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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
34/140

十六、決着ともつ鍋・転編

更新五分の三

「それで、手は考えてあるのか!?」

「まだ、ですけど……とりあえず、目の前の問題をどうにかします!」


 どうもシュリです。

 僕にできることをするため、ガーンさんの協力のもと、牢屋から脱出しました。

 明るい蝋燭の光で目が痛いですが、そんなことも言ってられません。

 ただいま、城の廊下を走っています。

 目指すは食料庫。

 僕がまず解決しなきゃいけないと思ったのは、領民の不満の解消と両派閥の勢力弱体化です。

 なぜならば、ガーンさんに聞いた限りだと、この城には過剰とも言えるほどの食料が運び込まれているはずです。

 それは第一王子派と第二王子派の貯えのためと聞いています。金銀宝石でないところから、やっぱり今は戦国時代なんだなと思い知らされました。

 そんな状況なのに食料買い込んで独占だなんて、とんでもないことしてるな、て思ってます。


「ところで、食料庫は、まだ、ですか?」

「ああ、この階段を降りたところに倉庫があるが……。

 お前、体力持つか?」


 ええ、限界です。

 ようやく倉庫への階段にたどり着いても、すでに体力が限界です。

 泣き言は言ってられませんけど。

 階段を降りて、閂付きの扉を開いてみると、呆気に取られました。


 めちゃくちゃだ。


 保存のための冷気は全くなく、埃が立ち上る薄汚い地下室に、所狭しと食料が積まれています。

 その食料の数が半端ないですね。

 じゃがいも、だいこん、にんじん、玉ねぎ……。

 牛の肉の塊や、豚の丸ごとなどが置かれています。

 ただ、わからないのが何品かありました。


「この真っ赤な白菜……赤菜ていうんですかね、これ?」

「それか? それはこの辺で取れる特産品とかだな。

 白菜は煮ると甘みが出るが、それは煮ると辛みが出る」


 か、辛みの出る白菜?


「この真っ青なネギは?」


 緑ではありません。青です。

 野菜の青と書いて緑ではありません。

 青です。空の青さです。


「ああ、空ネギか。

 空ネギはさわやかな酸っぱさがある。

 基本的に薬味だな」


 や、薬味……。


「この、なんかよくわからないぶにょぶにょの物体は?」


 なんでしょう、瓶に入れられたピンク色のこのスライムは?


「それか? それは珍しくもないぞ。

 領主の一族とか王族とか貴族とか……まあやんごとなき身分の人が飲む酒だ」

「さ、酒?」

「ああ、知らないか? スライム酒ってんだけど。

 スライムの木の根っこを切り出して、その根っこを煮つめた汁をさらに寝かせた熟成酒だ。

 するっと、入る辛口で酒精が強いんだ」


 スライムの木から聞いたことないです……。

 なんてこった、こんなところで異世界独特の食材と出会うことになるとは……! 今までは、僕が知ってる範囲の食材しか仕入れてなかったし、扱ってなかったから知りませんでした。まあ、ガングレイブさんがあまり好きじゃなかったのかも?

 ん? 辛い?


「この赤い白菜、辛いんですか?」

「ああ、赤菜か? 辛いぞ。たださっぱりとした辛さだ。

 食ってて嫌になる類いのやつじゃない」


 辛い……白菜。

 ここのあるのは豚のまるごとに、牛のまるごと。

 野菜も多い……。


「ガーンさん。ここにある全部の食材。

 これ、誰のです?」

「ここにあるのは領内の備蓄の他にも、第一王子派と第二王子派の貯えもある。

 ほら、あそこの棚とあそこの棚、別々に分けられているだろ?

 あれがそうだ」


 ふむ、確かに不自然に仕切りがされた食材棚があります。

 この環境に、この食材の量。

 僕は少し悩みましたが、正直に言うしかないと腹をくくりました。


「正直に言います。これらの食材。

 あと三日と持ちません」

「なに? 一応、防腐処理というか、塩を塗り込んだりしてるぞ」

「湿度と温度と埃が問題です。

 今までの食材、どうやって処理してたんですか? 調達したその場で保ちそうにないのから片っ端から食べてたんですか?」


 この地下室に来たときから感じる、汁物と一緒に保管しているからこそ起こる湿気。

 地下熱が伝わり、ほんのり暖かい部屋。

 掃除されていない環境。

 いかにも微生物やら菌の温床です。いつ腐ってもおかしくありません。

 確かに塩を塗り込めばある程度持ちます。

 けど、限度があるでしょ。

 こんなジメッとした生ぬるい温度。菌を繁殖させるのに適してるとしか……。


「予定変更です。

 本当は、第一王子派と第二王子派の備蓄を少し拝借しようと思いましたが。

 二つの派閥の食材と、駄目になりそうな備蓄を全部使います」

「おいおい! こんな大量の食材をどうする気だ!

 それに、これだけの食材を使って何を作る気なんだ!」

「決まっています。

 ここには牛や豚の丸ごとがありますから」

「あ、ああ……まあ丸ごとあるからな。

 文字通り、内臓もそのままだが……どうする気だ? あれを解体して処理したら、肉は相当の量になるぞ」

「何をおっしゃいます。

 内臓も使います」

「なに?!」

「そう、内臓も、肉も、すじも。

 全部使います」


 辛い赤菜、酸っぱい空ネギ。

 これらを活用して作ろうじゃありませんか。

 大量のもつ鍋を!






「お前ら、覚悟はいいか?」


 俺たちガングレイブ傭兵団の隊長格五人は、城の門前に立っていた。

 各々がすでに臨戦態勢に入っている。

 クウガも、テグも、アーリウスも、リルも。

 全員が、すでに戦場の目をしていた。


 俺たちは互いに見合わせ、頷く。


「行くぞ」


 俺たちは門前に立った。


「すまん、第二王子様に呼ばれて登城してきた。

 これが証明の手紙だ」


 俺は門番に手紙を渡す。

 門番はそれを見ると、一瞬顔を強ばらせ、すぐに門を開くように指示を出す。

 わかりやすいな。

 俺はおくびにも出さず、思った。


「こちらへ」


 門番は、門の横の勝手口を示す。

 俺たちはそれを通り、そして見た。


 城の中庭を、数十人の兵士たちが抜剣して待ち構えている場面を。


「予想通り。嵌められたの」


 クウガが歯をむき出すように笑う。

 そのとき、一人の男がこちらに近づいてきた。


「失礼、ガングレイブ殿」


 少し立派な鎧を身につけた男が話しかけてきた。


「ギングス様のご命令により、貴殿らを拘束します」

「理由を尋ねても?」

「特に語ることは。強いて言えば、料理番のことです」


 クウガの言葉のまま予想通り、か。

 俺は一歩前に出た。

 何にせよ。情報は大事だ


「何のことだ。俺はただ、話があるからと呼ばれたんだ。

 こんな不当な扱いを受ける謂われはない」


 知らないふりで問いかけてみる。

 後ろでテグが何か言いたそうだが、アーリウスに止められている。こいつ、情報を集めるってことに気づいてねえな。


「第二王子ギングス様に会わせてくれ。あのお方はどこにおられるんだ」

「話をするつもりはない。牢屋で待っているんだな」

「牢屋には、俺の所の料理番がいるのか」

「同じ所ではない」


 ふむ、どうやら一般牢屋ではないか。


「一般牢屋、か」

「大人しく付いてくるんだな」

「ギングス様に話を。話をさせてくれ」

「黙っていろ。あのお方は忙しい」

「仕事中なのはわかる。

 だが、大切な話だ」

「だから黙っていろ。わかっているならな」


 よし、ギングスは仕事中。

 つまり、ギングスが仕事で立ち寄る所に気を付けること。それはテグが調査している。


「このままじゃ納得できない。

 せめて料理番に会わせてくれ」

「話はここまでだ」

「待ってくれ!」

「話は後だ。料理番に会いたいなら、大人しくしていろ」


 ……情報収集はここまでか。


「……お前ら。情報共有」


 こっそり、小さな声で他の奴らに伝える。


「ギングスは執務室。シュリはやはり特別牢。

 一般の牢屋と執務室の場所は確認済み。確認できてない城の場所を想起。

 作戦条件。城の警備を一切『殺すな』。派手に見せかけて『無力化』しろ。

 以上」

「「「「了解」」」」


 俺の指示に、後ろの奴らが返事をした。

 その返事はいつも、シュリと接するときのものではない。

 殺し合い、戦場の空気を感じたときの声。

 平々坦々。感情の籠もらない声。

 目の前の敵に容赦しない。


「アーリウス。一発見せてやれ」

「わかりました」


 俺たちの前にアーリウスが一歩前歩み出る。


「な、何をする気だ?」


 こちらに交渉していた男が困惑の表情を浮かべた。

 当然だろうな。いきなり目の前の捕縛対象が、抗戦の姿勢を見せれば。

 だが、こっちも容赦するつもりはない。

 アーリウスは腰から二本の杖を抜き、空へ掲げる。


「私の魔法は、ひと味違いますよ?

 術式解放。『空間の空気を支配しろ』」


 その言葉を唱えると同時に、アーリウスの体から魔力の奔流が溢れ、この一帯を支配する。

 そして、それは起こった。

 俺たちの目の前の空間が、わずかにグニャリと歪み、中庭を包んだ。

 それは兵士たちを巻き込む


「か、かはっ」

「い、息が、できひゃい」

「あ、が」


 突如、兵士たちは口や喉をかきむしり、まるで溺れたかのように痙攣する。

 あるものは立ったまま必死に、あるものは地面を這いずり回って口を大きく動かす。

 しかし、次第に兵士たちは気絶していく。

 何をしたかは知らないが……。


「殺すなよ」

「はい。気絶させるだけです」


 アーリウスは頃合いを見計らうと、杖を振るう。

 兵士たちのほとんどが気絶した中、わずかに残った意識を保っている兵士が目を見開いた。


「かはぁ!!」

「い、息ができる?」

「はひゅー……はぁ……!」


 しかし、残った兵士たちも顔色が悪い。とても今すぐ立ち上がり、俺たちに向かってくることはできないだろう。


「無理はしない方がいいですよ?」


 アーリウスは倒れた兵士たちを見て言った。

 その目は、どこまでも冷たい。

 普段、シュリへ向けているものとは違う。

 そう、ただゴミを見るかのような、侮蔑の視線。

 目の前の人間は下等種だと言わんばかりの、絶対零度の瞳。


「私はこの一帯の空気を支配しました。

 知ってますか? 人間は空気を吸わなければ生きていけません。その空気の中にも多種多様な空気が入り混じり存在します。

 私はその必要な空気だけを、あなたたちの回りから『遠ざけていました』。

 今はまだ、この中庭の広さしか操れませんが、いずれは戦場全ての空気を支配したいものです」


 俺には理解できないが、『真理』を悟ったアーリウスの目には、この世界はたくさんの物質が積み重なり、漂い、存在しているように見えるらしい。

 アーリウスは、その中から人が普段息している中に、『人は空気を吸って生きている』ことを悟った。当たり前だと思うが、その空気全てを掌握し、支配する。

 

 これが、『真理の魔女』アーリウス。


「行きましょう」


 アーリウスの言葉で、俺たちは城へと踏み込んだ。

 開け放たれた扉を潜り、先へ進む。


「ま、待て」


 その俺たちに、後ろから言葉を投げかけるやつ。

 先ほど、俺たちに口上を並べてたやつだ。

 振り向いてみると、未だ立ち上がることすらできないほど消耗していた。

 当たり前だ。呼吸を止められていたのだから。


「い、いいのか。お前らの料理番が、どうなっても」

「は?」


 俺は性悪な笑顔を浮かべた。


「お前ら、本当にそれができるとでも?」


 俺の言葉を理解できないように、男は呆けていた。


「上のやつは、お前らに情報を与えてないんだよ。

 俺たちの料理番、シュリ・アズマはニュービスト王家から刻印入りの包丁を賜った男だ。

 そして、テビス王女自らが勧誘したほどの腕前を持つ。

 実際、あいつが作った料理は王女の舌をうならせ、そして魅了している。

 そんな人物に危害を加えれば、確実にニュービストは怒り狂うだろうなぁ。

 お前ら、アルトゥーリアの悲劇を知らないのか?

 あそこはシュリを勧誘したり侮辱した影響で貿易制裁を受けてんだぞ? 食料難に陥り、食料の主導権を奪われてんだ。

 問題だ。お前らにあいつをどうこうできるのか?」


 男は驚き、逡巡し、そして屈辱に顔を伏せた。

 できるわけねえ。

 国一つ、相手にできねえやつにシュリを手出しすることができるわけがねえんだ。

 この情報の手札を切るのはあまり好きじゃねえがな。

 情報を把握し操り、戦場を支配する。

 ひとたび戦場に立てば、その剣を持って切り伏せる。

 謀略も戦闘もこなす。


 それが俺、『剣謀術数の悪魔』ガングレイブってわけだ。


 自分で名乗るのは、かなり恥ずかしいがな。


「行くぞ」


 俺は城に踏み込んだ。

 他の奴らも続く。


「城落としだ」


 さぁ、俺たちを舐めた報いを受けてもらおうか。


「聞こえるか、衛兵ども!!

 シュリに手を出せば、シュリに手を出した分の百倍はやり返す!

 死にたくなかったら、さっさとシュリを返すんだな!」


 エントランスに立つと、わらわらと警備兵が飛び出てきた。

 数は、二十人ってとこか。

 どうやら、脅しに屈するつもりはないと。

 エントランスは、中央に階段があり、上った先に左右へ続く廊下があり、一階にはその階段の横を廊下が続いている。床は赤い絨毯が敷かれ、意外と財力があることをうかがわせる。

 その二階や一階の奥から警備兵が出てくる姿は、巣から出てくる蟻を彷彿させた。


「ガングレイブ。ここはオイラがやるっス」


 テグが後ろから言うと、背負った矢筒から大量の矢を取り出す。

 腰に装着していた弓を取り出し、展開。

 これは、以前にリルが開発した特殊長弓。

 折りたたみ可能で、展開すれば数百メートル先まで矢を放てる剛弓。

 片手で式に触れるだけで開き、弦は魔工の技術を使い、開くと同時に両端に張られ、弓の形となる。弦は、聞いた話では魔晶石を粉になるまで砕き、起動と同時に糸の形へと変わるらしい。

 弦の強さは尋常ではなく、今の段階でこの弓を使えるのはテグだけだ。

 飾り気のない青色の弓。

 それが、テグの愛弓だ。


「弓などこの距離で役立つものか! 全員で一斉にかかれ!!」


 立派な鎧を着ていることから警備兵長と判断できる男の鼓舞で、二十人の警備兵が一斉に襲いかかってくる。人の洪水だ。まともに相手をすれば、五人しか居ないこちらは一瞬で肉塊となるだろう。


 普通に、相手をすればの話だが。


「馬鹿っスね」


 テグは一度に三本の矢をつがえると、発射。

 三本の矢は寸分違わず、三人の警備兵の剣を持つ手に命中する。


「ぐあ!」

「いでぇ!」

「うぐ!」


 三人の警備兵が剣を取り落とし、その場に蹲った。

 だが、残り十七人が構わずに突っ込んでくる。

 それを見ても、テグは落ち着いていた。

 再び三本、矢をつがえて放つ。

 三人に命中する。再び剣を持つ手にだ。

 つがえる、放つ。

 つがえる、放つ。

 つがえる、放つ。

 まるで精密に作られた人形のように、表情を変化させず、淡々と矢を放つテグの姿は、一種の美しさを持っていた。

 飛翔する矢の軌跡すら美しく、一発の打ち損じもしない。

 テグは一歩も動くことなく、淡々と動作を繰り返し続けた。

 気づけば立っているのは、たった二人。

 累々と矢の刺さった腕の痛みにもがく警備兵を見て顔を真っ青にしている。

 悪夢だろう。

 近づくことすらできず、あっという間に部下を戦闘不能にされれば、誰でも恐怖する。


「ほいっと」


 テグが放った一本の矢は、警備兵長の横の男の太ももに命中した。

 叫び声を上げることすらできず、男は地面に転がる。

 残るのは、警備兵長だけ。

 テグは淡々ともう一本の矢をつがえた。


「最後の一人っスね」

「ま、待て! 待ってくれ! 俺はただ、ギングス様に命じられただけで!」

「もっとタチが悪いっスね」


 ピュン、と弦の音が響く。

 その矢はトス、と静かな音をたて、警備兵長のふとももに命中した。


「い、あ、あああ!!」


 無慈悲な攻撃に、警備兵長までもが床を転がる。


 優れた斥候術。気配を消す技術。

 何より、視界に認識できる範囲なら百発百中の腕前で弓を扱うその技量と外さない胆力。


 『弓聖』テグ。聖とまで付けられる由来を見せられた瞬間でもある。


 弓を格納して、テグはこちらを振り向いた。


「ガングレイブ。道は開いたっス」

「ああ、ギングスの執務室はどこだったかな」

「三階の奥っスね」

「階段は?」

「二階の右廊下の奥っス」

「わかった。行こうか」


 俺たちは床に這いずる兵たちを無視して、二階に上がる。

 廊下を歩いて行くと、メイド一人すれ違わない。

 おそらく、そこらの部屋に閉じこもってるんだろう。外の異変を察知して、咄嗟に逃げ込んだってところか。

 今は無視していい。目標はあくまでシュリの救出だ。

 その前にギングスに釘を打っておかねばならない。

 これだけ派手に事を起こし、行動に移らないはずがないしな。

 人質としてシュリを連れ出し、自分の近くに置く可能性があるが、そうなれば好都合。

 こっちはシュリが最悪、傷つけられないように、わざとシュリがニュービストに勧誘されてるって情報まで流したんだ。

 行動してもらわなきゃ困る。


「ガングレイブ」


 す、と俺の前を剣の鞘が遮る。

 クウガが腰から剣を鞘ごと抜いて、俺を止めようと使っていた。

 そして、目の前には屈強な男。

 俺と同じくらいの背丈に、バトルアックスを持った筋肉ダルマ。

 スキンヘッドに鎧を着込んだ男が、俺たちの前に立ちはだかっていた。


「クウガ」

「わーっとる。ああいうのは、ワイの獲物や」


 蛇がのたうつように、唇を舐めたクウガは、鞘を腰に戻して前に出た。

 クウガが鞘から剣を抜く。

 たったそれだけの動作なのに、どうしてこうも流麗で美しく神々しいのか。

 全く、いつの間にか俺より遙か先に行っちまいやがって。


「お前、ここで一番強いやつか?」

「そうだ。ギングス様率いる軍の中でも一番の強者よ」

「ほう。腕に自信があると言うんやな?」

「当たり前だ。今までのクズと一緒にするなよ。

 このアドラ様が出たからには、ここで死んでもらう」

「捕まえる、ではなくか」

「ここまで無礼を働いたんだ。

 腕の一本や二本で済むと思うなよ」

「上等や」


 クウガが、剣を構える。

 柔剣術の構えだ。前に戦場で見たことがある。

 独特の構えで、肩幅に開いた両足の踵を浮かせ、わずかに左半身となり、剣を相手の肋骨の隙間を狙うように傾ける。

 本人が言うには、引くことも進むこともでき、鎧の隙間を穿つのに適した構えらしい。

 じり、とクウガの足が前に出る。

 互いの距離は約三メートル。普通に考えれば、巨体とバトルアックスのアドラとか言う男の方が間合いが広い。制空権を得ているのは、アドラだろう。

 しかし、クウガはそんなハンデなどものともしない。

 少なくとも動揺も何もない。

 堂々とした構えで、ブレる事が無い。

 それは一種の祈りの構え。

 勝利の女神に捧げる、一途な剣士の果ての姿だった。


「ワイはお前を殺さん。だけど、こっぴどく負けてもらうわ」

「ぬかせ!!!」


 アドラが、地面を蹴ってクウガと肉薄する。

 巨体からは想像できない俊敏さ。

 その速度を、頭の上に振りかぶったバトルアックスに乗せて、クウガを砕き斬るように振るった。

 死の瀑布となった鋼色の奔流を、クウガはわずかに左へステップ。

 紙一重で躱す。

 地面に激突したバトルアックスは、絨毯を切り裂き床を砕き、突き刺さる。

 しかし、アドラもまた一流の戦士。

 普通なら隙が生まれそうな勢いを、右足首でわずかな体重移動を行うように回転させることで、上半身まるごと回転。

 バトルアックスは地面を跳ね返るように方向転換。

 凄まじい速度でクウガの脇腹を狙う。

 しかし、クウガもまた一流の剣士。

 剣を縦に構えバトルアックスを受ける。

 普通なら剣をも砕いてクウガの体を両断するだろう。

 クウガもそれを知っている。

 知っているからこそ、その後の行動を継ぎ目もなく行う事ができる。

 縦に受けた剣を操り、バトルアックスの軌跡がまるで滑るように剣の方向を変化させる。

 剣の方向。縦から、頭の上への横へと変わる。

 その間、バトルアックスは始めからその軌跡を描いていたかのように全くの抵抗もなく。

 完璧な捌きによって空を斬るのみだった。


「な―」

「柔剣術『柳流りゅうりゅう』」


 クウガに言わせれば、この世は力の流れに満ちている。

 その力の流れ、潮流を見切り操るのが『柳流りゅうりゅう』だ。

 実際、俺もその技を体験させてもらったことがあるが、あれは凄かった。

 まるで振るった剣が勝手にクウガの体を避けているかの如き光景、斧の刃はクウガの体をかする事もできずに流されるのだから。

 捌く、捌く、捌く。

 クウガは次第に、両手で持っていた剣を片手に変えて、さらに流し続ける。

 それは見るものが見れば滑稽でしかないだろう。

 大男の全力の攻撃を、頭一つ分も低い優男が軽くいなしているのだから。

 いつの間にか、クウガは剣を持っていた手をも下げていた。


「き、さまっ!!」


 アドラの顔に怒りが浮かぶ。

 そう、クウガは。

 素手で斧を捌いていたのだから。


「うっそ、凄いっスね!」


 横のテグが目を輝かせて見ている。アーリウスも驚いている。

 リルは相変わらず無表情だ。何を考えているかわからん。


「そうかぁ? 稽古を積めば、誰でもできるで」


 クウガはテグの言葉に軽口で返していた。

 その態度も、アドラの神経を逆なでする。さらに斧を振るスピードが上がるが、クウガはそれすらも完璧に対応する。

 やってることは、言葉にすれば簡単だ。

 斧の峰や柄、あるいは腕や手を、軽く払って軌道を逸らしているだけ。あるいは地面に流して叩きつけているか、頭上へ流すよう手を添えてるだけ。

 だが、やっていることのレベルは遙かに凄い。

 一歩間違えば首と胴がさよならするだろう。死線を遊び半分で超えているように見える。

 それなのに生き延び、集中が途切れない。

 左手一本の技。これが柔剣術『柳流りゅうりゅう』の本当の姿。

 護身技の究極の形。

 クウガがたどり着いた境地は、俺が想像していたそれよりも遙か上空に存在しているようだ。

 だから、頼もしい。

 今でもクウガは鍛錬を絶やさない。

 ひたすら技を、体を、心を磨き続けている。

 その剣は他を圧倒し、味方を守るために眼前の敵を一切合切屠る。


 『百人斬りの剣王』、それが俺が頼りにするクウガという男だ。


 次第に、アドラの顔に疲労が浮かぶ。

 疲労だけじゃない。屈辱と、心が折れかかった顔だ。

 よく見れば、クウガは手のひらで捌いていたそれが、さらに凄いことになっていた。

 指だ。左手の人差し指と中指の二本でいなしている。

 

「く、そが!!!!」


 乾坤一擲。唐竹割りで斧が振るわれた。

 最後の一撃とも言えそうな、全力を振り絞った攻撃。

 クウガは左手を上に掲げた。

 そして、いなすことも捌くこともしない。


 ドン! と衝撃音が鳴る。


 確実に皮を裂き骨を砕き腕を断ち切ったはずの一撃。

 だが、クウガの顔には、何もない。

 痛みも苦しみもない。

 そして、左手は。

 全く斬れていなかった。

 腕の部分に斧が当たり、皮膚一枚すら斬ること叶わず止まっている。


「剛剣術『否塊ひかい』。

 一瞬で肉を限界まで絞り込んで締めることで、刃も矢も通さない技や。

 理想としては全身でできりゃええんやけど。今はまだ腕しかでけへんわ」

「いや、普通にできる方がおかしい」


 俺の突っ込みをよそに、クウガは無造作に腕を払った。

 アドラのような大男ならなんてことのない動作だが、アドラはよろけて尻餅をついてしまう。

 その顔にあるのは、心を砕かれた子供のような表情。

 絶対の自信があった一撃でも、傷一つすら負わせられなかった事実に、アドラは死んだ。

 戦士としての、自信が。

 もうアドラは戦えないだろう。完膚なきまでに砕かれた心は、二度と元には戻らないから。


「で、ここを通らせてもらうけど、ええかな?

 これ以上やっても無駄なのは、わかるやろ?」


 クウガの問いに、アドラはただ頷くしかなった。

 ここで無駄に抵抗しても、この男にはどうやっても敵わない。

 才能も、努力も、クウガには届かないことを悟ってしまった。

 戦うことは、もうできないだろうな。

 かわいそうに。

 クウガと出会うまで、アドラという男は自信と実力が釣り合った、いい兵士だったのに。

 才能でも努力でもどうにもならない、絶対的な強者に出会ったために、アドラはつぶれたな。


「だってよガングレイブ。

 行こうで」

「そうだな」


 俺たちはアドラの横を抜けて、廊下を歩く。

 その間でも、アドラは一切動く事はなかった。

 いや、顔だけ俯かせて泣いていたのは見えたんだ。

 まあ、もう俺たちには関係ないがな。


「……」


 廊下を進んでいると、ふとリルが後ろを向いた。

 廊下の向こう、通ってきた道を見ている。


「どうした、リル?」

「ここで邪魔が入ったら面倒」


 面倒?


「誰か来ているのか?」

「オイラの耳だと、遠くからいくつかの靴音がするっスけど。まだ当分かかるっスよ。

 多分、人数を集めてんじゃないっスかね」

「リル、それが聞こえたのか?」

「ううん」


 リルは首を振って否定した。


「ただ、これからのことを考えて思っただけ」

「ああ……そういうことか」


 これから俺たちはギングスと対面する。それも敵意を持って、だ。

 そのときに、護衛兵なりなんなりの邪魔が入るのは面倒だ。


「だから、壁しとこ」


 リルは足を上げると、思いっきり廊下を踏んだ。

 すると、足から魔字マギ・スペルの光が輝き、廊下を伝う。

 俺たちから三メートルほど離れた廊下が隆起、天井も形を歪ませ。

 最後には廊下を塞いでしまった。

 ねじくれた廊下となったそこは、もはや人一人通ることができないほどにメチャクチャになっている。


「これで、誰も通れない」

「おいおい、帰るときはどうすんだよ?」

「情報によると、ここからかなり遠回りすれば帰れる。それにリルがいれば、またここを直して通れるから問題ない」


 なんてことの無い顔で言いのけたリル。

 俺はこっそりとアーリウスに耳打ちをした。


「お前なら、同じ事ができるか?」

「やろうと思えばできるでしょうけど、リルほどの精度ではできません。これよりももっと歪で、人が通れるほどの隙間ができるかもしれません。

 何より魔力の消費も激しいですね」


 つまり、同じ事はそうそうにできない、てことだ。

 それを軽々とやってしまう、リルの力。

 おそらく、あの靴に何か仕掛けがしてあるのだろう。それも、幾度も調整と研究を重ねた一品だとわかる。

 それだけじゃない。

 俺たちの装備はもちろん、リル自身の装備は飛び抜けている。

 着ている白衣の裏には、数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔字マギ・スペルが書かれており、効果は耐久性、耐刃性、対刺突性、耐火性、耐寒性、防水性と防御性能のオンパレード。服やズボンにも同じ性能があり、靴に至っては地面操作に軽量化、硬質化と、どこの伝説の装備だと言いたくなるような仕掛けが施されている。

 これらは全て、リルの一級品の開発によって作られてる。テグの弓にしかり、だ。


『天才発明家』リル。俺たちの隊に欠かせない存在だ。


 俺たち五人。それぞれがそれぞれの長所を持ち合い協力すれば、城の一つすら落とすことができることが証明された。

 だけど、俺たちだけじゃだめなんだ。


「テグ。ギングスの執務室は?」

「この先の廊下の突き当たりっス」


 俺たち五人なら、戦場でも生き残れる。

 だが、他の事ではてんで駄目な集団だ。それだけでは、傭兵団としては機能しない。

 俺たちの絆をより強く結び、傭兵団という輪を守ることのできる、裏方。

 生き残った喜びを与えてくれる暖かさ。

 仲間と一緒にいる、当たり前の楽しさを教えてくれる。


 シュリ、やはりお前は俺たちに欠かせない存在なんだ。

 

 だから、これからお前を助けに行くぞ。

 その決意を胸に、俺は廊下の突き当たりの扉の前に立った。

 ここまでの時間はそんなにかかっていない。まさに速攻作戦だろう。


「行くぞ」


 まるで自分に言い聞かせるように、俺はギングスの部屋を開けた。

 中にいたのは、ギングスと、名前で聞いたエクレスという女だ。

 なるほど、確かに男装している。言われなければ、中性的な美男子と見るかもしれない。

 ギングスは驚いた顔をしている。エクレスもだ。


「ガングレイブ……!」

「ようギングス様。手紙にあるとおり、来てやったぜ」


 もう敬語を使う必要もないだろう。タメ口で話す。


「どうやってここに……警備兵はどうした!」

「全員、なぎ倒してここまで来てやった。

 簡単だったぜ? 素通りと言ってもいいほどにな。

 あんたが鍛えた兵士ってのも、案外たいしたことないな」


 もちろん、これは半分本当で半分嘘だ。

 確かに楽勝だったが、それはこいつらと一緒だったからだ。

 無論、そんな本当のことを言ってやるつもりはない。

 本当のことを言いつつ、それは都合良く解釈できるように濁す。

 これも交渉術の一種だ。

 ギングスは怒りの表情から、諦めへと表情を変えた。


「兄貴。もうこれでおしまいだ。

 まさか、こいつらがあれだけの兵をなぎ倒してここまで来るとは思ってなかった」

「だろうな。

 さて、事の顛末を領主様に報告しようじゃないか。

 それと、お前の口から真実を語ってもらうぞ。

 おおよそのことは見当が付くし、こっちも情報を握っている。

 嘘は通じないと思え」

「……父上は、今頃俺様の私兵によって私室に監禁されているだろう。

 語ることはもうこれ以上無い。

 殺すも晒すも好きにしろ」


 ギングスは腰から剣を抜くと、俺たちの前に投げた。

 無骨だが、いい剣を持っている。刃の冴えが美しい、なかなかの業物か。

 それを投げて寄越す。

 ……罠はないな。テグに目配せしても、罠を感知できない。

 ここに罠がないということだ。


「領主の息子が、領主を監禁するとはな。

 お前、命がいらないのか」


 父親、身内とはいえども相手はこの領地を治める長。

 そんな相手を監禁して、ただで済むはずがない。

 先の事件、領主の体質を知っていながら、毒となるワイングラスを渡す行為を含めて考えれば、死罪は免れない。

 将来を掴む可能性が極々少ない、茨の道だ。


「どうしてそこまで領主の地位に拘った。

 普通に考えれば、兄が内政を、お前が軍部を統制できればこの領地に多大な益をもたらすのはわかってたはずだろう。

 お互い、向き不向きを自覚して支え合えば、少なくともこんな事態にはなっていないだろう」


 自分で言っててなんだが、そんなことはほぼ不可能だと思っている。

 領主になるということは文官も軍部も統制する権力を得られる。

 そうなれば、軍部を統制して教育しているギングスは『雇われ店長』となる。

 気位も情熱も、全て『飼われている』のと変わらない。

 何より、人は上を目指したい上昇志向を捨てられないところがある。

 それが貴族となればなおさらだ。より財力を、より権力を、より大きな土地を求める。

 俺がそうだ。国を手に入れたい。その一心でここまで戦ってきた。

 そんな俺がこの言葉を吐いたからと言って、ギングスに届くはずがない。

 

 ふ、そもそも、俺がこんな台詞を吐くとは。


 これもシュリと関わったからかね。

 あいつの優しさが、少し俺にも移ったか。


「本当はお前もわかってんだろ、ガングレイブ」


 笑みを浮かべたギングスが言った。

 嘲笑、それも俺ではなく自分自身に向けたものだ。


「結局、俺様も権力に溺れた馬鹿な男なのさ。

 お前だってそうだろ? 権力が欲しい。財力が欲しい。だから傭兵団を率いて、戦場から戦場を渡り歩き、部下の命を払って金を得てるんだろ?」


 ピク、とアーリウスの空気が変わるのを感じた。

 俺が先にむかつきたかったのに、クソ。

 先にやられたら、俺は冷静でいなきゃいけねぇな。

 部下と一緒にキレてたら、話になんねぇよ。


「そういうこった。俺様は、意地汚い人間だっただけだ。

 話はここまでだ。さっさと殺せ」

「断る」


 なに? とギングスが怪訝な顔で見てきた。


「俺たちは、シュリを助けるまで誰一人殺さないと誓っている。

 お前も殺さない。隣の兄貴も殺さない。領主も、部下も殺さない。

 それが俺たちの覚悟だ」

「は!! 今更善人面して責任逃れでもしたいか!」

「違う。

 シュリのために殺さない」

「なんだと……?」

「言葉のまんまだ。ここに来るまでに血の道を作ったら、俺たちはあいつに顔向けできない。

 あいつが俺たちに付いてくるときは、決して血の一滴も道の上に残さない。

 それだけだ」

「そんなこと、できるわけねえだろ。

 天下のガングレイブ傭兵団は、いつの間にそんな生温いことを言うようになった」

「あいつと出会ってからだ」


 そう、あいつと出会ったから、俺たちはここまで来れた。

 家に帰りたいと、みんなの前で決して言わないあいつを。

 病気で寝たときくらいしか、涙を流して郷愁の念をこぼさないあいつを。

 ここまで縛り付けた俺たちだから、これくらいしかできないから。

 せめて、それだけは守ってやりたいと思っている。


「……は、だったらもういい」


 ギングスは、腰から短剣を抜いた。

 儀礼剣の類いだから警戒していなかったが、なぜここで。


「俺の始末は俺が付ければいい」


 素早い動作で儀礼剣を喉に当て。

 一気に引いた。


「……っ!!!」


 鮮血が散る。

 パタパタと、床の上に散った。

 赤いシミが広がっていく。


 ギングスは驚いていた。

 自分の喉を裂いたと思ったら。

 すんでのところで。

 エクレスが手を入れて防いだのだから。


「……兄貴、なんで」


 放心し、儀礼剣を落としたギングスは、エクレスに聞いた。

 手に深い傷ができたのだろう。

 手のひらから二の腕にかけて裂傷ができ、血が滴っている。

 だが、エクレスは痛がる事も、声をあげることもしなかった。

 ただ、まっすぐギングスを見ていた。


「死のうなんて、自分で死のうなんて馬鹿なこと駄目だよ!」


 エクレスが声を張り上げていた。


「そもそも、父上が僕を男に仕立て上げてなんとかしようとしてたことから間違ってたんだ。

 その積もり積もった不満や不安が、ギングスを苦しめていたのなら。

 それは父上と僕のせいだ。

 ギングスが責任を負うことじゃない。

 もしギングスが死罪になるなら。

 僕が代わりに死罪になる」

「は?! できるわけないだろ!」

「今回の一件を僕を犯人としてニュービスト側へ報告し、民に知らせればいい。

 父上に関しても、僕に脅されてやったと言えばいい。

 大丈夫。何があっても。

 僕がキミを守る」

「どうして!」

「僕がキミの兄貴……いや」


 エクレスは、笑った。


「お姉さんだから……かな」


 その一言に、ギングスは固まった。

 固まって、動けず。

 ただ、涙を流した。


「馬鹿野郎が……」


 ギングスはそう言うと、俺の前に儀礼剣を投げた。

 そして、俺の前に立って言った。


「ガングレイブ殿。今回の非礼、どうかお許しいただきたい。

 そちらが矛を収める事ができないのは明々白々。わかっている。

 お詫びに、その儀礼剣で持って俺様……私を断罪してくれ。

 殺すなりいたぶるなり、好きにしてくれて構わない」

「お前……」


 俺はこめかみに青筋が浮かぶほどの怒りを感じた。

 いきなり殊勝な態度を取ったからと、許されると思っているのか、このガキは。


「わかってる。こんな方法の謝罪なんて意味ない」

「わかってるなら、なんで!」


 ギングスの後ろで、エクレスが叫んだ。


「死んだら駄目なんだ! キミはまだ、生きなきゃいけない!

 キミが死んだら、軍部が暴走するぞ!」

「確かにな。だが、これ以外の解決方法が思いつかない」

「ふざけたことしてんじゃねえぞ」


 俺は叫びたい気持ちを抑えつけ、絞り出す。


「俺は、シュリを取り戻したくて誰も殺さずにここに来たんだ。最後の最後でお前を殺して破綻させてたまるか」

「それでも、こうするしか俺にはもう、どうしようもない」

「待って!」


 俺とギングスの間に、エクレスが割り込んできた。

 手を広げ、後ろのギングスを守るように立つエクレスは、俺の目をまっすぐ見つめている。

 たった一人の弟を守らんとする、姉の姿があった。


「ギングスにはしかる処罰を与える。シュリくんも返す。謝礼金も、物も、領地も渡す。

 足りなければ、勲章も授与する。

 お願いだ。ギングスを殺すのだけはやめてくれ」

「お前、シュリと逃げようとしてやがったよな」


 俺の一言に固まるエクレス。


「跡継ぎなんて嫌だなんて言って、シュリを連れて逃げようとしてやがったよな」

「そ、それは」

「そんなやつの言い分なんて信用できないな」

「た、確かに僕は領地なんて継ぎたくなかった。

 この領地を問題なく、全部まとめてギングスに譲れるように尽力してた」

「兄貴……?」

「……本当だよギングス。僕は跡継ぎになる気なんて無かったんだ。

 集めてた食料も、頃合いを見て民に分けてた。

 領主の一族が食料独占なんてしたら、民からの反発が恐ろしいからね。

 そうやって、財を分配するために集めてたんだ」

「それなら、俺がやってたことの意味が……」

「いや、キミがポーズであれ本気であれ、そういう態度は取らなきゃいけない。そうしないと、派閥の維持ができないし、部下の不信を招くことになる。

 意味が無いなんて事は無い」

「だけど」

「キミがこの領地を本気で考えて行ったことだ。僕は、キミのフォローをしただけ」

「おい、話を逸らすな」


 話の道筋が脱線しようとしてたので、俺はそれを問い詰める。

 エクレス、こいつは油断ならない。

 今まで内政を取り仕切ってきた実力を、なめてかからない方がいい。


「俺が言いたいのは、シュリを返せと言うことだ。

 ここまでごちゃごちゃと話をしたが、俺たちが求めるのはそれだけだ。

 お前らの謝罪など、そこまで求めとらん。

 だが、謝罪なら謝罪で形あるもので払え。

 それこそ、領地なり金なりなんなりな。

 こっちは犯罪者になった挙げ句、監禁されて、仲間を捕らえられてるんだ。

 謝罪というならそれ相応の―」

「必要ありまっせーーーん!!」


 その時だった。

 突如、抜けた声が部屋に響く。

 扉を開け、文字通り転がり込んできたそいつは、俺たちの前に現れた。

 会いたかったやつだった。

 長い間離ればなれで、どうやって助ければいいかを考えていた。

 やつがいなければ、俺たちは非常に困る。

 大切な部下で、仲間で、家族。


 シュリ・アズマが俺たちの前に現れた。


「争いは終わりです!」


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― 新着の感想 ―
[一言] いぞシュリもっとやれ(笑)。
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