直嬉しかったわ。傭兵団の頃のような、ちょっと気楽な旅ができるかと思うとな」


 そんなもんかな。


「リルも同感。正直、お城の研究室は夢だったけど、新しい何かは籠もってちゃ閃かないから。外に出てお仕事をすれば、いつか何か思いつくかも」


 リルさんもそれに同意するように言いました。

 しかし、傭兵団か。また傭兵団みたいな仕事、か。

 結局、僕はどこまで言っても、傭兵団の料理番なんだなぁ。

 なんかちょっと嬉しい。


「わかりました。それでは、出発としましょうか!」

「行くで!」

「ほーい」


 こうして突然ですが、三人旅が決まりました。

 また、人数がかなり少なくなった傭兵団、か。

 なんだろう。初心忘れるべからず、て言われてる気分だ。





 そうして馬車をリルさんに任せて出発した僕らは、そのまま半日ほど馬車を走らせました。

 街を出て、街道を通り、次の村に向けての道中です。

 良い天気だなぁ。回りは草原だし、青空は綺麗だし。風も気持ちいい。最高の旅日和だ。


「それで? シュリ、ワイらが向かう先はどうなっとるんや?」

「それがですね」


 僕とリルさんとクウガさんは馬車に乗っているのですが、僕とリルさんは御者席に座り、クウガさんは後ろの荷台に寝っ転がっているのです。

 そこで僕は荷台にある箱から、書類を取り出しました。


「ガングレイブさんが調査したところによると、どうやら本当に悪感情を持っている村は四つあるそうです」

「四つ? 意外と少ないの」

「……クウガさん。このスーニティ領、いや」


 僕は言い直しました。


「アプラーダ領には村はいくつかありますが、その中でまとめ役的な感じで周辺の集落をまとめてるのが、四つの村なんですよ」


 ガングレイブさんは領地を治めたおりに、改名をしました。

 城の中には反対する人も多かったのですが、それはギングスさんとエクレスさんが説得して、一応は騒ぎを収めています。

 なんせ領主が変わり、政治体制が変わったわけですから。改名は自然の流れでしょう。

 そうしてガングレイブさんが命名したのが、アプラーダ。

 由来は教えてくれませんでしたけどね。


「ほんなら、ほぼ全部の村が反抗してるってわけかいな」


 クウガさんは呆れたように言いました。


「集落はともかく、まとめ役がそれじゃあ迎合している連中も多かろうな」

「でしょうね」

「リルもそう思う」


 リルさんは手綱を握りながら言いました。


「古い価値観って、言い直せば安定だから。その通りにし続ければ生きられるってことだから。だから、新しい体制、新しい領主はなかなか受け入れられない。特にそれが、外部から来た人だと特に」

「面倒くさいなぁ」


 リルさんも同意したように頷きました。

 これからそんな人たちへの説得に回るのかぁ。……どうにかなるのかねぇ。


「お、あれかいな」


 クウガさんが体を起こして指差した先には、結構広めの小麦畑が広がっていました。

 収獲の時期らしく、実りある穂がたくさん。


「でしょうね。あれが確か……エエレの村だったかと」

「なんか情報があるか?」

「えっと、ガングレイブさんに言わせると、一応畑作が中心の村だと」

「……なるほどねぇ」


 クウガさんは真剣な顔をして、前を見ています。

 さて、最初の仕事だ。必ずこなすぞ!





 とか考えていた時期もありました。

 小麦畑を抜けて集落に入ると、村人たちがこっちを見てぎょっとした顔をします。

 そして、大人の男たちがさすまたとか取り出して、こっちに突きつけてるわけなので。


「何しに来やがった侵略者め! とっとと出ていけ!」

「エクレス様を排斥したくせに!」


 めっちゃ敵意ある様子で、馬車を取り囲まれました。

 思わず僕は手を上げて戦意がないことを示しますが、回りの人たちはそれを納得してくれない。というか意味が伝わってないな、これ。

 だけど、リルさんは余裕の顔をして馬車を降り、馬の毛並みを撫でてる。余裕だな。

 で、クウガさんはと言うと。


「面白いことを言うわ。ほら、囲っとらんでかかってこんかい」


 腰から剣を抜き、すでに戦闘態勢に入ってるだと!?


「クウガさん! 殺すのは駄目ですよ!」

「半殺しは?」

「駄目です!」

「なら制圧やな」

「いやそれも、てかちょっと!」


 そういうとクウガさんは、僕が制止する声も聞かずに男たちに向かっていきました。

 男たちはまさかかかってくるとは思ってなかったようで、一瞬、尻込みしてしまう。


「殺すのも傷つけるのも駄目、面倒やから」


 クウガさんは剣を振りかぶり、さすまた目掛けて斬る。

 すると、さすまたを真ん中から縦に両断し、少し軸をずらして二つにしてしまう。

 持ち手だけを残してほとんどの部分を切り落とされた男は、恐ろしさのあまり悲鳴をあげました。


「ひ、ひぇあああ!」

「なんや。ただ武器を壊しただけやろうに」

「こいつ!」


 別の人がクウガさんに向かってさすまたを突き出します。


「面倒やのぅ」


 しかしクウガさんはそちらを見ることなく身を捻り躱すと、さすまたの持ち手を掴んで捻る。

 男の態勢が崩れたところで、さらに引っ張ると、さすまたを奪ってしまったのです。


「ほら、かかってきても無駄やろ? 大人しくせぇ」

「う、うわぁああ!」


 男たちは恐れの声を出しながら、何歩も後退する。そりゃそうだね。絶対に敵わない人を前にしたら、誰だって逃げたいよね。

 でも状況は最悪だ……。すっかり怯えきってる。これで話し合いができるのかな。


「待った!」


 そのときです。馬車の荷台から聞き慣れた声がしたのは。


「ボクは排斥されたわけじゃないぞ! 無駄なデマに流されてるんじゃない!」


 なんと、荷台の箱の中からエクレスさんが出てきたじゃないですか! え? いつの間に。

 ですが、これが効果抜群だったようで。


「え、エクレス様!?」

「エクレス様だ!」

「みんな、エクレス様がいらっしゃるぞ!」


 途端に態度を変え、村人の方々は地面に膝を突いて頭を下げました。

 凄い、こんなの現代日本の時代劇でしか見たことないや。


「村長さんはいる? 話がしたいんだけど」

「こ、ここにおりまする」


 村人の中から、老人が出てきて頭を下げました。

 エクレスさんは荷台から降りると、その老人の前に座り、肩に手を置きました。


「久しぶりだね。元気にしてた?」

「はい。エクレス様においては、ご無事で何よりです」


 老人とエクレスさんが談笑している間、僕たちは何も動けませんでした。

 というか、動けないのは僕だけでリルさんは相変わらず馬の世話をするし、クウガさんは奪ったさすまたを投げ捨てて荷台に寄りかかったりしてますし。


「それで……エクレス様は何故ここに?」

「キミ達を説得に来たんだよ。ボクとギングスは、決して簒奪されたわけじゃない。領主の座を、正式に引き継いでもらったんだ。キミ達にも怒りはあるかもしれないが、ここは収めて欲しくて」

「そんな……エクレス様のおかげで、この村々はここまで繁栄しました。その恩を投げて、侵略者に忠誠を誓えと?」

「恩があるなら、なおさら彼らを支えて欲しい。ボクも、彼らを支えるから。ボクとギングスではできないことを、彼らならできる」


 エクレスさんが説得してくれたことに納得したのかなんなのか、村長さんは涙ぐんでながら頷いていました。


「エクレス様。最後にお聞かせください」

「何かな?」

「あなたは今、お幸せなのですか?」

「もちろん」


 村長さんの質問に、エクレスさんはノータイムで答えました。

 それを聞いて、村長さんは立ち上がってこちらに近づいてきます。

 リルさんもクウガさんも警戒する中、村長さんは僕の前に立つと、頭を下げました。


「このエエレの村は、昔からエクレス様に多大な御恩をいただいてきました。治水、開発、援助……数えたらキリがありません」

「村長さん……」

「だから私たちはあなた方が憎かった。エクレス様から居場所を奪ったと思っていたのです。でも違うのなら、この村はもう敵対は止めます」


 そして、村長さんは涙ぐんだ声で言いました。


「エクレス様を、宜しくお願いします」

「……はい」






 その後、村で話をすると言って村長さんは何人かの人を連れて、どこかに行きました。

 その間に僕は、馬車から材料を取り出して食事の準備をします。


「どう? ボクも役に立ったでしょ?」


 そんな僕に、エクレスさんが近づいて聞いて来ました。


「ええ。まさかこんなあっさりと説得ができるとは思ってませんでした。てか、いつの間に荷台に紛れ込んでたんです?」


 確かにエクレスさんのおかげで無用な争いは……まあ抑えられましたけど、なんでここにいるんだろう?

 それを聞くと、エクレスさんは胸を張って言いました。


「前日から箱の中に忍び込んでたのさ! キミが出張に出ると聞いてたからね!」

「その行動力はいったいどこから……」


 確かに凄いことだけど、なおさら怖いわ。なんだよ、荷物に紛れ込んで付いてくるって……。


「それで? シュリくんはこれから食事を?」

「はい。チヂミでも作ろうかなって」

「何それ?」

「まあ見ててくださいな」


 僕は材料と道具を用意して、早速料理を開始することにしました。お腹が減ったしね。

 材料は小麦粉、卵、ニンジン、ニラ、豚肉、タマネギ、醤油、水です。

 とうとう醤油まで作ることになったからなぁ……リルさんに頼んで、いろんな調味料を作る機材をお願いしたりね。醤油もその一つ。

 荷台に持って来た食材には、そうやってリルさんに協力を仰いで作った調味料や食材が、ゴロゴロと入ってます。

 作り方としては、豚肉と塩コショウを振り、ニラとタマネギを切っておく。

 そして器に生地の材料を全て入れて混ぜます。

 できましたら鍋に油入れて熱し、豚肉を並べて生地を流し、表面をならします。

 蓋をして少しして、こんがりと焼き色を付けて裏返し、裏面も焼いてしまいます。

 できたら皿に盛り付けて、完成!


「じゃあエクレスさん、試しに味見を」

「いいの?」

「これはみんなの分の料理なので、エクレスさんももちろん数に入ってますよ」

「そう? ならいただこうかな」

「あ、その前に」


 僕は荷台から瓶詰めの調味料と食材をいくつか取り出し、皿に入れて混ぜてからチヂミに振りかけます。


「この液体は?」

「ポン酢、ラー油と呼ばれる調味料ですよ。それにショウガと蜂蜜もちょいと加えてます」


 これも事前に作っておいた調味料です。拠点ができたので、こういったものも落ち着いて作ることができるようになりました。

 エクレスさんは一緒に渡したフォークでチヂミを口に運びました。


「うん、美味しい」


 エクレスさんは喜んでくれたようで、チヂミをどんどん食べてくれました。


「全体的にもちっとした食感だけど、ニラの香りが良いアクセントだね。

 タマネギとニンジンも食感を補強してくれてるし、豚肉の美味しさが生地に移って全体的な味のレベルが高いねー。

 あと、このタレも良いなぁ。全体的にサッパリしてて、ショウガの風味がチヂミのニラの風味と喧嘩しない。

 とっても美味しいよ」

「それはありがとうございます。……ん?」


 ふと回りを見ると、何人かの子供たちがこっちを見ています。

 羨ましそうにこっちを見てるな……欲しいのかな?


「あ、そうだ」


 ここでエクレスさんが何かを思い出した顔をしました。


「そろそろエエレの村では、豊穣祭が行われるはずだよ」

「豊穣祭?」

「その年の収獲と来年の豊穣を願って行われる、まあ宴会だよ。だからさ、シュリ」


 エクレスさんは楽しそうな顔をすると、言いました。


「このチヂミで、みんなと仲良くなろうよ」


 ……え?

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感情はどうあれ、正式に領主になった人の正式な遣いに武器向けて、「勝手な勘違いだったみたいなので敵対止めます」で許しちゃうのは駄目じゃね?処刑までは行かなくても厳罰があって然るべきではなかろうか。
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