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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
30/140

十五、運命とじゃがいものガレット・後編

やっと書き終えた……。ようやく更新いたします。

 僕はいつだって考えてる。

 生まれた意味。僕がやるべきこと。

 やりたいこと。

 僕がもっと違う形に生まれてたら。

 こんな風に悩まずに済んだのかな。


 僕はエクレス・スーニティ。

 本名はまた別にあるけど、もうエクレスでいる時間の方が長いから、エクレスの方がすんなりと反応することができる。

 スーニティ領地の領主の長女として生まれた僕は、幼い頃は女の子として育てられていた。多分、あの頃が今までで一番幸せだった時間だと思う。

 僕は、読み書き計算が良くできる子供だった。

 特に数字に強かった僕は、領内の事務処理書類を見て暗算で間違いを指摘できる。

 だから家庭教師の授業も、礼儀作法はもちろんだけど算術の授業が良くできた。四則計算も、七歳の頃には完璧に出来ていた。

 それに目を付けた父上は、試しにと僕にいろんなことをさせた。事務処理、領内の税金計算、市場の経済把握等々。

 その結果。僕には内政の才能があることが判明した。

 今から思い出してみても、愚かなことをしたと思う。

 あのとき、少しでも隠そうとすればこんなことにはなってなかったと思う。

 褒められたい一心で全てのことに真剣に取り組んでしまったんだ。

 そして、父上は僕を跡継ぎとして育てることに決めた。

 そのとき、僕の女としての人生が終わった。

 始まったのは、男としての教育と矯正。女の子らしさ全てを剥ぎ取られ、そこには第一王子エクレス・スーニティの姿があった。

 僕は、領内の計算を行うだけの機械となっていたんだ。

 仕事をするうちに、兄さんの存在を知った。

 僕の従者だったガーン・ラバー。

 彼は父上の隠し子で、そして僕の腹違いの兄だと知った。


 きっかけなんて些細だった。ガーンと僕の顔立ちがどこか似た面影を持っていて、不思議に思っていたある日。

 父上とガーンの会話を聞いてしまった。

 曰く、妹にこれ以上負担を強いるなと。

 曰く、今からでも女の子として育てるべきだと。

 それを聞いたとき、全ての疑問が氷解した。

 ああ、僕には兄がいたんだ、と。

 だから似てたんだね、と。

 そのことをガーンに告げると、彼は謝ってきた。

 でも、僕は責めるつもりなんて全くない。

 むしろ、数少ない理解ある家族に出会えたことに感謝していると言った。

 その日から、僕はガーンと協力するようになった。

 領内の問題が落ち着けば、きっと今の状況から抜け出せる。

 そう、信じて。


 ある日、領内で問題が起こった。

 今回の戦の立役者、ガングレイブ傭兵団の料理番の男が父上に不敬を働いたというのだ。もちろん、普通の問題なら首を落として終わりだ。

 でも、今回は不思議なことで、僕は処刑を待つように言った。

 料理番の男が言った『危ない』と言う言葉。

 あれは、ワインに毒が盛られたことを察知してやったことではないかと疑問に思っている。

 だけど、後で調べさせたがワインに毒が盛られた痕跡はなかった。ワイングラスにも塗られていないとのことだ。

 つまり、毒ではないのではというのが僕の私見だ。

 毒以外の何か。城内から父上を狙って矢を放とうとしたものに察知して、咄嗟に気を逸らしたとか。

 しかし、弟のギングスは頑なに早期判決を望んでいてことで揉めている。なんでそんなに焦っているのかは知らないが、逆に僕が反対することで時間は稼げている。

 調べる時間は十分ある。でも証拠も痕跡も見つからない。

 ギングスが何かしたというのは、彼の様子を見れば何となく察しが付く。


 そんな日が続いたときだった。ガーンが情報を持ってきたのは。

 料理番の男、シュリ・アズマが情報を持っていたのだ。

 内容は驚くべきことで。

 なんと、前にギングスが父上に献上し、僕にもくれたワイングラス。あれを見て、シュリ・アズマは慌ててたたき落としたらしい。

 しかし、ワイングラスは調べさせたが、これといって不思議なことはなかったはず。

 毒も塗られておらず、ごく普通のグラス。父上は喜んで使っていたが、僕はあまり使っていなかった。別に気に入らないことがあったわけではない。時々は使っていたし、デザインも気に入っていたので使ったのだ。

 しかし、そのワイングラスに細工をされていたのだ。

 ただの鉄メッキ。それだけなら疑問にも思わない。

 父上は特異な体質をしていた。

 鉄の剣を持って稽古した後に、手が赤くなって痒くなるときがある。それは単に、疲れが手に出ているだけだと周りは全員思っていた。無論、僕もだ。

だが、シュリ・アズマが知っていたのはもっと深刻な内容だった。

 奇病。一言で言えばそうなる。

 その奇病は鉄や鉄に浸かった水を飲むことで、体の中で毒か何かが溜まり、ある日突然発症する恐ろしい病。

 治す手立てもなく、始めはたいしたことがないと油断していたら、ある日突然恐ろしい症状となって現れる。

 これほど恐ろしいものはない。治療の手立てすらないのだから。

 僕もワイングラスを使っていたが、回数も少ないし、父上と違って元から鉄を触ってどうこうなる体質でもないから重篤化していない。

 これが真実なら、ギングスは重罪だ。

 この問題を突きつけて、きちんと事態の収拾に努めなければならない。

 僕はその決意と共に、ガーンを連れてシュリ・アズマに会いに行くことに決めた。


「ねぇガーン。一つ聞きたいんだけど」

「なんですか、エクレス様」

「シュリという人間をよく観察するためには、どうすればいいかな」


 僕の質問の意図を掴みかねたのか、ガーンは言葉に詰まっていた。

 僕たちは今、誰にも見つからないようにシュリ・アズマの牢屋へと向かっていた。

 今の時間は夜。廊下には人気ひとけはなく、わずかな蝋燭の灯火ともしびだけが頼りになる。

 どこで誰と出会うかわからない。僕はともかく、僕とガーンが共にいるところを見られるのはまずい。

 ガーンの今の立場は、僕をスパイするギングスの部下ということになっている。

 だから、細心の注意を払わなくてはならない。


「キミの報告書を読ませてもらってもね、シュリ・アズマという人間がわからないんだ。

 領主様のワイングラスをたたき落とした時にはあまり慌ててなかったし、なのに今になって少し慌ててみたり。

 牢獄の中で料理を作ってみたり、脱走する気すらない。

 このままだと、殺されるかもしれないのに。

 報告書の限りだと、よっぽど変な人間になるよ」

「それでしたら、試しに料理を作らせてみるのがよろしいかと」

「料理を?」

「はい。そうすれば、あいつがどんな人間なのかよくわかると思います」


 よくわからないが、ガーンは確信を持って言ってるように思える。

 料理を作らせれば、どういう人間かわかる、か。

 試してみるか。


「なら、どんな料理なら最適だと思うかな」

「じゃがいも、を使った料理がよろしいかと」

「じゃがいも?」


 もっと高級そうな食材を想像してたけど、そんなのでいいのかな?

 じゃがいもは簡単に手に入る食材だ。単価も安い。栽培すれば大量に手に入る。

 つまり、そこら辺にあるなんでもない食材だ。


「ええ。あいつのじゃがいも料理を食べればどんなやつかわかります。

 それこそ、俺が書いた報告書の通り、料理の歴史を変える可能性があることもわかってもらえます」


 ふむ、確かにそんなことが書いてあった。

 じゃがいも料理だけでもレパートリーがある。

 そのどれもが美味で模倣が簡単。

 そして、本人の危険性を一番よく表す料理だと。


「わかったよ。じゃがいもと……そうだね、ベーコンで作ってもらおうか」

「エクレス様」

「わかってるよ。今の領内ではベーコンでさえ高級食材だ。この政争を終わらせないと、民は苦しむばかり。

 だから、彼を見極めこの争いを止めるためにも必要なのさ」


 もし、シュリ・アズマという人間が僕ですら計り知れない男なら。

 僕は彼の身をどうにかしないといけない。

 それも安全を最優先させる方向でだ。

 最悪、秘密裏に脱獄させてガングレイブ傭兵団に返し、妥協案を引き出さないといけないだろう。

 そうでもしなければ、今頃あの悪魔は虎視眈々とこちらの喉元に牙を突き立てんと、策を練ってるだろうから。

 ギングスとの政争、城下のガングレイブ。

 ああ、頭が痛くなる。

 舵取りを間違えれば、この領地は滅びるかも。

 といっても、僕はそこまで領主跡取りの地位に固執してないからね。

 別に僕は跡取りになれなくてもいいのさ。

 ただスーニティが消えてなくなる、なんて最悪の事態にならなければいいんだ。

 

「じゃあガーン。さっそく懐にしまってるじゃがいもとベーコンを持って行こうか」

「な、なんのことだ」

「隠さなくても、キミが隠れて食べ物を買って、シュリくんに調理してもらおうなんてことはバレバレだから。

 カマかけだったけど、まさか当たってたとはね」


 僕の勘も案外捨てたもんじゃないね。

 泣きそうな顔で食材を見てるけど、こっそり食べようとしたガーンの方が悪いから。





 材料を用意して、牢獄への地下を降りていく僕とガーン。

 相変わらずここは、なんというか来たくなかったね。

 なんか怨念が渦巻くというか、暗い雰囲気なんだよね。


「ガーン、こんなところでシュリくんとやらは美味しい料理を食べてるの?」

「まぁ……そうですね」

「こんなじめじめしたところで?」

「はい」

「こんな暗いところで?」

「…はい」

「ふーん」


 一つわかった。

 彼は変わり者だね。


 降りきって、牢屋の前に立つと、彼がいた。

 黒髪で、おおよそ戦う人間とは思えない体つき。

 そして顔も僕らとはどことなく違う。まるで別の国の人間を見てるみたいだ。

 そんな彼が、寝ようとして横になっている。


 まあ、だけど寝顔は可愛らしいね。

 なんというか、戦いを知らない平和な一般人みたいで。


「シュリ、起きているか?」


 ガーンが彼に声をかけた。

 シュリくんは眠そうに体を起こそうとしていた。

 彼は大物だね。こんなところで健やかな眠りを送ろうとしてるんだからね。

 普通だったら己の不運を嘆いて、縮こまるものだよ。


「ふわぁぁ……どうしたですか、こんな時間に。

 いや、時間わかんないですけどね」


 シュリくんは本当に眠そうに言っている。


「お前に会わせたい人がいる」

「明日じゃだめですかぁ……?」


 彼は間違いなく大物だね。

 僕を前にしてこのふてぶてしさ。将来王様になっても不思議じゃない。


「だめだ、今日会ってほしい」

「どちら様で……?」

「この領地を治める領主様の長男、エクレス様だ」

「はい。いつでもどうぞ!」


 いきなり飛び上がって正座をするシュリくんを見て、僕は自分の判断が間違っていることに気づいた。

 彼は小心者だ。それも一般人と同じく、官位の高い人間を前にして恐縮するタイプだ。


 の、はずだけど……。なんだろう。彼は多分、偉い人を前にしても道化を演じる予感がする。なぜだろう?


「では、エクレス様」

「うん、ありがとうガーン」


 僕はガーンに促され、牢屋の前に立った。

 改めて見ると、やはり彼は何かが違う。

 どこが違うのかと聞かれる困るが、違うものは違う。

 なんだろう、この気持ち。

 好奇心がわいてくるのが止まらない。


「ははは。驚かせたかな。僕はエクレス・スーニティという。

 キミの名前は?」

「イエスユアハイネス! 僕はアズマ・シュリと言います!

 アズマが名字でシュリが名前です!」


 変わった名前だね。

 名字が先で、名前が後。

 そんな名前の慣習は聞いたことがない。

 やっぱり彼は変わっている。


「では、シュリ・アズマと言うことでいいのかな?」

「イエス!」


 なるほど、こちらの感じで言ったけどあっててよかった。

 しかし、こういう風に見るとあれだけど、彼は小心者かな?

 言葉の端々に飄々とした感じが見え隠れするよ。

 彼は真剣な顔つきしてるから違うと思うけど……。

 気のせいかな。 


「ではシュリくん。少し話がしたいのだけど。

 今、いいかな」

「無論にござりまする」


 気のせいじゃないね。多分、彼はこれが素だ。

 真剣にやろうとしても、どうしてもふざけが出るんだね。


 でも、これだけ道化を演じて笑わそうとしてくれる人も珍しいね。

 ちょっと笑っちゃったよ。


「キミは愉快な人だね。ここまで笑わせてくれる人ってのも珍しいよ」

「よくわかりませんが……もしかして無礼なのでしょうか……?」


 無礼だよ。

 一分の隙(いちぶのすき)もなく無礼だよ。

 だけど、笑わせてくれたし、不問にしとこうかな。


「ああ、大丈夫。今回は非公式だからそこまで畏まらなくても構わないよ」

「もし無礼だったら、俺が首を刎ねてるからな」


 ちょ、ガーン!

 見かねたのか、ちょっと険しい顔で釘を刺してる!

 ほら、シュリくんが怯えてるよ。

 いや、彼はちょっと怯えて畏まってるくらいがおとなしくていいかも。


「それでシュリくん。相談があるんだけど。いいかな?」

「相談?」

「ああ、キミはガーンにたくさんの料理を作ったそうだね?」

「え?」

「隠そうとしなくていいよ。報告書でも読ませてもらってる。ガーンの体調を気遣ってくれてありがとう」


 ガーンのために、酒飲みを抑える料理を作ってくれた。

 じゃがいもくらいしか食べるものがなかったこの状況で、工夫して料理してくれた。

 相手を気遣える優しい人でもあるんだね。

 こんな、牢屋に入れた一族の人を前にしても荒らげることなく、落ち着いて対話できているのがいい証拠だ。

 そうじゃなきゃ、どこかで僕を襲おうとしてたかもしれない。


「僕はただ、おいしい料理を作りたかっただけで……」

「ふふ、キミは謙虚なんだね。

 さて、ここからが相談だ」


 そう、ここからが本題だ。

 今までの対話で人間性は四割わかった。

 でも、六割がどうしてもつかめない。

 小心者なのか。

 大胆なのか。

 いい加減なのか。

 計算できる人なのか。

 ここで見極めなければならない。

 僕が目配せすると、ガーンは懐から、こっそり食べようと持っていたじゃがいもとベーコンを取り出してくれた。

 ちょっと泣きそうだけど、知るもんか。自分だけ美味しいものを食べようとした罰だ。


「今、我が領内では深刻な食糧不足が起きている。領主の息子である僕ですら、この二つの食材が卓に並ぶだけでも豪華と思えるほどだ。

 さて、キミならこの食材。どう調理する?」


 ベーコンとじゃがいも。

 思いつくのは炒める。じゃがいもとベーコンを一緒に炒めてしまう。

 次にじゃがいもを蒸かしてベーコンを添える。これがオーソドックスだと思う。

 じゃがいもをベーコンで巻いてしまうという裏技もあるかな。

 さぁ、キミならどうするかな?


「塩とかあります?」

「今回は調味料なしだ」


 そう言えば用意してなかった。

 ガーンに目配せすると、首を横に振った。

 キミ、確か魚醤と干しアサリを持ち歩くほどじゃなかったっけ?

 まあいいや。


「このベーコンは、すでに味付けしてありますか?」

「いや、普通に加工したものだ」


 このベーコンは、保存を考えて塩を多めに塗り込んである。

 なんせ父上が食べるものだ。腐らせるわけにはいかない。

 あと、多くの調味料を漬けこんで味を整えてある。

 普通に食べればそれだけで味がする代物だ。

 なんせ塩辛いくらいに味を付けてないと、あっという間に腐るから。


「ではじゃがいものガレットにしましょう。

 味は十分のはずです」


 ガレット?

 初めて聞く名前だ。


 彼はじゃがいもを受け取ると、慣れた手つきで皮を剥いていく。

 本当に慣れてるんだな、て僕は思ったよ。

 なんせ皮が一枚に繋がったまま、幅も厚さも揃えて剥いていくんだもんね。

 そしたらじゃがいもを細く細く切っていく。

 細く?

 そして細く切ったじゃがいもを、さらに小さく切ったベーコンと混ぜていく。

 火を噴く、不思議な紙の上で浮いている鍋に投入し、火力を上げて焼く。

 そのときに形が崩れないように気を付けているのがわかった。

 丸く、形を整えている。

 両面を焼き終えたら今度は火を弱めてじっくり焼き上げていく。

 あぁ、匂いがたまらない。

 不思議だ。調味料も何も加えていないはず。

 なのにじゃがいもとベーコンが焼ける。それだけがこんなにいい匂いだったのかと改めて感じさせられた。

 

 焼き終わった後、近くにあった皿を手に取り、丸く焼き上がったそれを、僕に出してくれた。


「できました。ベーコンの味を楽しんでください」

「ありがとう。しかし、見たことないねこの料理。

 まるでじゃがいもが薄く伸ばされて、その中にベーコンを埋め込んでいるような見た目だね」


 そう、バラバラのじゃがいもを一つにまとめてベーコンを埋め込んでいるかのような見た目。

 なのに不思議と美味しそうに見える。

 単純に考えると、これはじゃがいもとベーコンの炒め物だ。

 そのはずだ。そのはず。

 でも、なんだろう。

 こんな不思議な工夫をされると、視覚的にも面白い。

 僕が考えるに、これは酒の肴になるものじゃないかな。

 後ろのガーンに促すと、彼は僕にフォークとナイフを用意してくれた。

 多分、これは彼が食べたかったんだろうね。

 この用意周到さは。

 さていただこうか。

 簡単に一口に切り分け、口に運ぶ。

 

「……ほう」


 最初にわかったのは、シンプルで簡単だけど、よく考えられた料理だと言うことだ。

 じゃがいもをつぶしたり煮たりした場合には生まれない、じゃがいもの隙間にベーコンの焼けた油が流れ込み味が混ざり合っている。

 じゃがいもを噛むと、じゃがいもとベーコンの脂の旨みがその隙間から出てくるんだ。

 その脂とじゃがいもの甘みが口の中で混ざり合い、素晴らしい味になっている。

 じゃがいもの食感もいい。

 さくさくパリパリ。

 まるで三時の手軽なおやつを食べているかのような、軽さ。

 これが前菜で出てくるなら、申し分のない料理だろう。

 もちろん、これ自体に満腹にする力はない。

 もう一品出てきても食べられそうだ。

 でも、不思議とこの味にはまりそうだ。

 なによりベーコンの比率が素晴らしい。

 多すぎないからじゃがいもの味を殺していない。

 少なすぎないから、油の旨みが足りないこともない。

 この料理はベーコンが少なすぎたら、恐らくだけど味がないんじゃないかな。

 ベーコンに元からある、調味料の味があるからこそじゃがいもの味が生きている。

 そうか、だから調味料がなくても余裕だったのか。

 確かにこのベーコンには、元から塩味がしている。

 保存のための塩辛さを、じゃがいもがマイルドに和らげているんだ。

 だからくどくない。

 そして、美味しい。


「素晴らしいね。確かにしっかり味がしている。不思議だね。他の調味料は一切加えていないはずなのに」

「それはベーコンそのものの味がじゃがいもに移って、じゃがいもの甘みと一緒になってそんな味になるんですよ」


 なるほど、考えていた通りだね。

 濃すぎるベーコンの味をじゃがいもに移すことで、ちょうど良くしてるんだね。

 ベーコンをじゃがいもで引き算した料理、ということだ。

 料理というよりお菓子に近いけど。

 いや、おつまみかな。


「うんうん、確かにその通りだよ。保存食品としても良いこのベーコンは、朝食でいただこうとするなら添えるだけでも味のクオリティを上げる。

 だけど、あくまで添えるか焼くかだけだよ。

 こんな風に、ベーコンをじゃがいもに埋め込んで一つの料理にするのは珍しい。城下の人たちも、簡単に真似ができる」


 そう、一番の評価できるポイントは“真似しやすい”という点だ。

 報告書でも見た料理のどれもが“簡単”なものばかりなんだよね。

 そして“手に入れやすい”食材で作られたものばかりだ。

 じゃがいもも、アサリも、魚醤も、バターも。

 ベーコンはちょっと違うが、今の政争で食糧不足になる前なら、庶民なら買えるものばかりだろう。

 つまり、傭兵団のように資金のやりくりが難しい組織運営において、買えるもので不満が出ない食事作りができている。

 きっとガングレイブ殿の傭兵団で、多少の問題やいざこざはともかくとしても、致命的な問題など起こってなかったんだろうね。

 これだけの食事が毎回毎回、給与とは別の支給で出るなら不満なんてそうは出ない。


「素晴らしい。確かにこれだけの料理の腕前なら、ガングレイブ殿が手放したくないと言うのもわかる」

「ガングレイブさんはどうしてますか?」

 

 シュリくんは心配そうに聞いてきた。

 なるほど、確かにそれは気になるところだ。

 ガングレイブ殿は今、城下町のある宿屋に押し込んでいる。

 それも隊長格の人たちと一緒に、だ。

 部下は別の宿屋に数人単位、もしくは警備詰所に数十人単位で抑えてある。

 しかし、いつ暴発してもおかしくはない。

 そもそも謹慎を告げて押し込んでいても、彼らは戦に出て勝ち、その時点で契約は終わっている。

 なのに、こちらは人質にとって命令するという暴挙だ。

 確かにシュリくんは無礼を働いた。

 その事実も、これからの調べと関係各所の詰問を行えば裏付けがとれるだろう。

 グラスに細工してあり、それが領主にとって有害だから咄嗟に判断したもの。

 言ってしまえばシュリくんは恩人だね。

 それが知られれば、ガングレイブ殿も黙ってない。

 今は人質と領地授与をちらつかせているが、その気になれば部下とともに一斉蜂起だってあり得る。


 ああ、頭が痛い。

 

 この事実を隠しつつ、うまく妥協点を引き出し、穏便に終わらせる。

 嫌になってきた。

 そう思うと、目の前のシュリくんがいかに魅力的な立ち位置にいるかわかる。

 傭兵団の中でも、死傷率が低い傭兵団の、さらに死傷率が低い料理番。

 好きな料理を作って、毎日の生きる糧にしている。

 ああ、こんな風に好きなことやって、好きに生きれたらどれだけ充実した毎日を送れるだろう。


 いっそ、僕もガングレイブ傭兵団に入ってやろうか。


 ふと思い浮かんだそんな提案が、僕は実に良い考えのように思えた。

 今、この政争問題とガングレイブ傭兵団への対応が終わったら、身分を隠して傭兵団に入ってもいいかもしれない。

 そのとき、男から女に戻って、計算とか得意だから経理や事務を担当したり。

 ガーンも連れてきて、シュリくんの下で働かせながら情報収集とかさせて。

 このご飯を毎日食べながら、仕事に励んだり。


 なんか、理想の生活がそこにあるような気がしてきた。


 そうと決まれば、それとなく交渉してみようか。

 できるだけ、断れないように誘導しつつ同情を誘ってみたらいけるかもしれない。


「彼らは今、城下町で監禁中だ。バラバラにして宿に押し込んでいる」

「じゃあ、無事なんですねっ」


 あからさまな安堵を見せるシュリくん。

 やはり、ガーンから何も聞かされていないらしい。

 僕は止めてないけど、ギングスは頑なに止めていた。

 どのような行動を取るかもわからないから、確かに有効ではあるけど。

 この通り、相手を不安がらせて、最悪の場合は暴走させてしまう可能性もある。

 虚偽も交えて適度な安心を与えていればいいのに。

 でも、今回僕は安心よりも不安を交渉に使う。


「ただし、キミの行動の理由が不明だったから、不敬罪と言うことで懲罰が下るかもしれない」

「ええっ」


 これは嘘ではない。

 今でも、真実を知る僕とギングス、ガーンの三人以外は知らない。

 理由がわからないのでシュリくんを尋問して確かめる案だって出てる。

 どうせ自分の考えを押しつけて、都合良く情報を改竄するに決まってるよ。


「キミの言いたいことはわかる。ガーンから報告は受けている。だけど、今の領内では政争が起こっているんだよ。それをどうにかしないと、ここからキミを出してあげることすらできない。それに、このままいたずらに時が過ぎればガングレイブ傭兵団が暴発するかもしれない。そうなってしまえば、おそらく僕は殺されるだろう」


 これも真実。

 ガングレイブ殿がこの真実に気づいたら、どんな行動に移るかな。

 僕が彼だったら、そうだね。

 まず、仲間を不当に捕まえてるということで領主側を詰問する。

 そして交渉という名前の脅しをかけて、多めの領地の授与と仲間の返還を求めるかな。

 さらに金銭の要求もする。宿屋の経費と慰謝料、雇用期間の延滞料金に、部下たちへの手当とかも盛り込むかな。

 雇用期間云々は言いがかりかな。領地授与の話の段階で永続雇用は間違いないし、その時点で部下にするのは間違いないから、傭兵団の雇用規約に引っかかってないはずなんだけど。

 謹慎を受け入れている時点でその扱いも間違いはないはず。

 だけど、ガングレイブ殿は容赦しない。

 仲間を奪われ、面汚しをされ、黙っているはずがない。

 拒否されれば、いや拒否されるの前提で交渉して決裂したら、大義名分のもと城下の制圧と領主一派の打倒を開始するかも。

 なんせシュリくんを閉じ込めて数日が経っている。その間に城下は政争で食料不足になってる。不満を持つ市民はたくさんいるから、扇動するだけでいいかもしれない。

 そして城下の地図も作ってるかな。敵を懐で捕らえてるもんだから、いくらでも調査可能だろうね。

 もちろん、他の諜報員に監視させてるけど、気づかないうちに行動されてるのは目に見えてる。有象無象の諜報員が監視する隊長格の宿屋に関しては、もう不安で仕方がない。ガーンなら、安心できるけどね。

 準備万端になったら行動開始。市民を扇動しつつ城を制圧、領主一味を食糧不足と城下町への混乱、そして今までの不安や不満を全部おっかぶせて断罪。

 誰も領内を収める人がいないからじゃあ自分がやるよと立候補。

 はい、領主ガングレイブの誕生だ。

 そのとき、僕も確実に殺されるかな。


「そこで、相談があるんだ」

「?」

「僕を連れて逃げてくれないかい?」

「え、エクレス様?!」


 当然、後ろのガーンも驚いている。まあ当然だよね。相談してないし、いきなり領主の長男(長女)が実家を出奔するような話をしたら、部下としても兄としても驚くに決まってる。

 でも、僕が生き残り、且つ有意義な人生を送るには必要なことだ。


「僕は思ったんだ。今回の問題にしろ、今までのことにしろ。僕がこの領内をまとめようとすればするほど、どこかが『歪む』。

 なら、僕がいなくなればいいかな、て。

 でも、それをするには、不安があった。ここから逃げ出して市井に行って生活できるのかってね。

 そこでキミだ。キミの料理の腕があれば、あとは僕とガーンがサポートすれば、十分に市井で暮らすことできる。

 無論、この問題も僕が全力を以て当たらせてもらうよ。終わったら、僕は継承権を破棄して引退する。

 どうだろうかな? 僕をここから連れ出してはもらえないかな」


 ちょっと卑怯な交渉だけど、シュリくんにはわからないだろう。

 この、同情を引きつつ、相手を褒めちぎり、僕も協力するからと譲歩を見せて、要求を告げるなんてのはね。

 実際、凄くシュリくん困ってるし。

 多分、自分では考えもつかないような事態に混乱してて、そこに手を差し伸べられた感じかな。

 シュリくんは少し悩んだ後、僕を見て言った。

 

「わかりました。ここを出た後はガングレイブさんの下で僕と料理番をすることになりそうですが、それでも?」

「構わないよ。ここから出ることさえできれば」


 これで、『僕とガーンの最後の保険』は整ったわけだ。






 その後、僕は牢獄を後にして、これまた気を付けて私室へと戻った。

 幸い、誰にも見つからなかったし、問題ごとは六割片付いたと思っている。

 けども。


「エクレス様。あれはどういうことですか!」


 ガーンは僕に詰め寄るように問うてきた。


「領主の長男ともあろうお方が出奔の計画を立てて、どうなさるおつもりか!

 それも、相手は牢獄の罪人ですよ!」

「……ガーン。周りに人は?」

「……いません。私の感覚では気配を感じ取れません」

「なら安心だ。口調を直して話してよ」


 ガーンは襟元を緩めて深呼吸をして、僕に言った。


「確かにシュリは安心できるし信頼できる。この数日間で俺はそれを知った。

 だけどな、エークレンニス。お前がいきなり外に出奔して生きていけるわけないだろ。

 傭兵団はそれだけ混沌とした社会組織だ。あいつが生きてこれたのは、類い稀な料理技術を認められたからだぞ。

 お前がそこに入って、何ができるんだ」


 もっともな意見だね。


「いいかい。そのときはガーン兄さん。あなたも来るんだよ」

「はぁっ!?」


 驚いて目を剥くガーン。

 そりゃそうだね。


「何で俺が!?」

「そりゃ、ここにいたらいつまでも父上やギングスにこき使われるだけだからだよ。

 それより、自分の足で外に出て、いろんなものを見たくないの?

 僕は見たい。彼を通して見た世界はきっと、広いよ。

 こんな私室よりもね」


 ああ、夢が広がるなあ。


「お前……馬鹿かよ……」

「馬鹿みたいに生きるのって楽しそうだなって」


 それと、と僕は真剣な顔つきをして言った。


「いいかい。ガングレイブ殿も馬鹿じゃない。この事実を、必ずどこかで掴む。

 そうしたら、きっと僕もガーンも無事じゃ済まないよ。

 危惧してたろ、僕ら。

 そのときのための保険さ。

 幸い、僕は対外的に男として知られてる。

 いざというときはシュリくんと一緒にぼろぼろの服でも着て、牢獄に入ればなんとかなるでしょ」

「はぁ……。お前、ほんと馬鹿だな」


 とか言いながら、ガーンもちょっと笑ってる。


「でも、俺もあいつに料理を教わる約束してたしな。

 いざって時は付き合ってやるよ」


 ははは。やっぱりガーンも出て行きたかったんじゃないか。


「そのときはお願いね」

「ああ、もちろんだ!?」


 そのとき、ガーンは窓を見て咄嗟に駆け寄った。

 窓を開け、下を見る。


「どうしたの?」

「侵入者だ!」

「えっ!?」

「気を抜いてた。全く気配もなかった!

 あれは……テグ殿か!」


 テグ!?

 僕も急いで窓から外を見るが、夜の闇の中を疾駆する謎の影しか見えない。

 人間離れしてる。あれが弓聖テグの斥候術か!

 全くわからなかった。

 ここ、四階の部屋でベランダもないはずなのに、どうやってここにいたんだ!?


「まずい、今の話、聞かれてたかもしれない!」

「どこからどこまでだろう!?」

「恐らく、最初から最後までだ。

 窓に残ってる跡からすると、相当長い時間しがみついてたんだ。

 俺がここに報告書を持ってきた段階からだ」


 そんなに?!


「まずいな……。ガングレイブ殿が真実を知った」

「それは、困ったことになった……。

 最悪の事態が動き出すかも……」

「エークレンニス。お前の保険、使うしかないかもしれない」

「だね……」


 僕はため息を吐いて言った。

 最悪の事態だ……。




 これが、僕ことエークレンニスとシュリの出会いだった。

すみません、更新が遅れて。

活動報告に書いたとおり、感想についていろいろ悩んでグダグダして、みんなにご迷惑をおかけしましてすみません。

これからは、堂々と頑張ります。

もちろん、落ち着いたらどんどん感想を返信します!

よろしくお願いします!

ちなみにブラッドボーンは、ようやく血に渇いた獣を倒せました。

これから教会の工房を抜ける予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの展開? てか、テグがスゴすぎる(^_^;)。
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