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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕とお嫁さん
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二十一、贈り物と餃子・後編

お久しぶりです。

「シュリくん、出かけよう」


 ボクはその日の朝、唐突にシュリくんを誘った。

 食堂で朝食の配膳をしていたシュリくんに、ボクが唐突に言ったのだ。


「シュリくんも仕事ばかりでしょ? たまには羽を伸ばしに行かない?」


 さて、OKはもらえるかな?






 エクレスです。ボクは凄く悩んでいます。

 事の発端は、ボクがシュリくんをお出かけに誘う一週間ほど前の話だ。

 その日の夜、ほぼ趣味と化している簡単なお仕事を終わらせたボクは、なんとなく厨房へと足を運んだ。

 あわよくばシュリくんと二人きり、あわよくば唐揚げをもらおう、なんて考えてた。

 でも、厨房で見たのは、驚くべき姿で。


「何してるの? ガーン兄さん?」


 厨房の薄暗い照明の下で、ガーン兄さんは包丁とジャガイモを持って悪戦苦闘していたんだよ。

 時間的には真夜中だったから、いったい何をしてるんだろうと不思議に思うもんさ。


「ん? ああエクレスか。見ての通り、ジャガイモの皮むきだよ」


 ジャガイモ? 皮むき?

 ガーン兄さんの近くには、(うずたか)く積み上げられたジャガイモと、皮を入れる器、そして皮を剥いたジャガイモがたくさん転がっている。

 なるほど、皮むきの練習か、とボクは納得したよ。


「こんな真夜中まで練習するなんて、兄さんはすっかり料理人だね」


 ボクは厨房の壁に背中を預けて言った。

 ここ最近のガーン兄さんは、本当に頑張ってる。

 端から見てても、頑張ってる姿が見えたもんだ。

 もともと諜報官勤めの長い兄さんが、全く畑違いの仕事に従事している。

 一から学び直さないといけないことも多いだろうし、学ぶことも多い。

 その中で、ガーン兄さんは挫けずに頑張ってるのだから、凄いと思うよ。


「ああ、もうそんな時間か? いやな、シュリが凄い速さで皮むきをするんだよ。まるで、初めからそういう形で剥けるんじゃないか、てくらいに綺麗にさ。

 だから、俺もそれくらいになりたくて、頑張ってんだよ」

「その大量のジャガイモ、無駄にしないでよ?」

「大丈夫、シュリの許可は取ってる。明日の昼、マッシュポテトにするそうだ」

「なるほど」


 確かにあの料理なら、大量のジャガイモがいる。ガーン兄さんが練習で皮を剥いたジャガイモも、一気に使い尽くすんだろうな。

 ……いや、もしかしたら、シュリくんはそれを踏まえて、ガーン兄さんにジャガイモの皮を剥かせてるのかも。


「……ねえガーン兄さん」

「なんだ?」


 ボクは思いきって、聞いてみたいことを聞いてみることにした。


「今の仕事、楽しい?」


 ガーン兄さんは過去、ボクの命令でギングスの間諜をさせていた。逆にギングスに間諜させるとか、二重間諜の真似もさせた。

 他にも後ろ暗い命令だってしたこともある。妹のボクが、兄であるガーン兄さんに、いろいろとさせていた。

 だから、今はどうなんだろうと思ったんだよ。


「もちろんだ、やりがいはある」


 ガーン兄さんは笑って言った。


「誰かのために何かをする。それも誰かの笑顔のためにできる。素晴らしいことだ、まったく。

 しかも、今から弟子扱いで一から教えてくれるお人好しもいる。いろいろと気を使ってくれてもいるから、居心地もいい。それは、シュリの人柄もあるだろうが。

 それに、料理人は意外と性に合う。

 だから、今は凄く楽しいぞ」

「そっか」


 ボクは安心すると同時に、胸の奥がシクリと痛むのを感じた。

 当然だ。今の言葉が真実なら、ボクはずっとガーン兄さんに望まない仕事をさせ続けていたことになる。

 めかけから生まれ、迫害され、望まない技術をたたき込まれ、望まない仕事を強制させ続けられる。

 ボクもまた側室から生まれたものの、期待されて性別を偽らされ、望まない才能が目覚め、望まない仕事を強制させ続けられた。

 ボクたちは、よく似たもの同士。

 そして、今はそれから解放されて、お互いにやりたいことをやれている。

 でも、ボクは心に引っかかりを覚えてる。

 それは、今の楽しそうなガーン兄さんを見たからだろう。それと、あれだけ敵意を剥き出しにしていたギングスが、今では笑顔を浮かべながら得意な仕事をしているからだ。

 二人とも、自分が望んだ仕事をして、望んだ道を歩いている。

 でもボクは違う。

 ボクはシュリくんたちに助けられてから、好き勝手に生きてる。仕事も当たり障りのない簡単な仕事、終わったらシュリくんに絡んで、気が済んだら寝る。

 ガーン兄さんたちに比べたら、ボクは自由すぎる。いや、不真面目すぎる、かな。


「っ、くそ」


 ボクが自己嫌悪に陥っていると、ガーン兄さんから悪態が聞こえた。

 手元を見ると、ジャガイモの皮が途中で切れてしまっている。皮むきに失敗したみたいだ。

 これがシュリくんなら、綺麗に一本に繋がった皮ができあがる。


「包丁の切れ味が落ちてきたな……手の使い方もなってねえ。もう一回だ」


 反省しつつ、ガーン兄さんはもう一度皮むきを始める。途中からだが、今度こそ失敗しないように集中している。

 そういえば、ガーン兄さんは自分の調理器具を……包丁を持ってない。

 シュリくんは数多くの道具を自前で持ってる。包丁以外の全てはリルが作ったと聞いてる。包丁は……あのテビス王女からの贈り物だったかな。

 それを考えると……備品として保管されてる包丁では、ガーン兄さんの修行の妨げになるかも。

 そうだ、そういえばボクは、ボクたちは、兄弟で贈り物を贈り合ったことがない。

 誕生日も、お祝いも、何かの記念でも、したことがない。

 互いに距離があったから当然だけど。

 ……贈ろう、包丁を。

 どうしてそう思ったのかはわからないけど、ボクは包丁を贈ることを決めた。

 理由なんてどうでもいい。ボクは、ガーン兄さんの助けになりたい。


「じゃあガーン兄さん、あまり遅くまで頑張らないようにね」

「おう、もちろんだ。お休み」


 ボクはガーン兄さんに言ってから、部屋に戻った。


 そして、ボクは次の日、知り合いの鍛冶工房に包丁の製作を頼んだ。

 一振りだけ、使いやすい形で切れ味の良いものを。

 お金に糸目を付けずに、ガーン兄さんのために用意することにした。


 そして数日経って。包丁が今日、できあがる予定だ。

 取りに行くことを考えて……なんだか、いきなり照れくさくなってしまったんだ。

 なんせ、一回も贈り物を贈ったことのない家族に、仕事を頑張れと贈り物をする。

 なんだか気恥ずかしくて、顔が真っ赤になりそうだよ。

 かといって取りに行かないなんて論外だし、一人で行くには恥ずかしい。

 そんなことを考えていて。朝、食堂で悶々と考えてると。


 ふとシュリくんの姿が見えた。

 だから、衝動的に頼んでしまったんだ。




 そして現在。

 ボクはシュリくんを誘っていた。


「どう? シュリくん」

「良いですね。ご一緒させてもらいます」


 シュリくんは少し考えてから、答えてくれた。


「やった。丁度ね、買いたいものがあったんだ」

「ほう。買いたいもの、ですか」


 そこで露骨に、困った顔をするシュリくん。

 あ、なるほど。


「あ、荷物持ちとかそう言うんじゃないんだ。一人で行くのも寂しいから、誰かと一緒に行こうかな、て」


 ボクはそうでもないけど、女性の買い物ってのは時間がかかる。選んでいる時も楽しんでるから、ついつい一緒にいる人のことを忘れて、あれやらこれやらを選んでしまう。

 それを相づちを打ちつつ、文句を言わないで一緒にいてくれることが男の甲斐性……なんだけど。

 シュリくん、そんな困ったような嫌そうな顔をするのは、アウトだよ。


「それならガーンさんは誘わなかったんですか? ガーンさんが休暇が欲しいって言うなら許可しますけど」


 シュリくんが思い出したように言った。

 うーん、普通ならガーン兄さんに頼むんだけどねぇ。


「いやいや、今回のはガーン兄さんがらみの買い物だからさ」

「……ああ、なるほど」


 おお、いつもは朴念仁なシュリくんが察してくれた。話が早くて助かる。


「わかってもらえた?」

「わかりました」

「じゃあ、僕は用意してくるから、一時間後に集合ね!」

「あ、ちょ!」


 シュリくんが慌てて制止していたけど、無視して食堂から出た。

 食事もせずに飛び出して、ボクの部屋に飛び込んで。


 顔を真っ赤にして胸を押さえた。


 顔が熱い、胸が凄くどきどきする。

 なんとなく誘ってみたけどこれって……っ。


「わー、わー、わー……これってデートに誘ったのかな!?」


 そう、よく考えたらデートだ。男女が一緒にお買い物、これはもうデートだ!


「あ! 着ていく服を選ばないと!」


 ボクは慌ててクローゼットの中身をひっくり返すように取り出し、服を選ぶ。

 何が良いだろうか? いつも通り、男らしい服を選ぶべきかな?

 それとも、意表をついて女の子らしい服を?

 だめだ、ボクは女の子らしい服についての知識なんて、薄い。

 だって、いつも男服だったんだもの! 仕方がないじゃないか!

 服も探さないといけないし、アクセサリーも選んで、化粧もしないと!

 ああ! なんでボクは一時間なんて、短すぎる時間を指定してしまったんだ!

 自分の迂闊さを呪いつつ、ボクの服探しは続く。

 時間をかけてなんとか服を選び、アクセサリーも見つけ、化粧もし始めた頃、部屋にノックの音が響いた。

 誰だ? こんな時に。


「エクレスさーん、いますかぁ?」


 げ、シュリくん!? どうしてここに?!


「そろそろ時間なんで、一緒に行きませんかー?」


 は! もうそんな時間か! まだ化粧が終わってないのに! アクセサリーのチェックも終わってないのに!

 ボクは慌てて、扉の外にいるだろうシュリくんへ言った。


「しゅ、シュリくん! こういう場合は、男女は別々に出るべきだよ、うん!」

「は? いやいや、一緒に出た方が無駄がないような……」


 外にいるシュリくんから困惑する声が聞こえる。

 てか、無駄がない? ボクが一世一代の勝負を賭けてるこのデートで、無駄?

 なんてロマンのない人なんだ。

 ボクはしかめっ面をして、扉の外に向かって言った。


「シュリくん! 女の子はシチュエーションを大切にするって知らないのかい!?」

「え? それは……わかりますよ、うん」


 あ、この棒読みはわかってないな。


「いいかい! 女の子はこういうとき、シチュエーションを大切にするんだ! 無駄だとかそういうこと、言っちゃいけないよ!」

「あ、はい」

「あのね、こういうのは、一緒に出るんじゃなくて、どこか定番の場所で待ち合わせるのが一番だよ!」

「そうですか……わかりました。それで、どこで待ってればいいですか?」

「そうだね、中央広場の噴水にしよう。あそこなら、雰囲気もいいし目立つから待ち合わせしやすい。先に行っててくれるかい」

「わかりました。じゃ、待ってますね」


 その声を最後に、部屋の外から人が遠ざかっていく足音が聞こえる。

 それが聞こえなくなったとき、ボクは思わず安堵の息を吐いた。


「よかった~……」


 これで時間稼ぎはできる! 今のうちに、化粧を終わらせないと。それと服も着付けてみないと。

 ああ、時間が足りない! いくらあっても足りない!

 ボクは限られた時間の中、必死に頭を巡らしておめかしするのだった。





 一連の用意が終わったボクが城を出たときには、随分と時間が経ってしまっていた。


「やばい、シュリくん怒ってるかな?」


 急ぎたいけど、あんまり走ると今度は汗が滲んで、化粧がみっともないことになる。

 できるだけ早足かつ、汗を掻かない程度の運動量に留めながら、ボクは中央広場の噴水に向かう。

 時間も、太陽が中天にさしかかるほど。つまり、朝から今の今までずっと、おめかしで時間を費やしてしまったってことだ。

 もちろん、普通の人なら随分と待たされるわけだから、怒るだろう。

 シュリくん、待ちくたびれて怒ってないといいなぁ。

 そんな風に焦りながら、ボクは中央広場の噴水まで来た。

 いろんな人たちがここにいて、たくさんの人たちがここで談笑している。

 あるいはボクのように待ち合わせ、あるいはここで一息吐いて休憩、あるいはここからどこかへ向かうもの、様々だ。

 さて、そんな中で、ボクの待ち人はいるかな?


 とか言っても、すぐに見つかった。


 なんというか、少し悩んだ表情をしていて、周りが見えていないだろうシュリくんがそこにいたのだ。

 何を悩んでるのかわからないけど、どうやら待ち人はいたらしい。よかった。ボクだったらこんなに待たされてたら怒って帰ってるのに。

 やはりシュリくんは優しい。

 が、今回ばかりはその優しさに甘えるわけにもいかず。

 人として、待ち合わせを約束しておきながら、長時間待たせるのは駄目だろう。

 反省しとかないとね。

 とりあえず、話しかけてみようか。ボクはシュリくんに近づく。


「シュリくん?」


 すると、シュリくんは驚いた顔をして、こっちを見た。


「む? どうしたの?」


 だけどそこから、何故かシュリくんは硬直している。


「あ、いえ、なんでもありません」


 何でもない顔をして、取り繕う様子を見せるシュリくん。

 そして、ボクの頭から足まで、じーっと見ていた。

 珍しい、あの唐変木のシュリくんが、こんな風に女の子を確認するとは。

 そしてシュリくんは、何かに気づいた顔をした。


「エクレスさん……もしかして、今回の贈り物って……」

「え? え、ええとね」


 あ、あれ? 気合いを入れすぎて、勘違いさせちゃったかな?

 これはこれでマズいなー。とか、思っちゃったり。

 さすがのシュリくんも、これがデートだと、


「その質の良い服装から考えて……この後、買った贈り物を、恋仲にある人にでも渡すのですか?」

「……はい?」


 思ってねえなこの人!


「ガーンさんへの贈り物だなんて言って、男の僕に贈り物のススメを聞いて、僕と別れた後に改めて恋仲の人と合流するんですね……なるほど、それならブパんっ!?」


 あまりにデリカシーのない言葉を羅列するシュリくんに、ボクは怒りの鉄拳を見舞った。

 ガーン兄さんから聞いてた、人体急所で相手に重大な症状をもたらさない、それでありながら激痛を与えるという鎖骨を殴る。

 シュリくんは悶絶しながら蹲る。当然だ、本気で殴ったからね。


「シュリくん。君が優しくて唐変木なのは知ってたけどね。それはあまりにもデリカシーのない言葉だと思うんだ」

「す、すいやせん……」


 女の子が、意中の男の子のためにおしゃれをしたのに、それを他人のためだなんて言われたら、今までの頑張りを全否定されてるのとおんなじだよ。

 シュリくんのために悩んで頑張ったのに、何故他の人のためにと言われなきゃならないのか?

 ボクの怒りはわかってもらえると思う。


「そ、それで、その格好の、真意は?」


 そして、その怒りが倍増しになってることもね!


「シュリくん、もう一撃、喰らいたいのかな?」

「え?! あ、ごめんなさい! そうですよね! 男性と買い物なら、女性としては誰であろうと気を抜けないですよね!」


 ボクが拳を構えると、シュリくんがすぐに謝罪してきた。

 どうやら、少しはわかってもらえたらしい。


「はい、合格」


 だからボクは拳を下ろした。思いっきり鎖骨を割るつもりで振り上げた拳を、穏やかな気持ちで下ろす。


「そうそう、女の子はね。男の子と一緒に出かける場合は、完全武装するものなんだよ」


 半分本当で半分嘘の言葉を、シュリくんに投げかけておく。

 どうでもいい男子なら八割ほどのおしゃれで嘗められないようにするだけなんだよ。

 でも意中の相手や負けられない状況なら、十割を超えて十二割も力を注いで、相手を振り向かせようとするものだ。

 これ、シュリくんにわかってもらえるかな? 一所懸命に選んで、おしゃれしたんだけどな。

 シンプルな柄だけど質の良い布で作ったチュニックに、一見地味に見えながらも清楚さを感じさせるロングスカート。

 いつもは適当にしていた髪の毛も銀細工の花飾りが付いたカチューシャでまとめ、普段はしていないシンプルなイヤリングまでした。

 化粧だって、それに併せてナチュラルにしたんだ。

 これで気づいてもらえなかったり他人のためだったりなんて言われたら、一週間はへこむ。


「それで? ボクのおしゃれはどうかな?」


 どうせなら、シュリくんからも感想を聞いてみたい。

 どうだろう? なんて言われるかな?

 シュリくんはものすごく悩んでから、清々しい顔で言った。


「とっても似合ってると思います。いつもより、女子力が上がっております」

「褒め言葉としては不合格だけど、まあいいや。ギリギリ合格点をあげる」


 女子力て……シュリくんに気の利いた台詞を求めたボクがバカだったよ、くそ!






 これ以上シュリくんに説明しても無駄! と結論づけたボクは、シュリくんと一緒に目的の場所に向かうことにした。

 目的地は、ガーン兄さんへの贈り物を頼んだ、鍛冶屋だ。これは噴水広場から西に向かうとある、職人店通りにある。

 あそこはここスーニティの心臓部とも言える……技術者たちを囲うために作った、少し立派な作りをした場所だ。

 技術者というのは、国や領地にとってなくてはならない人種だ。新しい技術を開発し、国独自の技術を体得して腕を振るう人たちというのは、一人一人が国にとって欠かせない人材。

 だから、待遇を良くしたりして、国に留まって技術を広め、腕を振るってもらわなければならない。

 たとえば冬国の大工などは、建物の中に冷気を入れないように密閉性の高い建築物を作ることができる。秋の国では食べられる食材と食べられない食材に対する知識が豊富であったりだ。

 そういった人的資源……知的資源は国にとって何者にも代えがたい。

 なので、ボクはそういった人たちを保護するために、この通りの建設を推進し、公約通り作った。

 このおかげで、外に出て行く職人が減って助かったよ、ほんと。


「エクレスさん、この町は綺麗ですね」


 シュリくんは周りを見て、そんな感想を言ってくれる。ワクワクしているようで、そう言ってもらえるとこっちも嬉しく思う。なんせ自分が立案して実行した一大事業だったからね。

 でもなぁ……。


「そうかなぁ? 見慣れてるからかな、粗が見えるんだよ。

 建物の素材も古くなってきたし、公共物の劣化も目立つし、道路もそろそろ石畳に舗装したいし、商人達の集まりも管理しないと好き勝手に店を建てるから気をつけないといけないし、治安も今は乱れてるから警備隊の募集もかけたいし、練度を上げたら周辺地理の」

「ストップ! ストップです、それ以上言われてもわかんないです」


 と、シュリくんは慌ててボクを止めに来た。

 おっと、いけないや。仕事のことを考えていたよ。駄目だね、せっかくのデートなのに。


「ほら、エクレスさん。お仕事は忘れて、今日は楽しみましょ? ね?」

「え? あ、うん、ありがとうね。シュリくん」


 唐突に、シュリくんから心配された?

 優しい表情でボクを労ってくれている。


「なんか、優しいねシュリくん」

「僕はいつでも優しいですよ。優しい、ですよ」

「シュリくん、何かよからぬことを考えてないよね。その作り笑顔で何を企んでるの?」


 この唐変木と鈍感を混ぜ合わせて魔工で形作ったようなニブチンくんが、いきなり女性の心を読んだように気遣いを見せるなんて、何かある。

 優しい顔だけど、随分と無理矢理作ってるように見えるし。何を考えている?

 それを指摘したら、シュリくんは少し驚いた顔をした。

 ……ああ、せっかく心配してくれたのだから、甘えてもよかったかな。彼の驚いた顔を見ると、さすがに罪悪感も生まれる。

 でもなぁ、シュリくんは何かと前科があるからなぁ。


「何も」


 む? シュリくんにしては自然な態度で、違和感なく応対したな?

 こういうとき、シュリくんは何かと慌ててボロを出すのが通例みたいなものだけど……。

 駄目だほんと。疑心暗鬼に陥ってる。シュリくんの優しさを疑っちゃ駄目だね。


「それでエクレスさん、今はどちらまで向かわれているので? ガーンさんへの贈り物と言いますが、何を?」


 と、自分で反省していると、シュリくんがそう訪ねてきた。

 ああ、そういえばボク、それを言ってなかったっけ?


「あ、うん。そろそろ、ガーン兄さんにもあれが必要かな、て思って。それを買いに行くのさ。良い奴があると良いんだけど」


 あえてボカしておいて、少し考える余地を与えておく。まあシュリくんなら、料理人にそろそろ必要なあれ、なんてすぐに思いつくだろうけど。

 着いてからのお楽しみ……ということにしておこう。

 少し雑談をしながら歩き、目的の場所にシュリくんを招く。


「さ、ここだよ」


 案内したのは、ボクが包丁を注文したお店。ここら辺では名の知れた工房だ。懇意にしている店でもある。

 数日前、ここに頼みに来たとき、ボクはガーン兄さんへの贈り物をという考えが先行してしまい、とても淡々と、何故自分であんなに機械的に頼んだのかわからないくらい、ここに注文をお願いした。

 ガーン兄さんが頑張る姿を見て、自分の中で何か感化されたのか。

 自分の不真面目さとガーン兄さんの真面目さに、後ろめたさを感じたのか。

 それは今はわからないけども。それでも、贈り物をしたいという気持ちは嘘ではない。

 シュリくんは、並べられた包丁を見ている。とても興味深そうだ。


「エクレスさん、ここは……」

「まあ、刃物を取り扱う店で間違いないけど、厳密には野鍛冶さ。鉄を加工して商品を作ってる……とでも言えばいいかな。

 ほら、よく大きなお店にシンボルマークを鉄の工芸品でかたどって飾ってる店、あるだろう? あれもこういうお店の作品だよ」


 ボクがそう答えると、シュリくんは納得したように頷いた。

 勘違いされがちだが、鍛冶屋は武器を作るだけじゃない。日常生活に必要なものから、鉄工芸品を作ったりもする。

 この店は武具も作るが、主に作るのは日用品。包丁、鍋といったものだ。

 だから、今回のような日用品である包丁を頼むには、うってつけというわけでね。


「確かに今のご時世、魔工師に頼めばすぐに作れるかもしれない。でも、それができるのは少ない人たちだ。才能があって自分でやるか、金があって依頼するか。

 でも、鍛冶師の人たちだって負けてないよ。魔工に頼らない、自分の腕と知識と経験で、いろんなものを作るんだ。素晴らしいことだよ」


 魔工師そのものの数は少なくとも、魔工学が進めば、こういった経験と口伝が頼りの文化は廃れる可能性もある。

 でも、鉄を取り扱い、熱を操る彼らのことだ。きっと、どんな時代が来ても生き残るだろう。

 魔工師に頼めばすぐに終わるような仕事でも、彼らは時間をかけて丁寧に仕上げてくれる。

 その姿を見たら、ボクの心配なんて杞憂なんだと思うよ。


「エクレスさんはこういうのはお好きで?」


 シュリくんは面白そうに聞いてきた。


「うん。よく領地開発とかで建築現場を見たり、仕事を依頼した鍛冶師の工房を訪れることをしたんだけどね。

 一極に特化した技能を持つ人たちの仕事ってのは、美しくて見ていて楽しいよ」


 ほんと、こういうのを見るとワクワクする。ここら辺が、女の子らしくない部分かもしれないね。


「エクレスさん、ワクワクするのは良いのですが、そろそろ本題の方をお願いできますか?」

「ああ、そうだね。ごめんね、こういうところに来ると、本当に一日中見てても飽きなくて」


 シュリくんに釘を刺された。うん、確かにこれを一日中見るというのも、デートには全く相応しくないよね。これは反省だ。

 ボクは店舗を見て、受付の人を探す。


「すみません。ちょっといいかな」


 この受付の女性は、数日前にもボクの突然の来訪に対応してくれた人だ。


「え、エクレスさま!?」


 そして、そのときも今のように驚いていたよね。


「あー、僕が頼んでいたものはできてる?」

「あ、はい。もちろんです。すみません、取り乱してしまって」

「構わないよ。話を通してから来れば良かったかな」


 そうだった、数日前にも突然ここに来て驚かせてたんだ。

 あのときも、今度来るときは話を通してから来ようと思ってたのに、シュリくんのことで頭がいっぱいになって忘れてたよ。反省しないと。


「いえ、エクレス様には大変、お世話になりました。この町でエクレス様の来訪を拒否するような店はありませんよ」

「そう言ってもらえると助かるよ。僕はもう、半分引退したようなものだし」

「いえ、エクレス様は変わらず、中央にいてもらいたいです。領主が変わっても、私たちのエクレス様への感謝の気持ちは変わりません。あなたがいてくれるから、私たちはこの領地を見捨てずに留まっているのです」


 あー、受付の人がシュリくんを睨んでる……。

 そうだった、ここら辺の人たちは、シュリくんたちをよく思ってない人が多い。フォローはしてたんだけどなぁ。ボクは困ってしまうよ。

 あの状態では、誰がトップに立っても問題になっていた。問題を起こしたギングスに、それを止められなかったボク。どちらが領主の座を引き継ごうが、どこかで軋轢が生まれる。

 なら、一番問題がないガングレイブに託すしかなかった。

 『部下を不当に捕らえられ、領主問題に巻き込まれても、部下を取り戻し問題を収めた傑物』。そういう宣伝のもと、ガングレイブに全てを託したボクとギングス。

 そもそもボクらではこの先の戦国時代を渡っていくことはできない。戦場を経験し、才能溢れる人物に任せた方がよかったんだ。

 確かに、この方法はかなりの無茶があったと思う。一介の傭兵団団長に、領地のゴタゴタを丸ごと任せるなんてのは。少しでも運が悪かったら、この領地は大変なことになっていただろう。

 でも、シュリくんの料理や人柄を見て、ガングレイブの武功や今までの経歴を考えると、この方法しかなかったと思う。もしガングレイブに素行不良の部分があったら、それこそ命がけでなんとかしなければいけなかっただろう。そして、八割方は失敗して命を落としていた。

 分の悪い賭け……でもボクらはその賭けに勝った。今までの柵も何もかもを捨てて、彼に全てを任せることに成功した。

 だから、結果だけを見れば、ボクは賭けに勝ったんだ。

 でも、領民たちの中には納得していない人だって、もちろんいる。

 相応しい領主を立て、領主一族の血を守ってなお、納得できない人たちが。

 そういう人たちに、少しずつでもわかっていってもらうしかない。

 ボクはそう思ってる。


「まあ、その話は今はいいよ。それより、さっきも聞いたけど頼んでいたものはできてる?」

「はい。こちらになります」


 受付の人も、これ以上言っても仕方がないことはわかってるため、すぐに店の中に戻っていく。

 そう、もう決定していることだし、すでに領主としての権限はガングレイブに移行している。今更何を言ったって、どうしようもない。

 受付の人は店の奥から、絹に包まれたものを持ってきた。

 絹に包まれたそれを受け取り、ボクは絹を解いて中のものを取り出す。

 一振りの包丁。白木の柄に、完成したばかりの鉄の輝きを持つそれは、これからガーン兄さんへの助けになるだろう。

 薄く浮かび上がる波の刃紋、歪みなく鍛造され研がれた刃。

 うん、これはいいものだ。高い金を払ったかいがある。


「ありがとう。請求はいつも通り城へ届けて。お金は送金するから」

「はい、ありがとうございます。またのご利用、お待ちしています」


 受付の人は腰を曲げてお辞儀をした。


「ありがとう。シュリくん、行こう」


 ボクはそれに答えると、歩き出した。シュリくんも慌てて追いかけくる。


「それが目的の? 包丁が?」


 シュリくんは、包丁を興味深そうに見ながら聞いてきた。やっぱり料理人だから、調理器具には目がないのかね。

 ボクは包丁を絹の布に包み直して答えた。


「そうだよ。ガーン兄さんへ贈るためのものさ」

「……」

「ガーン兄さんは新しい生き方を見つけた。料理人という道を。ギングスも己を見つめなおしてやり直すことを決めた。ボクはボクで、好きに生きることにした。

 今までこんなボクに従ってくれた……いや、支えてくれた兄へ、ボクからできるせめてもの感謝と、これからへの激励ってね」


 そう、感謝と激励だ。これがボクにできる、数少ない恩返しだろう。

 今まで苦しい任務を任せてきた、ボクにできる数少ない恩返し。

 これで、ガーン兄さんは頑張れるだろうか。

 料理という別の分野だから口も手も出せない。できるのは、こうやって良い品を渡すだけ。

 ボクからの気遣いを、どう受け取るのだろう。

 そんなボクの心中とは裏腹に、シュリくんは何かを悩んでいるようだった。

 そして、悩んで悩んで、ようやく合点が言ったという顔をする。


「実はデートの相手のためというのは、僕の勘違い……?」

「まだそれを引きずるのかい!」


 彼には天罰の鎖骨割りを届けておく。反省しなさい!





 ボクはそれから、シュリくんに滔々とお説教をした。

 曰く、女心がわかってない。

 曰く、言動が軽はずみすぎる。

 曰く、鈍感にもほどがある。

 曰く、いい加減、唐変木なところを治しなさい。

 数をあげればキリがないが、ボクは今までシュリくんにモヤモヤさせられた部分を、延々とお説教し続けた。

 そして随分と時間が経った辺りで、ボクは話を切り上げ、


「お腹も減ったし、そろそろ戻ろうか」


 と、ケロッとした様子で言った。

 なんせ街中で女性が男性に文句を言ってるのだから、周りからは奇異な目線を向けられていただろう。

 だから、もう終わりましたよー、と周りに喧伝する意味でも、ボクはなんてことのない顔をしているんだ。

 周りで面白がってみていた人たちも、終わったかーって感じで散っていく。


「はい。わかりました」


 シュリくんはというと、すっかり説教を聞かされて項垂れている。

 鎖骨の痛みと説教の辛さのダブルパンチ。これで反省してくれればいいんだけど。

 それにしたって、察しが悪すぎるよ!

 デートをしてるって自覚もないだろうね、シュリくんには!

 ……自覚、か。人のこと、言えるのかな、ボクは。

 

「どうしましたエクレスさん。浮かない顔をしていらっしゃいますが」

「ああ……わかっちゃうかさすがに」


 さすがシュリくん。ほんの僅か、気持ちが揺らいだだけなのに、すぐに察してくれるとは。

 シュリくんは人の気持ちを察することに長けている。いや、恋心の方は朴念仁のままだけどね!

 だけど……優しいからなんだよね、この人がすぐに心配して声をかけてくれるのは。


「いやね、さっきの自分の言葉を考えてたんだ。ガーン兄さんは新しい道で頑張ってる。ギングスはやり直そうと頑張ってる。でも、ボクは好き勝手に生きてるだけ。

 このままでいいのかなぁってね」

「エクレスさん」

「いや、いいんだ。シュリくん、いいんだよ。これはボクが勝手に悩んでるだけのことだから。

 見方を変えれば、三人とも望んだ道を歩いてるんだ。ボクだけが悩むのはおかしい話だね」

「それは……」 


 思わず吐いた弱音。

 兄も弟も自分の道を見つけて歩いている。

 でもボクだけは何もない。何も見つけられてない。

 シュリくんを見ている、がそれとは話が違う。自分の人生においての、こう……役割みたいな物を見つけられてないんだ。

 だから、それを見つけて一途に追い求めている彼らが羨ましくて、眩しくて仕方が無い。

 

「エクレスさん。その包丁、すぐにガーンさんに渡すのですか?」

「え? いや……兄さんの仕事が終わってから、渡そうかなと……」

「じゃあちょっとご自分の部屋で待っててください」


 はい!? 


 いつにもまして超特急な展開を披露し、シュリくんはダッシュでこの場から去ってしまった。

 城の前まで戻っていたボクたちだったが、門の前でぽつんと取り残されたわけだ。

 えぇ……さすがにこれはないでしょ。

 女の子一人を置いてけぼりにしていったいなにを……。


 なんて。シュリくんのことだ。やることは決まってる。

 今度は何を食べさせてくれるだろうか?


 ボクはちょっと楽しみにして、城に戻った。





「それで、これがそのギョウザかい?」


 シュリくんの言うとおり、部屋で大人しく待っていたボクに、シュリくんは料理を持ってきてくれた。

 時間帯は夜に差し掛かり、外の光が薄暗くなっている頃合いだ。

 この料理、なんでもギングスとガーン兄さんの協力も得て作ったらしい。

 ああ、だからか。ガーン兄さんとギングスがここにいるのは。

 自分たちが関わった料理だから、最後、味の感想を聞きたいんだね。


「はい、是非食べて見てください」

「ふーむ、何を考えているかはわからないけど、一応いただこうかな」


 シュリくんからギョウザの皿とフォークを受け取ったボクは、さっそく一ついただく。

 適当に一つを口に入れて噛みしめる。


「うん……美味しいね」


 美味しい。うん、美味しいものだ。

 外の皮はパリパリで、中の具は火が通っていてジューシーだ。肉と、野菜……ということはわかる。

 外の皮に閉じ込められた肉汁と野菜の旨みが、噛みしめるごとに口の中で弾ける。

 肉汁の旨みと野菜の旨み……上手に火が通った証拠である甘みが調和している。

 これがあと何個もあるのか。これは楽しみだ。

 そこでボクはもう一つ口の中に入れた。今度も肉と野菜の旨みが……と思っていたら、違う感触が口の中に広がる。


「ん? これは何か違うね……ニラの強い匂い……こっちは肉の感触が全くない……」


 不思議に思って別のギョウザを口に入れたら、また別の感触がある。

 前者のギョウザは、ニラの香りが強いギョウザだ。

 野菜……これはネギとニラかな……この独特の香りは。

 肉も少し工夫を凝らしているのか、最初のギョウザとはまた違う味わいがする。

 多分、ニラとネギの香りに合わせて肉も変えているんだろう。ニラの香りが嫌みにならず、それどころか賞賛すべき個性となっている。

 女性には少し、気になる香りではあるけどね。

 後者のギョウザだけど……これには肉の感じが全くない。脂の味が全くしない。

 野菜と、そこに合わせたスープの味が染みこんでいて美味しい。

 あっさりとしていて野菜の味が良く出ている……ボクはこれの方が好みだな。


「うん、バリエーションが豊かで、とても美味しいよ。どれも一級品だ」


「これは、ガーンさんが作ってくれました」

「この不格好なやつ?」

「こっちはギングスさんが作ってくれました」

「うん、こっちは形はマシだけど、中の具の量はまちまちだね」


 シュリくんが指さした二つのギョウザ。

 ガーン兄さんのは中の具のバランスは良いけど、見た目は不格好だ。シュリくんのに比べると、どうにもそう思える。

 ギングスのは見た目は完璧だが、割って見てみると、中の具の量がバラバラだ。見た目重視で中の具のことを気にしてない感じ。


「でも、どれも美味しかったでしょ?」

「うん、美味しかったよ。形はどうあれ、ボクのために作ってくれたみたいだし」


 さっきからボクの方をチラチラと見ている二人。

 料理の味に安心したからか……今度は違う感じがする。

 なんか、心配をかけたみたいだ。


「……エクレスさん。僕は思うんですよ。餃子はどんな形でどんな具であっても美味しいですよ。これ以上にたくさんの種類がありますから。

 ガーンさんは料理人という道を見つけた。

 ギングスさんはやり直す道を選び進んだ。

 どんな形であっても内容であっても、その生き方は信念があって美しい。

 エクレスさん。あなたが道に迷ってるのはわかりました」


 道に迷ってる。

 そうだ、ボクは道に迷ってる。誇りとやりがいを持って仕事をするガーン兄さんとギングスが羨ましく見えた。

 同時に、前に進んでいる感じがしない自分の生き方に迷いを感じた。


「先に道を歩んでいる、大切な家族であるお二方にどうして悩みを打ち明けないのです」


 シュリくんの言葉に、ボクは頭をぶん殴られた感覚を覚えた。

 家族に悩みを打ち明けてない、という言葉に。

 ボクたちは複雑な環境で生きてきた。

 家族としての情はあれども、素直に頼ることのできない環境で。

 互いに警戒し合わないと、周りの人たちが利用してくるような時間だった。

 でも今はそんなこともない。仲違いの時間も終わってる。頼っても良いし、甘えても良いし、頼られてもいいはずだ。

 なのに、ボクはまた一人で抱えてる。

 これじゃ昔に逆戻りだ。


「これまでお三方は、自分のことで精一杯だったかもしれません。その結果、一人でどうにかしてしまう癖ができた。どうにかできてしまう能力が身についた。

 もう一人で悩む必要はないと思いますよ。

 こうして、三人で集まれたんなら、腹を割って話しては?」


 今から、腹を割って話せ、か。


「それに、餃子を食べてもらってわかったと思いますが、どの餃子も美味しかったと思います。

 そんな風に、エクレスさんがどのような道を選ぼうと、きっと素晴らしい道です。

 餃子が餃子で美味しいみたいに。

 エクレスさんはエクレスさんですから。だから僕は、信頼できるんですよ」


 どんな道を選んでも、素晴らしい道。

 シュリくんはそう思ってくれているのか。それだけ信頼してくれているのか。

 そう思うと、背中がかゆい。なんかかゆい。照れが出てかゆい。

 でも、なんか嬉しいな。そう思ってくれてるのは。

 ボクがシュリくんに何か言おうと思ってると、シュリくんは部屋から出て行こうとしていた。


「後はお三方でお話し合いを。せっかく大量に作ったんです。三人でつつきながら、普段話せないこともたくさんお話しされてはいかがですかね?」


 そう言って、シュリくんは去って行った。

 後に残ったボクたちは、なんとも言えない空気になっている。

 ボクたち全員、何かを言おうとして、でも何も言えない。

 もどかしい空気の中、ボクは手に持っていた皿に目を落とす。

 大量に作ったから、三人で食べろ。


 ……なるほど……シュリくんはわかってたんだね。


 普通に話そうと思ったら、ボクたちは今までのことから、正直なことを話せなくなるってことを。

 だから、料理を口実に話の口火を切れと。

 シュリくんらしい気遣いだ。


「ガーン兄さん、ギングス。せっかくだから食べよ?」

「……あー、わかった」

「そうするか」


 ガーン兄さんとギングスは椅子を持ってきて座り、ギョウザを食べ始めた。


「旨いなこれ。中の具はシュリが全部、材料揃えてくれたもんだけど」

「そうだな。しかし……兄貴……よ。兄貴のやつは、その、姉貴、が言ったように、形がわりいな」

「うるせぇ。お前のなんて、中の具の量がメチャクチャだぞ。これなんてほとんど入ってねえだろ」


 そう言って口論する二人だけど、どこか楽しそうだった。

 ていうか、ギングスがボクたちのことを姉だの兄だのと呼ぶのは、これが初めてではなかろうか?

 姉、か。改めて呼ばれると、なんか気恥ずかしい。


「シュリが言ってたな。あとはタレがあると完璧だって」

「あれ? これはこれで完成じゃないんだ」

「シュリが言うには、これに合わせてタレを作りたかったらしいぞ。でも、理想とする材料がないそうだ。俺様には全く想像ができん」

「シュリの理想とするタレ、か。確かに想像できない。どんな珍味なのだろうかね……」


 そう言って、ボクたちはポツポツと話を始めた。

 こうして話してみると、ボクたちはあまりにも互いのことを知らなさすぎていることがわかる。


「俺様はこのニラが好みだ。元々匂いの良い料理ってのが好きだし」

「俺はこの普通のギョウザだ。シンプルで旨い。こういうのが好きだ」


 食事の好みすら知らなかったし。


「てかギングス、俺はともかくお前は軍務の責任者なんだから、そろそろ伴侶を見つけたらどうだ。この前言ってたろ、テビス王女みたいな女性が好みだって。歳じゃなくて利発なところ」

「うるせぇ。大きなお世話だ。兄貴こそ、光当たるとこに出たんなら、普通に女性と結婚しやがれ。順番で言ったら兄貴が先だろ」

「俺はこれから、のんびりと料理人の道を進んで、普通に恋愛するからいいのさ」


 女性の好みも知らなかった。


「あー、でも最近俺様、乗馬とか剣術の稽古してなかったから、だいぶ体が鈍ってるからな。鍛えなおさないと」

「お前、そういうの好きだっけ?」

「内政とか書類仕事より、剣術とか乗馬の稽古の方が好きだ。趣味だ趣味」

「よくわからんな。俺は料理が楽しくなってきた。趣味と実益を兼ねてる」


 趣味すら知らなかった。

 ボクたちは、互いのことを知らなかったんだと、思い知った。

 なるほど、これが腹を割って話すってことなんだね。シュリくん、わかったよ。


「ボクはシュリくんが好みだし、趣味も盤上遊戯だから相手がいればいいや。

 札遊びに戦駒いくさこま……久しぶりに誰か相手してくれればいいなぁ」

「シュリに相手してもらえばいいんじゃね? 交流もはかれるだろ」

「シュリくん、そういうの一緒にやってくれるかね?」


 こうして、ボクたちは多くを語ろうと、懸命に話した。

 今まで交流がなかったボクたち兄弟だけど、ようやく家族の形を取り戻すことができたように感じた。

 なんだろう、とても温かい感覚がする。

 ここに前領主……父上はいないけど、これが家族の温かさなんだろうか。

 いや、そうなんだろうね。


「姉貴。そういや姉貴は何をやろうか迷ってるって話だったよな」

「え? うん」


 突然ギングスに話を振られて、正直戸惑う。


「今、何をやってるんだよ。実際問題」

「え? ……そうだな……。残した内政仕事の引き継ぎと監督……あと周辺諸国との関係性を本にまとめたりとか……」

「いや姉貴。姉貴は外交官やればいいじゃん」


 え? 外交官?


「正直、俺様じゃできなかったことだし。ガングレイブは基本何でもできるような奴だけど、この領地を任せてもそれに納得しないやつっているだろ」


 それは街に出てみても、わかった。鍛冶屋の人も、ボクのことを気遣ってくれてあの態度だけど、根っこの部分では国を簒奪した……ように見えるガングレイブたちに良い感情を抱いていない。

 なるほど、それは周辺国にも当てはまることだ。

 今までボクが築いてきた、周辺国との関係も変わってくる。中にはよからぬことを考えるものもいるだろう。

 そこでボクが外交官になって、周辺国やこれから関わる国との関係を摺り合わせろってことか。


「なるほど、それならボクにもできそうだ」


 なんせ周辺国はボクのことを、未だに男と思っているところがある。というか、今まで男として接してきたのだから当然だけど。

 外交か、それなら。


「やるよ。なら、ボクは外交官をやろっか」

「それがいい。エクレスは元々口が立つ。見た目もいいから、悪感情も抱かれにくいだろうし」

「俺様は俺様でやることがあるから、任せる。てか、いつまでもガングレイブにあれやこれや全部やらせるわけにもいかねえし」


 二人も賛同してくれた。

 ボクはようやく安心できた。自分のやることが決まったら、こうまで安心できるのか。


 なら、やらないといけないことがある。


 周辺国との関係性にしても、スーニティの今後にしても。

 片付けなければいけない問題がある。


「任せてよ。それと、あの人のことも、ね」


 ボクが言うと、二人の顔が強張る。

 あの人、という言葉だけで誰のことか、二人とも察しがついたのだろう。

 想像通りさ。この城の地下に捕らえてる、あの人のこと。


「……姉貴、頼む。命だけは助けてやってくれ」


 ギングスは頭を下げた。沈痛の面持ち、でだ。


「あれでも、俺の母上なんだ」


 わかってる。今回の騒動の原因で、このままにしていては確実に不和の種になる人物。

 ギングスの母上……前領主の正妻。

 テビス王女の手によって捕らえられ、その処遇を決めかねているところなのだから。


「悪いようには……ならないように努力する。約束だよ」

「……すまん」


 ギングスは本当にすまなそうな顔をしている。

 終わらせないといけないな。この領地の今後のためにも。

 そして、ギングスのためにも。


 その後。

 ボクはガーン兄さんに包丁を渡し、改めて感謝を告げた。

 これから頑張って欲しい。やっと穏やかでやりたいことをやれてるのだから。

 ボクは、ボクでやることをしよう。

 大切な弟のためにも。

更新が遅れてすみません。やっと続きを書けました。

ほったらかしにしていた……わけではないのですが、多くの人に注意されて、改めてこの作品を楽しみにしてくれている人がいるのだとわかり、感謝しております。

ちなみに書籍版は現時点で二巻まで刊行しています。

WEB版と書籍版、どちらも楽しんでいただけるように頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何回か出てきた表現で ≪ジャガイモの皮を一本に剥く≫ですが そんな超絶技巧は要りますか? リンゴのような丸型なら少し包丁に慣れたら横に滑らすように剥いていけば一本に繋げて剥くのは可…
[気になる点] 「エクレスさんはこういうのはお好きで?」  シュリくんは面白そうに聞いてきた。 「うん。よく領地開発とかで建築現場を見たり、仕事を依頼した鍛冶師の工房を訪れることをしたんだけどね。…
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