二十四、結婚式と伊勢海老のグリル・結
「うーむ、壮観」
どうも、シュリです。超絶面倒くさい似たもの夫婦に檄を飛ばしました。
本当さ、あの二人は貝殻みたいなもんなんですよ。他の貝殻だと合わない、あの二人しか相性がいい人がいないレベル。
なのにグダグダとまぁ……。とっとと結ばれちまえリア充どもが!
おっと、心の声が漏れそうでした。
「すまない給仕。こっちにも酒をくれ」
「はいはーい」
僕は呼び止められる声に応対して、酒を運びました。
現在、ガングレイブさんとアーリウスさんの結婚式真っ最中です。
地獄のような調理作業、配膳、杯や皿の選定を終わった現在、僕は給仕として会場で働いていました。
会場は大ホールを使い、たくさんのお客様を招いて行われています。
そう、たくさんの、お客様、がいます。
予想外なのですが、周辺の村々や街、周辺国のお偉いさんがこの結婚式に来ているのです。さすがニュービストの王女テビス様! ネームバリュー半端ないっす!
そうです、テビス王女のおかげです。彼女の名前が連名された招待状が届けられたので、この結婚式に来る人が多いのです。
まあ中には高砂でお客様の接待をするガングレイブさんとアーリウスさんを、憎らしい目で見ている人もいますがね。それは仕方が無い。
エクレスさんとギングスさんが回って説明をしていますが、理屈でわかっても感情が追いついてない人が多い。それも仕方が無いです、何度も言いますがね。
唐突に現われて領主の座を掠め取った。ガングレイブさんはこれから、その評価と戦っていかなければいけません。
エクレスさんたちから掠め取ったのではなく、見事に治めて繁栄させることで譲られたのであり、エクレスさんたちの考えは正しかったのだと。そう言わさなければいけません。
「これから大変でしょうね……」
「そうやな、大変や」
「うおぅ?!」
突如として隣に現われたクウガさんに、飛び上がるほど驚いてしまいました。いつの間にそこに!?
「周りの評価をええもんにせにゃならん。治世を見事にこなさにゃならん。戦が起これば今までのような戦い方じゃあかんな、領民を守り益を得ることを考えなあかん。
やることは山積みや」
「そうですね……あ、お酒どうぞ」
「こりゃどうも」
クウガさんは僕から酒を受け取ると、一気に飲み干してしまいました。
結構ウワバミだなおめえ? とか考えていると持っていた酒の一つが取られます。
「シュリ、いただくっスよ」
「ありゃ、テグさんまで」
テグさんもまた、手に取った酒を一気に飲み干してゲップしました。やめなさいよはしたない。
しかしテグさんは周りの目なんてなんのその。機嫌良さそうに僕の肩に腕を回してきました。
「いやー、今日はいい日っスねぇー! めでたいめでたい!」
「テグさん、酔ってます?」
よく見たら顔がほんのり桜色。こりゃ、アルコールが回ってますね。
「今日は酔っても平気っスよー。こんなめでたい日に酔わないでどうするんスか!」
「いつもは止めるんですが……それもそうですね!!」
僕も満面の笑顔で答えました。
確かに、今日のようなめでたい日に喜ばないのは間違いでしょうね。
「じゃあ、もうちょっと酒をくださいっス!」
「あ、だからといって酔っ払って倒れられたら困るので、ここまでです」
「え」
「水を飲んでちょっと頭を冷やしたら、またどうぞ」
僕はそういって、持っていた水を差し出しました。酔っても良いけど限度があるから仕方が無い。
僕が出した水をちびちび飲んでいるテグさんを見ていると、誰かが僕たちに近づいてきました。
「失礼。君がシュリで間違いないかね?」
はい? 僕に話しかけられた?
僕がそっちを見ると、そこには精悍な男性が立っていました。やせ形で金髪、優しそうな笑みを浮かべています。
「失礼ですが、どちら様で?」
「ああ、こう言えばわかるかな。君たちに突っかかったせいでニュービストから突き上げを喰らって、それが原因で政変が起きて王座についた妾の息子。名前はフルブニル・アルトゥーリアだよ」
ふぁ!? 僕は思わず腰砕けで倒れそうになりました。
「え? あのアルトゥーリアの? あの王様とバカ王子の親類?」
「ハハハ! そうその通り。あの親父とバカ兄の、腹違いの弟だよ」
「え、ええ、えええ?」
な、何でこんなところにアルトゥーリアの関係者が? しかも政変が起きて王位が交代? それを目の前の男性が王位に就いてる?
あまりの出来事に僕は言葉も出ませんでした。それは隣にいたクウガさんとテグさんも同様だったらしく、テグさんなんてさっきまでのほろ酔い笑顔はどこへやら、真剣な顔になっています。
「それで? オイラたちになんの用っスか? 国が大変なことになったから、恨み言でも言おうとした」
「礼を言いたくて、来たんだ」
は?
「本当にありがとう。君たちのおかげで、あのクソを追い出して私が王位に就けた」
「……それはつまり、オイラたちが国をさらに乱す原因を」
「勘違いしないでくれ。私は別に、兄が不幸になったから恨みを言いたいとか、私が抱いている野望を達成できたとか腹黒いことじゃない。純粋な、愚兄で国が乱れていたから、それを追い出す正当な口実をくれたことに礼を言ってるんだ」
「え? あの国そんなにヤバかったんですか?」
「ああ、ヤバかった」
フルブニルさんは大笑いしながら言いました。
「兄は兄で救いようのないアホだった。市街で事件を起こしていたしね。遠からず、王位を追われていただろう」
「あー、そうなんですか」
僕が思わずそう答えると、フルブニルさんは僕の肩に叩きました。
「あれから腐敗貴族も追い出し、国の道筋も安定した。君のおかげだ」
「大したことしてないんですが」
「いやいや、聞いてるよ。道化染みた行動を取りながらもニュービストとの繋がりを利用して、兄を追い込んだってね」
「ちょっと待て、そこまでやってない」
「謙遜しなくて良いよ。あれのおかげで父は兄を見限り、私に王位を譲った。父と協力して、国の発展に尽力しているよ。父も、あの謁見での行為は大いに反省していると伝えて欲しい、そう伝言を言付かっている」
そこまで大きな問題になってたんですね……知らんかったわ。
フルブニルさんは僕が持っていた酒を一つ取ると、一口飲んで言いました。
「我がアルトゥーリアは、貴公の国と友好を結ぶ。それが感謝の証だ」
「は、はぁ」
「では、また会おうシュリくん」
そう言ってフルブニルさんは去って行きました。
……待てよ、僕の行動が国を揺るがしたと!?
「なんていうか、途方もない話やったな」
「そっスね……あの国でそんなことになってたなんて、オイラ知らなかったっスよ」
「そうですね……」
「ちょっといいか」
呆然としていた僕たちにまたもや誰かから話しかけれました。
今度は誰? とそっちを見ると―――。
「久しぶり」
「久々にお前たちに会えたな」
「えぇ、ヒリューさんとブリッツさん!?」
そこには、オリトルの騎士団団長のブリッツさんと近衛隊隊長のヒリューさんではないですか!?
かつて、クウガさんと戦って負けた人たちまでなぜここに?
驚きのあまり口が動かない僕ですが、クウガさんが僕の代わりに口を開きました。
「なんや、今度はお前らか。どんな恨み言を―――」
「恨み言なんぞないぞ。……シュリ、だったな」
「え? はい」
「ありがとう。君のおかげで弟との関係を修復できた」
ヒリューさんは頭を下げて礼を言ってくれました。
……なんの礼だって?
「ああ、兄との不仲も解消されて、騎士団と近衛隊との関係も改善されつつあるからな」
「君のおかけだ。そしてクウガが、我たちの慢心を叩きつぶしてくれたおかげだ」
「……そ、そうですか」
もう何を言って良いのかわかんないや。僕は呆けたまま返答をしていました。
「オリトルは今後、君たちと友好関係を築くだろう」
「我たちが代わりに来たわけだ……ではな」
ヒリューさんとブリッツさんはそのまま去っていきます。
……怒濤の展開だったな。いきなりあの二人が現われるとは思いませんでした。
というかアルトゥーリアで政変が起きてバカ王子が排斥されて、フルブニルさんが王座について国の舵取りをするなんてことも想像してませんでした。誰が想像できんの?
「世界って、意外と狭かったですね」
「そうやな」
「そうっスね」
三人で呆けた声を出しました。
「シュリ、お前の行動が原因でこんなことになったんやから。いつか責任は取れよ」
「え!? 僕のせいですか!?」
「そっスね。シュリのせいっスね。オイラも今度ばかりは、庇えないっスわ」
「テグさんまで!?」
何故だ、クウガさんとテグさんが僕に冷ややかな視線を向けてくるのは……!
僕は頭を抱え込みたい気持ちで悩みました。僕がしたのはせいぜい道化か料理。
いったいどこでどんな風にしたら、こんな事になるのかさっぱりわからん……!
「はははは。シュリは相変わらず無自覚な男じゃのぅ」
そこに現われたのは、テビス王女でした。
片手には、僕が作った料理がありました。
ニコニコしながら、僕の腕をぽんぽんと叩きます
「まあ、そういうところもシュリなのではあるのじゃがな」
「え? そうですか。てへへ!」
「褒めとらんで」
「褒めてないっス」
「褒めてないのじゃ」
え?!
「そ、それはそれとしてっ。テビス王女、もしかしてあの人たちはテビス王女が呼んだんですか?」
「ふむ、その通りじゃ。妾の名前も使って呼んだわ。しかし、それでも断られたのがあったけどのぅ」
「いえ、それでもありがとうございます。ガングレイブさんとアーリウスさんの結婚式が、これだけ盛大に行えましたから」
「そうじゃそうじゃ、感謝せぃ。苦労したわ、本国から父上の手紙が来て怒られてもうた。行動しすぎじゃとな」
僕は済まなそうな顔をして頭を下げました。
「それは……ごめんなさい。苦労をおかけしました」
実際問題、テビス王女の名前を出さないと来ない人だって大勢いたでしょう。
今だって、少数ですがガングレイブさんに挨拶もせずに憎たらしい目を向ける人だっています。
ごく僅か、値踏みするような目でガングレイブさんを見る人もいます。
反感感情が未だ残る現状でもこれだけ来てくれたってことは、テビス王女が相当骨を折ってくれないと無理だって。
僕はそういう意味を込めて謝罪をすると、テビス王女は笑って言いました。
「気にするでない。これは先行投資よ」
「先行投資、ですか?」
「そう、これからガングレイブがいかに治世を行うか、それにシュリがどう関わるのか。妾はのシュリ。お主がいるかぎり、この土地は栄えていくと思うておるのじゃ」
「僕が?」
「そう、お主がいれば。それは料理の腕の話ではないぞ。もはやガングレイブにとってお主はなくてはならぬ存在よ。そんなお主が、この領地で料理という形で関われば、きっと良い結果が生まれる。妾はそれに投資をしただけじゃ」
投資、か。
僕がそれほどに大きな人間でもないのですがね。料理ができるだけの一般人ですし。
ですが、投資と言われて少し気が楽になりました。完全な好意からテビス王女が協力してくれたと思ったら、その対価に何を差し出せばいいかお礼は何がいいのか、わかりませんから。
でも投資となれば、それに見合う成果を示せばいい。そう思うと気が楽です。
互いに互いが利用価値がある。政治とはかくも面倒くさいですが、どこかシンプルでもありますから。
「なら、投資に見合った成果を示してみせます。ガングレイブさんならきっと」
「うむ、それで良い。それで良いのじゃ」
テビス王女は微笑んで答えました。うむ、これが正解だったらしいですね。
「それはそれとしてじゃシュリ。これは旨いのぅ」
テビス王女が示したのは、僕が結婚式のために作った料理です。
「なんと言うたかの、これは。海辺で取れる海産物の中でも腐りやすいから、運ぶのに苦労したぞよ」
「僕のところでは、伊勢海老のグリルと言います」
そう、僕が作ったのは伊勢海老のグリルです。
無理を言ってテビス王女に頼んで運んでもらいました。腐りやすいからね、エビってやつぁよ……。
今回の材料は簡単。伊勢海老一匹です。
リルさんに作ってもらったアルミホイルに、半分にカットした伊勢海老を乗せてグリルで焼く。焼き時間は大きさによって変わりますので注意を。
焼き上がったら、これに海老味噌を絡めていただきます。
だけでは飽きる人もいる可能性があるので、これにレモンバターソースをかけたもの、グレープフルーツソースをかけたもの、マヨネーズとチーズをかけたものといろいろと用意をしました。
「妾はどれも旨いと思うのぅ。……うむ、旨い」
テビス王女はそう言いながら、伊勢海老を口に運びました。
良かった……美味しいと言ってもらえて。
「海老味噌も良いし、海老の身もちょうど良く火が通っておって歯触りも良い。
……確かに、これは結婚式の料理にしては上等な部類に入るじゃろうな」
「それだけじゃありませんけどね」
僕は伊勢海老を見て言いました。
「僕の国では、伊勢海老料理は結婚式において縁起物とされてきました」
「……ほぅ」
テビス王女は目を細めて聞き入っています。
「まず、伊勢海老は茹でると鮮やかな赤色になります。この赤色は、邪気を祓う魔除けの力を持つと言われています」
「初めて聞いたの」
「まあ、それは、あれですよ。ニッチなあれです」
ニッチ? と首を傾げるテビス王女を尻目に、僕は心臓をばくばくさせていました。
危ねぇ。変なところから異世界人だってバレるところです。気を付けないと。
「え、ええと他にもありまして。殻は鎧兜のように見えて力強さの象徴となります」
「ふむ」
「最後に。海老の尻尾は常に曲がってるでしょう? その様子を老人に見立てて、長寿を表すようになったと」
「なるほど。結ばれた二人に訪れる不幸を祓い、害意あるものから守り、それが寿命まで続く、と」
「そう! それです!」
正しい解釈は知りませんが、それで合ってるはずです。ここは押し通しておこ。
「そういう願いを込めて、僕はこの料理をあの二人に捧げました」
僕はそう言って、ガングレイブさんたちを見ました。
凜々しい花婿、美しい花嫁。
この世界に来て僕を仲間にしてくれた人たち。その二人が結婚の門出を迎えた。
幸せな未来のために、幸せな将来を作るために。
これを祝わなくては、いつまで経っても恩を返せません。
「きっとこれから先、二人にはいろんな困難が待ち受けるかもしれません。大変な事件だってあるかもしれませんし、悲しいことが起こるかもしれません。
……気休めでしょうが、この料理があの二人の将来に少しでも光を当てられれば……そう思ってます」
「そうなるじゃろうよ。きっとの」
テビス王女はそういうと、僕から去って行きました。
……あの人にも随分と世話になりましたね。テビス王女には感謝してもしたりない。
「さて、オイラ酔いが覚めちゃったから、もう少し酒の追加を頼むっスよー」
そんな僕の肩に腕を回して、テグさんが言いました。
「真面目な話で疲れるっスからね」
「そんな真面目でも」
「そやな。ワイも酔いが覚めてもうた。シュリ、追加を頼むわ」
「……仕方ありませんね」
僕は苦笑しながら答えました。
そしてガングレイブさんを見る。堂々と挨拶に来た人たちと話を交わしている。
アーリウスさんを見る。ガングレイブさんの隣で凜々しく、妻として立派に振る舞っている。
ガングレイブさんがこっちに気づくと、少しだけ手を上げてこちらに示しました。
まるで、ありがとうと言ってもらえたような気分だ。
僕はその感謝の気持ちで昂ぶる気持ちを心地よく思いながら、仕事に戻ることにします。
あの二人の将来に、幸多からんことを。
僕はそう願っています。