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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
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十五、運命とじゃがいものガレット・前編

 運命。

 それは定められた未来。変えられない宿命。


 とか、かっこいいことを言ってみたい今日この頃のシュリです。

 芋モチ食べたら眠いので寝ます。

 今日はもう終わり!


「シュリ、起きているか?」


 と思って横になってたら、ガーンさんの声が聞こえました。


「ふわぁぁ……どうしたですか、こんな時間に。

 いや、時間わかんないですけどね」


 時計もないし、日の光がないからね。


「お前に会わせたい人がいる」

「明日じゃだめですかぁ……?」


 もう眠たいので、寝返りうって寝ます。

 お休み!


「だめだ、今日会ってほしい」

「どちら様で……?」

「この領地を治める領主様の長男、エクレス様だ」

「はい。いつでもどうぞ!」


 なんてこったお偉い方が来ちまったYO!


「では、エクレス様」

「うん、ありがとうガーン」


 ガーンさんに連れられて、一人の男性が僕の牢屋の前に来ました。

 ……。


 誰?


 いや、長男さんなのはわかるけど……。

 見目麗しい御仁です。とてつもない美人さんです。

 でも、なんかおかしい。

 この人、男? 女?

 中性的すぎて見分けがつかないんですけど……。


「ははは。驚かせたかな。僕はエクレス・スーニティという。

 キミのなまえは?」

「イエスユアハイネス! 僕は東朱里と言います!

 東が名字で朱里が名前です!」


 あかん、迷ってたら失礼になってまうがな!


「では、シュリ・アズマと言うことでいいのかな?」

「イエス!」

「ではシュリくん。少し話がしたいのだけど。

 今、いいかな」

「無論にござりまする」


 ここで断ったら、首ちょんぱされそうですので。

 ですが、エクレス様はいきなりクスッと笑いました。

 いきなり何事?


「キミは愉快な人だね。ここまで笑わせてくれる人ってのも珍しいよ」

「よくわかりませんが……もしかして無礼なのでしょうか……?」


 だったら僕、首ちょんぱじゃないですか!


「ああ、大丈夫。今回は非公式だからそこまで畏まらなくても構わないよ」

「もし無礼だったら、俺が首を刎ねてるからな」


 ええ!? ガーンさんそりゃないよ!


「それでシュリくん。相談があるんだけど。いいかな?」

「相談?」

「ああ、キミはガーンにたくさんの料理を作ったそうだね?」

「え?」

「隠そうとしなくていいよ。報告書でも読ませてもらってる。ガーンの体調を気遣ってくれてありがとう」


 まあ……そういうこともありますけど。


「僕はただ、おいしい料理を作りたかっただけで……」

「ふふ、キミは謙虚なんだね。

 さて、ここからが相談だ」


 キュ、と表情を真面目にしたエクレス様。

 とても凜とした雰囲気で、呑まれそうです。

 すると、後ろに控えていたガーンさんが二つの食材を出しました。

 じゃがいもとベーコン、です。

 それを僕に手渡すと、再びエクレス様の後ろに控えました。

 従者の鑑や!


「今、我が領内では深刻な食糧不足が起きている。領主の息子である僕ですら、この二つの食材が卓に並ぶだけでも豪華と思えるほどだ。

 さて、キミならこの食材。どう調理する?」


 ベーコンとじゃがいも、ですか?

 普通に炒めればいいのでは……。

 いえ、この人はそれを望んではいないように思えます。


「塩とかあります?」

「今回は調味料はなしだ」


 ふーむ……。調味料なしでこの食材を調理、ですか。


「このベーコンは、すでに味付けはしてありますか?」

「いや、普通に加工したものだ」


 なるほど。なら無難にあれにしましょう。

 冷蔵技術が発達していないこの世界なら、おそらく使われている調味料も多いでしょう。


「ではじゃがいものガレットにしましょう。

 味は十分のはずです」


 ベーコンはすごいですよ。特に味を付けなくても、酒の肴になるくらい味がしますから。

 とはいえ、やっぱり塩胡椒は欲しいですけどね。

 まずじゃがいもを細く切り、鍋で焼いていきます。

 十分に火が通ったらベーコンを投入。

 一カ所に固めて十分に火を通し、焼けたと思ったら裏返し。

 片面も同じく焼いたら完成。皿に移してエクレス様に渡しました。


「できました。ベーコンの味を楽しんでください」

「ありがとう。しかし、見たことないねこの料理。

 まるでじゃがいもが薄く伸ばされて、その中にベーコンを埋め込んでいるような見た目だね」


 感心しているエクレスさま。

 後ろからガーンさんにフォークとナイフを受け取り、切り取り始めました。

 あなた、いつもそれを確保しているの?


「……ほう」


 口に運んだエクレス様から感嘆の声が漏れました。


「素晴らしいね。確かにしっかり味がしている。不思議だね。他の調味料は一切加えていないはずなのに」

「それはベーコンそのものの味がじゃがいもに移って、じゃがいもの甘みと一緒になってそんな味になるんですよ」


 ベーコンというのは加工の過程で大量の調味料を使ってます。それこそ塩から香辛料に、ワインを使ってることすらあります。

 塩漬けにした燻製肉ですからね、ベーコンは。

 なので、そのものの味は濃くて美味しく熟成している。

 それがベーコンの素晴らしさなのです。


「うんうん、確かにその通りだよ。保存食品としても良いこのベーコンは、朝食でいただこうとするなら添えるだけでも味のクオリティを上げる。

 だけど、あくまで添えるか焼くかだけだよ。

 こんな風に、ベーコンをじゃがいもに埋め込んで一つの料理にするのは珍しい。城下の人たちも、簡単に真似ができる」


 保存食品?

 ああ、そういえば昔、ベーコンは保存食品でしたね。それは、昔は塩分を多めに使っていたからです。現代の日本ではしません。味と見た目と冷蔵環境が整った今では、塩分を少なめにして水分を多めにしているからです

 なのでベーコンの常温保存はおすすめは絶対にしません。

 時々、常温保存可能なベーコンもありますが、それは大丈夫ですよ。ただ、早めに食べることをお勧めします。

 エクレス様はガレットを全て食べ終えると、満足したように笑いました。


「素晴らしい。確かにこれだけの料理の腕前なら、ガングレイブ殿が手放したくないと言うのもわかる」

「ガングレイブさんはどうしてますか?」


 ずっと気になってたことです。


「彼らは今、城下町で監禁中だ。バラバラにして宿に押し込んでいる」

「じゃあ、無事なんですねっ」


 よかったー。ほんとによかった。

 それだけが気がかりで……。


「ただし、キミの行動の理由が不明だったから、不敬罪と言うことで懲罰が下るかもしれない」

「ええっ」


 そんな馬鹿な。あれをしないと、領主様が倒れてもっと大変なことになりますよ!


「キミの言いたいことはわかる。ガーンから報告は受けている。だけど、今の領内では政争が起こっているんだよ。それをどうにかしないと、ここからキミを出してあげることすらできない」


 そして、エクレス様は視線を落として言いました。


「それに、このままいたずらに時が過ぎればガングレイブ傭兵団が暴発するかもしれない。そうなってしまえば、おそらく僕は殺されるだろう」


 な、なんか事態が思っていたよりも大きなことになってます。

 嫌だー。そんなドロドロな争いに巻き込まれたくないよ!


「そこで、相談があるんだ」

「?」

「僕を連れて逃げてくれないかい?」

「え、エクレス様?!」


 え? いきなりこの人何言い出してんの?

 ほら、後ろのガーンさんだって驚いてるよ?

 この状況わかんねーYO!


「僕は思ったんだ。今回の問題にしろ、今までのことにしろ。僕がこの領内をまとめようとすればするほど、どこかが『歪む』。

 なら、僕がいなくなればいいかな、て。

 でも、それをするには、不安があった。ここから逃げ出して市井に行って生活できるのかってね。

 そこでキミだ。キミの料理の腕があれば、あとは僕とガーンがサポートすれば、十分に市井で暮らすことできる。

 無論、この問題も僕が全力を以て当たらせてもらうよ。終わったら、僕は継承権を破棄して引退する。

 どうだろうかな? 僕をここから連れ出してはもらえないかな」


 いきなりです。いきなりすぎます。

 でも、断る理由もありません。傭兵団のみんなが無事なら。

 後はこの人に任せて、僕はことの成り行きを見ればいいんですから。

 問題の解決に当たってもらうなら、これ以上のことはありません。

 僕は頷いて言いました。


「わかりました。ここを出た後はガングレイブさんの下で僕と料理番をすることになりそうですが、それでも?」

「構わないよ。ここから出ることさえできれば」


 エクレス様はそう言って笑いました。

 その笑顔は、どこか。

 無理していたもの全部を捨てれることに安心できるような顔です。

 

 その後、エクレス様はガーンさんを連れて出て行きました。


「……いいのかな」


 捨てさせていいのかな……。

 積み上げたもの全部、捨てさせて……。

 いや、踏みとどまっても無理なことはありますからね。

 それよりも別の道があるならそちらに行けば、いいのかもしれません。

 結局、僕は言いようのないモヤモヤを抱えて寝ることになりました。

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