九、怒りのカレーライス・後日談と裏話
ちょいと手違いで、不完全なまま投稿しました。ごめんなさい。
妾こと、テビス・ニュービストは憤慨していた。腸が煮えくり返るように、じゃ。
遡ること数日前。妾は夜の寝室にてマーボードーフの新作で試作、シセン・マーボードーフを食べていた。
あまりの辛さと旨さに悶絶しつつも、レシピの完全再現の為に日夜、宮廷料理人たちと試行錯誤をしていたのじゃ。
宮廷料理人たちは「本人を呼んでご教授願いたいです」と愚痴るほど、レシピの難解さに頭を抱えておった。レシピは見易いしわかりやすいけども、細かな部分の解析に難儀しておる。どこが違うのか議論と研究の毎日を送っておった。
やはり、どこかでシュリを呼ばんといかんのう。
そんなことをぼんやりと考えていたときのことじゃ。
「姫様、密偵より言伝てが届きました。シュリについてです」
「む? とうとうガングレイブ傭兵団をクビになって、ニュービストに仕官する気になったかの」
無論冗談である。
ただ、そうなればいいのにと思ってもおる。
「それが、シュリが他国に勧誘されたとのことで」
「……なんじゃと?」
あの包丁を見て、なおシュリを勧誘しようとするか。
まあ仕方がない。あれだけの腕、惚れ込まぬ奴などおるまいて。
しかし外交問題なのは確か。
「どこの国じゃ?」
「アルトゥーリアです。ガングレイブ傭兵団が魔晶石に関しての交渉中に、王子が直々に欲しがったそうです」
アルトゥーリア?
ああ、魔工の技術がそこそこで魔晶石販売しか能の無い田舎雪国のことじゃの。
確かにあそこは魔晶石が採れる。質も悪くない。
じゃが、ここには聖なる森がある。
魔晶石は自然の濃い場所に発生し、聖なる森にも魔晶石が発生しおるのじゃ。質も良い。
たしかあそことは、魔晶石と食糧で貿易しておったはず。
正直旨味がない貿易で、止めてしまえばいいのにと思ったこともある。
「まあよい。手紙で厳重注意しておけばよかろ」
「わかりました。鳩を使って届けておきます」
あんな田舎に勧誘されるとは、シュリも可哀想に。
アルトゥーリアなぞに仕官しても、その腕を存分に奮えまい。
やはりここ、ニュービストのように新鮮な食物が取れる領地にこそシュリはふさわしい。
とか思っておった妾に、聞き捨てならん言葉が入ってきた。
「密偵の話によれば、王と王子はシュリの料理を食べて、交渉中でさえ匙を持つ手を離せなかったとか。どんな料理だったんでしょうか」
「待て」
部屋より出ようとするメイドを呼び止めた。
なんじゃと? シュリの料理を食べた?
しかも手を離せなくなるほどの美味珍味であったと?
許せぬ。それほどの美味を妾より先に食べ、あまつさえシュリを勧誘しようとしたじゃとは。
許すまじ蛮行。後悔させてくれる。
「手紙の内容を変更せよ。
『我が国と懇意にする人間に対する不当な勧誘』と『侮辱』に対して、『貿易の見直し』の要求をするとな。
現地には妾自ら飛ぶ。用意せよ」
「か、かしこまりました!」
メイドが慌てて飛び出していったあと、妾はどうやってアルトゥーリアを追い込むかをじっくり考えていた。
「これが、シュリが毎夜毎夜試作していた料理か」
ようやく完成したカレーを、ガングレイブさんに振る舞うことにしました。
どーもシュリです。アルトゥーリアの騒ぎからはや数日。ようやく落ち着いた日々を送れてます。
「旨いな、これ」
「そりゃあよかった。でも、これまだ完全じゃないんですよ」
「完全じゃない?」
「はい」
なんせ米がないんですから。
どうすればいいのか。うちの在庫にもなかったんでカレースープみたいになってます。でも、やっぱりカレーはライスですよねぇ。
そんな風に困っていると、誰かが近づいて来ました。
「団長。ニュービストから使者が来て、手紙と食物を置いていきました」
「は? ニュービストから?」
「はい。それとシュリさんにも会いたいと」
なんでしょ?
使者の下に行くと、そこには大量の食糧が。
あれ、米じゃね?
「ご無沙汰しておりますシュリ様」
「え? 様付け?」
「はい。シュリ様は王女様のお気に入り。丁重にするよう申し付けられております」
ああ、あの王女さんにね。
「それで、これは?」
「はい。我が国はアルトゥーリアとの貿易見直しを行い、利権の獲得に成功しました。
王女様より、ガングレイブ隊長には手紙を。シュリ様には米を。お礼に届けるように申し付けられています」
「なるほど」
別に王女さんのためじゃないんだけど……。
「そうですか。ところでこの米、ニュービストで栽培してるんですよね?」
「はい。シュリ様がお伝えになられたマーボードンなる料理に欠かせない食材ですから」
「なるほど、じゃあこれを王女さんに届けてください」
僕はカレールーとレシピを渡しました。
カレー粉が完成した時、手軽に持ち運べて料理しやすいルーに固めました。
これで君も、カレー料理人だ!
「これは?」
「カレーライスに必要な具材とレシピです。新しい料理が出来たんで、米のお礼にと」
「さ、左様ですか。王女様もお喜びになられるでしょう」
そうだといいんですが。
使者さんが帰ったあと、僕はガングレイブさんにちょっと不安そうに言われました。
「いいのか? 新しい料理をそんな簡単に伝えて」
「まあ、お礼返しということで。カレールーも作れますから問題ないです。
問題なのは……」
問題なのは、あっちで貪るようにハンバーグカレーを食べるリルさんです。
ずーっとああやってます。恐ろしいくらいです。
「至高。まさしくこれこそ至高」
そんなこと言いながら食べてます。
「リルさんのことかと」
「……だな」
結局、リルさんを止めるのに苦労しました。
あとで、米を炊いてカレーライスにしました。みんな喜んで食べてます。やっぱりカレーライスですよね。
この後、ニュービストでは王女がカレーライスを食べ、その味に驚いていた。
レシピの再現はマーボードーフ以上の難関となり、宮廷料理人を泣かせることになる。
しかし、マーボーとカレーの合わせ技であるマーボーカレーを食べたとき、それはそれは喜んだと言う。
後の世でも、マーボーカレーは王家秘伝の料理となっていくのだが、それはまた別の話。