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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕とお嫁さん
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二十一、贈り物と餃子・前編

お久しぶりです。

「シュリくん。出かけよう」


 それは、朝の時間のことでした。

 食堂で配膳をしていた僕に、朝ご飯を食べに来たエクレスさんが仰ったのです。


「シュリくんも仕事ばかりでしょ? たまには羽を伸ばしに行かない?」


 ふむ、羽を伸ばす、か。






 どうもシュリです。

 エクレスさんから買い物の誘いがありましたので、行くことにしました。

 というのも、最近仕事ばかりでしたし、ここらで休日が欲しかったからです。

 というか、休日なんてものが僕にはありませんでした。


「どう? シュリくん」

「良いですね。ご一緒させてもらいます」

「やった。丁度ね、買いたいものがあったんだ」

「ほう。買いたいもの、ですか」


 荷物持ちかな……僕。


「あ、荷物持ちとかそう言うんじゃないんだ。一人で行くのも寂しいから、誰かと一緒に行こうかな、て」

「それならガーンさんは誘わなかったんですか? ガーンさんが休暇が欲しいって言うなら許可しますけど」

「いやいや、今回のはガーン兄さんがらみの買い物だからさ」

「……ああ、なるほど」


 贈り物、ですか。


「わかってもらえた?」

「わかりました」

「じゃあ、僕は用意してくるから、一時間後に集合ね!」

「あ、ちょ!」


 僕が止める間もなく、エクレスさんは食堂から出て行きました。

 うーん、困った。一時間で仕事が終わるかな?

 まあそこは、みんなに仕事を任せるしかないかな。


「む、シュリか」


 次に食堂に入ってきたのは、テビス王女でした。

 隣にはメイドさん……護衛の方が付き従っています。

 少し眠たそうな顔をしているテビス王女ですが、さすがは王族。身だしなみはキチンと整えてから来ています。

 ただ、あなた王族でしょ? ここで食事をしても良いの?


「なにやらエクレスが嬉しそうな顔をして出て行きよったが、どうかしたのか」

「この後、町へ買い物に出かけるんですって」

「ふーん」

「僕も付いていきますよ」

「ふぬっ!?」


 テビス王女は面食らった顔をしました。


「エクレスと出かけるというのか」

「はい」

「昼はどうなる?」

「ガーンさん達に任せようかな、と」


 それを聞いたテビス王女は何かを考えるように、顎に手を当てました。

 思考する姿も、なんだかさま(・・)になってます。

 さすが、常日頃から王族として考える仕事をこなしている、才能溢れる御仁です。


「あいわかった。晩には戻って来ておくれ。妾は、シュリの料理を楽しみにしておるのじゃからな」

「えーと、わかりました。ところで、お食事となるとお付きの方が……」

「お主が居るなら、妾の部下は手伝いじゃ。良い経験になるじゃろ」

「いやいや、王族の方ともなると、その、色々と気を使うのでは?」


 テビス王女は苦笑いを浮かべました。


「まあの。ただ、妾はお主を信用したい。毒味は……まあせねばならんじゃろうがな」


 それは当然のことです。テビス王女は一国の王女。

 さすがにそれをしないと言うのは、問題がありますからね。


「なら、信用に応えるためにも、晩ご飯には戻って、美味しい物を作りますかね」

「うむ、そうしてくれ」


 テビス王女は笑みを浮かべて言いました。

 うーむ、笑顔だけ見たら、年相応の少女なんですけど。

 しっかし、そんな年相応の少女なのに、王族としての責務とか色々な苦労が大きいでしょうに。

 僕の料理がどれだけこの人のためになっているかわかりませんが、できるだけなんとかしてあげたいものですね。


 さて、仕事の引き継ぎを終えた僕は、さっそく町に出ることにしました。

 いつもの服装に、もはや持ち歩くことが癖になった魔工式コンロを腰に携えて、エクレスさんの下へ急ぎます。

 一緒に出れば良かったのですが、なぜかエクレスさんは「こういうのは、一緒に出るんじゃなくて、どこか定番の場所で待ち合わせるのが一番だよ!」と言われて、別々に出ることになりました。

 女心は理解しにくい。

 僕はそんなことを考えながら待ち合わせ場所である、中央広場の噴水まで急ぎます。

 往来を抜けて、町並みを抜けていくと、待ち合わせ場所として言われた噴水広場につきました。

 噴水広場には多くの人たちが居ます。普通の町人に商売人、治安維持の兵士などいろいろです。

 ちなみに、現在のスーニティの治安維持に周辺諸国への防衛は、ガングレイブ傭兵団のみんなと、ガングレイブさんの統治を受け入れた兵士さんによって行われています。

 それを受け入れられなかった人たちは、みんな辞めていきました。

 僕が料理長になることを受け入れられなくてストライキをした、料理人の人たちのように。

 なんなんだろうね、ほんとに。「我々は代々、スーニティ一族に仕えて」云々かんぬん言われました。エクレスさんたちは生きてるんだけど、要するに頭が変わることに耐えられないってことですね。

 気持ちはわかるんだけど、職務を一切合切投げ出すのは……。


「シュリくん?」


 そんなことをうだうだと考えていると、横から声をかけられました。

 噴水広場に来てから余計な考えを続けていたせいか、周りを見ていませんでした。

 声をかけられた方向を見ると、そこにはエクレスさんの姿が……。


「む? どうしたの?」

「あ、いえ、なんでもありません」


 噴水から出る水の飛沫に、太陽が反射して輝いている。それをバックにする、エクレスさんの姿も輝いているように見えました。

 今のエクレスさんの姿は、完全に女性の姿をしていました。

 チュニックに足首まであるスカート……領主一族にふさわしい、派手とまでは言いませんが質の良い服装です。

 それにカチューシャとイヤリングまで付けているのですから、完全にデート衣装です。

 え? なんでこんな完全武装なの? 

 は! もしかして……!


「エクレスさん……もしかして、今回の贈り物って……」

「え? え、ええとね」


 僕がエクレスさんに聞こうとすると、エクレスさんは顔を赤くしています。

 これは、間違いねぇ……っ。


「その質の良い服装から考えて……この後、買った贈り物を、恋仲にある人にでも渡すのですか?」

「……はい?」

「ガーンさんへの贈り物だなんて言って、男の僕に贈り物のススメを聞いて、僕と別れた後に改めて恋仲の人と合流するんですね……なるほど、それならブパんっ!?」


 僕が推測を言っている間に、エクレスさんの拳が僕の鎖骨に突き刺さりました。

 人体の中で最も脆いと言われる骨へのダメージに、思わず悶絶します。な、なぜ?


「シュリくん。君が優しくて唐変木なのは知ってたけどね。それはあまりにもデリカシーのない言葉だと思うんだ」

「す、すいやせん……」


 そ、そうか……こんな公衆の面前でこんな色恋沙汰をバラされたら……。

 それは怒るよなぁ……悪いことをした。

 しかし、鎖骨に奔る鈍痛が原因で、上手くフォローができません。痛いんだよ、これ。


「そ、それで、その格好の、真意は?」


 一応聞いておきましょう。ここで再び勘違いを起こしてしまっては、鎖骨を折られる危険があります。


「シュリくん、もう一撃、喰らいたいのかな?」

「え?! あ、ごめんなさい! そうですよね! 男性と買い物なら、女性としては誰であろうと気を抜けないですよね!」

「はい、合格」


 エクレスさんは、上段に構えていた拳を下ろしてくれました。鉄槌の一撃が来ないでよかった……。あれを喰らったら肩も砕けそうだよ……。


「そうそう、女の子はね。男の子と一緒に出かける場合は、完全武装するものなんだよ」


 へー、そういうことなのか。覚えとこ。どこで使う知識はわからないけど。

 エクレスさんはその場でくるりと回ると、言いました。


「それで? ボクのおしゃれはどうかな?」

「とっても似合ってると思います。いつもより、女子力が上がっております」

「褒め言葉としては不合格だけど、まあいいや。ギリギリ合格点をあげる」


 な、何が駄目だったのかな……。




 結局、女心と秋の空と結論づけた僕は、エクレスさんと一緒に買い物に行くことになりました。

 行き先は、噴水広場から西へ向かった先。

 結構質の良い道具を取り扱う、いろんな店が立ち並ぶ通りです。

 ここに一体の何のようなのか? と聞こうとしましたが、止めました。女性と一緒に買い物に行くのに、何を買うか聞くのはマズいと、さすがに僕にだってわかります。

 それに、エクレスさんはすでに言ってます。『ガーンさんへの贈り物』と。

 今、隣で楽しそうにしているエクレスさんに、あれやらこれやら無粋な事を聞くのは楽しさを削いでしまいますし。

 整備された道路を歩きながら、僕は改めてスーニティの町を見ます。

 城下町として中々整備されており、整然と並んだ店や家が見えました。

 石造りや木造りなど、住宅に使われる素材は様々で、ここは統一されてないようです。


「エクレスさん、この町は綺麗ですね」

「そうかなぁ? 見慣れてるからかな、粗が見えるんだよ。

 建物の素材も古くなってきたし、公共物の劣化も目立つし、道路もそろそろ石畳に舗装したいし、商人達の集まりも管理しないと好き勝手に店を建てるから気をつけないといけないし、治安も今は乱れてるから警備隊の募集もかけたいし、練度を上げたら周辺地理の」

「ストップ! ストップです、それ以上言われてもわかんないです」


 大変だ、油断するとこの人はすぐに仕事脳になるぞ……。昔の癖が抜けてないんじゃないかな!?

 昔は男装して内政仕事にバンバン従事していたって言うし、その癖がどうしても抜けないのかもしれませんね。

 優しく、してあげよう。


「ほら、エクレスさん。お仕事は忘れて、今日は楽しみましょ? ね?」

「え? あ、うん、ありがとうね。シュリくん」


 僕の気遣いに、エクレスさんは笑顔で応えました。

 うん、これでいいんだ。これでいいんだよ。お仕事忘れて、今は楽しませてあげよ。

 今まで苦労したんだし。


「なんか、優しいねシュリくん」

「僕はいつでも優しいですよ。優しい、ですよ」

「シュリくん、何かよからぬことを考えてないよね。その作り笑顔で何を企んでるの?」


 バレた!!?

 しかし、僕はいつまでも間抜けではありませんよ。こんな時の切り返し方も、学んできているのです。


「何も。それでエクレスさん、今はどちらまで向かわれているので? ガーンさんへの贈り物と言いますが、何を?」


 ここで、封印してきた質問を解放する!


「あ、うん。そろそろ、ガーン兄さんにもあれが必要かな、て思って。それを買いに行くのさ。良い奴があると良いんだけど」


 YES! 見事に会話を変えたぞ! 僕も成長している!

 とかふざけるのはここまでにして、エクレスさんをエスコートしないと。

 変なテンションを続けても、仕方ありませんし。

 僕はエクレスさんの後に続いて歩きます。

 段々と街並みも変わっていき、どちらかというと職人さんの店が目立つようになりました。

 簡単に説明すると、店頭に置いてある商品が食品から工芸品や、工房そのものになっていくと言えばいいのでしょうか。

 僕は思わずキョロキョロしてそれを見ます。

 僕も料理人、気になるものだってあるのです。鍋とかね。

 でも、僕が使っている道具のほとんどはリルさんが作ってくれたものだし、整備は自分でしますが修理もリルさんに任せています。なんせ、魔工式コンロもまな板も鍋も、リルさんのお手製ですからね。作ってくれた人に任せるのが一番、手っ取り早いのです。

 もちろん、包丁を研いだり道具を洗ったりなどは自分でしていますよ。


「エクレスさん、ここらって」

「そう、ここら辺は職人さんが店を構える地区だよ。うちの領地における生命線でもある」

「生命線?」

「シュリくん。技術を持ちながら野心のないキミにはわかりづらいだろうけど、技術ってやつは、どの領地でも国でも、秘匿して囲い込むもんだよ。

 なんせ、彼らの持つ建築、鍛冶、工芸の技術は金では買えないものが多い。優れた職人は、どの国だって優遇される。

 技術ってのは、それだけ国にとって価値があるものなんだよ。

 シュリくん、だからキミの料理の技術を見たテビス王女は、キミを欲しがったんだよ」


 な、なるほど……。今更ながら自分の置かれている立場が、少しわかった気がします。

 僕としては普通に地球の料理を、調理技術を振る舞っているつもりだった。でも、この世界基準で考えるととても異質なもの。

 異質で歪、そして利用価値がある。だから、テビス王女は僕にあんな執心を……。

 いや、ありゃ多分、麻婆豆腐を食いたいだけだぞ?

 僕が悩む姿を見て、エクレスさんは苦笑しました。


「でも大丈夫。ガングレイブたちも、ガーン兄さんもギングスも、ボクだっている。キミに危害が加わるようなことは、もうないようにするさ」

「そ、そうですか」


 エクレスさんにそういってもらえると、安心しました。

 ガングレイブさんたちだって、僕を守ってきてくれた。僕はそれに料理で応える。

 その関係性は、これからも変わらないでいてくれればいいのですが。


「さ、ここだよ」


 エクレスさんが案内してくれたのは、鍛冶工房を備えたお店です。

 店の表側に棚が置かれ、そこに刃物が並んでいます。奥を見ると、鉄を熱する明かりと鉄を打つ甲高い音。

 これは……刃物屋さんかな。

 そこで並べられた商品をよく見ると、何本もの包丁が並んでいました。

 僕がこっちの世界に来て初めて見た、あの不思議な形の包丁です。


「エクレスさん、ここは……」

「まあ、刃物を取り扱う店で間違いないけど、厳密には野鍛冶さ。鉄を加工して商品を作ってる……とでも言えばいいかな。

 ほら、よく大きなお店にシンボルマークを鉄の工芸品で(かたど)って飾ってる店、あるだろう? あれもこういうお店の作品だよ」


 ああなるほど、鉄を使った工芸品や、日用雑貨を作ってる店ですか。

 エクレスさんはワクワクした顔をして言いました。


「確かに今のご時世、魔工師に頼めばすぐに作れるかもしれない。でも、それができるのは少ない人たちだ。才能があって自分でやるか、金があって依頼するか。

 でも、鍛冶師の人たちだって負けてないよ。魔工に頼らない、自分の腕と知識と経験で、いろんなものを作るんだ。素晴らしいことだよ」

「エクレスさんはこういうのはお好きで?」

「うん。よく領地開発とかで建築現場を見たり、仕事を依頼した鍛冶師の工房を訪れることをしたんだけどね。

 一極に特化した技能を持つ人たちの仕事ってのは、美しくて見ていて楽しいよ」


 なるほど、だからさっきからエクレスさんの顔は明るいのですか。

 確かに、一極特化の技能を持つ人の仕事は、仕上がりもさることながら、過程すらも美しく、無駄がありません。

 しかも、無意識のうちに最善の手際で仕事をこなすのですから、感嘆です。


「エクレスさん、ワクワクするのは良いのですが、そろそろ本題の方をお願いできますか?」

「ああ、そうだね。ごめんね、こういうところに来ると、本当に一日中見てても飽きなくて」


 気持ちはわからんでもないですが、そこは自重してください。

 楽しそうなエクレスさんの様子を見て、こちらとしては安心するのですが、僕としては用事は早めに終わらせてもらいたいものです。

 一日中、エクレスさんの隣で冶金を見るって言われても……ちょっと困る。


「すみません。ちょっといいかな」


 エクレスさんは表で仕事をしていたお姉さんに話しかけました。どうやらこの女性が受付らしいです。

 女性はこちらを見ると、驚いた顔をしました。


「え、エクレスさま!?」

「あー、ボクが頼んでいたものはできてる?」

「あ、はい。もちろんです。すみません、取り乱してしまって」

「構わないよ。話を通してから来れば良かったかな」

「いえ、エクレス様には大変、お世話になりました。この町でエクレス様の来訪を拒否するような店はありませんよ」

「そう言ってもらえると助かるよ。僕はもう、半分引退したようなものだし」

「いえ、エクレス様は変わらず、中央にいてもらいたいです。領主が変わっても、私たちのエクレス様への感謝の気持ちは変わりません。あなたがいてくれるから、私たちはこの領地を見捨てずに留まっているのです」


 女性はこちらを一瞥しながら言いました。

 あー……領地に権限を簒奪したようなもんだと思われてる……。

 あれだけの問題を起こしたギングスさん、止められなかったエクレスさん、それを管理監督する立場でありながら見過ごした前領主さん。

 もはや誰がトップに立っても、周辺国から大ひんしゅくをもらうんですよね……。

 だから、エクレスさんはやりたくもなかった次期領主の座を降りたし、ギングスさんは向いていない内政よりも才能のある軍務に注視することにしたし、前領主さんは責任を取って引退した。

 でも、町の人たちの感じ方は違う。

 どこか歪であっても、エクレスさんたちはこの領地のために努力してきた。

 だから、それを横からかすめ取ったように見えるガングレイブさんが、憎くて仕方ないのかもしれません。

 もしかして、ガングレイブさんは全部承知の上で、領主の座を引き受けたのでしょうか。

 地位の簒奪に見えて、恨みも買う可能性がある今回の件。

 ガングレイブさんだったら、もっと上手く立ち回って手に入れていたかも……。


「まあ、その話は今はいいよ。それより、さっきも聞いたけど頼んでいたものはできてる?」

「はい。こちらになります」


 女性は店の奥から、絹に包まれたものを取り出し、エクレスさんに渡しました。

 エクレスさんはそれを受け取ると、絹を開き、中のものを取り出します。


 出てきたのは、包丁でした。


 僕の目から見ても良いものです。リルさん以外の人が作った包丁を見たことはあるけど、どれもリルさんやテビス王女にもらったものに比べると劣ってしまい、手に取ることはしてきませんでした。

 でも、エクレスさんが手に取った包丁は輝きもさることながら、立派な刀身に白木の柄をしています。


「ありがとう。請求はいつも通り城へ届けて。お金は送金するから」

「はい、ありがとうございます。またのご利用、お待ちしています」


 女性は腰を曲げてお辞儀をしました。


「ありがとう。シュリくん、行こう」


 エクレスさんはそれに答えると、歩き出しました。僕も慌てて追いかけます。


「それが目的の? 包丁が?」


 僕がそう聞くと、エクレスさんは包丁を絹の布に包みなおしながら、答えてくれました。


「そうだよ。ガーン兄さんへ贈るためのものさ」

「……」

「ガーン兄さんは新しい生き方を見つけた。料理人という道を。ギングスも己を見つめなおしてやり直すことを決めた。ボクはボクで、好きに生きることにした。

 今までこんなボクに従ってくれた……いや、支えてくれた兄へ、ボクからできるせめてもの感謝と、これからへの激励ってね」


 エクレスさんは笑顔でそう言いました。

 そうか……ガーンさんにマイ包丁を渡すために……。

 む? 待てよ、ということは。


「実はデートの相手のためというのは、僕の勘違い……?」

「まだそれを引きずるのかい!」


 再び鎖骨に一撃、喰らいました。痛い!





「お腹も減ったし、そろそろ戻ろうか」


 エクレスさんは僕に説教をした後、そう言いました。

 僕はもうグロッキーでしたので、おとなしく従います。鎖骨割りなんぞ、何発も喰らうもんじゃない。


「はい。わかりました」


 エクレスさんの後に続いて、城へと向かって歩き出します。

 しかし、ガーンさんへの贈り物、かぁ……それも立派な包丁を……。

 本当なら、修行を終えた時に僕から渡す、みたいな展開を想像していましたが……身内からの贈り物としての方が良いかもしれませんね。

 これを励みに、ガーンさんが修行に打ち込んでくだされば、良いのですが。

 いや、今の時点でも十分に頑張ってくれてますね。

 でも、そんな贈り物を手に取っているエクレスさんの顔は、どこか浮かないものでした。

 どうしたんだろうか……?


「どうしましたエクレスさん。浮かない顔をしていらっしゃいますが」

「ああ……わかっちゃうかさすがに」


 エクレスさんは困ったように笑いました。


「いやね、さっきの自分の言葉を考えてたんだ。ガーン兄さんは新しい道で頑張ってる。ギングスはやり直そうと頑張ってる。でも、ボクは好き勝手に生きてるだけ。

 このままでいいのかなぁってね」


 それは……。


「エクレスさん」

「いや、いいんだ。シュリくん、いいんだよ。これはボクが勝手に悩んでるだけのことだから。

 見方を変えれば、三人とも望んだ道を歩いてるんだ。ボクだけが悩むのはおかしい話だね」

「それは……」


 違う、と言いたいのですが、口に出ませんでした。

 エクレスさんは今まで、ガーンさんとギングスさんとは違う形で苦労をしてきたのです。

 性別を偽り、やりたくも無いことをやって、今はこうしてその呪縛から解放されてる。

 僕が思うに、エクレスさんは今、そういった呪縛とか柵から解放されて、目の前に無数の道や可能性が見えてしまい、迷ってるんだと思います。

 このまま、今までの半分の仕事をこなすのもいい。

 なんなら、好きな人を見つけて嫁ぐのもいい。

 別の道で、新しいことを始めるのもありかもしれない。

 でも僕がそれを言ってはいけません。

 いくら親しい間柄だからと言って、踏み込める領域があります。

 普通の悩みとかなら親身になりますが、これが将来の話になると……。

 いや、待てよ? 僕はすでに、いろんな人の将来に深く踏み込んだ話をしてきたな。

 ……ここで保身を考えて口を出さないのは、すでに筋違いですね。


「エクレスさん」


 どう言えば良いかを考えに考えて、城の前に戻ってきたところで、僕は口を開きました。

 道中ではエクレスさんが、笑顔を浮かべながらも、どこか影のある雰囲気を出していました。

 そんな暗い雰囲気、エクレスさんにはして欲しくありません。


「その包丁、すぐにガーンさんに渡すのですか?」

「え? いや……兄さんの仕事が終わってから、渡そうかなと……」

「じゃあちょっとご自分の部屋で待っててください」


 僕はすぐに走り出すと、厨房へと向かいました。

 厨房では、ガーンさんたちが晩ご飯のための準備をしています。


「お、おかえり。どうだった、エクレスとの買い物は」


 ガーンさんは笑いながら聞いてきました。


「はい。まあ、失敗は無かったかなと」

「そうか、それは安心した」

「ですが、エクレスさんには一つ問題があるようです」

「なに?」


 ガーンさんは怪訝な顔で聞いてきます。


「どういうことだ」

「将来に関する悩みです。その問題を解決するためには」


 僕はガーンさんの肩を軽く叩いて言いました。


「ガーンさんと、ギングスさんの手助けが必要です」





「それで俺様が呼ばれたわけか。それで? 俺様は何をすればいい?」


 急遽、ギングスさんを呼び寄せて、みんなで仕事です。

 事情をお話しすると、ギングスさんは快く引き受けてくれました。

 あれだけ争っていた姉弟でしたが、仲直りできてるようで安心です。


「エクレスさんに伝えたいことがありますが、それを伝えるためにはこれが手っ取り早いです」


 そこで僕が用意したのは、たくさんの皮とタネ。


 そう、餃子の皮と中身、です。


 餃子の皮は、市販品など存在しませんので全部一から作りました。小麦粉を練り、伸ばし、切り、形を整えた円形のものです。

 タネは、三種類用意しました。

 一つは普通の、白菜と豚肉の餃子。

 詳しい材料は白菜、豚肉、ニンニク、ショウガとなります。

 白菜はみじん切りにして水を切り、ニンニクとショウガもみじん切り。

 これに塩胡椒を加えて粘りが出るまでこねた豚肉に入れて混ぜます。

 ここに酒、ナツメグなどの調味料を加えたものとなります。


 もう一つはニラ餃子。

 ニラとネギと牛と豚の合い挽き肉を使ったものです。

 ニラとネギをみじん切りにして、肉とニラとネギ、それに酒、塩胡椒、ニンニク、ショウガを入れてねっとりとするまで混ぜたものです。


 最後に野菜餃子。肉を一切加えない、ヘルシーなものとなります。

 材料は白菜、キャベツだけになります。

 え? 肉が無くて美味しいのかって? ちっちっち、お金が無くて肉が無くても、餃子は中の具を工夫すれば、いくらでも美味しく作れるのです。

 材料をみじん切りにして水気を切り、ここに塩を加えてさらに出てきた水を取り除く。

 ここにショウガ、ニンニク、鶏ガラで作ったスープを加えます。

 本当ならここに、醤油とごま油を加えればいいのですが、ないので妥協。


 以上の三品。

 これをギングスさんとガーンさんの前に出しました。


「では、包みましょう」

「はい?」

「なんだと?」

「だから、これにこうして包むんです」


 僕は試しに、白菜と豚肉のタネを手に取り、餃子の皮に包んで形を作ります。

 この形を作るにはね、練習が必要なんだよ練習が。とにかく数をこなさなきゃ話にならない。

 僕はそれを五個ほど作って、手本としました。


「さ、これを真似てください」

「わかった」

「待て待て。ガーンがやるのはわかるが、俺様がやる理由がわからん。俺様では、上手くできんぞ」


 ガーンさんは了承してくれましたが、ギングスさんは渋りました。

 この直前で何を躊躇するのか。


「俺様じゃ、シュリみたいな立派な形のギョウザはできんぞ」

「良いんですよ」


 困惑するギングスさんに、僕は笑顔で言いました。


「形が不格好でも、一生懸命作ることに意味があるのですから」

「そうか……まあ、これでエクレスのためになるなら、やるか」


 そう言うとギングスさんは、餃子の皮とネタを手に掴み、見よう見まねで仕事を始めました。

 ガーンさんも同様に仕事を始めます。

 僕はそれを見てから、他の人たちに声をかけました。


「さあ、みなさんもお手本を見ながら、餃子を作ってください。ネタも皮も十分に用意しました。今晩のご飯は餃子がメインとなります。数が必要ですので、頑張ってください」


 了解です、と声があがり、部下の方々も仕事を始めました。

 と、ここで困惑する人が。


「あ、あの、私たちも……ですか?」


 そう、今朝方、テビス王女が話していたお付きの人たちです。

 この人たちはどうやら、昼からここで仕事を手伝っていたのだそうで。

 ガーンさんいわく、「どちらかというと技術を盗みに来た不逞の輩」とのこと。

 まあ、僕としては手伝って貰ったら助かるので、黙認しています。

 エクレスさんのお昼の話では技術は大切だと言われましたがね。


「はい。この餃子……この料理は点心と呼ばれる種類のものです。こうして食材で作った皮で中に具を詰めるものです。

 これを応用すれば、いろんな皮や具を作れますから、テビス王女への料理のレパートリーも増えてよろしいかと」

「なるほど」

「ただ、こういった料理は数をこなさなければ綺麗なものができません。せっかくですので、ここで練習していってください」

「それはもちろん。教わるだけが、私たちの役目ではありませんから。

 ほら、やるぞ!」

「「「はい」」」


 お付きの方々も餃子作りに励んでくれるようで、助かりました。

 なんせ城に勤める人たちの分も作るんだからな!

 数が数だ……僕だけではどうにもならん。皮やネタはどうにかなっても、肝心の数は人手が必要ですからね。

 ふはは、さあ作ってもらいましょう!


「さて、僕は焼きますか」


 さっそく作ってもらった数十個を用意し、焼く準備に入ります。

 魔工式コンロにフライパンを二つ用意し、どちらにも火を入れる。

 フライパンに熱が通ったら油を入れ、餃子を焼きます。

 と、普通ならこういう手順ですが、今回は他の人たちも食べるので、一工夫。

 まずお湯を沸かしておきます。

 で、フライパンを熱して油をひき、いったん火を止めてから餃子を並べます。

 そしてここにお湯を回してかけ、火をつけてすぐにフタをする。

 そう、焼く前に蒸すのです。中火より強めかな。

 で、水分が飛んだかなって頃にフタを開けて確認。

 飛んでいたら弱火にして、フライパンの縁に油を少なめに、餃子の脇からそっと入れる。

 そしてフライパンを傾けて油を行き渡らせ、このまま焼き上がるまでじっくりと待つ。

 できあがったら、皿に盛り付けて完成です。


「……あ、それは俺様が作ったやつ」


 ギングスさんが横から、完成した餃子を見て言いました。


「形が不格好だなぁ……」

「これは俺のだな」


 さらにその横からガーンさんが言います。


「少なくとも、ギングスよりも綺麗にできている」

「は、俺様はシュリのように、こういう折りたたんだ模様はちゃんとしてる。それに比べてガーンは閉じただけだろうが」

「んだと? ちゃんと、それなりの形だろう」

「いーや、この折りたたみがないと駄目だな」

「……ぷ」

「……なんか、おかしくなってきた」


 そう言って、ガーンさんとギングスさんは笑い合いました。


「俺様の方がもっと綺麗に作ってやるよ」

「ふん、なら俺は速く、多くの数を作るとも」


 そうやって餃子を作って言い合いをする二人を見て、僕は安心しました。





「それで、これがそのギョウザかい?」


 エクレスさんに渡す分が作れましたので、僕とギングスさんとガーンさんはエクレスさんの部屋にお邪魔しました。

 エクレスさんは部屋着に着替えていて、怪訝な顔をされましたが、手に持った料理を見て納得したのか、中に入れてくれました。

 このとき、ガーンさんとギングスさんにはお願いして、一緒に来てもらっています。


「はい、是非食べて見てください」

「ふーむ、何を考えているかはわからないけど、一応いただこうかな」


 僕はエクレスさんにフォークを渡して、餃子の入った皿を渡しました。

 さっそく一つの餃子を口に運んだエクレスさんは、二度三度と咀嚼して言います。


「うん……美味しいね」


 そして別の餃子を口に運んで、今度は驚いた顔をしました。


「ん? これは何か違うね……ニラの強い匂い……こっちは肉の感触が全くない……」


 そうして餃子を口に入れて、笑顔を浮かべました。


「なるほど。見た目こそ同じに見えるけど、中身が違うんだね。

 これは……なんというか普通の感じだ。でも美味しい。白菜と肉だね、これは。この二つがこんなに合うとは思わなかったよ。

 こっちは……ニラの風味が強いね。良い香りだ……食べていて、心地いい。

 最後は……肉がないね。でも、肉が無くてもギョウザだ。肉の脂がない分、さっぱりと食べられる」


 エクレスさんは一度頷いて、


「うん、バリエーションが豊かで、とても美味しいよ。どれも一級品だ」


 と、言ってくれました。

 それを聞いた僕は、二つの餃子を指さして言いました。


「これは、ガーンさんが作ってくれました」

「この不格好なやつ?」

「こっちはギングスさんが作ってくれました」

「うん、こっちは形はマシだけど、中の具の量はまちまちだね」


 エクレスさんは苦笑しています。


「でも、どれも美味しかったでしょ?」

「うん、美味しかったよ。形はどうあれ、ボクのために作ってくれたみたいだし」

「……エクレスさん。僕は思うんですよ」


 エクレスさんは、自分の道で迷っていた。このままでいいのかと。


「餃子はどんな形でどんな具であっても美味しいですよ。これ以上にたくさんの種類がありますから。

 ガーンさんは料理人という道を見つけた。

 ギングスさんはやり直す道を選び進んだ。

 どんな形であっても内容であっても、その生き方は信念があって美しい。

 エクレスさん。あなたが道に迷ってるのはわかりました」


 悩んで考えてた。迷って立ち止まっていた。

 ならば。


「先に道を歩んでいる、大切な家族であるお二方にどうして悩みを打ち明けないのです」


 それを支えてくれる家族に、甘えてもいいじゃないか。


「これまでお三方は、自分のことで精一杯だったかもしれません。その結果、一人でどうにかしてしまう癖ができた。どうにかできてしまう能力が身についた。

 もう一人で悩む必要はないと思いますよ。

 こうして、三人で集まれたんなら、腹を割って話しては?」


 結局のところ仲直りはできても、歩み寄りは上手くできてなかったんだと思うんです。

 今までが今までで、頼るというより命令で、甘えるよりも憎悪があって。

 そして、今となってはちょっとしたことでも、話し合える仲ではなくなってしまった。

 いがみ合うことは無くても、向かい合うことがない。

 それは良くない。

 仲直りできたなら歩み寄って、いがみ合わずに向かい合って欲しい。


「それに、餃子を食べてもらってわかったと思いますが、どの餃子も美味しかったと思います。

 そんな風に、エクレスさんがどのような道を選ぼうと、きっと素晴らしい道です。

 餃子が餃子で美味しいみたいに。

 エクレスさんはエクレスさんですから。だから僕は、信頼できるんですよ」


 僕はそう言うと、ガーンさんとギングスさんの間を抜けて、部屋から出ることにします。

 

「後はお三方でお話し合いを。せっかく大量に作ったんです。三人でつつきながら、普段話せないこともたくさんお話しされてはいかがですかね?」


 それだけ言い残して、僕は部屋を出ました。


「……さて、後片付けするか」


 一言呟き、厨房へと向かいます。

 あの人たちのことだ。きっと、エクレスさんも悩みを払拭するに違いない。

 ぼんやり、そんな確信を抱きながら。





 次の日、エクレスさんはすっきりとした顔をしていました。

 どうやら、やりたいことを見つけたようです。よかったよかった。

 ガーンさんも、新しい包丁を手に、やる気を見せています。

 よかった。

ながらく更新できず、申し訳ありませんでした。


このたび、当WEB小説「傭兵団の料理番」がヒーロー文庫より、本日! 発売されることになりました。

詳しい情報は活動報告にてご覧ください。

WEB版とは違った展開、新キャラクターも加えて、加筆修正を行いました。

絵師様は、四季童子先生が担当してくださり、素晴らしいイラストを描いてくださりました。

店頭で見かけた際には、ぜひ、手に取ってみてください。


あと、Twitterも始めました。

名前は川井昂、IDは@game_tripperとなります。

そちらも宜しくお願いします。

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