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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
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十六、決着ともつ鍋・裏編

更新五分の五

「そうか、事件は終息してもうたか」

「はい、王女様」

「よい、あそこにはシュリがおる。ついでじゃ、久方ぶりに料理を楽しませてもらうのもよかろうて」

「書状については?」

「そうじゃの。言及してこなければよし。してくれば、『事実は無罪と確認できたのなら、それをこちらが確認できればそれでよし』とすればよいのじゃ。

 もともとシュリを手に入れんとした、成功すれば良しとする策謀じゃしな」


 妾は戻ってきた密偵にそう声をかけると、馬車の背もたれに体を預けて思案した。

 テビス・ニュービストとしての来訪。その目的のほとんどを失ってしまったのう。

 密偵にはああ言ったものの、このまま来訪してもよい見世物にしかならんじゃろうのぅ。


 数日前、妾は密偵の情報で、シュリがスーニティにて捕らえられておると知った。耳を疑う内容であったが、妾が信頼しておる密偵部隊が嘘を言うわけもなく、事実であると知ったとき、これは好機だと思ったのじゃ。

 まず、懇意にしている料理人に対する捕縛の理由を問う。これは正式な来訪理由として使い、王女としての立場を保持したままスーニティに訪れることができる。そのままだと『使者』としてしか権限を使えぬが、『不当な捕縛の理由の追及』としてなら国の代表である『王女』としての権限を使える。多少の無茶であろうが、『王女』なら許されるところもあるからの。

 次に料理人が関わった事件の追求。懇意にしておるものが事件に関わって牢屋に閉じ込められたのじゃからな。それを確認したいのは当たり前の話。まぁ、どのような理由があろうが、向こう側の責任として追及し、貿易見直しと謝罪を引き出して、あわよくばスーニティの属国化でもできればよいと思っておった。

 そして、一番大切なのが『事実確認のための料理人の引き渡し』じゃ。

 これは言ってしまえば、二重の益を張っておった。

 一つは、大人しく渡せばスーニティの立場をニュービストより下にできること。犯罪者を他国に渡して罰することを許すのは、その国の人間だから渡すという正当な理由があるか、もしくは犯罪者の判決を他国に委ねる腰抜けのどちらかじゃ。自分の領地で起きた犯罪を、その領地で裁くのは本来当たり前。引き渡せば、その国への正当性を証明してしまう事じゃ。

 そして二つ目が、さっき言った正当な理由の一つ『その国の人間であること』。つまり、引き渡しが成立した瞬間、妾はこの正当な理由を振りかざして『シュリをニュービスト人として引き込む』ことを狙っておった。

 これが成立すれば、妾は即刻、シュリを自国の人間として城に雇用してガングレイブ傭兵団との縁を切らせるつもりじゃった。

 シュリが拒めば、傭兵団を丸ごと雇い入れて雇用するのもありじゃろう。引き渡しが成立すれば『シュリはニュービストの人間』であり、シュリと縁のあるガングレイブ傭兵団に領地を与えて『騎士団として重用』するのもおかしくはない。

 シュリを手に入れ、あわよくばガングレイブ傭兵団を手に入れる。

 しかしまあ、シュリが全て覆してしもうたがのぅ……。


「まったく……妾はシュリに会いたいと言うに、なかなか会えんのぅ」


 今思い出してみても、やはり初めて会った時に、無理矢理にでも引き入れるべきじゃった。

 マーボードーフ、マーボードン、カレーライスと妾を魅了するだけ魅了しておいて、会わんとは。

 まったく、いけずな料理人よのぅ。


「この旅路でマシな料理が食べれないだけでも苦痛というに、ここまで来てシュリを手に入れられんとはの」


 本当に、思い通りにいかん人間よ。

 その上やつは、行く先々で旨い料理を作って渡り歩いておる。

 それを追跡するだけでもどれだけ大変か。

 その料理を再現するのに、城の宮廷料理人がどれだけ泣きたくなっておるのかわかっておらんのぅ。


「まぁよい。このままスーニティへ進路を取れ。久方ぶりに、シュリに会おうではないか」

「畏まりました」


 御者にそう告げると、再び馬車が動き出した。

 今回の来訪に同行させたのは、馬車と荷車三台、騎士団三個中隊ほどじゃ。妾としては速さを重視したいため、ギリギリのこの人数で行軍をしておる。

 そして、密偵部隊が二十人。妾が信頼する二十人じゃ。

 妾は再び背を正して、馬車の揺れに身を任せようと目を閉じようとした。


「王女様」

「む?」

「前方から、馬車が一台向かってきております」


 護衛の騎士が妾の馬車に近づいて伝えたことは、そのような事じゃ。

 なんじゃ? 妾に近づこうとは?

 馬車が止まり、護衛騎士が馬車を守るように取り囲む。

 何人かが動いたのを見て、妾も少し馬車の窓から前を見てみた。

 そこそこ良い馬車じゃ。護衛が六人、御者が二人。

 なんじゃろうか。商人の馬車かの。

 興味を無くして馬車の中に体を戻すと、再び護衛騎士が近づいてきおった。


「王女様。相手はレンハ・スーニティです。スーニティの領主の正妻です」


 ほう、スーニティの領主の正妻か。

 

 これは、少し面白い事になってきおったの。


 妾は口の端がつり上がりそうになるのをこらえ、努めて冷静に騎士へ言った。


「して、用とはなんじゃろうか。仮にも王族の馬車を止めて話をするのじゃ。それ相応の理由があるのじゃろ?」

「はい。なんでも、テビス王女を迎えに来たとのことです」

「そうか。では、少し会おうかの」


 くくく、面白いのぅ。

 騎士の手を借りて馬車から降りると、目の前に停車している馬車から女性が降りてくるのが見えてきた。

 妾は女性に近づいていく。

 なるほど、気の強そうな女性じゃの。

 少しくすんだ銀髪を肩で切りそろえ、狐のようなつり上がった瞳。背は高めで全体的に細い体躯に、領主の正妻にしては質素な服を着ておる。外行き用の、動きやすいドレスと言えばわかりやすいか。

 そんな女性、レンハ・スーニティがこうべを垂れた。


「お久しぶりですわ、テビス王女。レンハ・スーニティにございます」

「うむ、息災で何よりじゃ」


 確かに妾は昔、レンハと出会ったことがある。

 あれは、まだ妾が物心ついたばかり、一番古い記憶。

 城の宴に、レンハが来ていたのをぼんやりと覚えておる。


「テビス王女も立派になられまして。王様も息災でしょうか? 久しぶりに会いたいものですわ」

「陛下も健康であられる。大事はない」

「そうですか、それはなによりですわ」


 ころころと笑うレンハに、妾は舌打ちをしたくなった。

 昔会ったとと言っても、こんな風に親しげに話す間柄ではない。

 一度会った程度、しかもスーニティはシュリを捕らえた怨敵。


「して、こんな場所で世間話もなかろう。領主正妻がわざわざここまで来たんじゃ。よほどのことがあってじゃろ?」


 なので、ぐだぐだと長話する気はない。とっとと終わらせるに限る。

 するとレンハは、唐突に笑顔から悲しそうな顔へと変化させた。


「王女様。今、わがスーニティに近づくのは非常に危険ですわ」

「なに? どういうことじゃ」

「今頃、城では私の息子がクーデターを起こしているでしょう」


 クーデター、と来たか。


「クーデターとは穏やかではないの。詳しく説明せい」

「かしこまりましたわ。実は、私の息子は軍務には長けておりますが、内政に関しては勉強不足でして。長男が跡継ぎになり自分が育てた軍官や武官たちを取られるのを不安に思って、クーデターを起こしたのです」

「なるほど」

「今頃クーデターは失敗に終わっているでしょう。長男が雇った、ガングレイブ傭兵団が鎮圧に向かうでしょうから」


 嘘つけ、ガングレイブ傭兵団を監禁しておったくせに、長男が雇えるわけがなかろう。

 確かにガングレイブ傭兵団が事の鎮圧を行ったのは事実じゃけどな。


「王女様。私はそれを知らせに来たのです。悪いことは言いません。逃げてください」

「おぬしはどうするつもりじゃ」

「私が今戻ったところで、何もできることなどありません。私の息子は殺されているかもしれませんわ」


 ほう、バッサリと切ったのぅ。

 しかも逃亡という言葉を一切使わず、さも自分が妾のために来たと、同情を買おうとしておる。

 

 この馬鹿な演技に付き合うのも、もうええじゃろ。


「レンハよ。それは真実なのじゃな」

「もちろんにございますわ、王女様」


 ぬけぬけと……。


「そうか。

 騎士隊よ。こやつを捕らえよ」


 一瞬、何を言われたのかわからんかったのか騎士隊もレンハも動かんかった。


「何をしておる。この大逆人を捕らえよ」

「は、はい」

「王女様!?」


 騎士隊がレンハの馬車を取り囲み、逃がさないようにする。

 その中でレンハが目を剥いたようにこちらを見ていた。


「レンハよ。妾を幼子と侮ったの? 妾は全て知っておるのじゃぞ。

 おぬしが次男の起こした騒乱に乗じて逃げ出し、妾に助けを求めたことものぅ」

「そ、それは誤解ですわ! 全ては、そう、長男が悪いのですわ!」

「何が長男が悪いのですじゃ。そも、そんな状況で逃げ出すやつなど聞いたことないわ」

「夫が私を逃がしてくれたのです! 真実です!」

「ほう? 妾が知っておることだと、領主は騒乱の直後に監禁され、おぬしと話すことすらできる状況では無かったはずじゃがのぅ。

 そして、おぬしら夫婦はかなり前から会話すらないほどに冷め切っておったろ」


 この言葉に、レンハは言葉を詰まらせた。

 追い打ちじゃ。


「レンハ。妾は全て知っておる。全て、じゃ。意味がわかるな」


 全て、を強調して言うと、とうとうレンハは諦めてへたり込んだ。


「騎士隊よ。こやつの護衛と御者、馬車を拿捕して押し込んでおけ。

 良い手土産じゃ。こやつらを連れてスーニティへ行くぞ」

「は。しかし、罪人を連れて行ってもどうかなるので?」

「なるから大丈夫じゃ。さて、妾は馬車に戻るから、準備ができ次第に出発するぞ」

「わかりました」


 やれやれ。こんな性悪の女、こんな馬鹿に付き合うのも疲れたのぅ。

 しかし、これでシュリと会う口実ができたことじゃし、よしとするか。

 あわよくば、あの罪人を使って利益の一つでも得られれば御の字じゃろ。


 さて、久しぶりに会おうぞ、シュリよ。


またも更新遅れてごめんなさい! 寝落ちしました!

とりあえず、これで第二章終了です。

活動報告を昼前に公開しますので、そちらを見てもらえれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
本物の才の前には、小物の野心家なぞ来訪の口実の種にしかならんと(失笑)
[一言] 流石に領主正妻呼びは、対外的な地位をおもんばかっても変かも(^_^;)。 領主婦人でよいと思うけどなぁ(^_^;)。 領であるが扱いが国並みで、主権が独立してるっぽい描写が散見されるけど、…
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