八、魅惑のチーズケーキ・前編
最近、兵たちに話しかけられることが増えました。
どうやら僕の作る料理は意外と好評で、どんなやつが作ってるのかと気になって見に来て、ついでに仲良くなっとこうというらしいです。
仲良しが増えるのはありがたい。
僕の部下も、最初はあれやこれやと口出ししてきてましたが、僕の料理を食べたら先生と呼んでくれます。
先生て……僕はそんなご大層な人物じゃないですけど。他の呼び方を求めましたが、頑として譲りません。仕方ないので受け入れました。これも運命か。
シュリです。新品の包丁で料理するのが楽しい今日この頃。
なんか切れ味も使い勝手もいいし、ガングレイブさんは苦い顔をしますが気に入ってます。峰に描かれた紋章もなんかかっこいいし。
さて、ここで料理をするようになって一年が過ぎた僕。挑戦したいことがあります。
お菓子作りです。
食料供給の販路も確保したところ、砂糖と卵が入るようになりました。そこで卵焼きを作ってみたらアーリウスさん。
「甘い……これが卵ですか!?」
「ええ。だし巻きも作ったんですけど、どっちの方が好みですか?」
「うん……そうですね……どちらも甲乙つけがたいですが、どっちかというと砂糖ですね」
「これを使って、新しいお菓子とか作れたらなと」
「試食は私を一番に。いいですね?」
圧倒的迫力と、絶望的実力差に僕は首を縦に振るしかありませんでした。
ちなみにこの会話を部下に聞かれてたらしく、アーリウスさんはめちゃくちゃ責められていました。僕のせいではありません。
しかし、お菓子を作るとなるといろんなものが必要です。
材料はもちろんのこと、計りに篩、オーブンと様々な道具も必要となります。お菓子作りは正確な分量と時間が勝負なのですよ。
そこでリルさんに相談してみました。
「ということで、お菓子作りにひつよ」
「やる」
「あ、はい」
「出来たら一番にリル。おけ?」
「それは……その……」
「一番に」
迫力に押されてうなづきかけたところ、アーリウスさんの乱入で事なきを得ました。
むちゃくちゃな戦いに発展仕掛けましたが、作らないと言おうとしたらいきなり笑顔で握手をして仲直りアピールです。その急展開に、僕の理解を超えてしまいました。
結局、いろいろな道具を作ってもらいました。
後日、とある式典に呼ばれました。
今回は騎士団と近衛隊の諍いから発展した武芸試合です。
ガングレイブさん情報によりますと、騎士団は国の防衛を一手に引き受け、近衛隊はその中でも首都防衛を担当する最後の砦です。
なんでも、どっちの方が格式が高く重要なのかということらしいです。
はは、おかしい話ですね。
どっちも欠かせないから存在してるんですし、二つとも手を取り合えば素晴らしいことになること間違いなしです。
「みんなシュリみたいに考えりゃあ、楽なんやけどな」
「そうですよねえ。ところで、その式典に僕たちが呼ばれる理由は?」
「覚えとるか? 去年、塩街道の利益を巡った戦があったやろ。あれのお礼も兼ねて、今回の武芸仕合で来賓として招かれとるんや」
「なんか、唾付けに思えてしまいますね」
「その通りや。ワイらの団を来賓に招いといて、これだけ懇意にしとるんぞと周りにアピールするんが目的や。
気いつけや。シュリも狙われる可能性、あるんやからな」
クウガさんほどではないかと。
今回、クウガさんは来賓代表として御覧試合をすることになっています。
相手は近衛隊の隊長さんと騎士団団長さんの二人だそうです。どちらか片方とのことで、この試合の勝者と戦うのだとか。
御覧試合は試合の中庭に、専用の舞台を作って行われます。
「もうすぐですね」
「ああ、ワイはどっちとやってもエエんやけど、向こうさんの出方次第や」
「僕も実はガングレイブさんに頼まれごとをされてるんですよ」
「ほう、なんやろ」
「御覧試合で、お偉方にお菓子を作ってくれとのことです」
そう、お菓子というのはこちらの世界では貴族しか食べない、それはそれは贅沢な食べ物なのだそうです。
そこで僕は、チーズケーキを作ることにしました。
「とりあえず、クウガさんに試食をとこちらを」
「これが、チーズか? チーズ言うたら酒のつまみくらいしか思いつかんわ」
チーズは食事によし、お菓子によしの万能食材です。
これをチーズハンバーグにしたところ、リルさんはさらにハマってしまいました。
「これは……下が固くて上がほんのりと柔らかいんやな」
「上から匙で切って、下の土台もまとめて切るんです。一緒にどうぞ」
クウガさんは試しに、と一口食べました。
「これは……半端なく旨いな。ワイ、菓子言うたら甘いんが当たり前やと思っとったわ」
「これに砂糖はほとんど使ってません。チーズと小麦粉の本来の美味しさと甘さを味わってもらおうと」
「なるほど。ワイ、この菓子なら好きやわ」
クウガさんは気合充分になったそうで、よかったです。
御覧試合でチーズケーキを配ったところ、騎士団も近衛隊も、王族や重臣の方々からも喜んでいただけたようでした。
「美味しいですな、この菓子」
「紅茶とよく合いますぞ」
「本当ですな。こちらは誰が作ったもので?」
「本日来賓で招かれた、ガングレイブ殿の料理番だそうで」
「それはそれは……」
何やらガングレイブさんと重臣さんたちが話していますが、僕にはあまり関係なさそうなので給仕に徹しました。
ちなみに御覧試合は、騎士団と近衛隊の団長と隊長が二人がかりでクウガさんと戦い、たった二振りでクウガさんが完勝しました。
剣ごとたたっ斬るって人間業じゃないですね。