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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
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十六、決着ともつ鍋・起編

おまたせしました!

更新五分の一の話。

 事態とは刻一刻と変わりゆく者です。

 へ? 者じゃない?

 いえ、者です。『人』のようなもんですよ。

 知らないうちに成長したり、悪化したり、良いことをしたり、悪い方向に向かったり。

 そして、僕はそれに気づかないうちに巻き込まれていて。

 混沌とした戦場の真っ只中にいるなんて。

 平和ボケしていて、みんなの後ろにいるだけだった僕には思いつきもしなかった。


 そして、僕の真価は、今ここで試されていた。







 いつも通りの牢屋生活です。

 こんにちわ、シュリです。

 エクレスさんたちが来てから一週間が経とうとしています。

 最近、ガーンさんもエクレスさんも来ません。

 それどころか、ご飯を運ぶ人も変わって、一言も喋ってくれません。

 ご飯も、変わりはありません。質素そのものです。


「さすがに、隠し持ってた調味料も底を尽いたからねぇ……」


 調味料がなくては食事を作り直すこともできません。

 今日も今日とて微妙なご飯。

 ガーンさんたちが来なくなって、一週間が経とうとしています。

 ああ、懐かしやシャバの香り。いい加減外に出たいです。

 しかし、ガーンさん何をしてるんでしょう。

 スープを飲みながら、そんなことをぼんやりと考えていました。

 前にエクレス様が言ったように、解決のために尽力しているのでしょうか。

 そうだといいですけどねぇ……。

 結局、ここにいるとなぁんにもわからないんですよ。


「みんな、大丈夫かなぁ」 

 

 外の情報が全く入ってこないので、みんなが無事なのか全くわかりません。

 うーん……。

 悩んでも仕方なし!


「今はとりあえず、死なないことが一番!」


 そのためには、この美味しくないご飯を食べて寝る!

 一気にご飯を食べて、横になった僕は、もう一眠りすることにしました。


「シュリ、起きてるか」


 ……この人は、眠るタイミングで来るなぁ。二回目だよ?

 体を起こすと、ガーンさんが神妙な顔で立っていました。


「すまない。寝るところだったか?」

「……いえ、大丈夫です」


 こういうときは謙虚謙虚。遠慮に謙虚。

 日本人の悲しきさがですわ。


「お前に、話しておきたいことがある」

「はぁ……。エクレスさんは?」

「主は、このことを知らない。

 エクレス様は今、第二王子であらせられるギングス様と対峙している」


 ……対峙?

 エクレスさん、弟いたってこと?


「お前の情報。ワイングラスの細工を確かめていた。

 なぜかギングス様のワイングラスはなかったけど、領主様のは残っていたからな。

 それを贈られたギングス様に、事実確認と捕縛に向かっている」


 ええ?

 さすがに僕でもわかります。無謀以外の何ものでもありません。


「なんでそんな無茶を?

 領主の息子同士と言っても、いきなりそんなことをしたら相手がどんな動きを見せるかわからないですよ」

「俺たちには、時間がないんだ。

 覚えているか? 一週間前、俺とエクレス様が来たときのことを」

「ええ、まあ」


 ガレットの時ですね。


「あのとき、テグ殿に真実を知られた」

「テグさん、ここにいるんですか?!」


 なんてこった、外の状況がまるでわからないよ。


「俺たちが傭兵団に身を寄せたいことも、ワイングラスの真実も、この事件の裏側も。

 知っておくべき情報は全て知られている」

「そうですか」


 テグさん、仕事を完璧にこなしているなぁ。


「つまりだ。俺たち側に問題があったのに、お前を不敬罪で捕らえてガングレイブ殿を謹慎にした。

 ガングレイブ殿は、間違いなく怒っているだろう。

 俺もエクレス様も、もう傭兵団に逃げることはできない。

 だから、せめて決着をつけなきゃいけない。

 ギングス様を失脚させ、しかるべき処分を行い、多額の褒賞と領地を譲り渡してな。

 そうしなければ、領主様はもちろん、エクレス様にも危害が及ぶ。

 これが、今この領内における状況だ」


 お、思ったより深刻な事態になってる……。


「あれ? ギングス様というのは、そのワイングラスを贈った方だったんですか?」

「そうだ。

 白状するが、領主様は昔から奇病に悩まされていた。

 体力が消耗した状態で鉄を握ると、その箇所が赤く染まり、痒みが発症する。

 お前の診断通りだ」

「やっぱり、金属アレルギーだったんですね」


 よかった。やっぱりあのままワイングラスを使ってたら大変なことになってたんだ。事前に防げてよかった。

 ……ん?


「ちょっと待ってください。

 息子でそれを知っていながら、わざと?」

「そうだ。それが政争というのもだ」


 権力のために、子が親を切る。

 物語の中でしか見たことありませんが……。

 まさか現実で体験することになるとは!

 ちょっと怖くて震えてます。


「そ、それで、ガーンさんは僕にそれを教えてどうするつもりなんですか?」

「……さあな」


 え?


「もう、俺は死ぬことが確定している。

 その前に、今の状況や真実を知ってる人間を、作っておきたかったのかもしれないな」

「ガーンさんが、死ぬ?」


 え? どうしてそんな話に?


「お前に話しておこう。俺は本当は領主の息子。本当の長男なんだ」

「ええ?」

「妾腹……領主と愛人の間に生まれた子が俺だ。

 母親はメイドで、領主のお手つきとなった。

 そして、俺が生まれた後、それに嫉妬した正妻の陰謀によって母親は追放。

 俺は父親……領主様に存在を認知されていたが、継承権は与えられず、表沙汰にできない存在から、諜報員として育てられた」

「え、看守じゃないんですか」

「本当は諜報員だ。看守は、お前の監視のために与えられた仮の役職だ。

 そのあとに側室様から生まれたのが、エクレス様だ」

「じゃ、じゃあエクレスさんとガーンさんは……」

「腹違いの兄弟……になるな。それにエクレス様は、男ではない。

 女だ」


 ええええええ!?

 ちょ、ちょっと待って!


「そ、そんな複雑な家庭なんですか!」

「はは、複雑なんて言葉で終わればいいがな。続けるぞ。

 正妻は、メイドには嫉妬で追放処分をしたが、側室にはできない。きちんと手順を踏んで側室となったあの方を追放すれば、正妻はそれを罪に問われるからな。

 それに、生まれたのが女だと安心してたんだ。

 だが、それも領主様の判断で狂うことになる。

 エクレス様は、数字に強い方だ。内政をさせれば比類無き才を発揮なされる。

 それに目を付けた領主様は、エクレス様を男に仕立て上げ、領地の跡継ぎとして育てることになされた。

 そんな時に、生まれたのが弟のギングス様だ」


 ちょっとややこしいことになってきたぞ!?


「跡継ぎとして立派に教育された内政特化のエクレス様。

 正当な血筋にして戦法戦術に詳しい軍属のギングス様。

 今、この領内で起こっているのは二人の政争だ。

 そして、今回の事件の犯人はギングス様が原因だと言える。

 ワイングラス、不当な逮捕、ガングレイブ殿が率いる恩人たちを謹慎処分。

 到底、許されることじゃない。

 それに、俺は情報を洗い流して知ったことだが……。

 お前、ニュービストと懇意にしているだろう。

 取り上げた道具を整理していると、ニュービスト王家の紋章が彫られた包丁を見つけた。

 つい昨日も、ニュービストより書簡が届いていた。

 『そちらへ向かう』とな。

 このことが知られれば、食料輸入に多大な影響を与える。

 なんせ、紋章を賜るほどの人物を不当逮捕しているんだ。

 向こうにしてみれば、親しい人物を侮辱されていることになるからな。

 紋章を与えるほどの人物への侮辱は、そのまま王家への侮辱に変わる。

 もう、時間がねえ

 俺たちの破滅のカウントダウンは、始まっちまったんだ」


 ええええええー?

 僕の知らないうちに、この領地が危機的状況に落ちてんのかい!

 僕のあずかり知らないところで話が進んで、知らないところで話が終わりに向かって話が進んでいってんの?

 こんなのってどこの話でも聞いたことないよ?

 事件の渦中にいるのに、話では蚊帳の外かよう!

 さみしすぎるわ!

 ええと……。

 僕にできることって何もなくない?


「ええと、それで僕はどうすれば?」

「どうにかしてくれるのか?」


 疲れ切った顔で訪ねてくるガーンさんですが、正直何もできる気がしません。

 ええ、僕にできるのは精々料理を作ることくらいですよ。

 それも当たり障りのない家庭料理くらいですよ。

 火考乳牛カオルゥチュウは違うと思いますけどね。


「僕にできることって、何があるんです?」

「そうだな。こっちの人質になって、ガングレイブ傭兵団の暴走を止める楔になってもらったりとか。

 お前の料理の腕を使って、両者の仲を取り持つとか。

 いっそ、お前がエクレス様と結婚して、それを褒美として領地と領主の継承権をガングレイブ殿に譲るとか

 そんな感じだろ」

「僕が犠牲になれば、収まるんですか?」

「六割はな。残りの四割が解決しない。てか、六割解決して、四割が絶対に解決できなくなる」

「残りの四割は?」

「傭兵団団員、及び隊長たちの感情の整理」


 ああ、なるほど。

 事務的、領主の立場、褒賞の形、ニュービストへの対応、領民たちへの配慮。

 だけど、そこで問題になるのは理屈じゃない話。

 感情論が出てくる。

 ガングレイブさんたちなら、これで終わらそうとしたら「ふざけんじゃねえ!」とか言いそうですね。


「ですが……本当に僕が犠牲になって六割に終わるなら、あとはどうにかなるのでは……」

「家族同然、苦楽を共にした仲間が生け贄になって事件を終わらせて、納得するやついるか?

 そのうえ、お前は単なる被害者だ。

 被害者がさらに被害を受け入れて事件を終わらすのも、本末転倒だろうが」


 うぐ、その通りです。

 確かにここで僕が我慢しても、ガングレイブさんたちは納得しないです。

 それに、被害に対して我慢したら相手は付け上がって調子に乗るだけです。


「というか、僕にその話をして、本当にどうしたいんですか?」


 それが問題です。

 僕にその話をされても、結局、今の僕には何もできません。

 犠牲になることもできない。

 料理の腕も、ここでは生かせない。

 そんな役立たずの僕に真実を聞かせて、どうしたいのか。


「そうだな……さっきも言ったとおり、真実を知ってる人間を作っておきたかった。

 俺のことを知ってる人間を、一人でも多く増やしておきたかったんだ。

 生まれたときから裏側の人間だった俺の真実を知ってるのは、エクレス様と領主様とその正妻と側室の四人だけだ。

 あまりにも少なすぎるだろ?

 もう一人くらい、いてもいいんじゃないかってな」

「本当に?」

「……俺が死んだとき、悼んでくれる人が欲しかった。

 多分、俺は全ての悪を受け入れて死ぬことになる。

 そのとき、悪意ではなく善意で悼んで欲しいんだよ」

「だから、なんでガーンさんが死ぬ話になるんですか」

「言ったろう? 俺は領主の息子だ。妾腹だが、領主の血を引いている。

 いざという時は、いやもういざという時になっているんだが、俺が領主一族の代表として首を差し出せば、八割終わる可能性がある」

「それを僕が納得するとでも?」


 いや、僕が言っても解決しないのはわかってます。

 僕程度がここであれこれ言っても、この人は事務的に行動を起こすでしょう。

 でも、言わずにはいられません。

 目の前でガーンさんが死ぬと言っていて、何も言わずに納得して送り出すのは嫌です。


「そんな険しい顔をするなよ」


 ガーンさんは、笑ってました。


「俺は、結構満足してる」

「なん、で?」

「なんか、そう言ってもらえると思ってなかった。

 友達がいたら、こんな感じなのかなって思ったんだよ。

 心配してくれるって、うれしいことなんだな」

「何を言ってるんですか?」


 僕は、ずっと前から思ってましたよ。


「僕たち、友達ですよ」


 一緒にご飯食べて笑って話して。

 友達じゃないんですかね、それって。

 ガーンさんは心底驚いた顔をしています。


「友達、か?」

「友達、です」

「俺とお前が?」

「僕とあなたが」


 友達だと思ってますよ。

 そうじゃなきゃ、こんな風に腹を割って話すことなんてできないでしょう。


「俺は、闇の中で生きてきた裏の人間だ。

 お前のように、光輝いてるわけじゃない。

 そんなやつが、お前の隣にいられるわけないだろう」

「闇、ってなんですか」


 ガーンさんが俯いて言った言葉。

 でも、僕はそれは違うと思います。


「僕、思うんですよ。

 人が抱える闇って、心に開いた穴だって。

 その穴に光が届いてなくて真っ暗だから、闇なんて言葉になるんです。

 でも心の穴は傷と違うんです。傷は治っても跡が残ります。

 穴は埋めることができるんです。

 友達と楽しく生きて、美味しいものを食べて。

 嬉しくて幸せな記憶や思い出を積み重ねていけば、穴は埋めれます。

 ガーンさんは、楽しくありませんでしたか?

 もし僕が輝いて見えるなら、あなたが光の下に出てきて目がちらついてるだけですよ」


 ガーンさんは、もう闇だとか光だとか関係ないと思います。

 もう、こうやって友達と話ができてる人です。

 隣に立ってる人です。

 遮ってるものなんて、目の前の鉄格子だけでしょ。


「……そうかぁ。俺はもう、光の下にいたのかぁ」


 ぽつり、とかき消えそうな声。

 ガーンさんは、顔を上げて僕を見ました。

 涙を流して、僕の目を見ました。

 ポロポロと流れる涙を拭うこともせず。


「俺はさ、お前が羨ましいんだよ。

 料理はうめえし、明るいし。

 こんな状況でも、絶望もしてない。

 凄いやつだって。

 そんなやつと、牢屋越しに飯食って笑うって。

 おかしいよな、俺」

「僕は、あなたが羨ましかった。

 強くて、逞しくて。

 辛い現実の中、それでも生き抜いてきた。

 そんな人と、牢屋越しにご飯を食べて笑えて。

 嬉しかったんです」


 やっと本音を語ることができました。

 僕もガーンさんも、互いが羨ましかった。

 僕は、強さが欲しかった。

 傭兵団で料理を作ることだけで、仲間たちが戦う後ろ姿を見送ることしかできない。

 それでも料理しかできないから、必死になってきました。

 

 ガーンさんは、普通の生活が欲しかった。

 権謀術数を巡って血なまぐさい生活なんてものよりも。

 他愛ない日常、平和な日々が欲しかった。

 それでも戦うことしかできなかったから。

 必死になって血路を切り開いて生き抜いた。


 僕らは互いに持ってないものを、欲しがっていた。

 

「俺は……」

「ガーンさん。あなたの心に、まだ闇は、穴は開いていますか」

「……ああ。そうだな。

 悪くない。言われてみれば、確かにもう感じない」

「死にたいですか?」

「……俺は」


 ガーンさん。本当のことを言ってください。


「生きたい」


 それが願いなら。

 僕は僕にできることを、します。

 僕だけの力じゃきっと、足りないから。

 あなたと僕の二人で。

 この残酷な運命に立ち向かいましょう。


 これが、僕とガーンさんの、本当の始まり。

 

これから随時、午前と午後の十二時に更新します!

急ぎ足ですが、ついてきてもらえれば幸いです。

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[一言] いいねぇ、好みの展開になってきた(* ̄∇ ̄*)。
[気になる点] 「火考」ではなく「烤」なのでは?
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