十二、悩みとじゃがバター
牢獄生活のコツは寒さをしのぐことです
どういうことかというと、簡単に言えば冷暖房も何もない中世の建物の地下というのは極寒の寒さとなってます。
太陽の光さえあまり届かない構造上、暖かくなる手段や環境がものすごく限られてしまうのです。
つまり、温かいものが食べたいな、と思うのです。
牢獄からシュリがお送りします。
牢獄生活も早一週間となりました。食事も質素。娯楽も皆無。暇で暇でしょうがないです。
看守さん、ガーン・ラバーさん。最近少し仲良くなりました。
アサリの酒蒸しが気に入ったのか、こっそり作ってくれと頼まれることが増えましたけど。
なんか悩みごとがあるそうで、憂いの表情をすることがあります。
「え? 食糧不足?」
僕が訪ねると、ガーンさんが頷きました。
「ああ。戦には勝ったが城内で政争が起こっている。
主にお前の処遇についてだ」
「僕ですか?」
「政争が二大勢力に別れて争われてる。
第一王子率いる内省派はお前を殺すのを反対している。
ガングレイブ傭兵団を敵に回したくないし領主様のお気に入りの料理を作れるお前を取り入れる策を
練っている。
第二王子が率いる軍務派はお前を殺すべきだとしている。
理由はまあ、領主への無礼が主な理由だ。それに、第二王子が第一王子と領主様に誕生祝いに贈答したワイングラスを叩き落とすという無礼は許せんだとよ」
「それが、食糧不足とどうつながるので?」
「まあ、各派閥の食糧の蓄えというか先立つものの占有だな。
その結果、領内の小麦や金が派閥に集中して食糧不足になったのさ」
なんとくだらない。
それならいっそ、殺してくれという気分です。
「そう気に病んだ顔をするな」
ガーンさんは僕を見て言います。
「いいか、お前はむしろ被害者だ。
なんでここに捕まったのか、詳しいことは俺には聞かされてねえ。
だが、お前の作る料理を食えば、お前が相手のことをいかに思いやって料理してるかわかる。
今は耐えろ」
「……はい。あ、そういえば」
僕は気になってたことを聞きたくなりました。
「ガングレイブ傭兵団はどうなりました……?」
ガーンさんの顔が暗くなりました。
「……それは言えねえ」
袋からじゃがいもを取り出すと、齧り始めるガーンさん。
ふかし芋かな、あれ。
「ガングレイブ傭兵団の情報はお前に伝えるなと、上から厳命が来てる。
今は聞くな」
「そうですか」
ちょっとシュンとなりました。
いやいや、暗くなるのはやめましょ。僕らしくない。
「ところで、それふかし芋ですか?」
「ああ。最近は食料の流通もままならねえから、こういうのしかねえんだよ。
たく、蒸しただけの芋なんざ不味くてしかたねえ」
「そうでもないですよ?」
そりゃ、味もないだけのじゃがいもは不味いでしょうね。
「バターはありますか?」
「あ? バター? まあ、あるけど」
「分けてもらえます?」
バターとじゃがいも。
やはりここはじゃがバターでしょう!
コンロと鍋を準備して、さあ調理開始。
水一杯を鍋に入れて湯を沸かし、沸騰したらじゃがいもを入れて蓋をする。
できるなら高圧にするのが一番ですが、圧力鍋がないので妥協。
ふっかふかにして取り出し、バターを塗ったら出来上がり。
「どうぞ」
「お、おう。
不思議だな。お前のじゃがいもはふかし芋よりも何倍もいい匂いがするな」
「食べてみればわかりますって」
ガーンさんがじゃがバターを齧ってみると、笑顔になりました。
「なるほど。こんな工夫でじゃがいもが美味になるんだな」
「油があれば、もっと面白くて美味しい料理を作りますよ。
酒と合うような。それでいて酒を飲み過ぎないような」
その言葉に、ガーンさんの顔が驚愕に染まりました。
「酒の飲みすぎ。酒精がこっちまで匂います。
常時黄色い顔、だるそうな体。階段の上り下りで息切れする体力。
どれも酒の飲みすぎで起こる症状です。そのうち吐血、手足のしびれなどが起きるでしょう。
いきなり禁酒は無理です。ですが欲求を誤魔化して代替品で埋め、酒を飲まないようにすればなんとかなります。今言ったのはどれも初期症状。
今抑えれば、長生きは約束しましょう」
ガーンさんはおそらくアルコール中毒になりかけています。
ですが、今から禁酒なり酒を抑えるなりすればなんとかなる可能性があります。
医者ではないので確約できませんがね。
「……お前、何もんだ」
「単なる料理番です。料理を通じて体を知ってるだけですよ」
というのは嘘で、地球の特番でそんなのを見たことがあるだけです。
ですが、そんなの知らないガーンさんは驚くばかりですね。
「わかった。酒を飲むのを抑えればいいんだな」
「その前に、何か辛いことでも?
いえ、踏み込んだ質問ですが、酒に逃げるのは余程辛いことがあったからか。
もしくは酒が好きすぎるか。
どうもガーンさんは好きなようには見えないんで」
「……ちょっと家庭でな。いろいろあるんだよ。これ以上は……」
「はい、そこまででいいです。僕はまだガーンさんと出会って一週間。
話せないことがあるのも承知ですから」
「……すまんな」
そう言って苦笑するガーンさんは。
どこか闇を抱えて辛そうでした。