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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
35/140

十六、決着ともつ鍋・結編

更新五分の四

 時間は少しさかのぼります。




 僕は倉庫から必要な材料をしこたま集め、調理室に運び込みました。

 八割はガーンさんに委託です。僕? 体力ないから……。


「それで、これでどうする気だ。

 こんな山ほどの材料を、どうやって使い切る気だ」


 ガーンさんが食材を運びながら、僕に聞いてきます。


「そうですね。僕、考えてたんですよ」


 僕は僕で、鍋という鍋をかき集めていました。


「さっきも言いましたけど、まずお二方の派閥の勢力を弱体化しなければなりません。

 相対する勢力の無造作な拡大は、結局、その領地や国にとって毒でしかないです」


 なんせ二つの派閥はどちらも権力が欲しくて暴走してるわけですから。

 そんなのほっといたら、互いに手当たり次第財力を貪って、その土地を干上がらせる事になっちゃいますよ。


「なので、どっちも貯め込んでた物をまとめてはき出します。

 民への施しという形で」

「そんなので上手くいくのか」

「ガーンさんが疑問に思うなら、恐らく上手くいかないかもしれません」


 僕に政治の権謀術数なんて理解できませんから。


「でも、僕にできるのは料理を作ることくらいです。

 貯め込んでた食材全部はき出す勢いで、民に施しをします」

「だが……」

「これが金銀財宝なら、僕にはどうしようもありませんでした。

 でも、幸い貯め込んでた財力の類いが食材でしたから」


 僕に審美眼などないので、さばきようがないですね。


「でも、食材があるなら、そこは僕の戦場です。

 ここからは、僕の戦いなのです」


 そう、料理の舞台ならば、そこは僕が戦う場所。

 目の前の食材たちを武器に、食べる人たちと真っ向から戦うのが僕の役目。


「それに、これだけ貯め込んでたら、城下町の人たちもお腹空かせてるでしょ?

 ここらでパーッと美味しいものを食べて、明るくいきましょうよ」

「……わかった。

 それで、俺は何をすればいい?」

「じゃあ、これ洗ってください」


 サッと渡したのは、豚のもつです。

 それを見た瞬間、ガーンさんはとても驚きました。

 どれくらいかって? 文字通り飛び跳ねましたよ。


「これ、内臓じゃねえか! 肉はどうした!」

「え? 肉も使いますけど、内臓も使いますよ。僕のいたところでは、もつって名前なんですけど」

「アホか! 内臓なんて臭いだけだろ!

 考え直せ!」

「だから洗ってもらわないと……。あ、洗ったらしっかり水気を取ってくださいね。内臓が臭いのは、内臓に含まれる水気のせいですから」

「え、ぐ、く、くそ……わかったよ……」


 鍋に山ほど入れたもつを持って、ガーンさんは渋々洗い始めました。

 内臓で驚かれても困るけどなぁ……。とある国なんて犬を食うし、サソリも食うし、ヤモリも食うんだけど……。薬効ある食べ物なんですけどね……。

 さて、あちらはあちらで任せて、僕はまず出汁を作らなければなりません。


 今回のコンセプトは、ピリ辛もつ鍋です。

 辛みを持つ赤菜を使って、刺激的な鍋を大量に作ろうと思います。

 鍋の数も、馬鹿かってくらい集めました。だいたい百個以上、大きな大きな鍋を使います。

 キャベツ、もやし、ニラも確保。

 今回は白菜の代わりである赤菜も用意したので、そこそこ美味しいはずです。

 本当なら和風だしの素や味噌やらコチュジャンとかも欲しいですが、ここにはないので妥協します。醤油もないですし。魚醤でなんとかなるかな? 念のために、前回の時と同じくネギで臭みを取ってますけど……。

 食材を下拵えし、先に作らなければならないものがあります。

 鶏ガラスープです。

 これがあるとないとでは、大違い。

 できれば洋風に作りたいですが、セロリが見当たらないので和風にシフト。

 鳥を丸ごと下拵え。鍋に大量の水を入れて沸かし、入れます。

 ひたすら煮込みます。色が変わったら上げて、今度は切り分けます。全体を三つに分けれたらOKですね。

 それらを、ガラごと少し焼きます。香ばしい焼き色を付け、鍋の水を入れ替えて鳥、長ネギ、酒を入れてひたすら煮ます。

 アクが出たら取って、ひたすら繰り返します。


「おーい……洗えたぞ……」

「ああ、ありがとうございます。疲れてます?」

「内臓を洗うなんて、初体験だぞ……」

「すみませんね。

 じゃあ、この野菜たちを全部の鍋に入れてください」

「はっ!? こんな量の野菜を、一人でこしらえたのか!?」

「こっちは傭兵団で、長い間大量の料理を作ってきましたからね。

 これくらい、慣れたものです」


 千人近い兵隊さんの食事を、たった五人で作ってたんです。

 調理の技術が上がっても不思議ではないですよ。


「……と、そろそろかな」


 一時間近く煮込み、清潔な布で漉したら、今度は昆布を入れて一煮立ち。

 これで和風鶏ガラスープのできあがり。


「ガーンさん、できましたか?」

「ああ、鍋にこれでもかと野菜をぶちこんでやった」

「赤菜の量には気を付けてくださいね。

 どれくらい辛いのかわからないので、入れすぎたら大変なことになりますよ」

「お、おおう。わかった」


 ガーンさん、ブツブツと「聞いてねえよ……これ大丈夫か」とか言ってる呟き、聞こえてますよ。

 チラッと見ましたが、うん、多いですね。

 赤菜が多すぎて真っ赤っかです。


「ガーンさん、ちょっと失礼」


 赤菜を一ついただいて、切れっ端を口に含んでみます。


「うん……そこまで辛くない。甘辛? かな」


 白菜の煮た甘さと、唐辛子のわずかな辛みって感じですね。

 これなら、たくさん入れても心配ないでしょう。


「問題は色移りですが……」


 試しに、沸かしたまんま放っておいてる鍋に入れて、火にかけてみました。


「……結構移るなぁ……」


 真っ赤です。

 予想以上に移ります。これは……辛みはそんなに無くても視覚的なものは台無しになってしまうような……。


「失礼、ガーンさん。少し赤菜の量を減らしてください」

「辛みは大丈夫なんだろ?」

「問題は色です。予想以上に色が移るんで」

「色なんてどうでもいいんじゃないか?」


 おおう、料理をそう語っちゃいます?


「僕のいたところでは、確かに真っ赤で辛くて、客を引き寄せる店もありましたけど……。まあ、あれは辛そうな見た目で、旨みが凄いから受け入れられてましたから。

 これは、あくまでみんなで食べる鍋料理です。見た目が悪かったら、食べてもらえないかもしれませんから」

「そうか?」

「聞きますけど、真っ赤っ赤な料理食べたいですか?

 具材も汁も鍋の縁まで真っ赤っか。僕は遠慮したいですよ」

「……確かに」

「これから教えていきますから、覚えてくださいね」

「お、おう! わかった!」

「じゃあ、今度はもつを選り分けて、鍋に入れましょうか」


 早くしないと、内臓肉の類いは腐りやすいので。

 ただでさえあんなところに丸ごと置かれていたのです。


「こちらを入れてください」

「おう……本当に食うのか? 心臓とか、胃とか……」

「食べればわかりますよ」


 渋るなぁ、この人……。

 ちなみに今回は、保存状態のことを考えて内臓肉を下処理します。

 熱湯に入れ、水で冷やします。

 中華料理のゆでた豚肉、白肉パイロウみたいなものですね。

 熱湯で雑菌を殺します。とことん殺します。

 あとは、鍋に肉と内臓と野菜を入れて、鶏ガラスープと魚醤を加え、煮ます。

 煮立ったらパラッとニラを振りかけてできあがり。


「赤い……ですね」


 赤菜が予想以上に色を出しました。真っ赤です。

 おそるおそる味見をしてみます。

 

 うん、そんなに悪くない。


 魚醤の臭みはある程度抑えれてますし、赤菜の辛みがちょうどいい。

 なるほど、こんな味になるのか。

 試しに赤菜をつまんで食べてみると、なるほど、色が抜けた赤菜の辛みは薄く、白菜のような甘みがあります。

 たぶん、色自体に辛みがあって、煮たりして色落ちさせると白菜と変わらなくなるのでは?

 完全に味が抜ける感じではないですし。

 これはキムチもつ鍋に近いですね。


「ガーンさん、試しにどうぞ。もつと一緒に」

「え? いや、野菜だけで」

「まぁまぁどうぞどうぞ!」


 ぐいっと、ガーンさんの口の中にむりやり内臓肉ごと入れました。


「はふ、はふ!

 あ、あふ。

 ……旨い。なんて言うんだ? 内臓の臭さとかあるかと思ったら、ないな。

 辛みもちょうどいいし、野菜の旨みと鳥の旨みが溶け出したスープがたまらん。

 もつもいい。独特の食感で、肉とは違うようなうまさがある。

 くにゅくにゅしてたり、こりこりしてたり。

 これは旨いな」

「でしょ? 内臓も馬鹿にならないでしょ」

「ああ。なんで今まで食ってなかったのか不思議なくらいだ」

「腐りやすいし、普通は食べようとは思わないですよねえ」


 もつ、ってのはとにかく腐りやすいんです。

 一週間二週間で腐ります。

 みなさんも、腐らせないように早めに食べるか、よく火を通すかをおすすめします。


「もうちょっと食っていいか?」

「だめです。全部終わらせますよ」


 味見で食い尽くすなんてさせませんよ。

 ガーンさんがつまみ食いしないように見張りながら、作業を続けます。

 赤菜や鶏ガラスープの配合のコツなどわかったので、作業もどんどん捗ります。

 しかし、鶏ガラスープが思いの外上手くいったので、今度からは料理の幅も広がりそうですね。


『料理の幅より、ハンバーグをはよ!』


 はっ! 何か幻聴が!?


「ガーンさん、何か言いました?」

「いや、お前が言ったんじゃねえか? はんばーぐとやらがなんとかって」


 気のせいじゃなかった?!


 ちょっとビクビクしながら、どんどん作業を進めていった結果。


「できたー!!」


 百個分の大鍋にもつ鍋ができました。

 いやー、やろうと思えばできるものですね!


「腕が……足が……背中がいてぇ……!!」


 隣のガーンさんは除いて考えてみたら、ですけど。


「これくらいでくじけてたら、料理人なんてやってられませんよ。

 本来なら食材の下拵えからやってもらわないと」

「料理って、大変なんだな」

「でも面白いんですよ」


 ニヤリ、とニヒルに微笑んでやりました。


「キモい」


 一撃必殺でした




 ちょっと気分が落ち込みつつも、仕上げをしていました。

 鍋に蓋して回ったり、どこの地域に置くかとかの相談ですね。

 そのときです。

 遠くから騒ぐ声が聞こえてきました。


「? なんでしょうか?」

「これは……まさか!」


 血相を変えたガーンさんは、廊下に走って出て行きました。

 そして、少しして戻ってきたら、顔を青くして僕に言ったわけです。


「大変だ! ガングレイブたちが襲撃してきた!」


 えぇっ?


「どういうことですか? ガングレイブさんたちが来てるんですか?」

「ああ、実はギングス様がガングレイブたち隊長格を呼んでいると、聞いていたんだ」

「本当ですか?!」

「ああ、理由は聞いていない。突然、理由も告げずに手紙を送りつけていた。俺も事後に聞いていたんだが、まさか逆に襲撃するとは!」


 いや、なんか逆に予想通りです。

 ガングレイブさんならやりそうですよ……。


「それで、城の人たちが防衛に?」

「ああ。だが一人も死んでいない。なぜだ? なぜ殺さずに進撃する?」


 ガーンさんは考え込んでいますが、僕にはなんとなくわかりました。


 多分、僕に気を遣ってるんじゃないですかね。


 実際、僕は傭兵団にいながら死体を見た事って、ないです。

 ガングレイブさんが極力、僕に死体とか見せないようにしてくれてたのはわかってました。

 そりゃ、僕だって親戚の葬式に参加したときに、ご遺体を見たことはありますがね。

 でも死んだばかりの殺人死体って見たことないです。当たり前ですがね。

 

 死体を見せて、僕が怖がらないようにしてくれたのかなって。


「ガーンさん。ガングレイブさんはどこに向かうか予想できますか?」

「ギングス様のところだろう。今頃エクレス様もいるはずだ。

 どうする気だ?」

「この騒ぎを止めましょう。

 僕が無事だとわかれば、争う理由はないですし」


 傷一つ無いですからね、僕は。


「お前が行ってどうにかなるのか?」

「どうにかしなきゃいけないですよ。

 ギングス様とやらが、ガングレイブさんを怒らせてしまう前になんとかしないと」


 僕は最後の鍋に蓋をすると、ガーンさんと向かい合いました。


「行きましょう。案内してください」

「わかった……。

 決意が固いらしいからな。止めても無駄だろう。

 ただし、俺の傍を離れるな。何があるかわからんからな」

「わかりました」


 僕たちは廊下に飛び出し、ギングス様の執務室に向かって走り出しました。

 道中にあるのは、ケガ人ケガ人ケガ人……。

 一人も死んでませんが、軽いケガだけで終わっている人がいる中で、結構重いケガに成ってる人もいて。

 みんながどれだけ怒っているのかがわかる光景でした。

 殺さないし、重いケガはさせないけども、報いは受けさせるというのが見え見えで。

 ちょっと怖いですね。


「シュリ、これはお前のせいじゃない」


 そのとき、前を走るガーンさんが言いました。

 振り向かず、息も切らさずに。


「これは全部、俺たちの自業自得なのさ。

 欲掻いた罰だ。お前が気にすることじゃない」

「そうですか…」


 そうは言われても……。


「ああ、くそ! シュリ、別ルート行くぞ!」

「え?」


 ちょっと考え事をしていると、ガーンさんが止まっていました。

 前を見ると、凄いことに。

 廊下だったのが、ねじくれて道を塞いでいます。

 文字通り、『ねじくれて』、です。まるで空間丸ごとねじを巻いたような、圧倒的な破壊の跡です。

 これはむしろ芸術に値するのでは?


「ガングレイブたちだ!

 多分、追っ手を来させないように、道を塞ぎやがった!」

「ここまでするんですか、普通?」

「しねえよ! こんな、現在の魔法や魔工じゃ超難関な技、こんなところでお披露目なんかしねえ!

 それだけ、あいつらがブチ切れてんだ!」


 うわーっ……。


「僕ってモテる?」


 ガーンさんに頭を叩かれました。


「アホなこと言ってないで、別ルート行くぞ!」

「別ルート?」

「遠回りになるがな!

 いったん戻って領主様の執務室まで行って、その先の非常階段を上るんだよ!

 くそ、本当に遠回りだ!」

「ちょっと待ってください」


 聞き捨てならないワードがありました。


「そういえば、重臣さんや領主様はどうしてるんですか?」

「あ? そりゃ、どっかの部屋で隠れてんだろ?

 避難とか言ってな」


 避難……。


「ガングレイブさんたちを、ギングス様が呼んだとか言ってましたよね?」

「ああ、そうだが……」

「なんで呼んだんですか?」

「そりゃ、お前の事件について聴取を」


 ここで、ガーンさんが止まりました。


「そうだ、タイミングが不自然というか、ここしかないと言うところで呼んでいる。

 もうじき、ニュービストから王女テビスが来る。テビスが来れば、貿易見直しによる制裁があるかもしれない。お前を不当に捕らえたと言うことでな。

 その前に、隊長格を捕らえてお前をニュービストに渡すつもりだったのか?」

「それって意味あるんですか?」

「ほぼない。向こうはあくまで『お前の身柄』を要求している。先回りで『貿易見直し』の予防を張っても、向こうがそのカードを切らなければ意味が無い。

 むしろ、いきなりそのカードをこちらが切れば、『そっちはニュービストが懇意にしている料理人を害されたという程度で、政治手段に出るのか』と逆ギレさせる。向こうに『侮辱』として制裁を与える口実を与えてしまうんだ。

 そんなこと、領主様が許すはずが」


 またも、ガーンさんは何かに気づいた顔をして、怒りに表情を変えました。


「そうか、監禁してるのか!

 領主の息子が、父親とは言え領主を監禁したら死罪は免れない!

 最悪の手段を取ったんだ!」

「最悪、ですか」

「そうだ、死罪は免れないし、こんなことをしたら民にクーデターだと勘違いされて領内は混乱するぞ!

 どうする……! 先に領主様たちを解放した方がいいか? それとも、ガングレイブを止める方がいいか?」

「わかりました」


 やっと話の流れがわかったので、僕はこう提案しました。


「さっき道順を教えてもらったんで、後は勘で行きます。

 ガーンさんは、領主様たちを解放してください。

 今ならまだ、間に合いますよね?」

「馬鹿か! お前を一人で行かすわけには」

「でも、ガングレイブさんを止められるのは僕だけです。

 領主様たちを解放できるのはガーンさんだけです。

 料理と同じです。分業です」

「お前……」

「止めましょ、ガーンさん」


 僕は来た道を引き返しながら言います。


「この馬鹿な喧嘩を、ね」


 再びニヒルに言います。


「……馬鹿が。

 わかった。領主様の部屋の前までは、俺もついて行く。

 その先は一本道だ。迷うなよ」


 やった、ニヒル成功!

 っと、ふざけてる場合じゃないですね。

 僕だって空気を読みますよ。


 急いで来た道を引き返そうと走っていると、ふと廊下の隅に誰かがいました。

 膝を抱えて小さくなっている人です。

 大男なのに、ちっちゃく見えます。


「ガーンさん。あれ、誰ですか?」

「は? て、アドラじゃねえか!」


 ガーンさんは急ブレーキで止まり、アドラという人に駆け寄りました。


「おい、大丈夫かアドラ!?」

「ん? ……ああ、ガーンか。久しぶりだな。大丈夫だ」

「大丈夫な訳あるか! 一体何があった、ガングレイブたちが攻めてきたのか!」

「ああ、そうだよ……」


 アドラさんは、図体に似合わず小さな声で言います。


「最初は、簡単だと思ってたんだよ……。

 城の前に来たときに捕らえようとしたら、仲間たちがバタバタ倒れてよ……。わけわかんねえ、なんの魔法使われたのかわかんなかった……。

 エントランスでは、圧倒的な弓の実力で、二十数名いた兵がたった一人に無力化されたんだ……。

 俺はそれを連絡係に聞いて、最後の砦としてここで迎え撃ったよ……。

 そしたらこのざまだ……」

「なんのことだ。お前にケガはないだろう」

「そうだよケガすらなかったよ相手にもならなかったよ敵にすらなれなかったよ!!!」


 いきなりアドラさんが叫びました。

 そして、両肩を抱いて震えています。

 目は焦点が合わず、ものすごく怯えていました。


「あれは化け物だ……! 俺の攻撃を、指二本で防いで、渾身の一撃は剣士の腕を切ることすらできなかった……。あの目が忘れられない……! 虫以下を見るようなあの目が……。あれは人間なんかじゃねえよ……」


 な、なんでしょう。

 この得体の知れない怪物を見たような顔は?


「ガーンさん。こちらの方は?」

「ああ。俺の数少ない知り合いの一人のアドラだ。

 この城一番の戦士として名が通っている。

 実際、この城でこいつに勝てるやつはいない」

「それほどの人が、なんでこんなことに?」

「そらお前……ガングレイブたちの仕業だろ」

「そうだ……」


 落ち着いたらしいアドラさんが言いました。


「俺が戦ったのは、クウガという男だ……」

「あちゃー……」


 そりゃ運が悪すぎます。

 あの人、剣で岩をぶった切った事ありますし。

 「すごいやろ!」とか言いながら鎧を拳で砕いたこともあります。

 あまりに人間離れしすぎてどん引きしましたよ、アレ。


「あの、アドラさん?」

「……誰だお前」

「えーっと……」


 ここでガングレイブ傭兵団のものですとか言ったら、ややこしいことになりそうですね。


「ガーンさんの知り合いです。

 クウガさんとは、知り合いというかなんというか……」

「もう、一人にしてくれ……」


 あ、こりゃあかん。

 心折れかけてる。


「アドラさんは、戦うことしかないんですか?」

「あっ?」

「だから、アドラさんには、戦うこと以外にできることはないんですか、と聞いているんです」

「ねえよ……」

「だったら、僕と来ませんか?」

「え?!」


 隣のガーンさんがめちゃくちゃ驚いてますが、続けます。


「ちょうど、力仕事ができる人を探していたんです。

 この騒ぎが終わったら、護衛兵を辞めて、僕と料理番しませんか?」

「なんで俺が料理番なんて貧弱な仕事しなきゃいけねんだよ」

「では、まだ戦士を続けますか?

 戦い続けられますか?」


 無理でしょうね……。

 アドラさんも、弱々しく首を横に振りました。


「戦場は、剣や弓や魔法の世界だけじゃないんですよ。

 料理番も戦争です」

「せん、そう?」

「そうです。作る人と、食べる人。この二つの仁義なき戦いです。

 旨いと言わせれば作る人の勝ち、まずいと言えれば食べる人の勝ち。

 意地も張れず粗も探せないほどの料理を作って、食べる人を納得させる。これが料理人の戦いです。

 僕はこの戦いに生きがいを見つけてますよ」


 とはいえ、根っこにあるのは食べる人が喜んでくれることの楽しさですけど。


「どうです? 今の戦場が自分に合わないなら、別の戦場を探してみては」

「別の……戦場」

「この世全ては何かとの戦いです。その戦いを外に求めるか、自分の中に求めるかは人それぞれです。

 僕は内側に戦いを求めました。

 料理の緊張、焦り、集中……それらはあなた方の想像を絶するほどキツい。

 誰かに食べてもらう料理なのですから。マズいなんて絶対に言わせたくないですからね。

 そうして得た技術や度胸は、今でも僕の宝物で。

 今では仲間のための『武器』になりました」


 実際、会社の飲み会で初めて料理を作ることになったとき、僕は失敗したくなくて気を張りっぱなしでした。

 蓄積された料理の知識と技術を総動員させ、必死に作りました。

 結果、みんな喜んでくれました。

 でも僕は納得できてませんでした。

 あの汁はもっと濃いめでも、あの肉はもっとさっぱりと。

 気づけば気づくだけ粗が見つかり続けました。

 それが、僕の内側の戦い。

 結果としては、今まで上手くやれてたし上達もしました。


「アドラさん。あなたが外の戦場を別に求めるなら。

 気が向いたらでいいんで、僕と戦いましょう。

 返事は今すぐじゃなくても構いません。

 僕たちも急いでいますので。

 行きましょう、ガーンさん」

「お、おお」


 僕たちは再び走りました。

 しかし、さっきの会話を振り返ってみて思います。

 恥ずかしい!!!

 何がかっこつけて外だの内だの!

 漫画で見た言葉そのまま言っちゃったけど、こうして思い出してみると、ただの黒歴史だよ!!


 エントランスまで戻ると、そこはもう阿鼻叫喚です。

 矢でケガを負った人たちが治療を受けていて、治療の痛みでうめく人が多い。


「シュリ、考えるな」

「は、はい」


 そうだ、考えちゃいけない。

 あまり感情移入しすぎると、吐きそうです。


「それと……シュリ。俺はここまでだ」

「え?」


 気づいたら、ガーンさんは立ち止まっていました。


「ここからまっすぐ行って階段を上がり、左に曲がった突き当たりの部屋がギングス様の執務室だ。

 頼む。お前しか、もう頼れるやつがいない。

 アドラでも止められなかったって事は、この城の中でガングレイブたちに敵うやつは一人もいないってことだ。

 お前しか、いない」

「……」


 頭を下げるガーンさんを見て、僕は頷きました。


「わかりました。止めます」

「……すまない」

「あ、それと。領主様を助けたら、連れてきてください」

「何?」

「話さなきゃいけないんでしょ。親子で」


 監禁されて喧嘩したままだと、悲しいでしょうに。


「だからお願いします」

「……保証はしないぞ」

「努力だけでもしてくれれば」

「わかった」

「では、行きます」


 僕は走りました。

 廊下を走り、階段を上り、ひたすら言われたルートを辿って懸命に。

 幸運にも誰ともすれ違わず、危ない目にも遭わずに。 

 その道中で思うのは、会って何を話せばいいのかと言うことです。


 僕のような貴族の争いとかとは無縁の人間が、何か言っていいものなのか。


 僕は喧嘩をしたことなど、子供の頃に片手で数えられる程度しかありません

 友達とは仲良かったし、両親との関係も悪いものではありませんでした。

 それは言い換えれば争いを避けてきたってことで。

 本気で誰かを敵として戦った事などないのかもしれません。

 でも、それでも僕は。

 この争いに決着をつけられるというのなら。

 やらなければならないと思うのです。

 その言葉なんて、なかなか思いつくものでもなく。

 漫画やアニメで見た格言なんて。

 現実の前では薄っぺらいんだと気づかされました。

 あれは、あの物語の中にいる登場人物が、その場面で言うのだから意味があるのであって。

 僕が言っても意味が無い。

 それでも言いたいことはあります。

 それを言います。


「ついた……!」


 ようやくその部屋の前までたどり着いて、ドアノブに手を掛けた時でした。

 中から声が聞こえてくるんです。


「俺が言いたいのは、シュリを返せと言うことだ。

 ここまでごちゃごちゃと話をしたが、俺たちが求めるのはそれだけだ。

 お前らの謝罪など、そこまで求めとらん。

 だが、謝罪なら謝罪で形あるもので払え。

 それこそ、領地なり金なりなんなりな」


 これは! ガングレイブさんの悪いときの声だ!


「こっちは犯罪者になった挙げ句、監禁されて、仲間を捕らえられてるんだ。

 謝罪というならそれ相応の―」


 あかん、話が脅迫に変わってる!


「必要ありまっせーーーん!!」


 急いでたので、ドアが予想以上に早く開いてしまって転びました。

 でも、前転のように転がってみんなの前に姿を見せました。


「争いは終わりです!」


 なんか三流ヒーローもののような登場の仕方になってしまいました。黒歴史二号です。 ですが、みんなへのインパクトが凄かったらしく、みんなこっちを見て固まっていま。 あれ? これって成功?


「お久しぶりです、ガングレイブさん」

「お、おお……」


 なんかガングレイブさんが震えている?


「シュリ!! 無事だったのか!」

「シュリ!」

「大丈夫だったっスか! シュリ!」

「ハンバー……シュリ、無事でよかった」

「まったく、心配掛けさせよってこの馬鹿!」


 おろろ!?

 ガングレイブさんには肩を叩いてきて。

 アーリウスさんには涙ぐましくよかったと言われ。

 テグさんには背中を叩かれ。

 リルさんはなぜか涎を垂らし。

 クウガさんには頭をグリグリやられました。

 ああ、みんなに愛されてるなぁ、とか、心配掛けたなぁとかいろいろ思うわけです。

 

「あたた、だいじょぶ、大丈夫です。

 痛いです。リルさん、涎垂れてます」

「おっと失礼。じゅるり」


 リルさんが涎を拭っている間に、クウガさんの拘束を抜けます。

 エクレスさんと、その隣の人を見ました。


「えっと、ギングス様、ですか?」

「そうだ」


 思ったより、ギングス様とやらは疲れた顔をしています。

 エクレス様より暗めの銀髪を短く切りそろえ、狐のような切れ目のイケメンです。

 そして細マッチョである。クソが。


「どうもこんにちは。シュリ・アズマと言います。

 お話、いいですか」

「何? 話すことなどないだろう。俺様が死ねば終わる話だ」

「外でチラッと聞きました。謝罪なら形とか。

 くだらんです」

「なんだと!!」


 僕の一言に、ギングス様が激高しました。


「だから、謝罪の形で死のうとかくだらんのです。

 領地をもらうとか謝罪金とか。

 とりあえず僕は無事だったんで、もう終わりにしませんか?」

「ふざけるな! 事は政治的な問題だ!

 いきなり出てきて、お前に何がわかって、どの面で終わらせるなんて言える!」

「いや、被害者の僕が終わりにしようって言うんですから。もういいんじゃないです?」

「お前が終わりにしようと言っても、もう終わらない問題だってある!

 俺様が死ぬか、お前らが大人しく従うかだ!」

「じゃあ、それでいいんですか?

 話は聞きました。エクレス様が女性だったとか、ギングス様が仕組んだとか、ガングレイブさんがキレたとか。

 それを踏まえて死のうなんて、現実逃避の最悪の手段じゃないですか」

「領主の一族の首一つで終わる問題ってのはな、現実逃避とかそういう言葉じゃくくれねえんだぞ!

 責任問題は、本人が責任を、罰を受けなければ終わらないんだ!」

「それで死ぬこと選んだ時点で、あなたは責任から逃げてますよ」


 よく昔話とかで、切腹とかありますけど。

 あれ、思うんです。責任もへったくれもないなって。

 罪に対しての罰としての死刑。アレに関しては被害者や遺族の傷が僅かでも癒やされるならアリなのかもしれません。でも、それで癒えない人もいます。

 失った物は帰ってきませんから。あるいは、一つの気持ちの区切りのためにあるのかもしれません。

 ですが、今回は違います。

 僕は生きてます。死んでません。

 そして、本人である僕は死という罰を求めていません。

 それはそうです。牢屋にぶち込まれても、ガーンさんのおかげでそこまで苦ではありませんでしたから。

 だから僕は、ギングス様に死んでもらいたくありません。

 多額の賠償金とか領地とか望んでいません。

 無事にみんなと会えた。それだけでいいのですから。

 甘いと言われても仕方ないでしょう。この戦国時代、群雄割拠の世の中で、そんな考え方は命取りだと思われるでしょう。

 でも、これが僕なのです。


 東朱里とは、そういう人間なのです。


「責任を取りたければ生きてください。

 ずっと謝っててください。

 許されないとしても、罵倒されたとしても。

 相手のためにできることをして。

 謝り続けて。

 そして何十年後に相手からの『許す』という言葉を。

 求めずにずっと待ってること。

 それが、責任の取り方じゃないですか」

「そんな、馬鹿なやり方があるかっ」

「ええ、馬鹿でしょうね。

 でも、あなたは領主の一族として継承権を剥奪されるでしょう。

 その責任の取り方で納得するのは城の中の人たちだけです。

 僕らは何一つ、それで納得することができないんです。

 だから、『ごめんなさい』という言葉でしか伝えられない。

 そしてお金以外の方法で行動してください」


 日本の政治家や会社の重役さんが規則を破ったときも。

 記者会見で頭を下げる映像はよく流れると思います。

 僕としては、謝罪と罰金だけで終わるのは少し納得できませんでした。

 本当にすまないと思うのなら。

 何か行動があってもいいんじゃないかなって。

 いつも思うわけです。


「それが、僕が求める『謝罪』です」

「……そんな方法で、お前らが納得するわけ」

「いや、私もそうした方がいいと思う」


 ふと、別の声が響きました。

 ドアの方を見れば、領主様とガーンさんが立っていました。


「ガーンさん」

「ああ、助ける事ができた。

 言われたとおり、連れてきたぞ」


 ガーンさんがサムズアップするので、僕もそれを返しました。

 領主様は部屋の中へ踏みいると、僕の横を抜けてギングス様の前に立ちます。


「この馬鹿が!」


 そして、ゴチンと盛大な音が鳴り。

 領主様がギングス様の頭に拳骨を落としていました。


「お前は、どれだけ回りに迷惑を掛ければ気が済むんだ!

 私だけでなく、傭兵団や他国まで巻き込みおって!

 お前の浅慮でこの領地は危機的状況なのだぞ! わかっているのか!」

「……すみません」


 ギングス様は、叩かれた頭をさすることもせず、下を向いて謝罪しました。


「どう落とし前をつけるつもりだ! 言ってみろ!」

「はい……私への罰を」

「お前の罰だけでどうにかなる問題ではない!

 継承権の剥奪は当たり前だ! 継承権はエクレスのみとする!

 お前への罰は、閑職送りと軍部への統括権の剥奪!

 ニュービストへの謝罪は、ガーンの死罪をもって終わらせる!

 エクレス、お前もだ! 兄でありながら、弟の暴走を止めなかった事への罰は覚悟しておけ!」

「はーい、ちょっとストーップ」


 なんか話がとんでもない方向に行きそうだったので、止めます。


「領主様。ちょっと待ってください」

「ああ、シュリどのか。

 すまない。身内の恥は身内で……」

「身内というか、原因はあなたにもあります」


 ここは意を決して言わなければなりますまい。


「エクレス様の後に、ギングス様が生まれたときに、どうしてエクレス様の待遇を元に戻さなかったのですか?」

「それは身内の問題だよシュリ殿」

「いえ、巻き込まれているのですでにどうしようもないです。

 領主様。僕は思うんです。

 全ての因果は、領主様の軽薄にあったのではないかと」

「なんだと……?」

「言葉のままです。

 エクレス様を無理矢理継承者に仕立て上げ、ギングス様が生まれたのにそのままにし、兄弟の不和を生み、あまつさえ長男の存在を秘匿とし裏の仕事を任せる。

 全て領主様の浅慮軽薄によって生まれた因果です。

 そのうえ、本当は気づいていたんじゃないですか?

 ギングス様の贈り物に、自分が苦手とする物が含まれていたことに」


 領主様以外の全員が驚き。

 領主様は少し顔をしかめました。

 カマをかけてみたのですが、当たってたようですね。

 そもそもがおかしいんです。

 アレルギー反応は本人にとって、他人にはわからないほどの苦しみと痛みを伴います。

 その本人が、アレルギー反応を起こす物質を摂取し続けるのは、自殺行為と同じです。 手に持っただけで炎症反応が起きた様子を見れば、本人がわからないはずがないのですよ。

 そこで僕は思いました。

 一つは知らずに使い、なぜ出るのかわからなくて使い続けていること。

 ですが、これはあまりに不自然です。あの反応を見る限り、本当は手に持つことすら辛いはずなのです。とても宴で涼しい顔を続けるには無理があります。

 もう一つは、特殊な加工でそれと気づかせない。これはあまりにも現実離れしてるので除外しました。

 最後に思いついたのは、一番あり得ない可能性。


 知ってて、使っていた。


 アレルギー反応で辛いのを我慢して使い続け、あえて使っていた可能性。

 これに至ったとき、思わず笑い飛ばして否定しようとしました。

 でも、これ以外に可能性が思い浮かばなかったので、あえてカマかけで問うてみましたが……。

 どうやら、これが当たりのようですね。


「どうしてですか? とてつもなく辛いはずですよ。

 手に持てば、その箇所は例外なくかぶれて痒みがあったでしょう。

 それで飲めば、口や喉、胃の中に痛みや痒みが伴ったはずです。

 なぜ使っていたのですか?」

「それは……」

「ガーンさん、どうしてだと思います?」

「は? 俺?」


 突然話をふられたガーンさんは戸惑いましたが、少し考えて言いました。


「そうだな……自分が倒れることで益とするものがいるからか。

 もしくは、自分が倒れることで不利益を与えたい相手がいるからか。

 あとは自殺願望か」

「領主様、どうなんです?」


 今言った可能性は、僕も考えていました。

 益となるなら誰のためなのか?

 不利益を与えたいのは誰なのか?

 情報が限られた牢屋の中ではまったく答えが出ませんでした。

 さて、答えはなんでしょうか?


「……シュリ殿は見た目によらず、なかなか知恵が回るのだな。

 まさか、そこまで言われると思わなかったよ」


 そして、領主様は観念したように言いました。

 諦め。

 それが体全体から感じられました。


「私が益を与えたかったのは子供たち。ガーン、エクレス、ギングスだ。

 不利益を与えたいのは、今も昔もただ一人。

 私の正妻だ」


 時が止まりました。

 今、なんて言いました?

 正妻に不利益を与えたい?


「ギングス。この計画はお前一人で考えたのではないのだろう?」

「え?」

「違うだろう。お前は、私が倒れた後に武功をたて、継承権を得たかったはずだ。

 だが、正妻はそれ以上のことを考えていたのだよ」

「そ、そんな馬鹿な。母上には一つも」

「知っていたのだよ」


 領主様は、言いました。


「お前の能力では、筒抜けだ。お前の計画を逆手に取って、正妻は裏から手を回していたのだ。

 お前が部下に命じて、鉄のワイングラスを作ろうとしたとき、本来なら鉄を少しだけ含ませるつもりだったのではないか?

 あのワイングラスには、過剰なほど鉄が使われていた。

 私はそれを逆手に取ることにしたのだよ」

「ちょ、ちょっと待って父上。僕もそれは知らなかった。

 確かに奥方様は少々嫉妬深いところはあるけど……」


 ふ、と領主様は笑いました。

 それは、嘲笑の笑み。


「嫉妬深い? 違うな。あいつは嫉妬深いだけじゃなくて、野心が強すぎるんだ。

 ギングスに内政能力がないことを知ったとき、正妻は飛び上がらんばかりに喜んでいたよ。裏でな。

 これでギングスを領主に据えれば、自分はその後見人として権力を握ることができるからな。そして、ギングスの軍務能力があれば、領地を広げられる可能性がある。そうすれば、あいつに入る金の量も増える。

 そういうやつなんだ。あいつは」


 嘲笑の笑みから、どんどん真顔へと変わっていく領主様の様子を見て、僕はようやく気づきました。

 この人は、今まで我慢してきたんだ。

 アレルギー以前、家族の亀裂から生じる歪みにずっと、我慢して耐えてきてたんですね。


「俺は、本当はガーンの母親と側室のことを、心から愛していた。誤解のないように言っておくが、ギングス。お前のことも愛している。

 だが、正妻は側室を押し込め、ガーンの母親を追放した。気づいたときには遅かった。

 心から憎んでいる。なぜ、あそこまでやる必要があったのかとな!

 だから、今回のことをきっかけに、断罪できれば復讐が成せたはずなのだがな」

「それで、正妻さんは今どこに?」

「ああ、あいつならこの騒ぎに乗じて、情勢が悪くなったと思ったんだろうな。とっとと逃げ出したよ。ニュービストからの使者が来ることも相まって、この領地に未来がないと見限ったんだろう」

「そ、それじゃ俺様は」

「捨てられたのさ。あの女に。

 本来なら、この騒ぎをさらに逆手に取り、あの女の悪事全てを追求して断罪しようと思っていたが……。

 シュリ殿。君の動きで全てが狂った。正妻は逃げ、息子は反逆罪。責任は隠し子の処刑。

 この状況は、非常にまずい」


 どうやら僕は、非常にあかんことをしたらしいですね……。


「それはお前の言い分だろう、領主殿」


 ちょっと落ち込みかけたところで、ガングレイブさんが言いました。


「シュリは、あの宴の時、お前の身を案じて行動した。

 外から来た人間に、いきなりそこまでの策謀を見破れというのは無理な話だ。

 だいたい、シュリはお前の体を気遣ったんだ。お礼を言うならまだしも、責めるとはどういう了見だ」


 おおう、ガングレイブさんが怒ってる!

 敬語もなしで言っちゃってますよ。


「ではどうするのだ? この状況を。

 第一王子派と第二王子派の争いは、第二王子派反乱失敗で状勢が変わる。確実に第二王子派は、第一王子派の文官によって駆逐される可能性が高い」

「ぼ、僕が彼らを抑えれば」

「無理だエクレス。第一王子派の文官たちは、お前の内政能力こそが領地に必要だと信じて付いてきているものたちだ。

 この絶好の機会に、攻撃しない理由はない」

「穏やかな話やあらへんな」


 ここで、クウガさんが口を挟んできました。

 壁に背を預けて、腕を組んでいます。

 おおう、ニヒルでかっこいい!


「ま、ワイらにはもう関係の無い話や。ガングレイブ、そうやろ」

「ああ、そうだな。よく考えればそうだ。シュリ救出も終わったことだ。

 帰るぞ、お前ら」

「わかりました、ガングレイブ」

「ん、了解」

「ちょちょちょ! ちょっと待ってください!」


 ええ、みんな何を言い出しているんですか!?

 みんな当たり前のような顔をしてますよ!?


「ええ!? 帰るんですかぁ?!」

「もちろんやろ。ワイらの目的はシュリ、お前を助けることやぞ。

 今の会話で、もうこの領地内でワイらを追う戦力がないことはわかったんや。あとは第一王子派と第二王子派のつぶし合いと、ニュービスト介入で跡形もなくなるやろ」

「その通りだ。クウガの言うことがもっともなんだよ。

 シュリ、俺たちは傭兵団だ。傭兵団は、仲間を何より大切にする。だが、敵には容赦しない。一切の慈悲も与えないように生きる必要がある。

 今回はな、シュリ。お前を助けることができた時点で俺たちの目的は達成されたんだ」

「いやいや、だとしてもここではしご外すのはちょっと……」


 現実的に言えば、言われたとおりにして、さっさとこの領地を離れるのが一番でしょう。

 これ以上いても傭兵団にプラスはないと思われてますし。

 でもここで見捨てるのは嫌ですね。


「……」


 エクレス様も、こっちを見てますし。

 助けて欲しいって、顔に書いてます。

 ずっと耐えて頑張ってきた人を。

 ここで知らぬふりして逃げるのは。


 あまりにもあんまりでしょう。


「じゃあ、この問題を解決できればいいんですね? ガングレイブさん」

「は? いや、もうこっちの問題は終わってるんだぞ、シュリ」

「いえ、終わってないです。領地、もらってません」

「今更いるかよ」

「じゃあ、もらえるとしたら?」

「いや、もうアルトゥーリアのようなことにはなりたくない。

 土地と仲間なら、仲間を取る」

「男気ですねぇ……。ですが、今回は僕も考えがあります」


 不思議そうな顔をするガングレイブさんをよそに、僕はもう一度領主様と向き合いました。


「領主様。第一王子派と第二王子派の、これ以上の争いがなくなればどうにかなりますか?」

「なんだ? いきなり」

「教えてください」


 僕の真剣な物言いに、領主様は答えてくれました。


「派閥争いがなくなれば、確かに四割の心配事はなくなる。

 だが、残りの六割。軍部の暴走とギングスの処罰がまだ残っているが、どうしたのかね?」

「僕に考えがあります」


 考えと言っても、これは一種の『責任転嫁』ですけど。





 僕の考えを伝えると、領主様は少し考えました。


「そうか……確かに、その方法なら残り五割も解決する」

「一割は、感情ですか?」

「その通り。しかし、感情論なら時間で解決できる可能性もある。これからのギングスとエクレスの活躍を見て考えを変えるものもいるかもしれない」

「ガングレイブさんは? 協力してくれますか?」

「……仕方ねえな」


 ガングレイブさんは頭をガシガシと掻いて笑いました。


「お前も結構、大胆なことをしやがるな! この馬鹿!」

「いて! 痛いですって!」


 そしたら僕の頭もガシガシと撫でてきました。地味に痛いです。


「テグ! 城下町の部下を集めろ!」

「了解っス」

「アーリウスは城内にいる兵士を集めろ! お前が相手なら、兵士たちも抵抗はしねえだろ! ギングスを連れて行けば、なおさらだ」

「わかりました」

「クウガは『掃除』だ! あいつの息がかかったものを、片っ端から捕まえろ!」

「わかった。あんま気が進まんがな。とっととここから出て行きゃいいのに」

「リルは会場の設置! 迅速にな!」

「ハンバー……」

「後にしろ!」


 てきぱきと指示を出していくガングレイブさんをよそにして、僕は領主様と打ち合わせです。


「演説の内容などは任せます。あと、始末の付け方とか筋の通し方もお任せで」

「いいだろう。君は突拍子もないことをするね」

「でも、これで仕返しはできるでしょ?」

「最高の仕返しだ。これで、あいつは戻って来れないからな」

「では頼みます」


 僕は領主様とのお話を終わらせて、エクレス様とギングス様の前に立ちました。


「これで九割のことが終わります。やっとこの事件を終わらせられますね」

「お前……俺様を恨んでないのか。お前を閉じ込めたのは俺様だぞ。なんでそこまでできる」


 うーん、言われればそうなんですけどねぇ。


「後で一発殴らせてください、てのも僕らしくないなって。仕返しはガングレイブさんたちが十分にしてくれましたから」

「シュリくん。僕も不思議に思うよ。君はどうしてそこまでできるのかなって」


 エクレス様……。


「僕は料理を作っただけですよ? あとはあなた方の仕事です。それに……」


 僕はガーンさんを見ました。

 今、ガーンさんは部下の諜報員に指示をしています。僕がお願いした、あることのためにです。


「ガーンさんには恩義がありますからね。牢屋生活がそこまで辛くなかったのは、ガーンさんのおかげです。その恩返しですよ」

「いや、それでも……」

「それにエクレス様」


 約束、してましたし。


「今回の問題片付けないと、この領地から出ていこうにも出て行けないでしょ?」

「は?」

「だから、僕と来るんじゃないんですか?」


 ぽかーんとしてます、エクレス様。


「だって、牢屋で跡継ぎ辞めて来たいって。

 あれは嘘だったんで?」

「……ぷっ、はははは」


 え? なんで笑うんです?


「そうだね。そんな約束してたね。もう無理だと思うけど」

「無理なんですか? ああ、ガングレイブさんに聞かれたとかなんとかですか?」

「そうそう。うかつだったな。あれが無ければ、いけるはずだったんだけど」

「別に、聞かれて問題が?」

「シュリ、問題大ありだ」


 ガングレイブさんが、僕の頭を鷲掴みにしてきました。

 あれ? 笑顔の気配がするけど、獅子の如き覇気を感じますよ……?


「こいつは、何食わぬ顔して俺たちの仲間に加わろうとしたんだ。それも、シュリを捕らえた側の人間が、自分の立場が嫌だからと言う理由だぞ。

 そんなやつを仲間に加えられるか」

「で、でも」


 あああああ、ギリギリしてきたぁぁぁぁ……!?


「でもも何もねぇ。俺は認めないぞ」

「ええ、そこをなんと」

「か、はないな」

「いだだだだだ、割れる割れる。いろんなものが吹き出してしまいます。隙間から、肌色の何かが漏れ出てしまいます」

「ふふ、楽しそうでいいね」

「そうでしょう是非一緒にいだだだだだだ」

「まだ言うか馬鹿者」


 いてててててて。






 その後、ガングレイブさんの部下のみなさんと協力して、厨房にあった鍋を運んでもらいました。


「配置はどうですか? アーリウスさん」

「滞りなく終わってますよシュリ。心配はいりません。後はガングレイブと領主様の仕事ですから」


 今、僕たちがいるのは城下町広場です。

 鍋を全部運んでもらって、広場からそれに連なる道に配置しています。

 で、僕はアーリウスさんと一緒に鍋からもつ鍋を皿によそって、町の皆さんに配っているところですね。


「おい、この真っ赤な料理は食えるのか?」


 町の人も疑問に思って聞いてきています。


「これ、赤菜を使った鍋ですよ」

「あれか。確かに、あれをスープに入れると色が移るんだよな。だけど、ここまで匂いがいいのも珍しいな」

「そうでしょうね。豚の内臓とか使ってますから」

「な、内臓!? 胃かこれ!?」


 めっちゃ驚かれてます。

 あかん、このままだと食ってもらえない。


「まぁまぁ、まずはこれをドーン」

「ぶふぉ!?」


 なので口に直接入れました。

 町人さんは驚きながらもはき出そうとしましたが……。

 噛んでみて、ちょっと動きが変わりました。


「……これ、うまいな。内臓とかとんでもないと思ってたけど……」

「ちょっと辛口で食感が面白いでしょ?」

「確かに……コリコリと噛み応えがあっても、肉の旨みがある」


 町人さんは皿を奪い取るように僕の手から受け取ると、どんどん口に入れていきます。


「なるほど……これは赤菜の辛みと内臓肉の旨みがちょうどいい料理なんだな。キャベツももやしも味を吸って旨みが楽しめる。ニラの風味もいいな。これがないとくどくなりそうだな。

 だがわからんな。この料理の根っこにあるスープ。これはなんだ? 何かの肉と野菜の……いや、野菜か? いや、わからん……」

「という感じで味を楽しめる鍋料理、もつ鍋を配りまーす」


 一人が旨そうに食べる姿を見て、他の人たちも警戒心を解いてくれたみたいで。

 次々と受け取って、美味しそうに食べてくれています。


「しかし、思い切ったことをしますね。シュリ」


 手を止めずに、アーリウスさんが呆れながらも笑っていました。


「第一王子派と第二王子派の財力の要である食材を消費して疲弊させて、これ以上争いなんて続けてる場合じゃない状況を作って。

 その上、私たちが制圧した中にいた兵士で、正妻の息がかかったものを捕らえて罰することにして。

 結局、争いの原因全てを正妻に押しつけてしまうんですからね」


 ははは、僕でもちょっとやっちゃったなと。


 話を聞いてみれば、結局正妻さんの野心とか嫉妬心が領主様を苦しめて。

 ガーンさん、エクレス様、ギングス様の運命を狂わしてしまいました。

 そして騒ぎに乗じて夫も子供も部下も全部見捨てて逃げる。

 クズにもほどがあるでしょ。

 なので、ちょうどいいんで責任全部押しつけてしまうことにしました。

 いない人ですし元々の元凶というか、まあいいかなって。

 領主様にこの意見を言ったところ。


「なるほど。これなら正妻が戻ってくることもできんな」


 と喜んで受け入れてくれました。

 どんだけ憎んでたんでしょうね? 相当ですよ、あれ。

 現在、リルさんが作った広場の壇上の上で、領主様とガングレイブさんが演説というか授与というか。

 今回の騒ぎの原因を正妻のせいにして。

 ギングス様とエクレス様はそれをどうにかしようとして、それでも息のかかった部下たちのために行動できず。

 ガングレイブさんたちが正面突破でみんなを解放した。

 そのめでたい、元凶がいなくなったことで新しく生まれ変わる領地を祝福して祝いの料理を振る舞うことにした。

 という、当事者からしたら「どんだけご都合主義の話? よくもまあ、そこまで話を作れたな」という作り話を広めています。

 そして、その事件解決の褒賞として、土地と勲章を賜ってますよ。

 

 そうは言っても、領主様はこれ以上、自分たちで領地の運営はできないと思っているらしいです。

 まあ、本人曰く。


「城の精鋭をたった五人で落とされたんだぞ? 面目もないし、私も引退の時期なのだろうな」


 とのことです。

 つまり、実際ギングス様に領地の継承をして、ガングレイブさんの下に付かせるそうです。

 エクレス様ですが……。


「シュリくん、こっち手伝おうか?」


 さっきから、持ち場を離れたりしてこっちに来てます。

 その度にガングレイブさんが凄まじい覇気をこちらに飛ばしています。怖いです。


「いえ、持ち場で料理を配ってください。終わってないでしょ。相当な量を使いましたから」

「僕は、料理を配るだけじゃなくて薬味を配ってたんだけどね。ちょっと手が空いたから来たんだよ。うまくできてるよね、この空ネギ」


 エクレス様は民衆を見ました。

 そう、僕はもつ鍋を作ったときに、ついでに薬味として空ネギを使いました。

 好みの量で振りかけれるように刻んで、配ってもらってます。

 そうすると、キムチもつ鍋がチゲ鍋に早変わり。とまではいきませんが、好みで酸っぱさも追加できます。

 ほら、そこの子供が空ネギかけ過ぎて涙目に。


「しかし、本当に料理で騒ぎを終息させたね」


 なんだ? いきなりシミジミと語り出したぞ?


「ありがとう、シュリくん。キミのおかげだよ」

「余計騒ぎを広めてしまったかもしれませんが」

「いや、それでも奥方様の勢力を完全に駆逐できた。僕も跡継ぎにならずに済んだ。ギングスに継承させて、文官たちも食材がないから勢力争いしてる場合じゃないと、武官たちと協力するように促すこともできた。

 本当にありがとう」


 あー。いや……。

 なんだろう、エクレス様のような美人にそこまで言われると照れるですなぁ……。


「これからも、よろしくね」

「ええ、もちろん」


 そりゃ、これからも仲間ですからね。


「よし、言質は取った」

「え? 何か言いました?」

「いや、何も。さ、めでたい宴だ。どんどん配ろう」

「ああ、はい」


 なんか歯切れが悪い感じが?

 まあいいですかね。


 結局、これでガングレイブさんは領地を、国を手に入れたわけです。

 ここまで長かったですけど。

 あとは……。

 正妻さんの行方を掴めれば完璧です。

 あの人がよからぬことを企んでなきゃいいんですけど。

 

ごめんなさい! 祖母が「車で連れてってー」と言ったので、「すぐ帰るだろ」と楽観的にしてたら予想以上に時間がかかり、投稿がおくれました。

本当にすみません。

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― 新着の感想 ―
まあ感想欄に溢れてるが粗の多い作品ではある。でも、とりあえず今のところ面白いのでいいんじゃない?
[一言] いやいや、十分楽しいし、ワシは満足。 水戸黄門スタイルが好きな人には、なろうでももこれで十分さね(* ̄∇ ̄*)。
[気になる点] 主人公が偽善者のクズ 読んでてイライラする 惨たらしく死んで欲しい
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