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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕と看守さん
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十四、真実と芋モチ・前編

 民族特有。地域限定。

 この言葉に魅力を感じない人間はいないと思われます。

 なんて言う僕も、北海道に味噌ラーメンを食べにススキノに行ったことがあります。

 味噌ラーメン食べたあとに飲もうと入った鳥居酒屋、あまりの威勢の良さにトラウマになりそうでした。つくね、美味しかったですけど。


 地下で生きるナイスガイ、シュリです。

 最近、ガーンさんが来ないので暇です。

 食事だけは運ばれるので餓死はしないですが、暇です。

 暇です。

 大事なことなので二回言いました。


「ガーンさんはどうしたんですか?」

「あいつは忙しい。食っておとなしくしてろ罪人」


 えええええ?

 食事番さんは、めちゃくちゃ口が悪くて素っ気ない。

 こっちを見ないし仏頂面。仲良くなれそうにないです……。

 悲しいので食事に手をつけました。

 蒸したじゃがいもとくず野菜のスープ……。

 ちょっとアレンジしましょうか。

 くず野菜のスープを飲み干して、蒸したじゃがいもを手に取ります。

 取り出しましたる片栗粉。

 こっそりガーンさんにもらいました。

 じゃがいもと片栗粉を混ぜて、コンロに火をつけ鍋で焼く。

 これだけです。

 このじゃがいものモチ、略して芋モチは北海道で食べられるお菓子みたいなものです。

 もっちりもちもちの食感に芋の甘さ。これがたまらん料理です。

 できれば醤油や味噌だれでいただくのが一番ですが、ないのでスープの残りを拭うように取ってパクり。


 うーん、やっぱりなんか欲しいなあ。


「お、食ってるな」


 なんて思ってると、ガーンさんがやってきました。

 いつもどおり、手に酒の肴と魚醤を持ってます。

 あなた、勤務態度それでいいので?


「……またうまそうなもんを」

「一個ありますよ。食べます?」

「お、もらおうか」

「魚醤に付けて食べると、もっと美味しいですよ。

 なので、こっちにも分けてくださいプリーズ」

「土下座してまでか?」


 当然。このままだと味気ないです。

 ガーンさんは近くに寄って、魚醤の入ったツボを差し出してきました。


「これでいいか。えーっと、それなんて食いもんだ?」

「芋モチって言います。じゃがいもをモチモチにして食べるおやつです」

「またじゃがいもか。お前は一国の御用達商人にでもなりたいのか?」

「え? たかがじゃがいも料理でなれるんですか?」


 なんて安い世界だ……カップラーメン広めたら大陸一の大富豪になれそうですね。

 あ、即席保存料理ってのも作ってみたいな。今度やってみよ。


「おう、ここまで旨いじゃがいも料理があるならなれるだろうよ」

「じゃあガーンさん広めてくださいよ」


 僕、傭兵団辞める気ないです。

 それにじゃがいもなんてどこでも(荒地でさえも)育つし、収穫量もそこそこいいので手に入れやすいから、広まったら飢饉とかなくなるんじゃない?

 とか思ってたら、ガーンさん、牢屋の鉄格子を掴んでこっちを凝視してます。

 怖?!


「お前本気で言ってんのか!?」

「ええ。自由になったら教えますよ。じゃがいも料理とか山菜料理。

 一緒に作れる人ってなかなかいなかったから、楽しそうでいいじゃないですか?」


 それに一人で作ってると、リルさん(ハンバーグジャンキー)が晩ご飯のメニューをこっそり差し替えようとするので監視役が必要です。

 牛肉なんて消費量半端なくて、困ってます。


「お前、これがどれだけの価値があるのか分かってないのか!」

「どれだけの価値って……。美味しくて、話題が弾んで、腹が膨らむ。料理ってそれでいいのでは?」


 確かに料理店なんかは利益を優先しなきゃいけない部分もあるので、理想論だってのは分かります。

 でも、初めっから「儲けてやる! 金持ちになるんだ!」なんて考えでお店やってる人いないでしょ?

 「たくさんの客に俺の料理を食ってもらって、旨いと言わせたい!」くらいじゃないですかねえ。


「……お前、そういう奴なんだな」

「考えてるのがどんなのかは分かりませんけど……。

 僕は僕ですよ」

「分かった。もういい」


 そう言うと、ガーンさんは落ち着いて鉄格子から手を離しました。

 そして芋モチを口に運んで悔しそうにしてます。


「ちくしょう。俺はなんでこんな呑気なやつを監視しなきゃいけないんだ。

 それでなんでこいつに、普通に包丁を渡してんだ。脱獄の手助けみたいなもんだ。

 なのに脱獄しない。呑気でバカなやつだよ全く。

 だけど飯は旨いんだよ……。

 これなんて芋独特のほっこりに不思議なモチモチ食感だ。

 芋のパサつきなんてねえし、口の中でホロホロ溶けやがる。

 魚醤に付けるともっとうめえ。

 しょっぱさと旨さがちょうどいいなんてよう」

「すみませんが、それ一個しかないんですよ。

 量が無くて」

「もっと持ってきてやるよ! 好きなだけ作れ!

 かぁー、俺もヤキが回ったなあ。

 なんでお前、領主様のワイングラス叩き落として捕まんだよ」

「簡単ですよ」


 そりゃ、見りゃわかるでしょあれ。


「あれをそのまま口に運んだら、多分領主様ぶっ倒れて死にかけますから」


 その言葉に、ガーンさんの視線が一瞬で鋭くなりました。

 めっちゃ怖!


「どういうことだ?」


 低い低い、声のトーンが低い!

 ひいぃ、なんでこの人こんなに怒ってるの?


「怯えて縮こまらなくていい。教えてくれ。あのワインを飲んだら領主様は死ぬかもしれなかったのか?」

「え、ええ、死ぬまではいかないかもしれませんけど……」

「なんだ? お前はワインに入れられた毒を判別できたのか?」

「い、いえ、ワインじゃないです。グラスです」

「グラス? まさか、あれに毒が塗られていたのか!」

「ひぃぃ、ち、違います。毒じゃないです。

 同じ手を使っても、領主様にしか通じないかと……」

「なんだと? じゃあ領主様にしか効かない、魔工で作られた毒物か?」

「そ、そんなご大層なもんじゃないです」


 僕はおずおずと言いました。


「だって領主様、金属アレルギーでしょ?」


 その言葉に、ピシッとガーンさんが固まりました。


「アレ……なんだって?」

「アレルギーです。金属製品に触ると皮膚がかぶれるんです。皮膚が赤くなって熱を持って、体が痒くなるんです」

「は、馬鹿らしい」


 ガーンさんは腕を組んで言いました。


「領主様は自分で剣を握って戦場を駆けたことがあるんだぞ。鉄の剣を持って痒くなってたら、話にならんだろ」

「ええ、見たとこそんなひどいアレルギーじゃないですけど……」

「それに金属の鎧をつけるだけでもダメになる病なんて、聞いたことがない」

「体質の問題なんです。それに、別に金属の鎧でもアレルギー反応が出にくい金属があるんです」

「は?」

「金とか銀とか……あれは金属アレルギー反応が弱いんです」

「待て待て。落としたワイングラスは銀製だ。お前の言う言葉が真実なら、あれじゃアレルギーとやらは出ないはずだ」

「だからです」


 僕はあの場面を思い出しながら言いました。


「持ち手と内側に、磨かれた鉄でメッキされてたんです」


 よく見なきゃわかりませんでした。

 なんか領主様の手が赤いな、と不思議に思ったんです。

 そしたら持ち手が銀じゃなくて鉄。

 内側にも鉄がメッキされてました。

 現代日本のように精錬を機械ではなく魔工などの感覚に頼ってるこの世界ではアレルギー物質を取り除く技術はないし、別の金属と混ぜて合金にする技術すら稀少です。

 あれにそのままホットワインを注いで飲むと、大変なことになるんです。


 金属アレルギーになる原因は、金属イオンが金属より溶出し、皮膚に触れることです。

 ひどいのはニッケルなどで、あとは覚えていません。

 ニッケルが心配ないほど取り除かれず、大変なことになるのは見ました。鉄のネックレスで炎症を起こす人がいるのです。現代の製鉄で作られた鉄のコップじゃない限り、不安は取り除けません。

 もし粘膜に触れれば粘膜炎になります。血流に乗れば全身性皮膚炎が起こるのです。

 そうなったら大変なことになります。体が痛くて熱くて悶えることになってしまいます。

 

 つまり、ホットワインを注がれたグラスの内側で金属イオンが溶け出し。

 それを飲んで喉や食道が炎症。

 それどころか胃や腸に広がる危険すらあります。

 そしてそれが消化され、全身の血流に回るとアウト。

 どうしようもなくなります。


「だ、だが、お前の言う言葉が本当なら、もっと前にその症状が起きたはずだ。

 あれは、一週間前から使ってるんだぞ」

「だからタチが悪いんです。

 アレルギーは体質が変わらない限り改善しません。

 それどころか、体内に入った金属イオンに体の免疫機能が過剰反応して、徐々に悪化していくんです。

 そして、ある日突然ぶっ倒れるほどのアレルギー症状が出るんですよ」


 なんでこんなに知ってるのかというと、僕の父がそうなったからです。

 歯が欠けて、歯科治療で金属を入れられたことがあります。

 そしたらある日突然、体中が痒くなってしまったことが!

 急遽病院で運ばれて大事には至りませんでしたが、その後歯科医院に金属を取ってもらって別のものを入れられたそうです。今度はアレルギーにならないやつです。キンキラキンの金でした。

 ガーンさんは一通りの説明を聞き終えて、狼狽していました。


「まさか……そんなことになりかけていたとは」

「まあ、もうあのワイングラスを使わなければ良いだけの話です。

 贈った人もそんなこと知らなかったんじゃないですか?」

「……俺だけでは判断できん。

 相談できる、信頼に足る人と相談してくる」

「あ、そうですか……」


 ワイングラス一個の使用にも会議するの?


「絶対に、このことは他のやつには言うな。いいな」

「え? はい」


 なんかよくわかりませんが、釘を刺されてしまいました。

 まあ、他の人に言っても信じてもらえんでしょうね。

 僕も当時の記憶やうろ覚えの知識を引っ張り出しただけですからねえ。


 だけど、この問題は僕の考えていることよりも遥かに大きいことだったと知るのは。

 次の日だった。



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― 新着の感想 ―
銅のグラスでホットワインかと思ってたが、銀グラスに鉄メッキアレルギーか。 あの場で、そのグラス駄目と言い訳してたら、第2王子に口封じされてたか
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