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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
序章・僕と傭兵団
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二、創意工夫のハンバーグ・後編

 リルは天才。名前はまだ売れてない。

 五年前に幼なじみのガングレイブに誘われ、傭兵団に加わった。リルは孤児で、同じ孤児でスラムを生きた皆と行くことにした。

 リルは魔工学の才能がある。自分でも自負してる。スラム時代にはいろんなものを作って仲間を助けたし、傭兵団の今でも裏方で仕事をしてる。

 でもリルには、リルが欲しかった魔法の才能がない。

 魔法と魔工は違う。

 魔法も魔工も、空気に漂うというマナを使う。魔法と違うのは、それが人に対しても使えるか、物に対してしか使えないかの違い。

 魔工は物質の形に干渉して形を変えたり、魔字マギ・スペルっていう文字を刻むことで物質に魔法の力を込めることが出来る。

 つまり、物の形を操り、物に力を込めることが出来る。

 でも、直接触らないと出来ないし、魔法使いみたいに戦闘能力は皆無。工作兵としてしか働けない。

 幼なじみたちは優しいし、仲間に魔工兵をバカにするやつはいない。

 でも合同作戦の際に、他の部隊に貶されることがある。

 リルは、それを部下たちと歯噛みして耐えるしかなかった。

 そんなときだ。変わった人が仲間に入った。

 シュリ、ていう人。変わった外見に変わった雰囲気を持ってる。

 初めは警戒してた。でもご飯が美味しいし優しい人。

 悪い人じゃないんだな、て思った。


 戦に勝ったとき、リルとガングレイブ、他の隊長たちとシュリの話を聞いてた。

 シュリは、戦勝報酬に金だけじゃなくて食糧と調味料を手に入れるように言ってきた。

 今までは金だけ受け取ってたけど、シュリは必死だった。

 それを見たガングレイブは了承、ゴネる領主と交渉して希望通り手に入れることに成功。

 どうして、と皆が聞くと、


「俺達は今まで、金だけを無心していた。だが、シュリを見て気づいたんだよ。

 金だけ手に入れても腹はふくれない。食料代もバカにならねぇ。なら、金とは別に食糧と調味料手に入れりゃ、その分だけ必要経費を減らせる。別の戦に雇われるまでの暮らしもなんとかなる。

 ま、あいつのことだ。食糧管理を見て思うことがあったんだろ」


 と、シュリを信頼してるようだった。


 前に食事関係を聞かれたので、塩のスープと焦げた魚ばかりだって言った。

 シュリは驚いて、必死に話した。

 まず、塩のスープばかりでは健康を損なう、らしい。体を壊すし、調子も崩れるんだそうだ。

 そして焦げた魚、これが一番いけないと言われた。どうにも焦げたものばかり食べたら、取り返しのつかない重病で死んでしまうとも。

 皆して絶句。リルたちは下手したら死んでた。

 それからは、食事関係をシュリに任せた。色んな味や具のスープを食べることが出来た。美味しいし、体の調子もいい。味が薄い、て最初思ったけど、慣れると食材の味がよく分かる。甘くて、苦くて、辛くて、酸っぱい。全部感じられた。全部心地よかった。

 思い出すと、塩のスープは味が濃すぎたんだと思う。リルたちの舌は壊れかけてた。

 シュリの言ったことは本当だった。

 ガングレイブも納得してた。


「飯が人間の力になる。金じゃあ動けないんだ、てようやく気づけたな……」


 リルもそう思う。

 お金を手にいれて、色んなもの作ったけど。

 お腹はいっぱいにならない。


 そんなシュリが、リルを頼ってきた。

 リルの運命を決めた、そんな日。






「ということでリルさん、協力してください」

「ん」


 その日、シュリはリルのテントに来た。

 キョロキョロして珍しそうにしてる。

 何でも、ガングレイブの伝でシュリにあるものを作ってほしいんだとのこと。

 鍋かな? 包丁かな?


「で、要望、詰めて」


 何か分かんないけど、何が欲しいのかキチンと詰めよう。

 よく切れる包丁とか、錆びないオタマとか。

 作ろうと思えば簡単だし。


「まず、こんな感じです」


 だけど、シュリの要望はリルの想像の斜め上だった。

 紙と炭を貸すと、見たことない形をした四角い箱を書いてる。

 こんなものが料理となんの関係があるんだろ?


「ここでこんな感じに火力を調整できるようにして、この金具の上に鍋を乗せて火を当てます」

「?」


 ちょっと分かんなかったけど、すぐに気づいた。

 なるほど、火種の問題。

 確かに簡単に火をつけれる道具があれば、料理も簡単だ。


「それで、ここで火力の調節とかを出来るようにしてほしいのです」

「なるほど」


 火力の調節? 火力が料理になんの関係があるんだろ?

 強い火でスープを作って熱々で食べるのがいいんじゃないの?


「なんですか、これ?」


 すると、シュリが発火材を指差して聞いてきた。

 リルの自信作で、マナを込めるとすぐに燃える。

 これで火付けも簡単。戦にも活躍してる。

 欠点は、魔法使いと魔工兵にしか使えないこと。


「発火材。マナを込めると燃える紙」

「これを応用してください」

「?」


 応用?

 聞けば、驚くことをシュリは言ってきた。

 まず、紙で作る。鍋を円上に書いた魔字マギ・スペルに置くと、浮かせてほしい。

 浮かす? 物体浮遊の技術はあるけど精々大きめの岩を浮かす程度の出力しか出来ない。そんなもの役に立つとは思われてなく、使う人は少ない。

 で、浮かしたらその下に火を出せと。

 目が点になった。浮かして火をつける。魔字マギ・スペルに二つの効果を付加し、描けと。

 考えたことなかった。浮かしたら更に何かの効果を付ける。そうか、浮かすだけじゃダメなんだ。動かせたりしなきゃ。そうじゃないと浮いてるだけで役に立たないんだ。

 そして、小さな円の魔字マギ・スペルで火力調節をしてくれと。

 何も魔法使いや魔工兵のように直接マナを込める必要はない。触ったら反応する機能と、それによってマナを取り込む機能、そして調節する機能を加えれば、触っただけでマナを使えない人でも魔道具を使える。

 そして、一定時間操作がない場合も消えるようにしたいらしい。時間としては一時間ほど。

 さらに紙も濡れないようにとか、丸めてもすぐに平たくなるとか、ポンポンとアイディアが湧いてくる。

 シュリはすごい。

 リルは、自分が天才だと思ってたけど大違いだった。

 シュリは天才だ。リルなんて足元にも及ばなかった。

 要望を受けて早速作ってみる。

 魔工兵が魔字マギ・スペルを書くとき、専用の筆でマナを込めて、特殊な文字を刻むことで力を発揮する。

 でも、二つの効果や連動作動、調節機能を付けるなんてのは初めてだ。

 リルはそれでも手を止めないよう、自分の知識と発想を信じる。

 そうだ、魔字マギ・スペルをわざわざ一文字にする必要はない。

 普通魔道具に使う魔字マギ・スペルは一文字で書いて終わる。

 でも、今回は違う。複雑な回路と機能を持たせなきゃいけない。

 一文字だけじゃなくて、全てに応じた魔字マギ・スペルを連ねて書いて、さらにそれを安定させつつ、マナを伝える機能と量を調節する機構を加えて……

 結果、円の形でびっしりと魔字マギ・スペルが書かれてた。それも鍋置きと調節ダイヤル四つ全てが。


「すごいですリルさん!」

「当然」


 シュリは驚いて賞賛をくれる。

 リルもこんな大作を作れたことに満足。ふんすー。


「では、新作料理を一番に味わってもらいましょう」

「おー」


 新作料理? 楽しみ。

 シュリが取り出したのは、牛肉と小麦粉と魚醤とネギと大根。

 うえ、と思った。

 リルは肉系が苦手。魚は大丈夫だけど、肉の臭さが駄目。

 なんていうか、生臭いというか……。


 でも、シュリはいきなり牛肉を包丁でメッタ切りにし始めた。

 正直、猟奇的で怖い。

 あっという間に牛肉は原形を留めないほどにぐちゃぐちゃ。肉ってかろうじて分かるだけ。

 そうしたら一箇所にまとめて、魚醤に刻んだネギをぶち込んだ。ネギの魚醤付け?

 大根もみじん切りからメッタ斬り。ぐちゃぐちゃ。

 逃げたい。あんな猟奇的な料理を食べたくない。

 そしたら、大根も一箇所にまとめて、今度はお肉に手を出した。

 小麦粉を少し混ぜて、手の中で丸く形を整えた。

 なんか手の中で不思議な動きをするお肉が、段々と丸くなるのは面白い。

 そして、鍋にお肉を投入。塩と香辛料をまぶし、焼いてる。

 なんか、いい匂い。いつもの獣臭さも生臭さもない。

 くるっと回転させるといい色。

 その時気づいた。魔法陣型火種の火が、弱い。

 そっか、強い火で一気に焼かず、中くらいの火でじっくり焼いてるんだ。

 だから美味しそうに焼けるんだ。

 焼き終わった丸お肉を皿に盛って、メッタ斬り大根と魚醤とネギ付をかける。

 スープというか、ソースみたいなものだったんだ。


「お待ちどうさま」

「ん!」


 でも、匂いはすごくいい。

 香辛料とお肉の匂いが混ざり合って、もう暴力に近い。食え、て誘惑されてる。

 いつもの嫌悪感もなく、フォークで端っこを切って、大根とソースを絡めて口に運んでみた。


 これは、真理。


 お肉の脂が甘いし、噛みごたえも柔らかく口の中でほどける。

 解けたところからまた脂があふれて、甘い。

 その甘さを塩で調整して、香辛料で美味しさをプラスしてる。

 お肉本来のコクと甘さと辛さと香りと匂い。それらが心地よい。

 すごいのは、ソース。

 それだけだとただ脂でクドくなっちゃうんだけど、リルの口の中はさっぱりしてる。

 ソースに、いつもの魚臭さがなくてさっぱりとした酸味と、大根のシャリシャリとした食感と溢れる水と爽やかな辛味が、脂のクドさを見事に無くしてる。

 これは、すごい美味しい。


「んー! ん、ん!」


 あまりの美味しさに声が漏れちゃう。

 それを見て、シュリは嬉しそうに笑った。

 なんか、リルも美味しいものを食べれたし、シュリも嬉しそうだし。

 幸せを感じた。





 リルは未熟だ。名前など売れるはずがなかった。

 はんばーぐ、ていう料理を食べたあと、リルはシュリに聞いた。

 どうしていろいろ知ってるの、て。


「そうですね。先人達の努力があったからですかなぁ。

 無論、僕も努力しました。あの手この手と試して失敗して、で成功して。

 創意工夫、てやつですよ。僕は要領が悪いから苦労しました」


 と苦笑してた。

 そうか、リルに足りないのは創意工夫なんだ。

 ただ“作れる”だけじゃダメなんだ。“創る”ようにならないと。



 リルはそのあと、シュリの言葉と要望を見返しながら、新発明をした。


「で、俺に見て欲しいと」


 こっそりとガングレイブに見てもらうとする。


 まず、手持ち式投石器。


 投石器は、巨大な装置で岩を遠くに射って、城壁を破壊したり守備兵をまとめて攻撃する攻城兵器。

 それを手軽にした。


 使い方は簡単。


 岩を紙の上に乗せる。

 で、起動式に触れる。

 すると、岩が放物線を描きながら飛んでく仕組み。

 投石器のように巨大でもなく、歩兵一人が背負って走れる程度の大きさの紙で出来てる。

 投石器は、移動用と攻撃用の二つの形態があって、いちいち組み立て直さなきゃいけない欠点がある。

 でも、これは広げて置いて触って使える。利便性は比べ物にならない。


 もう一つは発炎石。


 見た目は石なんだけど、発動言語キーワードを唱えて起動式に触れて投げると、三秒後に爆発。

 半径一メートル範囲内の物体を巻き込むようにして爆炎が起こる。

 欠点は、気を付けないと自分や味方を巻き込むってところ。

 要訓練、と付け加える。


 最後が時限式発火石。


 触って発動言語キーワードと時間を言うと、その時間に炎を出すっていう石。

 最長で二時間先に発動できる。

 欠点は、あんまり威力がない。よく燃える石ってだけ。


 でも、ガングレイブは驚きながらも、喜んでた。


「これなら高価な投石器いらずだ!

 発炎石も歩兵隊の強力な武器になるし、時限式発火石も、隠密作戦にはもってこいだ!

 さすがだな、リル!」


 でも、ちょっと後ろめたい。

 このアイディア、全部シュリのなのに。

 でも、負けない。

 創意工夫。リルはこれからも発明を続ける。







 リル・ブランシュと聞けば知らないものがいないとまで言われるほどの偉人にして、英雄の一人とされている。

 彼女の発明した兵器で多くの戦況がひっくり返され、時には戦局を決めてしまうほどの威力があった。

 有名なのは、ヤナンガンの攻城戦だろう。

 このとき、彼女が発明した三つの兵器によって、難攻不落とされたヤナンガンの城はたった三日で落とされた。

 投石器は量産されて雨の如く岩を降らせ、

 発炎石は近接戦闘において凶悪な威力を発揮し、

 時限式発火石で夜襲を仕掛けられる。

 相手にしてみれば、悪夢以外になかっただろう。

 この戦ののちも発明は続けられ、彼女の存在が戦乱を十年早く終わらせたという歴史学者、考古学者の意見もある。


 しかし、統一帝国建国後は、国賓魔工技師の授与を辞退した。

 彼女のことを知らない大臣たちは困惑したが、彼女のことを知る昔からの仲間は納得して送り出した。

 国賓魔工技師を辞退したあと、私立魔工塾を設立。これが現代になって大陸最大級の施設と環境を持つブランシュ魔工学園となる。

 そして魔工技師の地位と技術水準の向上を目指し活動。それまでたかが物作りしかできないと卑下された魔工兵や魔工師の重要性を理解させた。

 だが、この学園は兵器の作り方に関しては専門分野と分けられ、ほとんどの科では日常生活を豊かに便利にする、日常に密接した魔道具の生産と研究と勉学を重視する。

 彼女が確立した理論、それまでは一文字だけで使われた魔字マギ・スペルを連動機能させて複数の効果を発揮する魔文マギ・プログラムと、言葉によって起動する発動言語キーワードと、触れることで起動する接触起動マギ・スイッチは平和利用されることになる。

 学園の精神として常に伝えられる言葉。

 “創意工夫”は、ずっと伝えられていくことになる。


 余談だが、リル・ブランシュは無類のハンバーグ好きとも記録に残っている。

 それはきっと、彼女の転換点となった食べ物で。

 創意工夫を学んだ食事だったからだろう。

 幸せそうにハンバーグを食べる姿は、みんなをほっこりさせたとか。

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