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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕とお嫁さん
42/140

二十、迷走レディース会と唐揚げ

8/10 加筆修正。訂正版はここまでとします。二話更新しています。

 こんにちは、アーリウスです。

 どうやらガングレイブたちが男会するという情報を掴んだので、私も女子会を開くことにしました。

 晩ご飯も終わり、客室の1つを借りきって行うことにしたのです。


「ボクは男として育てられてたから、あっちでもいいかな?」

「駄目です。生物学上は女性なのでこっちです」


 エクレスのぼやきを流して、私はつまみを口に入れました。

 女子会を開くのはいいですが、酒に呑まれるのも嫌なのでアマザケでしてます。

 今集まっているのは、私とリルとエクレスの三人です。

 三人で夜中に明かりをつけてアマザケを飲む……中々寂しいものです。もう一人か二人居れば話が違いますけど……。


「しっかし、シュリくんも冷たいよね。男会なんてムサいとこ行くんだから」

「いえ、シュリは男ですから、こっちにいたらおかしいです」

「あっちよりもこっちの方が楽しいと思うけどなぁ」


 エクレスはアマザケを飲んで愚痴ります。

 まぁ言いたいこともわかります。

 大概の男なら女を(はべ)らせて、楽しく酒を飲んで自慢話でもすれば満足なのが殆どです。

 ですが、シュリはなんというか……普通の男が肉食ならシュリは草食? のような印象です。

 女の人を侍らせるより、男同士か仲の良い友達関係の女性とワイワイやるのが好きな感じがします。


「シュリは、むぐむぐ。料理が、パク、恋人みたいなもの」


 ひたすら枝豆を貪るリルの言葉は、確かにシュリを表す言葉でしょう。ひたすら料理に没頭するリルは、もはや料理が伴侶と言っても過言ではありません。女性としての気品もへったくれもない姿です。もう少し気を配って……。

 しかし……料理が恋人というのは、それはあまりにもちょっと……。


「そうだけどさリルちゃん。それはダメだよ」

「むぐ?」

「シュリくんのような腕のある人が、弟子は取らないとか子供に技術を伝承しないってのは問題だよ。才能ある弟子や子供にしか伝えられない秘技もあるんだろうし。

 技術継承と血統保持を考えると、妻を迎えた方がいいんだよ」


 エクレスの考えは領主補佐として内務に従事してきた、いわゆる管理人のようなものです。ですが、それは結構的を射ている意見でもあります。

 シュリの技術、料理の腕は普通の人のそれよりも頭二つも三つも飛び抜けています。

 その技術、知識、経験は是非とも次代に引き継いでもらいたいとは思います。


「つまり、ハンバーグを作れる人を増やさないとリルちゃんの分が無くなるよ?」

「それはいけない」


 それで納得する辺り、リルはハンバーグに飲み込まれていると……。リルの目に狂気にも似た輝きを見ました。


「ですが、そうですね。向こうも馬鹿話をして盛り上がってるでしょう。こっちも何か話しましょうか」

「男の馬鹿話だと……女の好みかな? じゃあボクたちは男の好みだよね」

「じゃあアーリウスから」


 リル……。


「あのですね。ここで私がガングレイブ以外の男性を言うと思いますか? 結婚式を控えた女性が、婚約相手以外の男性の名前を出して、破談になったらどうするんですか」

「お、言ったねアーリウス。夫にぞっこん?」


 エクレスが茶化しますけど、事実ですし。


「私は、小さい頃からガングレイブ一筋ですから。結婚もしましたし、子供はまだですが幸せですよ」

「おおぅ、ハッキリ言われるとボクの方が恥ずかしいよ……」


 ふふ、でも幸せです。ガングレイブと一緒になれましたから。


「では、エクレスはどうなんですか? どなたを好みと?」

「ボクはもうシュリくんだね。他の人は目もくれないよ」


 エクレスもハッキリと胸を張って言いますね。


「では、どうしてシュリなんですか? 言ってはなんですけど、出会ってからそんなに日にちは経ってないと思いますが」

「それはね。シュリくんはボクの運命を覆してくれたからさ」


 運命を?


「知っての通り、ボクは男として生きる運命だった。次代の領主として、ギングスと不仲のまま、ガーン兄さんとの関係性を隠したまま。ギスギスとした城の中で過ごさなきゃいけなかったかもね。

 妻を迎えるのも無理だし、かと言って男の人と恋愛なんて夢のまた夢。寂しい独身生活かと絶望してたね」

「そうは見えない」

「リルちゃん、領主ってのは時として周りを騙しつつ自分も騙して、強がってなきゃいけないんだよ。

 でも、シュリくんが起こした嵐が、ボクの柵を全部吹っ飛ばしてくれた。もう強がらなくてもいいし、男の人と恋愛もできる。領主として片意地張ることもない」

「ガングレイブに実権を奪われた形ですが、そこに恨みは?」

「ないよ。ボクも、ギングスも、ガーン兄さんも。みんな恨みはないと思う。

 ギングスはこの混乱で、自分に領主としての適性がないと自覚してるからできる仕事をさせてもらってることに感謝してる。ガーン兄さんはそもそも継承権はないし、領主になる気もなかった。ボクも、領主なんてしたくなかった。

 だから、ボクたちはいらない柵をガングレイブが引き受けてくれて感謝してるさ。

 そして、そのきっかけをくれたシュリくんに感謝が尽きない。それに、彼はボクの好みの顔と性格もしてるしね」


 クスクスと笑ってアマザケを飲むエクレスは、とっても晴れ晴れとしてます。

 ガングレイブは国を手に入れて理想を叶えようとしました。

 でもエクレスは国を持っててもそれを望まなかった。

 それはきっと、志の在り方が違うんでしょう。

 初めから持ってるものと、持たざるもの。

 多分、過程が違えばエクレスは国のために尽力する女傑となりえたでしょう。それだけの能力がある人です。

 間違えたのは、きっと親の方。

 両親が、前領主と正妻が正しくあれば、エクレスも今とは違っていたのでしょうね。

 まあ、今となっては何を言っても仕方ありません。

 もう終わった話です。今更あれが良かったこれが良かったと言っても、変えられる話ではないです。


「そうですか……」


 しかし、エクレスの話を聞いて私は内心、焦りが生まれています。

 それはズバリ、シュリの問題です。

 あの女性関係において唐変木(とうへんぼく)なシュリは、今の今まで浮いた話を聞いたことがありません。

 この一年と少し、戦場で懸命に生き残ってきた必死さを考えれば、恋人を作ってる暇なんてなかったのはわかっています。

 しかし、そうは言ってもいられません。

 シュリが傭兵団の誰か以外と結婚すれば、もしかしたら傭兵団から離れてしまうかもしれません。

 あるいは他国の人と結ばれれば、そちらに引き抜かれる危険だってあります。

 私としては、できればリルと結ばれて欲しいとは思っています。

 こういう子ですし、シュリ以外に理解者が現れるなんて想像できません。

 何より、すでに胃袋を掌握されているリルがシュリと離れれば、いつかのように発狂する危険すらあります。

 ガングレイブとも話をしたことがありますが、ガングレイブの個人的な意見ではエクレスと結ばれるのは気にくわないそうです。

 なんでも、エクレスと結ばれると政治的に利用されるか愛情から守られるのか全くわからないからだそうで。

 そしていきなり現れて友達をかっ攫われるのは気に障るそうです。

 しかし、エクレスはシュリに惚れています。もう間違いありません。

 これではガングレイブの見解を支持することができません。

 今のエクレスならシュリを守ろうとしてくれるでしょうし。

 ですがそれではリルが可哀想なことに……。


「ところで、リルちゃんは誰が好きなの?」


 そんな私の思案をよそに、エクレスが核心とも言える本題をリルに聞きました。

 私が一番聞きたかったことを、タイミングも流れもへったくれもなく投下されました。


「気になるよね。リルちゃん、そういう浮いた話どころか特定の人物と仲良くするなんて聞いたことがないからさ。

 それこそシュリ以外の男の人と親しい感じはしないし。テグさんやクウガさんとの接し方は幼馴染みの友達のそれから離れてるわけじゃないから」

「うーん」


 リルは枝豆を嚥下すると、ちょっと悩みました。

 おや、意外。

 正直、リルはこの話題に関して関心があるとは思ってませんでした。

 ハンバーグと魔工しか興味を持たず、いつも無表情を貫き、まったく姿勢と表情を変えずに山盛りのハンバーグを食らいつくすこの少女が、色恋に関して悩んでいる。

 これはちょっと、変化が起きているのかもしれません。


「リルは、そういうのわかんない」


 さんざん悩んだ末、やっと出た言葉それですか……。


「でも、なんだろ。エクレスがシュリを好きって言ったとき、モヤッとした」


 え?


「シュリは誰と結婚しても、リルにハンバーグを作ってくれると思うから考えてなかった。

 でも、ふと考える。

 シュリが別の人と結ばれる。そうしたら、シュリはリルとどう接するんだろうって。

 いつも通り、あの笑顔でハンバーグを作ってくれるとは思う。

 でも、一番の笑顔は、きっとリルには向けてもらえないだろうなって。

 そう思うと、なんかモヤッとする」


 こ、これは……。脈あり?


「リルちゃん、それはきっと結婚相手には特別凄いハンバーグを作って自分にはくれないと不安になってるだけじゃない?」

「なるほど」


 ええええええ!?

 エクレスの言葉に、リルが納得してしまいましたよ!?

 は!? エクレスの目が笑ってる……!

『恋心? 気づいてもらっちゃ困るよ。ライバルが増える』と語っている……!!

 いけない。このままではリルが恋愛を食欲と勘違いしてしまう!


「リル。シュリは優しいですから誰かに特別な料理を作るというのはないと思います。

 ですが、シュリは一人です。シュリの料理はたくさんあっても、シュリという人間は一人しかいないんですよ。

 シュリを取られてもいいんですか?」

「それは……」


 うーん、と再びリルが考え始めました。

 エクレスの目に僅かな怒りが灯っています。

 『余計なことをしないでよ』と。

 ふむ、エクレスもなかなかの策士です。

 リルに僅かながら宿っている感情が『愛情』だとリル自身がわかれば、きっとその感情は一気に燃え上がることでしょう。それは私もガングレイブも望んだ光景です。

 しかし、その感情が燃え上がれば一番困るのはエクレスです。

 今のところエクレスは、シュリの一番親しい女友達ポジションを手に入れようと躍起になっています。きっと友達から恋人、恋人から伴侶という王道を構築している最中なのです。

 しかし、それは今のところシュリを狙うライバルの数が少ないからできていることです。

 恋愛の王道は、時として王道でありながら邪道よりも遠回りを強いられます。

 王道は一番敵を作らない代わりに終着点まで多大な労力を要しますから。

 しかし、ここにリルというライバルが現れると邪道という手を使わなければなりません。

 そして、シュリは邪道という手を使われたと気づいたとき果たしてどのような考えを持つのか?

 シュリはなかなか図太いですから、結局許す可能性が一番高いでしょう。

 仲間を出し抜いた、という点を除けばですが。

 なので、エクレスは身近に敵が現れることを恐れています。

 私だってリルには幸せになってもらわなければならないので、リルの応援を全面的に行う予定です。

 しかし、エクレスとも仲が良くなってきたので、なかなかこれは板挟みとして心の負担が大きいです。


「リル。考えてください。リルにとって、一番一緒にいて楽しい人は誰ですか」

「ん? んー……」

「楽しい人って、親友の話かな」


 く、エクレスの誘導尋問が巧みすぎて反論できない。


 とか考えていたら、扉が開きました。


「その話、聞かせてもろうたぞ!」


 なんと、テビス王女です。いきなりテビス王女が現れました。

 え? なんで?


「リルの心もエクレスの恋心もアーリウスのお節介も、妾は全て把握した!

 その上で妾は告げる」


 テビス王女は私たちの側に座ると、枝豆を一つ摘まんで言いました。


「シュリは妾のものじゃ。傭兵団におるのも恋人を作るのも許そう。妾はそういったことには寛容じゃ。王族じゃし。

 しかし! いくら体や立場を傭兵団にやつそうと、心だけは妾がいただく! ふあははははは!」

「く、この心泥棒め!」


 なんでしょう、いきなりテビス王女は現れて何を言い出したのでしょうか?

 そしてエクレスのノリもよくわかりません。心泥棒って何?

 なにより、どうして今日の集まりがテビス王女にバレていたので?


「ふあはははは! エクレスよ、そなたの友達ポジションからの外堀から埋めていくその手腕、見事であるが、それは所詮魔法を使わぬ古代の戦いよ。

 今は魔法も魔工もある時代! シュリの心の壁を飛び越える羽を用意すれば良いのだ!」


 はい?

 私には、テビス王女の言葉の真意がわかりません。

 というより、この幼女は何を言っているのかわかりません。

 慌てて耳をポンポンとしますが、ゴミがたまってるわけでも聴覚に異常をきたしているわけでもなさそうです。

 何より、どさくさに紛れて枝豆をガツガツと食べているので、数が急速に減っています。


「くっ、テビス王女め……」


 エクレスには理解できているようで、悔しそうにしています。

 私は目をこすりますが、霞んでるわけでも幻覚を見てるわけでもないです。

 どうやら、私の目には見えない何かが、この二人には見えているのでしょうね。


「むぐむぐ」


 そしてリルはひたすら枝豆を貪りアマザケで流し続けています。

 なんでしょう、一気にこの部屋の流れが迷走を始めました。


「……この枝豆、美味しいですね」


 現実逃避と言われても構いません。

 この流れから脱出できるなら、どのような犠牲を払おうとも躊躇しないでしょう。


「こんばんは……あれ、王女様? どうしてここに?」


 そんな流れ全てをぶった切るかのように、扉が開きました。

 現れたのは、嵐の発生源であるシュリ。

 え? どうしてここに?


「ああ、ちょうど良かったです。頼まれてたつまみの追加を持ってきたんですが……作りすぎたかなって思ってて。

 鳥の唐揚げを用意しました。今回は衣をサクッと仕上げたものとしっとりさせたもの二つを用意しました。どうぞ皆さんでご賞味してください」


 そう言ってシュリは、持ってきた大皿を私たちの前に置きました。

 そこにあるのは、きつね色の皮を纏った肉料理です。

 一口サイズに揃えられたそれは、ぷつぷつと油がはじける音をさせています。

 匂いも素晴らしい。肉の香ばしさと油の香りが部屋中を一杯に満たし、枝豆で一杯になったはずのお腹に直撃しています。

 しかし、二つの種類があって見た目が違います。

 一つは、見た目がカリカリ衣になった淡いきつね色の唐揚げ。これは噛み応えがありそうで、食欲をそそられます。

 もう一つはしっとりとした衣を纏った濃いめのきつね色の唐揚げ。簡単に噛み切れそうなお手軽さがありました。

 どちらも作り立て。湯気を立ち上らせてコロンと皿の上をたくさん転がっています。


「シュリよ。これは鶏肉を揚げたものじゃの?」


 鶏肉。それを聞いて私は僅かに顔をしかめました。

 鶏肉と言えば、卵を産まなくなった雌鶏か卵を産まない雄鶏をシメて供するもの。普通は硬く、筋張ってて人気は低い物です。

 シュリが出す牛肉も本来は人気がありません。普通なら乳が出なくなった牛を解体して流通させたものでしょうが、シュリが調理すると驚くほど柔らかく美味しくなるので、気にしていませんでした。

 昔だったら、下手したら乳臭い肉を食べていたものです。

 しかし、鶏肉です。鶏肉は鬼門です。

 これが鴨や鳩ならまだ食べようという気になります。あれら野鳥は、野性味のクセがありつつも美味しい肉ですから。

 鶏肉、そう考えると食欲が……。


「ええ。ですが柔らかく美味しく仕上げてみました。

 こちらの固い衣は油で満たした鍋に入れて揚げて、こちらの柔らかい衣はリルさんに頼んで試作してもらったレンジという機械で作りました。

 衣をつけてレンジに入れて火をかけるとこうなります」

「そのような新作機械を作っておったのか?」

「……リルさんがとろけたチーズが正義って言うので……作りやすいものを作ってもらいました……」


 ……リル。

 まぁ、シュリが自信満々に言うので、私は疑いつつも一つ摘まんでみます。

 試したのはカリカリな衣の唐揚げ。こちらは薄い衣がしっかりと形を作って、摘まんだ感じも硬いです。

 これは……不思議な感じです。

 なんと言えば良いのでしょう? 硬い衣を触っているはずなのに、柔らかいとわかるのです。

 衣がごく薄い所を一緒に触ってみると、ふにふにと感触が返ってきます。


「ふむ、確かに柔らかいの。王族に出される物は、そもそも食用に飼育される鳥を解体して出す物じゃが……。シュリよ。これはそういう類いのものか?」

「いえ、普通のやつです」

「コツでもあるのかの?」

「はい。水に漬けることです」


 ……は?

 昼間に続いて、再び水の存在。これにはテビス王女も顔をしかめました。


「水? 水に漬ければこんなに柔らかくふっくらと仕上がるじゃと?」

「ええ。目安は十分ほどですかね。

 衣となる粉を表面にまぶす前に水に漬けるとこうなります。

 あと、鳥の胸肉もパサパサした物が多いと思いますが、それも水に漬けるとしっとりとして、調理した後の食感が違います」


 なんと。そんな方法が。

 テビス王女もしかめ面から感心したように笑顔で唐揚げを見ています。

 しかし、水ですか。

 調理の技術は、ある種魔工のそれと同じくらい広く深い知識を持っていなければなりませんね。

 身近な物を手当たり次第試し、その中で見つかる僅かな新技術。

 その新技術の引き出しが、シュリの場合ものすごく多い。

 本当に、シュリは何者なのでしょうか。


「では僕はここで」

「ちょいと待てシュリ」


 部屋から出て行こうとするシュリを、テビス王女が呼び止めました。

 今まさに扉のノブに手を掛けていたシュリは、キョトンとした顔で振り向きます。


「なんでしょうか王女様?」

「お主も、せっかくじゃここで食べてゆけ」

「え? でも、ガングレイブさん達が……」

「心配要らぬじゃろう。今何をしておるのじゃ、あの御仁達は?」

「賭け札です」

「よし、ほっとけ」


 テビス王女のバッサリとした意見です。

 シュリもこれには従うしかないようで、テビス王女の隣に座りました。ちなみにその隣は私です。

 エクレスがこちらを鬼気迫る笑顔で見てますが、無視しましょう。

 あんな暗黒オーラを纏った笑顔を相手にしては、こっちも暗黒オーラが感染(うつり)ます。

 結婚前の女性は純白の幸せオーラを纏っていなければ。ウフフ。


「良いのでしょうか……今頃ギングスさんがテグさんのインチ……トリックでカモにされている気がしてなりません」


 シュリ、その心配は的中ですよ。テグはああ見えて、イカサ……トリックが得意ですから。


「放っておけ。男どもの高ぶりはシュリには毒にしか思えん」

「あの、僕は男なんですけど」

「シュリくんは男だけど、ガングレイブたちと比べるとどうも男に欠けるよ。ここにいて、楽しく話をしてた方があってるよ!」

「……さいですか」


 シュリに僅かながら暗黒オーラが……!


「ではいただくとしよう。いつの間にかリルが食べておるしの」


 え?

 リルを見ると、次々と唐揚げを口の中に入れています。

 えええ? 熱くないんですか?


「柔らかくて、ジューシー。美味しい」


 リルの呟きに、私の喉が鳴りました。

 あのリルが美味しい。ハンバーグ以外に目もくれないリルが美味しいと言う。

 私も口の中に唐揚げを入れました。


 これは凄い。


 まず感じるのはサクサクとした衣の感触。これが食感の妙を生み出し、まるで軽食を食べているような感覚がします。

 しかし、これは軽食と呼ぶにはあまりにも油の旨みが凄い。

 恐らく、油を使って調理したからでしょう。衣が油を吸い、それがくどくない程度に抑えられている。

 そして噛み進めていくと今度はふんわりジューシーな鶏の肉。

 確かに、廃棄の鶏とは思えないくらいの柔らかさ。そして口の中を満たす満足感。

 何より、この肉には予め下味を付けているみたいで、噛めば噛むほど肉の旨みと調味料の旨みが口の中で混ざり合います。

 得てして柔らかい肉と、硬い衣を共に噛むことでサクサクふんわりとした顎が喜ぶような歯ごたえを生みます。

 ああ、これは美味しい。

 私は唐揚げを嚥下して、後味の余韻に浸りつつアマザケを一口だけ飲みました。

 スっと口の中に残っていた油の残りが洗い流され、次の唐揚げのための準備が整いました。

 次に味わうのは、濃いめのきつね色をした唐揚げです。

 これは先ほどのカリカリの衣とは全く違い、触るだけで衣に指が沈み、そこから油が滴ります。

 口に入れると、これもまた食感の違いがあります。

 まず、滴り落ちた油から相当な量の油を使っているのかと思いましたが、そんな感覚はありません。

 こちらはカリカリとした食感はありません。ですが、凄くふんわりと柔らかく、顎の力がそんなに無くても噛み切れていきます。

 そしてわかったのですが、滴った油は調理に使った油では無く、肉自身にある脂です。

 なので油がものすごくあっさりとしており、食べやすいのです。

 こちらも肉に下味を付けて調理をしたのでしょう、肉自身がとても美味です。

 ふんわりプツリと噛み切れる優しい噛み応えのしっとり唐揚げ。

 これも、凄く美味しい。

 私としては、どちらかというと柔らかい方が好みですね。

 カリカリも美味しいのですが、カリカリは昼食時にしっかりと噛んで腹を満たしたいときに適していて、しっとりは軽食として食べるのがあってる気がします。

 あくまで気、です。


「うまうま」


 そんな気分を知ってか知らずか、リルは口の中でミックスさせるように食べています。

 彼女はきっと、美味しければたくさん食べたい派でしょう。

 わかる気がしますが、食感も楽しんで欲しい気が……。


「ふむ、しっとりもカリカリも良いの。どちらかと言えば、カリカリは食事時に、しっとりは軽食に良いかもしれぬ。

 しかしこれは、妾の好みじゃけどな。逆が好みのものもおるじゃろうし、片方が大好きでたまらんものもおろうのぅ」


 おや、テビス王女は一つ一つ、丁寧に口の中に入れて咀嚼して味を確かめ噛み応えを楽しんでいます。

 さすが美食の国の王女様。食事の楽しみ方を心得ています。

 味を、食感を、匂いを。全てを楽しんでいます。

 その姿はどこか神々しい……。堂に入っていて、美しさを感じてしまいました。


「……」

「あれ? エクレス?」


 ふと気づくと、エクレスからの言葉も行動も感じませんでした。

 見てみると……。

 なんと隠し持っていた蓋付きの瓶にこっそりと、唐揚げをどちらもバランスよく入れて持ち帰ろうとしている?


「エクレス? 何を……?」

「……ふ」


 ? いきなり笑いましたよこの人……?


「運命を、感じるよね」

「はい?」

「この料理に出会うために、生まれてきたのかな」


 哀愁漂うその表情を見て、私は悟りました。

 あかん、中毒者ジャンキーが増えたのではないか、と。


「エクレス……」

「何も言わないでアーリウス。わかってる。わかってるんだ。

 今の僕はおかしいって。でも止まらないんだよ。

 止まらないんだぁ!!」


 ひとしきり瓶の中に入れてそれを、大事そうに抱えて涙を流していました。

 ……。


「食べればいいんじゃないんですか?」

「次、いつ食べられるの?」

「お願いして作ってもらえばいいじゃないですか」

「本当、シュリくん?」


 エクレスの濡れた艶めかしい目線が、シュリを貫きました。

 多分、普通の男なら一撃で恋に落ちるだろう破壊力です。


「ええ、お願いされたら献立に加えますよ」

「やったぁ!」


 しかし、シュリには効果は今一つのようです。

 さすが唐変木。ぶれません。


「シュリよ、妾にもアレが欲しいのじゃが……」


 何故対抗しようと思ったのかは謎ですが、シュリにしなだれかかって色気を出しながらテビス王女が言いました。

 そっちの趣味の人なら、すぐさまイケない道に落ちてしまうような幼いながらも妖艶な色気です。


「マーボードーフですか……。明日用意しますよ。唐揚げとセットの形で」

「おっしゃああ!」


 勝ち鬨を上げて拳を突き上げる姿に、先ほどまでの色気は微塵もありません。女性としての清楚さなんてへったくれもないです。

 漢女(おとめ)。そう、漢女(おとめ)がいます。

 テビス王女……それでいいんですか?


「湯豆腐は明後日にしましょうかアーリウスさん」

「え、ええ、そ、そういうんなら食べてあげないこともありませんからね!」


 ちょっとどもりましたけど、湯豆腐が明後日ですか。楽しみが増えました。


「……」


 そして、リルの無言の圧力が!


「……」

「では、そろそろ僕は抜けますね」


 しかし、唐変木のシュリには効果はないようです!


「シュリ、ハンバーグはどうします?」

「え? 牛肉不足なんで、当分ありませんけど……」


 リルに効果抜群のようです!

 リルの体が、清々しい笑顔のまま倒れました……。

 瀕死です、瀕死の重傷です。


「ですが、贔屓(ひいき)になっちゃいますけどリルさんの分だけは確保してます」

「さすがシュリーー!!」


 それはまさしく、電光石火の如くでした。

 リルは素早く立ち上がり、両手を突き上げました。

 それでいいのか、リル。


「唐揚げ……唐揚げ……」


 エクレスは唐揚げに目を奪われています。

 それでいいのか、エクレス。


「させるか、明日のマーボードーフは妾が確保する!」

「心配しなくてもちゃんと作りますから」


 ああ、いつの間にかシュリくんがお母さんに見える。

 手のかかる食いしん坊な娘たちの胃袋を掴んでいる姿が……。

 あれ? その中に私も混ざっている?

 そ、そんなはずは……。


「さて、妾はこの辺でお暇するかのぅ」


 テビス王女は、なにやら安心した顔をして立ち上がりました。


「明日の事もあるし。結婚式もあるのじゃろう? 妾が来賓として来てやろう。その準備もせねばな」

「え!? ちょ、それは」

「それは賑やかで良いですねぇ。是非よろしくお願いします」

「しゅ、シュリ!」


 私が止める間もなく、シュリは笑顔で受けてしまいました。

 どこの世界に、新郎と新婦よりも目立ちそうな人物を迎えるような、結婚式があるというのですか!?


「その言葉、しかと聞いた。妾に追随してきた使用人にも協力させよう。ではの」


 去り際に、テビス王女がにやりと笑いました。

 三日月のように、口角を上げて……!

 そのまま去っていった扉を見て、私は心の中で溜め息を吐きました。


 はぁ……明日からテビス王女が妙な事をしなければ良いのですが……。

次の話からオリジナルのものとなり、メインシナリオへと移行していきます。

ここまで書き直しに付き合いくださり、ありがとうございました。

次話をお楽しみに、お待ちください。

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