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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
28/140

十四、真実と芋モチ・後編

待たせたな!って感じで更新

 俺は生まれから、“裏”で生きていくことを義務付けられた。

 決して目立つことはできない。裏方での汚れ仕事を押し付けられる日々。

 不正を働く重臣の秘密を調査。

 各地の情報網、諜報網の構築。

 暗殺術、密偵術の習得。

 俺の日常は、全て闇の中にしかない。


 俺の名前はガーン・ラバー。

 ここ、スーニティの領地でいわゆる“裏”の仕事を担当する諜報官だ。

 俺の名前は、実際に城の名簿には存在しない。

 事務方にも兵士の目録にも書かれていない。

 ガーン・ラバーという名前も、必要だから名乗っているだけで本当の名前はない。

 生まれた時に俺の将来は決められ、闇という名の泥の中に埋められた。

 汚れて汚れて……。守るべきもののためにひたすら戦い続けた。

 そんな俺だが、最近楽しみが出来た。


 今回の仕事は、第二王子からの命令。

 牢獄に捕らえられた男の監視だ。

 本来なら領主の不敬罪など首を刎ねれば済む話。

 だが、第二王子であるギングス・スーニティ様は用心をしていた。

 ギングス様は、何かを知ったであろうシュリが口を滑らすのを恐れている。

 それがなんなのか、俺にもわからない。


「ギングス様。奴が持っているであろう情報とはなんでしょうか。

 それがわからねば、私としても対処のしようがありません」

「黙れ!」


 ギングス様の私室で、俺は叱責を受けていた。

 ギングス様は今年で十五。あとは功績を上げれば領主後継候補として恥じない立場となる。

 しかし、ギングス様に領地を経営する手腕はない。

 軍務としての才覚は確かなものはあるが、内政や外交にその才能は振り分けられていない。

 それがわかっているからこそ、焦り、そして今の状況となるのだ。


「俺様だけが知る情報を、あのくそ料理人が握っているなら殺せ。

 俺様もできる限り、あいつを不敬罪で死罪とするように父上と兄上に進言する。軍務の実権を握る俺様の進言なら、あの二人でさえも無視できねえ」

「それなら秘密裏に殺せばよろしいのでは」

「それはできねえ。牢獄の中で不審死されでもすりゃ、ガングレイブ傭兵団がすっ飛んできてこの領地をガレキの山に変えることは目に見えてんだよ」


 ギングス様は爪を噛んで、苛立ちを抑えていた。


「父上の跡を俺が継いで、領地を与えたガングレイブ傭兵団を軍に組み込んで飼い犬にする。

 それが俺様の計画だ。なのに、あの料理人がくそみたいなことをしやがって!! どいつもこいつも俺様の邪魔ばっかりしやがる!」

「ギングス様、落ち着いてください。

 私はこれより、看守としてあの料理人の傍にいることにします。

 なにかあれば、すぐに連絡をいたします」

「頼んだぞガーン・ラバー。くそが、計画の練り直しだ……」


 悪態をつきながらベッドの上で爪を齧り続けるギングス様を見て、俺は思った。


 この人は、哀れだ。


 いくさ天稟てんびんはあれども、この当たり障りのない、軍備は整っているが優秀な部下がいない、精強な兵がいないこの領地ではこの人の才覚は活かしきれない。

 無論、ギングス様はその現状を変えようと必死で努力なさっている。兵を鍛え、部下の育成に力を注ぎ、兵法の習得に時間を費やす。

 それが普通の将軍なら、立派に軍を動かせる素晴らしい人材だ。

 しかし、この人は領主の血統を引き継いでいる。その才覚だけでは足りない。領地の経営、周辺諸国との外交、納税の管理から監督、確認。事務の配置。納税の徴収からその税率の操作、市場の経済調整。

 やらなければならないことは山ほどあるが、この人ができるのはあくまで軍関係だ。兵站線の管理から戦争の戦術構築にかけてはこの領地に住まう領主の家系の中で群を抜いている。生まれが違えば、間違いなく立派な将軍として活躍していたことだろう。

 足りない才覚が、ある。それだけなのに、それが致命傷なんだ、この人は。


 俺は部屋を出ると、溜め息を吐いて地下室に向かった。

 標的の名前はシュリ・アズマ。

 領主様に素晴らしい豚の丸焼き料理を饗した人物。

 ガングレイブ傭兵団、料理番。

 

 今、ガングレイブ傭兵団は街で待機させている。

 隊長格は一つの宿屋に、他の兵たちは街それぞれの宿屋にバラバラに押し込んだ。

 ここ、スーニティの領地は、城の門外に城下町を構えている。

 そこそこ大きな街として機能するそれは、今ではガングレイブ傭兵団の大きな監獄となっていた。

 ガングレイブは、今動けないはずだ。

 領地をもらえるはずが、シュリ・アズマの行動のせいで一気にその地位を落とした。

 反逆の意図なければ、こちらの調査が終わるまで動くな。ギングス様の命令で押さえつけている。

 逆らえば領地はもらえない。その上、街の地理に詳しい我らの方が分がある。

 おいそれと動くこともできないはずだ。

 しかし、確実ではない。

 彼らの絆は、こちらの想像の何倍も堅い。

 同じ孤児の出身から旗揚げし、ここまで盛り上げてきた彼らだ。

 用心に用心を重ねることも、きっと取り越し苦労などではない。


 ガングレイブの戦術は、ギングス様を超える。あの知略と権謀術数、そして天才的な剣さばきは脅威である。

 アーリウスの魔法は壁すら溶かす炎を生み出す。彼女の前では防壁などなんの意味もない。

 リルの発明は戦局をひっくり返す。予想すら許さないのは悪夢だ。

 クウガの存在、剣技だけでも兵たちは怯え、力の発揮を許さない。彼こそ、剣の鬼と言えるだろう。

 テグの斥候や弓の技術も油断できない。遠く離れた地から、いつこちらの喉にその矢を突き立てるのか考えるだけで恐ろしい。

 そして、彼らの絆を更に強固にする存在。

 シュリ・アズマ。

 彼の扱いを間違えれば、ギングス様の言うとおりこの街はガレキの山となるだろう。


 しかし、シュリ・アズマという人物がわからない。

 調査しても、彼が傭兵団に入る前の記録や情報が全く手に入らない。

 俺の調査網や諜報網に引っかからない情報はないと自負していた。

 結果は惨敗だがな。どう調査してもわからない。

 謎だらけ。

 シュリ・アズマはどこから来たのか?

 あの料理の技術はどこで習得したのか?

 それも含めて、俺は調べることにしている。

 シュリ・アズマの存在を無視すると、きっとこの領地だけでなくサブラユ大陸全土に、大きな波乱を呼ぶ可能性がある。

 俺の勘がそう告げている。


 さて、実際に看守として行動することにしたのはいいが、標的を見て、俺は困ることになる。

 どう見ても、そんな脅威となる人物には見えないのだ。

 こんなやつを監視して、果たしてギングズ様の漏らしたくない情報とやらを探れるのか?

 持ち込んだ酒とアサリの塩干しを取り出し、俺は少し休憩を取ることに決めて。

 牢獄前に椅子を置いてのんびり構えることにした。


「あー、うー、どうしよう、言い訳しとけば、いや、だけど下手すると殺されるかも、でも、あーっ」

「うるせーぞ罪人、牢屋の中では静かにしてろ」

「はい、すみません!」


 シュリ・アズマは俺の注意一つで黙ってしまった。しかも正座だ。

 しまった、やりすぎたか?

 できれば主導権を握って吐かせること吐かして終わりたい。

 だが慌てれば事をし存じることになる。


「たく、落ち着いて酒が飲めねえ……」


 酒を飲めば、少しは気が紛れる。

 頭の回転もマシになる。だが、酒精が切れたら途端にイラついてしまう。

 だから、隙があれば酒を飲んで頭をハッキリさせることにしている。


「あのぅ、看守さんが酒飲んでていいんですか?」

「あぁ!?」


 痛いとこ突きやがるこの野郎。

 無論、飲んでいいわけがない。


「なんでもないですごめんなさい」


 怯えながら言うシュリ・アズマを見て、俺は溜め息を吐きたくなった。

 なんでこんな奴を牢獄に入れる必要があるのか。別に控え室にぶち込んでもこいつは逃げられねぇ。武力もないし機転もなさそうに見える。

 だから聞いてくるのだろう。酔った状態で脱獄を阻止できるのかと。

 舐めてやがる。


「……てめえのようなひょろい男が何したって、俺は倒せねえよ。

 それにその鉄格子は絶対に壊せねえ。看守なんていりゃいいんだよ」


 その鉄格子は魔法反射の魔字マギ・スペルを刻んでるし、鉄自体もこの領地随一の鍛冶屋に作らせた特注品。

 これを破って脱獄できるやつなんていない。

 もしいるなら、そいつは俺たちでは決して敵わない怪物か何かだ。


 だから、俺も脱獄を気にせずこいつの観察に神経を集中させることができる。

 のんびり構えながら、徐々に情報を吸い上げてやる。


 そう、考えていた。


「袋から出してるそれ、なんですか?」


 唐突にシュリ・アズマが俺に訪ねてきた。

 どうやら、俺が食べているものが気になるらしい。

 さすがは料理人、目ざといな。


「あ? アサリだよアサリ。塩漬けにして干した、酒の肴だ。

 この魚醤につけて食ってんだよ。

 オメエの分はねえぞ」


 やるつもりなんかねえ。

 こいつがないと酒が進まねえ。酒が進まなかったら頭が回らねぇ。

 そうなったら俺はおしまいだ。


「飲んでるその酒、ワインですか?」

「米酒。もう静かにしてろ」


 最近ニュービストから流れてくるようになった酒の一種だ。

 辛口でキュッと締まっており、流れはとても滑らかな酒だ。

 のどごしも素晴らしい酒で、最近はこれがお気に入りだ。

 温める酒と冷やす酒ではまた違う顔色を覗かせる酒。

 これが酒の中で一番だと信じている。


 だが、こいつの言葉は俺の予想の斜め上を爆走しているようだ。


「お願いがあるんですけど」

「却下」

「それ、分けてもらえません?

 酒とアサリで美味しい酒の肴、作れますけど」


 こいつ、なんて言った?

 ここで料理を作るってのか?

 いや、それより……。


「これでか?」


 酒とアサリで料理?

 確かにワインで料理に風味を付ける技法があると、風の噂で聞いたことがある。

 だが米酒だぞ? この透き通った酒と、アサリで料理?


「はい。あと鍋と魚醤があれば完璧で」


 本気でここで料理をする気か!

 シュリ・アズマは懐から紙を一枚取り出すと、牢獄の中で広げて準備を始めていた。

 あの紙、没収してなかったのか。

 確か情報の中では、シュリ・アズマは不思議な紙で火を起こし、料理をするとある。

 石を積み上げて作られたこの牢獄では、燃えるものはないし、俺が監視する以上脱獄のチャンスなんてない。

 と、すればこいつの目的はなんだ?

 毒でも混入させる気か?

 いや、ちょうどいい。

 もし毒を混入させるつもりなら、領主様への反逆の意思があったと判断できる。

 そうすれば大手を切ってこの男を処刑し、ガングレイブを正当な理由で投獄、そして傭兵団を取り込むことができるかもしれない。

 俺の犠牲で、傭兵団へくさびを打ち込み、くさりで繋げれるなら安い取引だ。


「……やってみろ。ちょうどいい暇つぶしだ」

「了解です」


 俺は一通りの調理器具を渡すと、シュリ・アズマはワクワクして料理を始めた。

 こいつ、本当に料理がしたいだけか?

 包丁も渡したのに、何もしてこねぇ。

 こいつに反逆の意図を起こさせ、それにつけこんで拷問するつもりだったが、肩透かしをくらった気分だ。

 一通りの調理を終えた時には、酒とアサリと魚醤は一つの料理として生まれ変わっていた。

 調理過程を見ても謎が多いが、毒を入れる様子が全くなかった。本当に、ただ料理を作っただけだ。

 もしかしたら、俺はこいつという人間を正しく認識できていないのではないか?

 ふとそんな考えが浮かんできた。こいつは傭兵団の中で重要人物の一人にして、間違いなく要注意人物のはずだ。

 はずだ……はずなのだが……。


 なんだろう、目の前の料理の匂いと見た目が素晴らしすぎて、頭がうまく動かないぞ?


 酒精と魚醤の香りが見事に調和し、鼻腔をくすぐる。

 味気ない見た目だったアサリの身が、わずかに茶色に染まって味が染みていることを知らしめる。

 視覚にも嗅覚にも、食え!!! と訴えかける料理だ。

 理性で抑えつけなければ、今頃喰いつこうとしていたに違いない。

 

「どうぞ」

「お、いい匂いだな」


 なるほど、これがこいつの料理の腕か。

 全てが今まで食べてきたどの料理よりも旨そうで、それでいて普通にそこらの庶民が食べていてもおかしくない。

 素朴で、しかし工夫と技術が集約された見事な一品。

 それがこの料理に抱いた印象だ。

 なんせ、酒を飲まなきゃやってられない俺が、酒のことを忘れて目の前の料理に釘付けなんだ。

 一口、摘んで口に入れる。


 素晴らしい。


 それ以外の言葉が出てこない。

 魚醤の味がしっかり生きている。そして酒精が風味として料理を彩る。

 米酒は辛口でスッキリとした味わいだ。

 それを、風味だけで全てを表現する。

 もどかしい、もどかしい気持ちになる。

 なんせ全てを表現しているくせに、それは風味だけで再現された幻の感触。味覚が風味を、霞を食おうと必死になる。

 しかし、アサリの味が魚醤と組み合わされることにより、それが解決される。

 酒のように悪酔いすることもない。しかし、酒を食べたような満足感。

 それでいてアサリ料理として完成された珠玉の逸品。

 塩漬けにされて干されていたのも、プラスとなっている。

 なんせ塩辛いそれが、酒が火であぶられるとともにいい感じに抜け、干されていたことにより凝縮された旨みが溢れ出てくる。

 それら全てを組み合わせ、計算し、引き出し、十全として調理する。


「酒精はするけど酒の強さはねえ。魚醤もいい感じだな」


 嘘だ。こんな言葉で表せるような料理じゃない。

 本当なら吟遊詩人が英雄の歌を紡ぐように、この料理を褒めるには紙束を山のように積み重ねたとしても足りないだろう。


 これが、ガングレイブ傭兵団料理番、シュリ・アズマの技か。


 毒なら、確かにあった。

 夢中という毒だ。

 おそらく、ガングレイブもこの毒にやられ、そして団員たちにも毒を広め、その毒を持って数多くの戦を勝利してきたのだろう。

 それを作り、なんてことのない顔をするこの男。


「お前、面白いやつだな」

「そうですかね」


 面白いやつに間違いない。

 照れくさそうにしながらアサリを摘むこいつが、ギングス様を貶めるような決定的情報を持ってるようにも思えない。


「ああ。普通罪人が料理作るなんてねえぞ」

「その罪人に食材渡して料理作らせる看守もいないでしょ」


 サラッと返されて呆けた俺。

 なんだか笑いがこみ上げてきやがった。


「違いねえ」


 久しぶりに、笑った気がする。

 料理を食って、誰かと話して笑う。

 そんな当たり前の、人の日常をこの俺が感じることになるとはな。

 それが妙に嬉しくて。

 変に可笑しい。

 

「どうやら、退屈しなさそうだな」


 人生に絶望し、怠惰な生活を送らんとしていた俺に。

 神様は素晴らしい贈り物をしてくれたらしい。

 記録では、今の俺は看守ということになっている。

 その怠惰な看守に贈られるものにしては。

 随分と大きくて価値がありすぎる気がするがな。



 それから、領内では第一王子エクレス様と第二王子ギングス様の二つの勢力争いが起こっていく。

 内容は、シュリ・アズマの処遇についてだ。

 第一王子エクレス様は生かすべきだとしている。

 理由としては、領主様はあの豚の皮料理をいたく気に入っており。

 ワイングラスを叩き落とした時にシュリ・アズマが叫んだ「駄目です」という言葉に、エクレス様はずっと引っかかっていた。

 もしかしたら何か理由があったのではないか。

 調査をし、原因を突き止めるべきではないかというのがエクレス様の主張だ。

 対して、第二王子ギングス様の主張は殺すべきだとしている。これは俺も知らされていたから驚かなかった。

 ただ、未だにシュリが握る情報とやらの正体がわからなかった。


「まだあいつから情報を引き出せてないのか!」


 その日の夜、ギングス様は俺を私室に呼び出し、叱責してきた。


「すみません。思いのほか、口が堅い男でして。

 なかなか口を滑らせません」

「クソが! 早くしねえと、兄上や父上がまた口を挟むかもしれねえってのに!」


 ギングス様はイラつくと、爪を噛み始めた。

 何度注意しても、その癖は治らない。だから指先はボロボロだ。

 俺は敬礼すると、退室しようとした。


「待て」


 その背中に、ギングス様が声を掛けてきた。

 振り向くと、ギングス様は不思議そうな顔をしている。


「なんでしょうか」

「お前、最近健康になったか?」


 ? ギングス様の質問の意図がわからない。


「はて、どういうことでしょうか?

 私は常に健康状態に気を配り、最善を以て任務を全うしております」

「いや、明らかに健康になった。

 俺様の目は誤魔化せねぇ。顔色もいい、体に生気が漲っている。

 酒でも止めたか?」


 !?


「……なんのことでしょうか」

「嘘をつくな。俺様は軍務で部下の体調まで管理するんだ。一目見りゃ、そいつが健康か健康じゃないかなんてわかる。

 お前が影で酒に頼ってたのも、知ってんだぞ。

 それなのに、お前は体調が万全だ。前とは比べ物にならねえ」


 ……心当たりは、ある。

 だが、それを言えば、俺はこの場で裁かれるかもしれん。


「確かに、酒は止めました。

 体の不調から酒を飲むどころではなく、禁酒しておりましたらいつの間にかここまでに」

「なるほど。しかし、そこまで健康になるとはな。

 やはり、酒は程ほどにだ。気をつけろよ、ガーン・ラバー」

「御意のままに」


 敬礼して退席した俺は、廊下を歩きながら最近のことを思い出す。

 酒は、確かに暴飲することはなくなった。

 すると体の不調が治り、前のように酒に頼らずとも頭が働く。


 多分、シュリの料理のおかげだろう。


 あいつが作ったサカムシ。あれを真似ていると、上手くいかないのがほとんどではあるが酒を飲む必要がなかった。

 なんせ酒精がする食い物だ。酒に合うが、酒を飲みすぎることもない。


 そんな時だ。あいつが俺に言葉を投げかけたのは。


 数日後、あいつのとこに行くとじゃがいもで絶品料理を作っていた。

 じゃがいもとバターだけの簡単料理。

 しかし、その旨さに驚くばかりだ。

 じゃがいものホクホク感とバターのこってり。

 そして、バターのほのかな甘味がたまらない料理だ。

 これは酒に合う。

 だが、あいつは俺を見て言った。

 

「油があれば、もっと面白くて美味しい料理を作りますよ。

 酒と合うような。それでいて酒を飲み過ぎないような」


 心臓が跳ね上がるほど驚いた。

 酒は抑えてきているし、確かに酒を飲むところは見られていたが、あいつは俺の予想の斜め上を行く。


「酒の飲みすぎ。酒精がこっちまで匂います。

 常時黄色い顔、だるそうな体。階段の上り下りで息切れする体力。

 どれも酒の飲みすぎで起こる症状です。そのうち吐血、手足のしびれなどが起きるでしょう。

 いきなり禁酒は無理です。ですが欲求を誤魔化して代替品で埋め、酒を飲まないようにすればなんとかなります。今言ったのはどれも初期症状。

 今抑えれば、長生きは約束しましょう」


 あいつは、シュリは俺の顔を見て、的確に診断し、そして未来の症状まで言い当ててしまったんだ。

 確かに、言った通りの症状は起こりかけていた。

 ギングス様に顔色が良くなったと言われる前はそんな顔色だったし。

 不自然に体が疲れることもあった。

 なぜか階段で息切れしてしまうことも。

 体力が足りないなと思っていたが、それが全て酒の飲みすぎだとは。

 俺は、壊れかけていたのか。

 酒は体を壊すというが、まさか俺がそうなりかけていたとは。

 たかだか一週間の顔合わせでそこまで見抜かれるのは、ハッキリ言って驚きしかない。

 だが、生きるためならば言うとおりにするしかないだろう。

 その日から、俺はさらに酒の量を減らした。


 さらに数日が過ぎると、あいつはまたじゃがいもで絶品つまみを作った。

 今度はじゃがいもを薄くスライスして塩で味付けし、油で揚げただけ。

 なのに止まらない。

 単純な料理だ。俺だって一目見ただけだが真似ができる。

 できる、が。

 それだけ単純なつまみだからこそ、その中毒性というか、止まらなさに驚くばかりだ。

 しかも、あいつの中にはじゃがいもスライス揚げにバリエーションすらある。

 そして冷めてすら美味しい。

 屋台の売り方や種類の豊富さ。

 今すぐにでも売り出せば、大富豪になること間違いない。

 それだけ美味しいつまみだ。


「まさか、じゃがいも一つで億万長者になれる商売方法を知ってるなんて……」

「そんなおおげさな!」


 おおげさなわけがない。

 じゃがいもは単価が低い。それこそ庶民が主食にするほど手軽に手に入る。

 そして、じゃがいもは荒地ですら栽培でき、何個も収穫することができる。

 だから農村では、じゃがいもを栽培して冬のための食料にするんだ。

 そしてじゃがいもの食べ方といえば、蒸すかスープに入れるかの二択くらいじゃないか?

 生で出すわけないし、もちろんこいつのように発想の転換で揚げたりしない。

 シュリは大げさだと笑っているが、俺はこいつの評価を改めていた。


 やろうと思えば、こいつは一人ででも生きていける。

 それも、その国その領地の食文化を根こそぎ破壊し、その上で新しい食文化を築いてしまう。

 破壊神と創造神が同居しているようなやつだ。


 こいつを野放しにしてれば、それこそその国は根底からその有様を変えてしまう。

 食文化は、その土地その文化が昔から引き継ぐ人間の営みの証だ。

 そんなところにこいつを放り出せば、間違いなく全部壊れる。それほどこいつの料理は旨い。そして庶民が簡単に作れる。

 そして全てぶっ壊して作られる国は、俺が見たこともない姿となるだろう。

 こいつは、危険だ。

 しかし、殺せばこの大陸における食文化の新しい歴史の始まりを潰すことになる。


「まあ今は食べましょ?」

「だな。しっかし止まんねぇなこれ」

「ですね」


 だけど、このポテトチップスとやらは止まらんな。

 旨いぞ、これ。

 食ってると悩みが吹っ飛びそうだ。

 吹っ飛んじゃいけないんだけどな。


 そして、翌日から俺はシュリに対する報告書の作成を行っていた。

 ギングス様にも許可を取り、ひたすらシュリという人間の考察と仮定を書類にまとめていく。


「……不思議なやつだ」


 その過程で、やはり思い浮かぶのは不思議な男という印象だ。

 傭兵団という環境にいながら、牢屋にぶち込んだ俺《城側の人間》の体調を気遣う優しさや素直さ。

 どこかお人好しな、言い方を変えれば優しい笑顔をする。

 料理の腕は一級品。しかも庶民の食材で絶品料理を作る。

 

 そして、野心がない。


 あれだけの腕があれば、料理店で成功することもできる。

 調理法の応用で商品開発し、商店としても通用するだろう。

 あるいは、新たな料理の開発で王家に仕官することも可能。


 なのにやつは、ガングレイブ傭兵団料理番で満足している。


 成功するだけの才能があるだけに不思議だ。

 俺と違って、表の世界で栄光を掴むことだってできるはずなのにな。


「考えても仕方ないか」


 俺は一通り、報告書をまとめておいた。

 ギングス様に会う前に、もう一度シュリに会っておくか。


 なんだか、シュリに会いに行くのが楽しい。

 会いに行ったら行った分だけ、最高の料理が食えるからな。

 しかし、最近はそうもいかない。

 報告書の整理もしなければならないし、仕事もある。

 何より、エクレス様とギングス様の勢力争いのために食料の買い占めが起こり、城下では食糧不足に陥っている。

 そのためだろうな。城にある食材も城下で買える食物も、だいぶ偏りがある。

 じゃがいもは買いやすいが、他がなかなか店頭に並ばない、とか。

 困ったものだ。これ以上派閥争いなり勢力争いが続いたら、そのうち民からの暴発もありうる。

 その前になんとかしたい。

 地下に下りると、なんだかいい匂いがしてきた。


「あいつ、また何か作ってんな……」


 呆れながらも、楽しみで頬が緩んでしまう。

 さて、今日は何ができてるのかな?


「お、食ってるな」


 いつもどおり、酒の肴と魚醤を用意して下りると、シュリは黄色いものを食べていた。

 ちなみに、今回俺は酒は持ってきていない。酒は、懲り懲りだ。

 シュリが食ってるのは、なんだかモチモチしてそうな塊だ。


「……またうまそうなもんを」


 スキあらば自分で食料を加工して食う。

 こんな看守泣かせな罪人見たことねえ。

 だが、その看守役が俺だから、俺は得してて嬉しいがな。


「一個ありますよ。食べます?」

「お、もらおうか」

「魚醤に付けて食べると、もっと美味しいですよ。

 なので、こっちにも分けてくださいプリーズ」

「土下座してまでか?」


 こいつはノリがいいのか調子がいいのか。

 よくこういう、笑いを誘う行動を取ることがある。

 今回の土下座も、流れる動きでなんだかおかしかった。

 ああ、やはり頬が緩む。

 ここまで楽しい気分になるのは、なかなかない。 

 俺は魚醤の入ったツボを出した。


「これでいいか。えーっと、それなんて食いもんだ?」

「芋モチって言います。じゃがいもをモチモチにして食べるおやつです」

「またじゃがいもか。お前は一国の御用達商人にでもなりたいのか?」

「え? たかがじゃがいも料理でなれるんですか?」


 こいつ、自覚ねえなほんと。

 

「おう、ここまで旨いじゃがいも料理があるならなれるだろうよ」

「じゃあガーンさん広めてくださいよ」


 俺は耳を疑った。芋モチを口に咥えて一瞬、こいつが何を言ったのか理解できなかった。

 俺が? この料理を?

 こいつの料理を? 俺が広める?

 こんな金を湧かせるほどの料理を俺が?

 気づけば、俺は芋モチを口から外し、鉄格子を掴んでいた。


「お前本気で言ってんのか!?」

「ええ。自由になったら教えますよ。じゃがいも料理とか山菜料理。

 一緒に作れる人ってなかなかいなかったから、楽しそうでいいじゃないですか?」


 じゃがいもだけじゃなくて、山菜料理も?!

 山菜は、冬を越すために必要な食材だ。これがあるとないとでは、冬の厳しさが格段と変わる。

 だが、山菜は精々煮て食べるくらいしかない。そして青物臭い。

 もし、もしこいつが山菜すらも美味しく食える料理を作れるなら。

 村から村への移動、旅すら簡単に行える自活力があるということだ。

 それだけじゃなくて、村において欠かせない人物になりうる。

 山菜の料理方法がわかるなら、今まで食べなかった山菜やキノコの調理法すら知っている可能性がある。

 それをこいつは事も無げに言いやがった!


「お前、これがどれだけの価値があるのか分かってないのか!」

「どれだけの価値って……。美味しくて、話題が弾んで、腹が膨らむ。料理ってそれでいいのでは?」


 頭を殴られたかのような。

 いや、そんなもんじゃない。破城槌はじょうついを頭に叩き込まれたんじゃないかと思うくらいの衝撃が、俺を襲った。

 シュリの言葉は、真理だ。

 食事における、食材における、料理における、生きることにおける。

 その全ての真理を、たった一言で言い表していた。

 言った本人は、なんてことない顔をしている。

 だが、その言葉は本来、俺たちのような領地をまとめる者たちが知っておかなければならない。

 民の暮らしを、安全を守り。

 食事をして、家族と団欒する民に、己の仕事に間違いはないと誇りを抱く。

 これ以上の言葉があるのか?

 いや、ない。

 そしてこいつにとってその言葉は、当たり前で平凡でなんてことない日常の一幕で。

 常に身近にあるべきもの。

 常に、世界にあるべきもの。

 つまり、路傍の石ころとなんら変わらず。

 風が吹くのが当たり前と同じ。

 そこらへんの平凡な人間が感じるべきで。

 日常の一幕として繰り返し存在するもの。


「……お前、そういう奴なんだな」


 当たり前の幸せを幸せだと言える。

 野心がないのも、ただ小さな幸せを喜べる素直なやつだっただけ。

 身分相応とか、年相応とか全く関係ない。

 そこにある幸せに、感謝できる。

 人間らしい人間なだけだったんだ。


「考えてるのがどんなのかは分かりませんけど……。

 僕は僕ですよ」


 そして、本人に自覚がないのが悔しい。

 俺は、こいつに出会ってようやくそれに気づいたのに。

 こいつは昔からそれを実践してた。

 だから、飄々と天真爛漫に生きていけるんだ。


「分かった。もういい」


 考えるのがバカらしくなった。

 こいつに領主様を暗殺しようだとか、無礼を働こうだとか、権謀術数を練ろうだとかそういうのは全くないんだろうな。

 俺は鉄格子から手を離した。

 そして、取ってあった芋モチを魚醤につけて口に頬張る。


 ああ、旨い。


 ただひたすらに旨い。

 食感も新鮮。モチモチしてて噛んでて楽しい。


「ちくしょう。俺はなんでこんな呑気なやつを監視しなきゃいけないんだ。

 それでなんでこいつに、普通に包丁を渡してんだ。脱獄の手助けみたいなもんだ。

 なのに脱獄しない。呑気でバカなやつだよ全く。

 だけど飯は旨いんだよ……。

 これなんて芋独特のほっこりに不思議なモチモチ食感だ。

 芋のパサつきなんてねえし、口の中でホロホロ溶けやがる。

 魚醤に付けるともっとうめえ。

 しょっぱさと旨さがちょうどいいなんてよう」

「すみませんが、それ一個しかないんですよ。

 量が無くて」

「もっと持ってきてやるよ! 好きなだけ作れ!

 かぁー、俺もヤキが回ったなあ。

 なんでお前、領主様のワイングラス叩き落として捕まんだよ」

「簡単ですよ」


 その後の言葉を俺は一生忘れることが出来ないだろう。

 あいつは、何の気なしにそれを言ったんだから。


「あれをそのまま口に運んだら、多分領主様ぶっ倒れて死にかけますから」


 それを聞いた瞬間、俺は驚いた。

 領主様が? 死にかける?

 俺はそれをシュリに問いただすと、あいつは怯えながらも教えてくれた。

 

 領主様は奇病に冒されていること。

 その奇病は、繰り返せば繰り返すほどひどくなること。

 このままいくと、確実に領主様の体は壊れるということ。


 あまりの事実に、俺は聞きながらも混乱していた。

 確かに、領主様はあのワイングラスを使い始めてから体の調子が悪くなった。

 ワイングラスを使った後は痒そうに手を掻いていたし、咳をすることもあった。

 思えば、あれはこいつの言ったアレルギー症状の兆しだったんだろうと思う。

 そしてその症状、実は領主様が昔から悩んでいた症状だった。

 昔、鉄の剣を使った時に、お疲れになったらよく痒くてたまらなそうだった。

 しかし、一度休むと症状が治まり、いつも通りになられていた。

 だから本人も周りも、疲れたときに出る体の生理現象だと思っていた。

 

 俺はシュリに、このことは絶対に他言しないように厳命し、急いで執務室に戻って報告書の書き直しを始めた。羽ペンにインクを浸し、新しい用紙に得た情報をまとめていく。

 恐らく、ギングス様が危惧していた情報はこれだ。

 ギングス様は、これは想像だが父上である領主様を害そうとは思ってない。

 ただギングス様は酷く焦っていた。

 功績を積み、この領地を継ぐためにはまだ時間が足りない。領主様に体調不良を起こさせ、その間に立派に領地と軍をまとめあげることで跡継ぎとしての立場を確立させたい一心から来るものだろう。

 それは、この領地の跡継ぎとして存在する兄上、エクレス様に遺産を奪われることを恐れているからだ。

 自分が鍛え、育ててきた将校たちの全権を奪われることは悪夢でしかない。

 だから、俺にエクレス様のスパイも命じてきた。

 そのうえでこの情報だ。

 もはや、ギングス様の廃摘も免れないかもしれない。

 自分の父親を、この領地をまとめる領主様を殺しかけたのだ。

 俺は書き上げた報告書を持って、ギングス様の私室へ向かった。

 幸い、時間が遅いこともあって誰ともすれ違わない。

 この情報が他に漏れることは避けなければならないからだ。


「失礼します、ギングス様」


 俺は私室の前に立ち、ノックする。

 すぐに中から声がしたので、入る。


「どうした、ガーン」


 ギングス様は私室で兵法書を読んでおられた。

 遅い時間だというのに、本当に熱心なお方だ。


「報告書を書きました。夜分遅くに申し訳ありませんが、確認を」

「急ぎか」

「はい」

「わかった。寄越せ」


 俺は報告書を渡し、一歩下がった。

 その報告書に目を通し、ギングス様は俺を見た。


「なるほど。

 兄上のところに変化なし。しかし派閥の拡大が見られる。

 それと牢獄のやつは未だに情報を吐かず、だな」

「はい」


 俺は、偽の報告書を渡していた。

 そこには、シュリが吐いた情報は何も書いていない。

 当たり障りのない、だがギングス様の自尊心を満たすには十分な情報を書いている。

 肝心の情報を除いて、全て本当のことだ。

 だが、知られてはいけないことは全く書いていない。


「派閥の拡大、か。

 文官どもめ。俺様を見限り、兄上につくか」

「将校たちはギングス様に変わりない忠誠を誓っております。

 しかし、文官に牙を剥けば給金の支払いが滞るのではないかと心配する声もあります」

「ふん、心配はいらん。そのために領内の食料品をかき集めている。

 そう伝えろ」

「はい。それと、エクレス様の監視ですが、未だにエクレス様はこちらの様子に気づいたところはありません」

「わかった。俺様は策を練る。もう下がってよい」

「かしこまりました」


 一礼し、部屋を退室した俺は、もう一つの目的へ足を向けた。

 これから向かう場所は、誰の目にも留まってはならない。慎重に、しかし急いで向かった。

 その部屋の前に立った俺は、回りを確認し、素早く中に入る。


「夜分遅くに失礼します」

「構わないよガーン。キミとの時間は僕にとって大切だからね」


 そこにいたのは、執務室に座って決裁を押している少年。

 艶やかな銀髪を頭の後ろで束ねてポニーテールにした見目麗しい少年で、下手に見れば美少女にも見えてしまう。

 背丈は低く、肉付きも細いその少年はエクレス・スーニティ。

 俺の本当の上司。


「それで? キミが来たってことは、相当大事な情報や報告があるからかな」

「はい。こちらをご覧ください」


 俺は懐に隠していた、本当の報告書を取り出すと差し出す。

 それを受け取ったエクレス様は、その文面を見ながら思案をしていた。


 俺はギングス様にエクレス様の間諜を命じられながら、エクレス様の情報は包んで報告し、

 ギングス様の情報をエクレス様に包み隠さず報告している。

 いわゆる二重間諜だ。

 

 そして、エクレス様は難しい顔をなされている。


「これが本当なら、ギングスは父上を殺そうとしてたってことになる。

 これは冗談では済まされない話だよ」

「はい。ですが、ギングス様は殺そうとまではしていないと思います」

「ふむ。確かに父上の体質、いやここでは奇病かな? まあそれは今まで死ぬようなものではないとされているからね。

 昔から、鉄と相性が悪いだけだ。でも、この報告書を読むと、僕も危なかったってことかな。

 この人は凄いね、兄さん」

「……俺を兄と呼ぶなエークレンニス。俺はあくまでお前の部下だ」

「そういう兄さんこそ、僕のことはエクレスだよ。エークレンニスは幼名で、今はエクレス・スーニティ。この領地を治める領主の長男だよ」


 互いに苦笑して、俺たちはつかの間の安息を得ていた。


 俺は領主様の長男として生まれてきた。

 しかし、俺の母親はメイド。身分は平民。父親が遊びで手を出して生まれたのが、俺だ。

 領主様は、俺を認知しているが父親だと名乗っていない。俺も、あいつのことを父親だと呼んだことはない。

 そも、あんなやつ俺の父親などと認めていない。

 俺の母親を秘密裏に追放し、俺に闇の中でしか生きられないような技術スキルしかくれないようなやつ。

 そして、俺の存在を秘密にしながら継承権の一切を放棄しているんだ。

 だから俺のことを知っているのは目の前の“妹”だけだ。


 エクレスも哀れな存在だ。

 こいつは領主の側室の長女として生まれてきた。

 幼少の頃は、俺が護衛役として支えていた。 

 不幸だったのは、妹は優秀だった。

 内政や経済にかけて比類なき才を発揮し、父親を期待させた。

 その結果、父親は、領主様はエクレスを男児として扱い、後継者として育てることに決める。

 女としてのエークレンニスは死んだ。それからは後継者エクレスとして生きている。

 それに対して反発したのは正妻のババァだ。

 正妻は男児を生んだ。それが俺たちの弟でギングスだ。

 ギングスは戦に関しての才があった。

 それを後ろ盾に後継者として育てることを正妻は提案した。

 結果、第一王子と第二王子の二つに派閥が分かれて争うことになる。


 俺は、エクレスを幸せにできればそれでいい。

 俺にとって家族といえるのはエクレスだけだ。全てを知り、全てを知った上で共にいられる本当の家族だ。

 だが、エクレスはギングスも救いたいと思っている。


「エクレス。ギングスは……」

「うん、わかってるよ。このことはきちんと言及して罰は受けさせる。

 そして、僕はこの領地を出る。最後の仕事になるね」


 エクレスは、ギングスに跡を譲りたいと思っている。

 そして柵を捨てたいと願っている。

 それを、俺は応援したい。


「多分、ガングレイブたちとは争うことになる」

「だろうね。その前にギングスを説得して、きちんとするさ。跡を譲って、ね。

 その前に、会いたいな」


 エクレスは微笑んだ。


「そのシュリくんに」

「……今からなら、誰にも見つからねぇ」

「なら、そうしよう」


 エクレスは椅子から立つ。


 シュリ、お前にエクレス様を会わせるつもりだったが。

 予定より早くなっちまった。

 願わくば、俺たちの救いになってくれることを祈っている。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 兵站できるんなら内政もそれなりにできるはずって、思うのは俺だけですかそうですか。
2020/01/19 09:52 淡々と平坦に
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