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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
序章・僕と傭兵団
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一、始まりのクリームシチュー・後編

 時は戦国。群雄割拠の時代。

 ここサブラユ大陸では大小様々な勢力を持つ領主が、自分こそが大陸の覇者だと豪語し、戦に明け暮れていた。

 戦場では魔法と矢が飛び交い、槍と剣が打ち合う。生と死が混ざりあい、野望と希望と欲望が渦巻く混沌の坩堝るつぼと化していた。

 そんな時代だから、傭兵稼業は儲かる。

 そして、俺ことガングレイブも野望を持って、幼なじみ四人と共に傭兵団を立ち上げた。目指すは一国一城の主となり、国を手に入れる。俺達のような孤児でも、安心して暮らせる安住の地を作る。

 俺が目指すのは、そんな平和な国だ。飢えることも、貧しいこともない。搾取するだけの糞みたいな領主から、民を救う。

 しかし、傭兵団を立ち上げてすでに五年。未だに団は小規模でしかない。

 幼なじみたちは戦いや魔法の才能があるし、俺も剣と権謀術数に自信がある。だが、いくら戦に勝っても稼いでも、なかなか傭兵団は大きくならない。

 人と馬と武器はそれだけでも金を喰らう。俺の才覚だけでは、全員で五十人前後から大きくできないのかもしれない。

 そんなある日、あいつに会った。

 思い返せば、それは運命の出会いだったんだろう。


 その日は、リィンベルの丘での戦で、北側の領主に雇われて参加していた。

 なかなか長引きそうな戦であり、稼ぐにはもってこいだ。北の領主も金を持ち、敵の領主からも奪い取れるものは多い。

 だが、兵士たちは長引く戦に疲れてきている。

 すでに二ヶ月。稼ぐだけ稼いだし、そろそろ戦を終わらせたいが、長引かせ過ぎたのだろう。泥沼に陥りかけていた。

 引き際を見誤った俺のミスだ。

 俺が率いる二十人の騎士隊も疲れているし、他の隊も同じことだろう。

 何か奮起させる、士気を上げるような要素が必要だ。


「隊長!」

「なんだ騒々しい」


 俺は飯時をずらしてまで地図の盤上でいかに攻めるかを考えていると、幼なじみの一人がテントに入ってきた。

 弓隊を率いる幼馴染の一人、テグだ。お調子者だが、百発百中の腕前を持つやつで、やつが率いる弓隊も精鋭が揃っている。


「怪しいやつを捕まえたんで、知らせに来たんスよ」

「怪しいやつ?  密偵か」

「あー……いや、密偵じゃねえような……」

「はっ?」


 密偵じゃなくて怪しいやつ?


 あまりにも要領を得ないので、付いて行くとやつがいた。


 ……なるほど、怪しいな。


 チュニックにズボン。それだけしか身に付けてない。

 だが、チュニックもズボンも見たことがない様相で、縫製も材質も分からない。だが、上等なものだ。

 そしてやつは変わったやつだ。

 顔つきは平たく平凡。髪の毛は短く、珍しい黒色。

 背丈も高くないし肉付きも細い男だった。

 村人にしてはひょろく、兵士にしては弱すぎ、領主の息子にしては品がない。

 いろんな人間を見て判断力や知識を養ってきた俺だが、こいつだけは判別できない。


「お前は何者だ。何故ここにいる」


 油断なく問いかける。いきなり襲いかかられても困るからな。


「HAHAHAHAHA」


 何故か笑い出した。


「何を笑ってる!」


 怒るとシュンとなった。なんだこいつ。


「えーっと、僕はシュリっていいます。ここはどこですか?」

「質問してるのは俺だ、余計なことを言うな」


 アドバンテージを取ろうとしても無駄だ。そんなことはさせん。

 しかし、こいつは何者だ? どうしてこんなところにいる。

 こんな戦場のど真ん中で、どうして戦えもしなさそうなこいつが迷い込んだのか。


「シュリと言ったな。所属はどこだ。どこの村の人間だ」

「ニホンの田舎です」

「ニホン……聞いたことないな」


 古今東西、様々な戦場を駆けた経験のある古兵からも聞いたことがない。

 傭兵団を立ち上げたこの五年間でもそんな領地があったなど、知らない。


「あの、ここには迷って出ただけで、ここがどこかも分からないのですが」

「黙ってろ」


 いちいち思考を妨げてくるやつだ。

 飄々としてて掴みどころがない。こんな厄介なやつはそういないぞ。


「ところで、お腹空いたんですが」

「黙れ、俺達もだ」

 

 こいつは大物なんじゃないかと一瞬思ってしまった。この状況で飯を要求するか、普通?

 というより、うちの傭兵団にはまともに食事を作れる奴がいない。

 自分で自炊はできるが、他人に食わせるレベルの料理番がいないんだ。だから、塩とじゃがいものスープなんてザラだ。

 だから、腹が減る。どうしても減る。

 街についたら、たらふく旨いもんを食いたいと思うのは共通意識だ。


「隊長、どうすんスか」

「剥ぎ取れるもの、なさそ」

「このまましとくのも無駄やと思うわ」

「ですが、放って置くわけにもいきません。さっさと殺していくさに備えるべきです」


 幼馴染たちも意見を寄せてくる。

 確かにこいつからは金目のものを剥ぎ取れはしないだろうし、さっさと殺してしまった方がいい。

 どこから情報が漏れるかも分からん。不安要素は消しておくに限る。


「あの、いいですか」

「なんだ」

「お腹空いたんで、料理させてもらえませんか」

「……お前、料理番だったのか」

「料理なら一通りできます。殺すなら、せめて料理を作って食べてからにさせてください」


 この状況で取引を持ちかけるか。

 確かに、うちの食糧事情はよろしくない。料理番がいれば変わるだろう。


「面白い」


 ニヤリ、と笑って言ってやる。


「ならば旨い飯を作ってみろ。それによっては生かしてやる」

「隊長?! 正気か?!」

「戦前だ。こういう趣向で士気を上げるのも悪くない。

不味ければ殺せばいい」


 旨い飯が作れれば、兵に分けて英気を養うことだってできる。

 不味ければ腹いせに殺させればいい。

 どちらに転ぼうと、士気を上げさせる方法はついている。


 縄を解いてやり、調理道具を貸してやった。


「食材はそれだ」


 シュリと名乗った少年は渡した材料を吟味していた。

 使える材料がこれだけなんだ。まともな料理ができることは期待していない。


「他に何かありますか?」

「ない。これでも豪華なんだぞ。いつもは塩とじゃがいものスープだ」


 これは嘘だ。うちは食糧備蓄に関して専門家がいないため、食って動ける分しか確保できない。

 もっといいところなら、鹿肉とか確保している。


「じゃあ海鮮クリームシチューにしましょうか。エビがあれば最高なんですけど。ないので魚のアラで代用しましょ」


 エビ? アラ? 海鮮?

 こいつ、これっぽっちの食材で何ができんだ?

 そう思ってるうちに、こいつは料理を始めてた。

 手馴れた手つきで魚をさばく。なるほど、身とじゃがいもとネギと塩でスープにするか。

 魚はいつも焼いて食っている。ほとんど黒焦げだ。まずいから誰も手を出さない。

 だが、シュリは頭と身を取り出し、内臓を綺麗にとりわけ、頭と身を炙って湯を沸かした鍋に入れた。さらにじゃがいもも皮を剥いて入れている。

 頭? どうする気だ?


「食えるん……それ?」


 うしろで隊員の一人が呟いた。

 確かに、頭を食うなんて習慣は俺たちにはない。

 そうこうしているうちに、湯は煮えてきて、ほんのわずかに白く染まっていた。

 ……なんだこれ。


「……私は遠慮したいです」


 またも呟き。俺だって逃げたい。

 しかし、別の鍋で焼いていた乳とバターと小麦粉を鍋に入れるのを見た瞬間、卒倒しそうになった。


「うえぇ」


 テグも吐きそうだ。白っぽい鍋が、真っ白になってしまった。

 ……こいつ、ここで殺したほうがいいかもしれん。


「最後にネギをトッピング」


 殺意を知ってか知らずか、シュリがさらにスープをよそい、刻んだネギを乗せた。


「どうぞ」


 これを……食うのか。

 見れば見るほど真っ白。頭は入っていないが、じゃがいもと魚の身とネギが具の真っ白スープ。

 だが……これは。


「これは……スープが白いな」

「クリームシチューなんで」


 その返しの意味が分からん。


「不味かったら殺すぞ」


 釘を刺しておき、俺は匙でスープを掬った。

 見た目はあれだが、正直に言おう。


 匂いが素晴らしい。


 旨そうな匂いを振りまき、今にも食えと言わんばかりの魅力を放っている。

 その匂いに負け、口に入れた。


 素晴らしく旨い。


 魚の味と乳とバターがマッチングしている。魚のさっぱりとした身の味に、乳とチーズのコッテリとしてまろやかな味わいが広がる。

 甘い、と思ったが塩もいつの間にいれたのか味を引き締めている。


「ええと?」

「隊長、どしたんスか?」

「……旨い」


 本当にそれだけしか出てこない。不味いなんてとんでもない。これだけの飯は、戦場で食ったことがない。



「おい、もっと寄越せ」

「あいあい、たくさん作りましたんで心行くまでどうぞ」


 なに? たくさん?


「たくさん? あれだけしか材料がないのにか」

「水とアラと乳を工夫すれば、具は少ないですけど量は作れます。

みなさんお仕事前ですよね? 腹八分目、美味しいもの食べれば力が出るかと」


 そういうことか。

 こいつは、料理を通して自分の優秀さを見せつけ、生き残ろうとしてやがった。

 戦場ではいくら飯があっても困らない。無論、兵站線へいたんせんが伸びてしまうのはいただけないが、旨い飯があれば、兵は長く戦える。寒さや暑さも、ある程度我慢してくれる。

 食事とはそれだけ戦に於いて重要なファクターとなる。籠城戦も、備蓄した食糧で勝敗を分ける。総力戦だって、飯をたらふく食って英気を養えば兵は勢いを付ける。

 それを、これだけの味の料理をたったあれだけの具材で大量に作る知識と技。

 もしかしたら、さっきキョロキョロしたり話しかけたりしてきたのは、こちらの食料事情を探り、自分を売り込むチャンスを探してたのか……!


「……なるほど、そこまで計算済みか」


 これだけ優秀な料理番、手放すわけにはいかない。何より飯が旨い。こんな飯を食えるなら、こいつを雇っていい。


「お前、どこか行くところはあるか?」

「ないです。帰り道すら分かりません」


 困った顔のシュリに、俺は提案してやる。


「行き先に困ってるなら、俺達の部隊に入れ」

「えっ」

「料理番だ。お前の役目は旨い飯を作ることだ。故郷に帰れるまで、ここで飯を作れ」

「いいんですか?」

「俺が良いと言っている」

「ええと、それじゃお願いします」


 こうして、謎の少年シュリを仲間に加えた。


 この後、俺と隊長格と兵はシュリの料理を堪能し、勇ましく戦場で活躍した。

 それまでの苦労が嘘のように戦線は有利に運び、一週間で決着を付けることになる。




 これは、後に『英雄の傭兵団』と呼ばれて歴史に残る戦士たちの物語。

 大陸を平定した初代統一帝国皇帝ガングレイブ・デンジュ・アプラーダ。彼は著書に残している。

『それまでの余は、強ければ栄えると思っていた。しかしそうではない。

 強い、その理由やその背景を知らなければならなかったのだ。なぜ強いのか、どうしてと強くなろうとしたのか。

 大抵の兵は美女を抱き、金を手に入れることが目的だ。だが、それだけでは兵は動かない。

 結局、旨い飯こそが兵を、民を支え、国を形作るのだ。

 一日を生きた喜びと、明日を迎えられる感謝。それらを旨い飯で朝を始め、旨い飯で夜を終える。それこそが幸せではないのか。

 余は、それを彼に教えてもらった』

 皇帝ガングレイブは、常に側に一人の料理人を控えさせた。

 若き頃に出会い、共に戦場を駆け、旨い飯を作ってくれた一人の恩人。

 これは、英雄たちを支えた料理人。何処いずこより現れ、世界の料理を変え、また新しい料理の時代を創った男。

 東朱里あずましゅりの物語である。

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