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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕とお嫁さん
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二十三、天啓とチャーハン・前編

ちょっと予定より遅れました。すみません。

 結局、レンハさんは馬車に乗り、最低限のお供と共にどこかへ去って行きました。

 どこに行ったのかを誰かに聞いても答えてもらえないのですが、テビス王女は、


「安心せい、悪いようにはせぬ」


 とだけ仰います。まあテビス王女がそんな変なことをするとは思えませんし、処刑するわけでもないのだから安心したというかなんというか。

 変な話、あんな事件を起こした犯人が、自分の目の届く範囲手の届く範囲で処刑されるのは、たとえ罪人であっても良い気分はしません。

 それが必要とわかっていても……いや、もうこれに慣れないといけないのでしょう。

 ここは日本じゃない。地球じゃない。

 戦国時代の異世界なのだから。


 ども、シュリです。

 ただいま、尻が痛くてたまりません。


「ほらシュリくん、こっちだよ」

「は、はいぃ……」


 馬に乗るエクレスさんの後ろにくっつくように乗り、とある場所まで移動しております。森の中を、器用に馬を操って進んでいきます。道も慣らされていますので、馬がケガをする心配は無いでしょう。

 僕の尻が四つに割れる日も、そう遠くはないかもしれません。女性の体に密着しているという興奮もありません。そんな余裕はどこにも存在しないよ!


「大丈夫?」

「いえ、尻が痛いです」

「シュリくん、馬に乗ったことないの?」


 ないです。

 昔にさかのぼりますが、まだガングレイブ傭兵団が各地を転々としてた時代には、これまた尻の痛みに耐えながら馬車に乗っていました。

 馬に乗っていませんのよ。馬車に乗ってましたのよ。

 あれは、そう、この世界に転移した頃の話ですか……。

 陣営を払い、移動するとき。

 用意された馬に乗って移動したら、腰を痛めました。ええ、老人以下です。

 たった三分で立てないほどに痛めたので、もう乗るのは止めました。

 僕の遠い目を察してくれたのか、エクレスさんは同情する眼をしてます。


「ああ、馬に乗れない人なの」

「……まずいですか?」

「うん、この大陸の人間の常識からしたら、格好悪い」


 しゅん。

 ものっそい気分を落ち込ませて、静かーに進んでいきました。

 ブルーです。ブルーな気分です。

 格好悪いんだね、僕……。この世界の基準で言えば格好悪いんだなぁ……。

 確かに、ガングレイブさんが戦場を馬で駆ける姿は惚れ惚れするほどの格好良さがありますからね。僕以上にうっとりした顔をして、アーリウスさんがそれを見てたわけですが。


「あの、シュリくん」

「はい……?」

「男は、涙を見せるもんじゃないよ」


 振り向きながら笑顔を見せるエクレスさんは、男前や……。そんな感想が浮かびました。

 惚れてまうやろぅ……。

 あかん、メス化してしまいます。

 相手は男の格好をした女性ですが、僕が女の格好をした男性になってしまったら、どうするのでしょうかね。

 傭兵団の料理番が、傭兵団のオネエ番になるわけですね。

 笑えん。そんなもん誰が見たいんだ。


「エクレスさん。格好良いですね」


 絞り出した言葉に、僕の男としての矜持が消え去りそうな予感がありました。

 ですが、それに気づかないのでしょうね。エクレスさんは照れていました。


「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」


 ばきゃーん、と砕けそうでした。


「……それで、ウーティンさんは何故ここに?」


 この空気を打破すべく後ろに眼を向けると、歩きでウーティンさんが付いて来ておりました。

 何故か知りませんが、テビス王女の護衛がここにおります。いや、本当に何故?

 いつの間にかしれっと付いてきてるんですよね。


「王女様が、いざという、ときのため、にと」

「いや、その王女様のいざというときのためにあなたがいるのでは?」


 僕の意見は間違っていないはずだ。この人の役割は、あくまでテビス王女を守ることのはずなんだけどな……。


「……いざというときの」

「わかりました。守ってくれるなら文句は言いません」


 あかんよ、この人は腹芸ができないタイプの人ですよ。痛いとこを突いたんでしょうね、額に汗が流れておりますよ。いつも無表情で涼しい顔をしている印象ですが、この人は表情が変わらないだけで、表情以外の場所から動揺が見える……。

 というのも、本来はクウガさんかテグさんが付いてくる予定だったみたいですよ。でも、部隊の編成が忙しいという理由で来れませんでした。

 そこにテビス王女が「なら妾のウーティンを貸してやろう」と言って、いつもは無表情だけど驚きで口を開けっぱなしのウーティンさんが護衛に付いてくれました。

苦労、してるんですね。ウーティンさんの受難が目に浮かぶようですな。


「それでエクレスさん。今回はガーンさんとエクレスさんのお母さんに会いに行くという予定ですよね?」


 この二人に対して色々考えても、こっちの精神がすり減るだけなので止めましょう。それよりも、これからの予定を考えることにします。

 予定は、エクレスさんとガーンさんの親に会いに行くことです。長らく行方不明でしたが、居場所がわかったそうなので会いに行くそうです。

 ガーンさんは用事があるらしく、今回は会いに行かないそうで、よろしく伝えといてくれと言われました。いつも通りの顔をしてましたが、不安そうに見えました。

 エクレスさんも、一人で会いに行くのは不安があるそうなので、僕に同行を願い出てきました。僕としては構いませんが……僕が付いてきて良いものかと?

 仕事の引き継ぎはアドラさんに任せて、共に行こうとしたときにウーティンさんの同行が決められたわけです。


「うん……ボクも不安なんだよ。母上とは随分、会ってない。どんな顔をすればいいか、わかんないんだ」

「笑えばいいと思いますよ」


 いや、ネタでもなく言うんですが。


「ただいまか、おかえりか、久しぶりか……ともかく、笑って挨拶をすることから始めてはいかがですか?」


 久しぶりに会う親族ってのは、時として距離感がわからなくて、何を言えばいいのかわからないことがあります。

 そんなときこそ挨拶から始めて、こっちから歩み寄る姿勢が大切だと思うんです。挨拶して、他愛ない話題からちょっとずつ、距離を詰める。

 人と人の距離は、いきなりには詰められないのですから。せめて歩み寄る姿勢が大切だと思います。

 僕の言葉に、エクレスさんは何かしら思うことがあるらしく、ちょっと俯いてしまいました。


「……そんな簡単な話でも……ないけど」


 簡単な話……。


「そりゃそうでしょう。僕は難しい話をしました。簡単な話なんてしてません」


 当然です。紆余曲折あった親族の再会というものは、簡単な話で終わるはずがありません。ドラマの基本中の基本です。大概が憎しみの復讐劇か、それともラストシーンでようやくわかりあうか……。それも、死に際なんて珍しい話ではありません。ドラマの基本です。

 それにしたって、現実の世界だって親族のいざこざは、他人ではどうしようもないほどにじれて拗こじれて複雑化してるもんです。


「でも、難しいからって理由で、やらない理由はないと思います。それは仲直りのためや関係の修復のためだなんて思わないでください。あくまで、自分の決着のためです」

「決着?」

「自分の中に踏ん切りをつけるんです。まずは、過去の自分と決着をつけてください。決着なんて言いますが、憎しみ合ってるわけじゃないなら、自然と距離は縮まりますよ」


 まぁ、ドラマを見てた影響で言えることではありますが……。

 僕もまた、踏ん切りを付けてこの世界で生きる決意をした、そんな類いの人間ですし。


「……うん、ありがとうシュリくん。ちょっと勇気出た」


 エクレスさんは、笑顔を浮かべて振り向きました。


「ありがとうね」


イケメンが……!?





 自らの男らしさの足りなさにショックを受けながら進んでいきますと、森の中に教会が見えました。

 綺麗に整備されている教会で、何を拝んでるのかわかりません。そもそも、この世界に 来てから宗教について全く触れてませんでした。


「ここは何を崇めてる教会なんです?」

「神様でしょ」

「いえ、なんの?」

「? 神様は神様だよ。他にいないでしょ?」


 なんだろ、すごい行き違いを感じる……。


「名前とか、教義とかあると思いますけど」

「こんな世の中だから、とりあえず神に祈ってるだけだよ。教会をまとめてた総本山も昔はあったけど、今はもうないね。時の大国が、宗教献金を嫌がって攻め滅ぼしたんだ」


 なにそのわがまま。


「一応、教会は残ったけど、献金はないし信者もいない。今では、一握りの敬虔な信者が、自営で教会を維持する程度さ。それでも、それでやれてる神父さんは、みんなから慕われてるし、孤児を育ててたりもしてる。

 でも、今から行く教会は、教会って名前をしてるだけで、実際は領主一族の隠れ家的側面が強いね。そして、今ではボクの母上とガーンの……兄さんのお母さんが囚われている場所さ」


 悲しそうな独白を聞いているうちに、教会につきました。

 なるほど、これは教会とは名ばかりの施設だな。

というのも、教会にあるだろうはずの象徴的なものが一切、見当たりません。

 十字架も、ステンドグラスの類いも、とにかく神として崇めるだろう象徴物が一切存在しておりませんでした。

 ですが手入れは行き届いており、年代は感じられるもののツタが絡みついたりとかひび割れとかも何もありません。

 住んでいる人の家事能力が高いからか、そもそも領主一族の避難場所なのでみすぼらしい姿にはできないという矜持があったのかもしれません。

とか考えながら馬から下りて見ましたが、エクレスさんが一向に下りてきません。

 はて? どうしたのでしょう。


「エクレスさん?」

「……会うのが怖いな、やっぱり」

「エクレスさん……」


 うむ……やっぱり、ちょっと励ましたくらいじゃ、なかなか踏ん切りは付きにくいものです。


「エクレスさん、そこまで怯えなくても……」

「エクレス!?」


 と、思ってたところに後ろから誰かがダッシュで通り過ぎ、馬の上のエクレスさんに近づきました。

 後ろ姿からでは顔はわかりませんが、エクレスさんと同じ銀髪をしてます。それが腰まで、かなりのボリュームで伸びております。

 服装は質素だけれども、きちんと洗濯やしわ伸ばしがされていますし、垣間見えるエネルギッシュさを感じると、これくらいの服の方が似合ってる印象がありました。


「エクレス?! エクレスなの?!」

「え? え?」

「アタクシよエクレス! エンヴィー・スーニティよ!」


 その場に、衝撃波を伴った怒濤の展開が舞い降りました。


「は、母上、なのですか?」

「そうよ! エクレス、エクレスなのね……よかったぁ……あえて、よかったぁ……」


 エンヴィーと名乗った女性は、その場からズルズルと崩れ、とうとう馬の足下に膝を突きました。

肩を震わせ、涙声です。


「あなたまで追放されたのかと……思ったけど……! 違うみたいだし……! 無事で、本当に……!」

「母上!!」


エクレスさんは馬から下りると、エンヴィーさんを抱きしめました。

強く、強く抱きしめて、微笑みながら泣いておりました。






 落ち着いた二人を連れて、教会の中に入ると、もう一人女性がおりました。

 こっちも見目麗しい……服装は、着古しながらも手入れがされたメイド服です。


「奥方様、いきなり外に出てどうなさ……!!」


 メイドさんも、エクレスさんの顔を見ると驚いております。


「まさか……エクレス様……ですか」

「そうよマーリィル! エクレスが生きてたの! 何でか男服だけど、無事だったの!」

「そうですか……よかった……です……! さっそく、お茶をご用意致します! そちらへおかけください」


 マーリィルさんは淀みない足取りで奥へ向かいました。

 どこかワクワクした雰囲気がありますが……あのメイドさん、マーリィルさんは何者?


「シュリくん、あの人はガーン兄さんの母上だよ」


 今度は僕が驚きです。

 聞いてみればあの人はガーンさんのお母さん、マーリィル・ラバーさんです。

 用意してもらった机と椅子と、紅茶セットをありがたく思いながら、椅子に腰掛けました。てか、こんな良い物が用意できるということは、追放した当の本人であるレンハさんは、この人たちに気を使っていたのでしょうか……。


「エクレス、こちらの殿方は?」

「母上。この人はボクの恩人、シュリ・アズマくんだ。彼のおかげで正妻の……レンハ様の悪事を暴くことができました」

「そう……あのお方は、とうとう失脚なされたのね……」


 エンヴィーさんは、少し落ち込んでいる様子でした。

 自分を追い落とし、こんなところに押し込んだ相手に、何故……?


「……アタクシはね、もともと側室。権力闘争なんて向いてない。どちらかというと、内政が好きな学士でしかなかった。それが領主様の目に止まって、エクレスを生んだ。

 エクレスが無事なら、自分の不遇を我慢できるのよ。幸い、エクレスはアタクシの才能を受け継いでくれたみたいだから、そう簡単に切り捨てられないと思ったから。

 心残りは、最後にあの人と話がしたかった。アタクシとマーリィルを切り捨ててスーニティの実権を握ること、そこにどんな意味があったのかって。そんなことしなくても、エクレスに領主跡継ぎの継承権を破棄させたし、ガーンには継承権を主張させるつもりはなかった」

「それはおかしいですね。普通だったら、自分の息子が権力を握れるならそうするのでは?」

「はい。普通はそうです。ですが、私も奥方様も、権力を握りすぎることを恐れておりました」

「恐れる……ですか?」

「シュリくん、だったよね。たとえばだけど、君はお店を経営しろと言われてできるかい?」


 お店を経営?


「できると思います」

「へえ、何を売るの?」

「料理を。これでも料理番の長をしてます」

「なるほど。“商品”は問題ないね。なら、“事務”や“会計”に“仕入れ”とあるけど、全部一人でできるの?」


 ああ……。


「それは厳しいですね」


 確かに、昔は店を経営したいと思ったことも、ありますから。

 でも趣味の範囲を抜かず、料理は親しい人に振る舞うだけ。商売ではありません。

 店を経営してるわけでもありません。

 そもそも、飲食店経営は予想以上の難問なのです。

 まず不動産の管理。土地は借地? 建物の借り店舗? それとも名義を持った所有物?

 店もそうです。どんな店にするか? ポップな店内? 落ち着けるシックな内装? エアコンの位置は? キッチンの広さや設備は? 広報の手段や客寄せの戦略に予定は?売り出す商品の方向性は?

 そも、どの客層を狙うのか。料理にもよるけど、それも考えなければなりません。

 仕入れ先はどこにするか。スーパーから? 卸問屋から? それとも農地契約?

 そも、経営できても税金の申告や会計整理、会計士や税理士の知り合いはいるの?

 もちろん、これだけあげても一部分。飲食店経営はさらに複雑で煩雑な手続きや、バイトなどの雇い入れを考えると複雑化の一途を辿ります。これに法律を絡めたらさらに迷宮化へ。

 それを考えると、とても僕一人では不可能としか言いようがないのです。教育も経験も、足りない。


「そうでしょ? シュリくん、一つの店を回すには、一人が全てに精通するか、一つの分野に精通した店員たちと協力する必要がある。エクレス、ガーン、ギングス様……みんな、どれかの分野には突出した才能は持ってても、他の分野に対する適性が欠けていた」


 エクレスさんが得意なのは内政。

 ギングスさんが得意なのは軍事。

 ガーンさんが得意なのは情報収集。

 なるほど、ここまで才能の突出を考えると、一人が頂点に立っても問題は起こってたかもしれません。


「それでも、ギングス様には救いがあった。この戦乱の世、軍事に長けた領主は臣民から支持を集めることができる。その影を、エクレスとガーンで埋めることができた」

「つまり、母上はギングスを立てながらも、ボクとガーンが支える形にしたかったと?」

「そうね。そういうことになるわね。それで、今は誰が領地を治めているの?」

「それは……」

「うちの団長です」


 エクレスさんが言いにくそうなので、僕が言うことにしました。


「正妻レンハさんの失脚の後、ニュービストから干渉が起こりました。ギングスさんはレンハさんの息子であるからその後に治めるには問題がありますし、エクレスさんも女性に戻ることを望み、ガーンさんはそもそも治める気がありませんし、生まれから考えると反発も起こることから、暫定的にうちの団長が仕切ってます」

「そう……スーニティの領地は、傭兵団に奪われたわけね」


 ああ、エンヴィーさんががっかりしてる……。そりゃそうだ、争いが終わったと思ったら、今度は領地を占拠する傭兵団の存在。一族として、それはなかなか受け入れがたい問題だぁ……。


「まぁ、これも時代の流れなのかも知れないわね。できれば娘たちに、この戦乱を乗り切っていってもらいたかったのだけれど。それでシュリくん、その団長さんは信頼できるの?」

「できます」


 即答です。


「僕はガングレイブさんを信頼しています。あの人がいなければ、今の僕はありえませんでした。暫定的に治めてはいますが、ガングレイブさんは将来的にこの大陸を平定して、平和な世の中を実現させるべく、行動しています」

「その内容を、君は知ってる?」

「詳しくは知りません。僕は料理番に過ぎませんから」

「それは思考放棄ではなくて?」

「僕はできることをしてるまでです」


 いきなり僕に、団に適切なアドバイスをしろなんて無理ですから。


「……ふふ、ごめんね。意地悪なことを言って」


 エンヴィーさんは笑うと言いました。


「つい、ね。でも、これで良かったの。娘たちの誰かが指揮をするにしても、どこかで歪みは出てたでしょうから。いっそ、誰か別の人を立てて、それを補佐するのがいいの。

あなたが料理を得意と言って、料理の面で補佐してるように。

それにしても、あなたは芯を持ってるのね。できることをする。できないことを素直に他人に任せる。それがどれだけ難しいことか」

「そうでしょうか……?」

「そうよ。権力を握ったらあれこれ自分の力で、なんて考える人がほとんどだから。実務や事務を任せられる、信頼ある部下を得ることすら難しいもの。ありがとうね、シュリくん。こんなおばさんの八つ当たりを、真っ正面からうけてもらっちゃって」


 なるほど、領地を傭兵団に奪われたと思ったら、何もできない身としては八つ当たりもしたくなりますよね。仕方ないですが、ちょっと厳しいものでした。

 しかしおばさんとは……エクレスさんに似てて、大人の女性にした感じです。しかも若い……アンチエイジングに何を使っているのでしょうか……?


「マーリィルも、黙ってないで何か言いなさいな」

「はい。ですが、そろそろ晩ご飯の準備をしなければなりません」

 

 おろ? もうそんな時間?


「ちょっと待っててください。今回は僕が作りましょう」


 なら、ここは僕の出番でしょう。


「いえ、お客様にそんなことをさせるわけには」

「いいのよマーリィル。せっかく気を使ってもらったのに、甘えないのは逆に失礼よ」


 あら、バレたかな。マーリィルさんは困った顔をしてますけど。

 せっかく、ここにエクレスさんがいるんです。エクレスさん、エンヴィーさん、マーリィルさん。家族と呼べる人がここに集いました。それも、久しぶりに、です。

 ここは邪魔者の僕が逃げて、話に花を咲かせるのも一興です。

 僕は厨房に入ると、さっそく調理道具の確認です。コンロと包丁は持ってきてますが、鍋やおたまはかさばるので持ってきてません。小さな鍋としゃもじ程度です。これでは心許ない……。

 フライパンにおたまは確認……フライパン、あるんだ? リルさんに作ってもらうことにしてましたが、これなら簡単かな。すでにあるものだし。


「材料は……」


 米、たまねぎ、鶏肉に塩胡椒……それと卵。


「チャーハンでも作りますかね」

「チャーハン……!?」


 ありゃ、ウーティンさんが来ましたよ?

 無表情ですが、目がキラキラしております。なんで?


「あなた、エクレスさんたちの護衛をしなければいけないのでは?」

「頼まれた、のは、シュリの身」

「いえいえいえいえいえいえいえ! 僕よりもエクレスさんを守らんとあかんでしょうが?!」


 一介の料理番よりも、領主一族の方が護衛価値はあると思いますし。


「……気づいてない」

「え?」

「私は、王女、の、命で、動いてる。王女の命は、シュリの身、守ること。そして、王女は、意味のないこと、命じない。

王女は、今の段階で、エクレスよりも、シュリの身の方に価値がある、と判断してる」

「なわけないでしょ。護衛をサボっていい理由じゃないでしょ」


 いくらなんでもテビス王女がそんな命令をするとは……。

 怪訝な顔をしてウーティンさんに言いました。


「まあいいや。これから料理をしますから、邪魔は……」

「しない。絶対にしない。全く、する気もない」

「そうですか」

「チャーハン食べられるなら」


 あれ? リルさんと同じ気配が……!?

 まあいいや。料理をしましょう。

 まず、米を用意しましょう。どうやら、今朝方に米を使った料理をしたらしく、残り物のご飯が残っておりました。これを使いましょう。

 まず、ボールにご飯と卵を入れ、卵かけご飯を作ります。醤油があれば最高ですが、ここにはないので端折ります。皆さん、もっと美味しく作りたいなら、醤油は必須ですぞ。

ちなみに卵かけご飯の卵は濃いめにするのがベストにございます。

そして鶏肉を入れて炒めます。色が変わったらたまねぎも加えてさらに炒めましょう。

 炒め終わったら、ここに卵かけご飯を乗せてちょっと平らに。お好み焼きみたいな感じにすれば良いですよ。

 五秒くらい置いてから、パラパラにさせましょう。塩胡椒で味を整えたら出来上がりです。


「はい、ウーティンさんにもあげますから、静か」


 に、と言いきる前に、ウーティンさんにスプーンと皿を奪われました。そして、消えました。 速い……! なんてこった、見えなかった!

 ガツガツと料理を貪る無表情護衛のウーティンさん、あなたは本当に何しに来たの? え、チャーハンを食べに来ただけ? そう、ならもう何も言わないです……。

 僕は後ろでチャーハンを貪り続けるウーティンさんを連れて、みんなのところに戻りました。どうやら話も一段落したようで、エクレスさんたちは笑顔でした。


「みなさん、料理をお持ちしました。チャーハンです」


 みんなの前にスプーンと皿を並べ、僕は一歩下がりました。

 どういう反応を示すかな?


「……こんな短時間に米で料理を作ったのですか?」


 不思議そうに聞いてくるのはマーリィルさんです。


「しかも良い匂いですね……、どうやってこれを作ったのですか?」

「炒めました。火力をかなり強くすることも秘訣です」


 あれ? マーリィルさんが理解できないって顔をしてる。

 まあ、説明はまた今度でいいか。僕はチャーハンをみんなの前に出しました。


「どうぞ」

「そうね、出された料理を前に喧々諤々けんけんがくがく)と議論をするのも、失礼ね。いただきましょ」


 エンヴィーさんはチャーハンを口に含みました。


「……」


 そして、黙りました。


「言ったでしょう、母上? シュリの料理は、一口目に驚きを、二口目に美味しさを教えてくれると」


 エクレスさんは胸を張って、チャーハンを食べ始めました。


「……なるほど。エクレスの言う通りね。マーリィル、あなたも食べてみなさい」

「お、奥方様。私はメイドとして給仕を」

「いえ、マーリィル。あなたも食べなさい。これが未来の、大陸の姿よ」


 すい、と差し出されたチャーハンを、マーリィルさんは戸惑いながらも受け取って、食べ始めました。てか、未来の姿て。大げさっすよ。


「……そうですか。これは」


マーリィルさんは口の中のチャーハンを味わうように咀嚼しています。


「シンプルですね。とても美味しいです。卵、と塩胡椒ですね、この味の素は。そして、アクセントにたまねぎが入れてあって、シャキシャキとしてて、固めの米と良く合う。

そして、鶏肉。鶏肉の味が染みこんだ米を頬張りながら、鶏肉そのものも味わえる。

なるほど、シンプルですが緻密に計算されています」


 そんな大げさなものでもないですけどねぇ。


「これはもともと、賄い料理から発展したという話です。僕の故郷のとある国の、ですけどね」

「賄いに、米のあまりと材料のあまりを工夫する。なるほど、シュリくんの料理は、いつだって身近なところから来るんだね」


 エクレスさんは感心しながら、チャーハンを食べ続けています。

 みなさん、チャーハンに満足してるみたいで、安心しました。

 

 その後、僕はみなさんの皿を片付け、ひとまず帰ることにしました。

 クウガさんが迎えに来てくれたので。


「お前がおらんと、ワイらの料理がひと味足らんねん」

「ガーンさんたちは残してるでしょうに」

「ああ、まぁ……悪うはなかった。悪うはない。昔よりもええんや。でも、やっぱシュリがおらんと物足らんわ」

「そうですか……」


 ガーンさんたちの修行を、もっと濃くした方がいいかなぁ。

 仕方がないのでエクレスさんの護衛をウーティンさんに押しつけて帰ることにしました。


「だめ、私は、シュリ、の、護衛」

「もっと護衛しなきゃいけない人がいるでしょうが。僕は一度、帰らなければいけないので、この場をお任せします」


 ということで、ウーティンさんを残して帰ることにしました。

 さて、ガーンさんたちの指導も頑張らないといけませんね。

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