十一、看守さんとアサリの酒蒸し
牢獄。
それは城の地下、もしくは詰所の地下に作られるもの。
監獄とは違い、ここでは罪の判決が出る前の容疑者が捕まり、罰を待つのみなのである。
基本的に一人一部屋で拘留され、監視される。
部屋の中は薄暗く、なんとか陽の光がわずかに入る程度。
昼間を過ぎればロウソクの火だけで生活せねばならず、それも直に消える。
すると光が入ることがなくなり、無明の闇が広がるのだ。
そこに希望も未来もない。
ただただ、罰せられるものだけが闇に苦しむ場所なのだ。
とか言ってみましたが、そんなに苦にはなってない僕です。
ども、シュリです。
前日、領主様の銀製ワイングラスを叩き落としたら捕まってしまった哀れな男です。
暗いとか慣れてます。むしろよく寝られて楽しい。
寒いのはちょっと辛いですけどね。
みんなどうしてるだろ。
今頃、僕の責任で大変なことになってないといいですけど。
でも、あれをほっといたら大変なことになってたし……。
「うるせーぞ罪人。牢屋の中では静かにしてろ」
「はい、すみません!」
この牢屋は城の地下にある特殊なもので。
石造りなのはもちろん、鉄格子は特注の硬いやつだし。
石の床に茣蓙を敷いてるだけの過酷なところです。
ここは重罪人を監視するためのとこです。
そんな僕を監視するのは屈強な男一人だけ。
「たく、落ち着いて酒が飲めねぇ……」
二メートルを超す身長。刈り上げの頭。凄まじいまでのいかつい顔。
ここに来てから酒を飲んでないときなんてない印象の人。
それが僕の監視役です。
「あのぅ、看守さんが酒飲んでていいんですか?」
「ああ!?」
「なんでもないですごめんなさい!」
こええ。ガングレイブさんよりこええよ。
「……てめえのようなひょろい男が何したって、俺を倒せねえよ。
それにその鉄格子は絶対に壊せねえ。看守なんていりゃいいんだよ」
な、なんかそれって職務怠慢?
つまみも一緒に食べてるし……。
「袋から出してるそれ、なんですか?」
「あ? アサリだよアサリ。塩漬けにして干した、酒の肴だ。
この魚醤につけて食ってんだよ。
オメエの分はねえぞ」
アサリ?
「飲んでるその酒、ワインですか?」
「米酒。もう静かにしてろ」
米の酒。アサリ。
ああ、アサリの酒蒸しですねえ。
「お願いがあるんですけど」
「却下」
「それ、分けてもらえません?
酒とアサリで美味しい酒の肴、作れますけど」
僕も食べたくなりました。
すると看守さん、酒とアサリを見て怪訝な顔をしてます。
「これでか?」
「はい。あと鍋と魚醤があれば完璧で」
コンロは隠し持ってるんでなんとか。
連行される時、ただの紙として没収されてないんですよ。
「……やってみろ。ちょうどいい暇つぶしだ」
「了解です」
鍋と魚醤を受け取り、コンロに火をかけ調理開始。
といっても、酒蒸しってそんな簡単にできるものでもないんですけど。
材料そんなにないし。
なので、炒めて酒を入れて蓋。
蒸しあがれば魚醤をざっと加えて完成。
「どうぞ」
「お、いい匂いだな」
ワクワクした感じで、看守さんが受け取りました。
一口入れると、少し綻んだ顔をしました。
「酒精はするけど酒の強さはねえ。魚醤もいい感じだな」
ですよねえ。それが酒蒸しのいいところです。
酒と合わせて飲むならこれに限ります。
「お前、面白いやつだな」
「そうですかね」
「ああ。普通罪人が料理作るなんてねえぞ」
「その罪人に食材渡して料理作らせる看守もいないでしょ」
「違いねえ」
カラカラと笑う看守さん。
「どうやら、退屈しなさそうだ」
こうして、僕と看守さんの奇妙な生活が始まることになりました。
“食王”シュリ・アズマが一時期投獄された記録が残されている。
その罪状はハッキリしておらず、殺人やら窃盗など多岐に渡り、真実は分かっていない。
六英雄の証言によれば、とってつけたような不敬罪とも言われているが、現代では真実は闇の中へと葬られている。
しかし、このときシュリ・アズマは一つの運命の出会いをする。
看守、ガーン・ラバー。
自分の人生に絶望し、怠惰な生活を送っていた男。
彼はシュリ・アズマと出会い、その人生を大きく変えることになる。
シュリ・アズマの一番弟子。
“食の継承者”と呼ばれる運命が訪れるのは。
そう遠くない未来である。