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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕とお嫁さん
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二十四、結婚式と伊勢海老のグリル・起

 ども皆さん、こんにちは。シュリです。

 エクレスさんとエンヴィーさんの再会も上手くいき、これで大きな荷物も徐々に片付いていっています。

 相変わらず街の人からの印象はイマイチだし、ストライキをした料理人の人たちは戻ってきてませんがそれはそれ、これはこれ。気にしない!

 なんだかんだで仕事は回ってますし、辞めたいなら好きにしてくださいとしか言いようがありません。ガングレイブさんが手を回してくれたおかげで人数の補填もできてますし。

 まあ、彼らだって料理人。どこかの店に就職できるでしょう。

 今の僕にはそれを気にする余裕すらありません。

 なんで? 決まってる。

 約束のために、ですよ。





「ほら! そっちの料理の準備も急いで! 手を休めてる暇はありませんよ!!」


 僕は大声を張り上げて、厨房のみんなに指示を出しました。全員、威勢の良い声で返事をしてくれます。

 僕自身も鍋を振り、料理を仕上げていきます。


「そこ! 皿を間違えてる! 大きさはそっち! 間違えない時間がないんだから!」


 普段は言わないような怒号も、僕の口から出てきます。


「は、はい! すみません!」

「謝るのはあと! 返事をしてすぐに行動! 急いで!」


 それについて部下の人も不平不満を漏らすことなく頑張ってくれています。ありがたい、無駄なエネルギーを使わなくて済む。

 皿の準備、料理の準備、配膳……全てを計算して頑張らないと、今はどうにもならない事態になっています。僕は指示する立場なのでなんとかなってますが、下の人はてんてこ舞い。必死に足と手を動かすことになります。


 今、僕たちが必死になっているのは結婚式に供する、ご馳走作りです。

 そう、領地を得たガングレイブさんと、婚約者であるアーリウスさんの約束のために。

 二人の結婚式を盛大に行うことになったのです。

 ことの始まりは一週間前に遡って、僕がガングレイブさんを焚き付けたことから始まりました。

 いい加減、恋人を待たせるのは得策とは言えないんじゃないの? って。

 それを聞いたガングレイブさんは何かに気づいた顔をして、了承したのです。

 普通結婚式って言ったらもっと時間が必要になる一大イベントなのですが、それについてはいくつもの誤算があります。

 まず、僕自身が結婚式の料理を準備することの大変さに無頓着だった。なんせ僕は趣味で料理をしていたもの。趣味をこじらせてここまでの腕を得ておりますが、宴とは違う……このような堅苦しい儀式のようなイベントにおける料理の計画性というものに対して、あまりにも知らなさすぎました。

 なので一週間でなんとかするよと言っちゃって、こんな大変な事態になっているのです。

 食材の手配から皿の選定、机に並べる料理の種類などなど、考えることは色々あるというのに。バカだった……っ。


 こんなに忙しくなった要因に、オリトルとアルトゥーリアから使者が来ることもあげられます。だから人数も倍加しました。

 どこ? と思う人もいるでしょうが、簡単に説明すると。

 オリトルは過去にクウガさんが御覧試合をした国。

 アルトゥーリアは過去にアーリウスさんを妾にするとほざいた魔工都市です。

 なんでこの二つから来たんだよ? と僕もみんなも不思議に思っていました。なんせたかだか傭兵団の身内の結婚式だよ? 

 そう思っていたら、テビス王女が笑いながら言いました。


「妾が呼んだ。さすがに身内だけの結婚式にするには、おぬしらは有名になりすぎたからの。

 過去に深い何かがあった二つの国に打診をした」

「よく受けてくれましたね。てか、勝手に呼んじゃって良かったんですかね」

「逆に、ガングレイブとアーリウスだけでは呼べんじゃろ。領主としての格もあるし。妾の名前で呼んだ。せっかくの結婚式、祝う人間は多い方が良い」

「いやいや、むしろオリトルとアルトゥーリアはなんで来たんですか。オリトルだとクウガさんがやらかしたし、アルトゥーリアは僕がやらかしたのに」

「連絡したら食いついたぞ。オリトルはクウガとまた会いたいようじゃったし、アルトゥーリアでは最近、王権が変わったからの。その王様が、お礼に来るそうじゃ」

「な、なぜ?」

「なんでも。あの愚昧な王子が王様にならずに済んだからじゃ。側室生まれの優秀なものが王様になるための出来事があったからとか。おぬしら、あそこで何をした?」


 何をしたって、ただ包丁ちらつかしてカレーを振る舞っただけですよ。


「特に何も……」

「なんてな。嘘を吐くでないわ。知っとるからの。あの王子がおぬしを勧誘したと。それに乗じて妾がいちゃもんを付けた」

「ええ?」

「ま、その結果アルトゥーリアは随分と苦しんだそうじゃし、王子がおぬしのことを見極めずに勝手にしたことと、王が自国の現状を考えない愚かさを露呈したそうじゃからの。その結果、王は隠居して王子は廃嫡する羽目になったとか。ハハハ、ざまあみろ」

「ええええ……」


 色々と言いたいことはありますが、まあ深くは言うのを止めました。

 ちなみにこの話、ガングレイブさんは受けたそうですよ。

 ニュービストもオリトルもアルトゥーリアも、大陸では名の知れた国。その国から使者が来て祝ってくれるのは良いことだと。

 アーリウスさんも受け入れました。

 ただ、ガングレイブさんもアーリウスさんも驚いてはいましたが。実際に来るとは思ってなかったようです。





 こうして、様々な事柄が重なり、修羅場と化しました。ええ、僕の無計画さが原因だよすまんな。反省してる。

 で、こうして当日を迎えたわけです。

 食材はなんとかなったよ。大急ぎでテビス王女に頼んで食材を用意してもらったから。その代わり、いつかテビス王女に麻婆豆腐から始まるフルコースを振る舞う約束をしました。仕方ないね。

 ようやく作業が軌道に乗り出し、会場の準備も落ち着いたであろう頃、突然厨房に誰かが突撃してきました。


「シュリ! おるか!」


 正装に身を包んだクウガさんです。今回クウガさんにも訪れるオリトルとアルトゥーリアの使者をもてなす役目があったはずなのですが……。

 ちなみに何故かというと、クウガさんが一番見た目がそれっぽかったから。イケメンはここで利用させてもらう。

 しかし、クウガさんは慌てた様子。どうしたのだろうか?


「どうしましたクウガさん? こっちは猫の手も借りたいほど忙しいんですけど?」

「すまん! ガングレイブが部屋から出てこんのじゃ!」


 ……は?


「どういうことです? 部屋から出てこないとは?」

「そのままの意味じゃ……なんか中に籠もってしもうて、呼びかけても出てこん!」

「ええ?!」


 それマズくないですか?


「ちなみに、使者の方は……」

「もう来とる……! はよガングレイブとアーリウスに挨拶させんと、失礼になってまう!」

「了解! すぐに行きます!」


 僕は部下の人に指示を出し、持ち場を離れました。そしてクウガさんと一緒に走ってガングレイブさんが控える部屋まで急ぎます。

 いったい何をやってるんだかガングレイブさんは! こんなクソ忙しいときに! 


「ところで聞きますがクウガさん」

「なんや?」

「ガングレイブさんとアーリウスさん、なんだか様子がおかしかったりしませんでしたか? こう、不安になって弱気になってたりとか……」


 こういう状況、地球に居た頃に何回か聞いたことがありますからね。僕は走りながらクウガさんに聞いてみたわけです。

 クウガさんも少し考えて、何やら心当たりがあるようで得心した顔をします。


「そういや、二人とも結婚式までの日にちが迫ってくると、なんや調子悪くなっていっとったな。なんというか、将来というか、そんなもんの相談を受けたことがあるわ。『このままでいいのだろうか?』なんてな」


 あー、やっぱり。間違いない。

 マリッジブルーて奴ですね。これは大変だ。結婚前に、結婚後の将来を考えて不安になって不安になって、怖くて怖くてしょうがない状態になっているのです。

 僕は走りながら対処方法を考えました。どうすれば二人の不安を払拭できるのかを。

 しかしすぐに何とかできる問題ではありません。なんせ自分たちの人生がかかっているのです。

 不安になるのは仕方ありませんが、それを二人の力で乗り越えるのが結婚だろうに……。いや、結婚してなければ恋人もいたことのない自分では想像しにくい事なのかもしれませんが。


「ま、まずはガングレイブさんから引きずり出しますか」


 僕はそう呟くと、部屋の前で止まりました。ここはガングレイブさんが身支度をしている部屋です。

 結婚衣装ということなので、準備することは山ほどあるのです。髪型整えたり……とか? すみません僕は詳しい事知りません。


「ガングレイブさーん。出てきてくださいよー」


 僕は部屋の扉をノックしながら言いました。できるだけ優しい口調で、中の人に余計な不安を与えないように配慮しています。ドアノブをひねってみますが、どうやら鍵をしているようです。

 彼らは今、自分の将来についていろいろと考えなければならない場面にあるのです。刺激してはいけない。


「みんな待ってますよー。体調が優れないんですかー?」

「ああ、いや、待ってくれ。ちょっと考えたいことが」

「うるせえ。クウガさん。宜しくお願いします」

「わかった」


 僕の合図でクウガさんは、ドアを蹴破りました。待ってられるかバカ野郎。配慮なんてしてる暇はなかった。


 お客さんまで来てるんだ、これ以上グダグダやられてたまるか。


「な、どうしたんだお前ら!?」


 中にいたガングレイブさんはもの凄く驚いた様子で僕たちを見ました。とても狼狽しています。どうやら、この強行突破が相当予想外だったようですね。

 ですがそんなこた今はどうでもいい。やるべきことはただ一つ。


「ガングレイブさん。聞きましたよ……将来が不安になって、いろいろと悩んでるって」


 僕がそういうと、ガングレイブさんはバツが悪そうな顔をしました。


「あ、ああ……いろいろと考えちまうんだよ」


 ……ガングレイブさんはそのまま語り始めようとしていました。


「あいつは見た目通り、器量よしだし美人だ。これから俺と結婚すれば、苦労をかけることは目に見えてる。それならいっそ、大国の魔法師部隊に入れて、そこで王族にでも見初めてもらえりゃ、あいつも幸せなんじゃ……」

「こんの大馬鹿野郎が!!!」


 僕は近くにあった机を蹴飛ばしながら、大声で叫びました。椅子が結構重かった。脛が痛い。


「いいかっ、良く聞けガングレイブ。一度しか言わん」

「お、おいシュリ、口調が荒いぞ……」

「黙れ。言うぞ」


 僕はガングレイブさんに近づき、胸ぐらを掴んで言いました。


「アーリウスさんは、苦労するときも辛いときも、あなたと一緒に居ることを選んだんだ。それが幸せなんだよ。苦労も、辛さも、あなたと一緒に乗り越えることが幸せだと思うから、あなたを選んだんだ」


 ずい、とガングレイブさんに顔を寄せて僕は続ける。


「そんなあなたが不安になってどうするんですか? 僕の知るあなたは、もっと強い人でしょう。これから民の人生を背負うという男が、愛する一人の女性の人生を背負えないなんて、情けないことは言わんでください」


 ガングレイブさんは何かに気づいた顔をして、顔を俯かせました。

 さて、これ以上言えることもないですし。僕はガングレイブさんから手を離します。

 これだけ言われても奮起しない、なんて人でもないですからね、ガングレイブさんは。今までの戦いやら苦労やらを乗り越えるくらいの実力や胆力があるんだ。後は自分でなんとかするでしょう。


「じゃあガングレイブさん。愛する人ときちんと、将来を生きてくださいね」

「お、おい、シュリ」

「僕はまだ行くところがありますんで。アーリウスさんもきっと、この日を待ち望んでいることでしょうし。ぐずぐずしている暇もないのです」


 僕はクウガさんに目配せします。


「すみません、急がないといけないのでクウガさん。後は任せてもいいですか?」

「おう、任せとけ」

「では任せました」


 僕はそう言うと、部屋からダッシュで出て、今度はアーリウスさんの部屋へと向かいます。時間が惜しい。料理を準備する時間もいるし、料理を盛り付けて配膳したり飲み物準備から何から……。

 マリッジブルーになる気持ちはわかるけども、せめてもう少し前日になってから悩みを打ち明けて欲しかった……。

 不満を言うわけにもいかないので黙って走っていた僕は、ようやくアーリウスさんの準備室まで辿り着きました。どうしてこうまで離れたところで準備なんぞやらかすかね全く……。

 部屋の前に誰かいますね。ドアの前でノックしながら声かけをしているようです。


「エクレスさん、リルさん。どうしたんですか?」


 そう、ドアの前でリルさんとエクレスさんが困った顔をして、立ち尽くしているのです。


「あれ? シュリくんどうしてここに?」

「いえ、なんでもアーリウスさんがマリッジブルー……いや、何やら思い詰めているようなので心配で来ました」

「……アーリウスが出てこない」


 エクレスさんは僕を見て意外そうな顔をして、リルさんは困った顔のままドアを指さしました。どうやら、こっちも似たような状況のようです。

 ほんと似たもの夫婦だなっ。むしろお似合いだわ。

 僕が二人に駆け寄って聞きました。


「リルさん、アーリウスさんはいつ頃からこんな感じに?」

「……準備が終わって、みんなが出たら鍵をかけてた。中に入れないし、呼びかけても答えがなくて……」

「なるほど、わかりました。強行突破しましょう」


 こんなことで時間を喰ってられるか。とっとと発破をかけて仕事に戻りたいわ。

 僕の言葉に驚いたのか、エクレスさんは困った顔をします。


「いや、さすがに女性の部屋に強行突破しようというのはちょっと……」

「関係ないです。ガングレイブさんも似たような状況でしたから。こっちもとっとと解決させます」

「リルは賛成。これ以上時間をかけたら、アーリウスの中の悩みがこじれるかもしれない。なので、どーん」


 リルさんは僕の意見に賛同してくれて、ドアに手を当てました。

 すると腕に刻んであった魔字が反応を示して発光を始めます。

 ドアに光が注がれたと思ったら、ドアが奇妙な音を鳴らしながら捻れ壊れ、鍵もろとも破壊して道を開きました。

 あれ、この魔法のための魔字だったんだな……使用するところ初めて見た!


「ど、どうしたんですかっ?」


 中からアーリウスさんの驚く声が聞こえました。

 僕はエクレスさんにこっそり言います。


「さすがに中に入るのはあれなんで、二人に任せます」

「え? これだけの騒ぎを提案した首謀者が逃げるの?!」

「エクレスさんだって言ったじゃないですか。ここは女性の部屋だって。なので、僕は基本的にノータッチです。でも……」


 さすがにこのままなのはいけないので、言いたいことは言わせてもらいます。


「アーリウスさん。聞こえますか?」


 僕は部屋のドアの横の壁に背中を預けて言いました。


「え? シュリ? シュリがいるのですか、そこに?」

「はい。さすがに中を覗き見たりはしませんし、中に入ろうとは思いません。なので、ここから言いたいことを言わせていただきます」


 中にいるアーリウスさんの様子をうかがい知ることはできませんが、それでも言わないといけないことがあります。


「アーリウスさん。あなたはガングレイブさんを信じていますか?」

「もちろんです」


 即答ですか。それも迷いなく、しっかりした声だ。


「多分、あなたが悩んでいるのは『私はガングレイブに相応しいのでしょうか? 国を手に入れるほどの才覚を持つ人間なら、私なんかよりももっと相応しい人を娶るのが一番ではないでしょうか……。それどころか、周辺の国から姫を迎え入れて、その血に正当性を持たす方が重要なのでは、それなら私は側室で居た方が良い』とか考えてるからじゃないですか?」


 ……返答無し。もしかして正解ですか? ほんと似たもの夫婦ですね。それくらい考えが似通っている者同士なら、悩む必要なんてどこにもないでしょうに。

 いや、似てるから悩むのか。駄目ですね。僕はまだまだ、夫婦というものについて知らなさすぎる。

 似てるからこそ、同じ事で悩むし相手を思いやってまた悩む。しかも二人とも、頭の回転がいいだけにたちが悪い。相手を思いやって、自分から身を引くことが最善ならそうしてしまうほどの冷静さもあるでしょう。

 まったく、そういうことじゃないでしょうに。


「大丈夫ですよ。ガングレイブさんも、僕も、みんなも。お二人が一番のお似合いだと思ってますから。どうやったってどういうことになっても、結局二人は一緒になりますよ。それだけの絆が、お二人にはあるのですから。

 だから、大人ぶったことはしなくていいです。幸せになってください」


 僕が言っても、中からの反応はありません。なので、僕の仕事はここまで。


「エクレスさん、リルさん。後は任せてもいいですか?」

「……うん」

「わかったよ。後は任せて。ここまでお膳立てされたら、意地でもアーリウスを引っ張り出すから」


 リルさんとエクレスさんはそう言って、部屋の中に入っていきました。ここからは女性のお話。女性のお仕事。男性の僕は、あまり関わらない。

 僕はそっと壁から背を離し、厨房へと脚を向けました。全く、慣れないことをするもんじゃない。夫婦の悩み相談なんぞ、僕にできるわけないじゃないですか。

 せいぜいデリカシーもなく壁を破壊して、周りの人に任せるだけ。クウガさんとリルさんとエクレスさんに後を任せて、僕は僕の仕事をしますか。


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