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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・僕と領主
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七、無理難題の麻婆豆腐・中編

 夢の始まりは唐突だ。何がきっかけなのかは、後の時代にならないと分からない。

 俺は必死に生きて、戦って、次第に大きくなる団と増える仲間たちを見ながら。

 こいつらのために、夢を叶えたいと足掻くのだと思う。


 シュリが団に入ってから、一年が経とうとしている。

 いつの間にか俺の傭兵団は、千人を超える大所帯になっていた。

 幼馴染みたちを部隊長に、副隊長を補佐にしてまとめている。

 幸い俺には大部隊を維持する能力があり、今のところなんとかだ。

 一番の要因はシュリの料理だろう。

 うちの団に入ったやつは、決まって給金に文句を垂れる。やれ安いだのなんだのと。

 だが、その分支給する料理が旨いことに気づくと文句を引っ込める。街の飲みで使う分の金が貯まることに気づくからだ。

 そりゃあ、出費の一つが減れば金も貯まるだろうよと思う。俺も、飲みに使ってた金が浮いて貯まるばかりだ。使いどころがない。

 それをシュリに言ってみると、


「じゃあアーリウスさんに婚約の証として指輪でも送ったらいかがです?」

「指輪?」

「はい。僕がいたとこでは、婚約の証や婚約の申し出に指輪が使われます。

 左手の薬指なら結婚を、右手の薬指なら将来を誓い合った人がいるって話になるそうです」


 目から鱗とはこの事だ。

 飛びっきりの指輪を用意して驚かせてやることに決めた。


 そして、今回の戦。

 食糧資源と薬剤資源が豊富なニュービスト森林地帯を有するニュービスト国と、鉱物資源が豊富なユユビ鉱山有するユユビの対立。

 シュリにはざっくりと説明してあるが、この戦には権謀術数がひしめいている。

 元は、ユユビからニュービストへの王族婚約による同盟があがっていた。

 しかし鉱山資源はいずれ枯渇する。しかし森林資源は時を置けばまた採集可能だ。

 同盟による旨味がニュービスト側には少なく、逆にユユビによる森林資源の乱獲が予想されたことから、ニュービストがこれを拒否。

 そして、王族の婚約を一方的に破棄されたと怒ったユユビが宣戦布告をしたことから、この戦は始まった。

 婚約が成れば大手を振って資源を奪い、拒否されれば大義名分のもと領地ごと攻め滅ぼし奪う。

 無論、ニュービストに負けるなど、ユユビは思っていない。鉱物資源が取れる領地では武具の数も質も高い。普通に戦えば七割は勝てた話だ。

 ユユビが、俺たちを下に見て交渉しなければ、だ。

 最初、俺たちに傭兵を依頼したのはユユビだ。最近の俺たちの傭兵団は常勝無敗。戦場でも最も会いたくない傭兵団として名が通っている。

 だが、ユユビは俺たちに二束三文で雇われろと言ってきた。

 勝てば鉱物資源と武器を保証してやる、とも。

 舐めてやがる。すでに俺の団では武具に関して問題などない。鉱物資源の入手経路と商人との融通は取れているから武具などいらん。

 それに下手なものよりリルが作ったものの方がはるかに性能がよい。


「どうだ、リル。ユユビの武具は」

「そこそこの冶金技術で作られてる。でも、これくらいならリルにも複製できる」

「本当か」

「むしろ、一度これを見たから応用して、もっといいの作れる。

 代わりにハンバーグ、ね」


 大型コンロ制作の時も、大鍋の時もハンバーグ。

 いいかげん牛肉の消費が激しいとシュリから注意を受けたばかりだ。


「そろそろハンバーグから離れろ。シュリも困ってるぞ」

「あんな美味しいの、妥協しない。それがリルのジャスティス!!!」


 あまりのリルの気迫と般若の如き表情に、俺は仕方ないなと諦めるしかなかった。


 ともあれ、舐めたやつに協力するつもりはない。

 ユユビに味方をしても旨味がないから、ニュービストに味方をすることにした。

 ニュービストの王族は、自国の敗戦が濃厚だったことから、俺たちを喜んで迎え入れた。そりゃ、味方は多い方がいいしな。

 そしてニュービストは食料資源が豊富だし、商人も食料を商うやつが多い。これを機会に販路を確保するつもりだ。


 戦の結果は勝利で終わった。

 相手は武具に頼っていたし、こちらを弱小と侮っていたからそこを突くと、あっさりと引き下がった。

 まあ、どうやらユユビはうちのクウガを密かに引き抜こうとしてやがったから、ちょうどいい。

 クウガを前線に出して無双させてやれば、相手方は恐怖に支配されて潰走しやがった。ざまあみろ。

 勝利すれば追加報酬を頂ける。

 そこまでは、計算通りだった。

 他の二つの傭兵団もそこそこ働いていたから、追加報酬をもらえると期待している。

 だが、予想外が起こった。


 謁見の間。

 森林を模した清涼たる雰囲気を演出している独特の建築様式をした謁見の間で、俺とシュリは座して待っていた。

 ちなみになんでシュリを連れてきたかというと、なんとなくだ。

 なんとなく、こいつを連れてきたほうがうまくいく気がしたからだ。


「キサマらの働きに感謝する。見事に戦に勝ち、神聖な森を守ってくれた。追加の報酬を支払おう」


 よし、予想通りだ。

 さっさともらって商人との交渉に行きてぇ。


「しかし、払うのは一つの傭兵団だけだ」


 ……はっ?


「条件を出したい。キサマらに支払った報酬だけでも、我が領地の財政ギリギリなのだ。そこで、条件を満たしたものだけに支払いたい」


 他の傭兵団は文句を言いたそうな顔をしてるが、俺はすぐに事情を察することが出来た。

 そう、この国の財政はギリギリだ。戦が始まることが決まったとこから、民から王室まで質素倹約をしていた。生き残るため、全員が一致団結したのだ。

 その結果三つの傭兵団を雇うことに成功。

 だが、追加報酬を支払う能力が足りなかった。

 俺は事情を察していたため、安めに受けていた。

 しかし、他の馬鹿な傭兵団は足元を見て絞ろうとしやがったんだ。

 長く安定に。それが商売や傭兵の基本だというのに。

 だが、この王室は比較的良心的だし頭がいい。

 初めから礼と褒美の物品で済ませればいいのに、適正価格で追加を払おうとしている。

 俺はそこに好感が持てる。


「朕の娘は美食家だ。しかし、最近の普通の食事では満足できない。

 そこで、キサマらに満足いく料理が出来たら、その団に追加報酬を払おう」


 勝った!

 俺は内心でガッツポーズした。

 他の団ならともかく、うちにはシュリがいる。

 これをきっかけに王室とも繋がりを持って後ろ盾を得られるだろう。

 ククク、これを機に色々と手に入れるぜ。

 その娘さん、姫様は幼い少女だった。

 金髪を後ろでまとめた美少女だ。この領地独特な衣装に身を包んでいる。

 ちょっと勝気な目をしてるが。

 よくわからんが、足をもじもじさせてる。貧乏ゆすりか?


「妾が食べたいのは、甘くて酸っぱくて辛くて苦い、おいしい料理じゃ。

 もって来るがよい」


 なん、だと?

 わけがわからん。そんなもん美味しい訳無いだろう!

 他の団のやつも戸惑ってやがる。当たり前だ。

 味覚全部満たしたゲテモンが、旨いはずがない!

 だが、シュリは全く動じていなかった。


 台所に移動した俺たちは、さっそく料理に取り掛かるところだ。

 他の団は、みんな悲愴な顔つきだ。負け戦に挑むような。


「シュリ、大丈夫なのか?」


 さすがに今回の難題には、俺もシュリの心配をせざるを得ない。

 味覚全部満たして旨いなんてもん、想像すらできねえ。


「えっと、心当たりというか、まあ見当というのはついてます」


 ……嘘だろ?


「本当か!?」

「まあちょっと特殊な料理ですけど」


 特殊、だと?

 それは俺の協力もいるのか。


「俺に手伝えることはあるか?」

「じゃあアーリウスさんに、明日の湯豆腐は延期だと伝えてください」

「それは……ちょっと無理のような」


 最近のアーリウスは湯豆腐にハマっている。

 美味しい、太らない、健康にもいい、肌のハリもよくなったと大喜びだ。

 部下の女性たちもなんか肌のキメがよくなった気がした。


「頑張ってください。この料理は豆腐が主役なので、豆腐がないと始まりません」


 豆腐? この料理は豆腐を使うというのか?


「じゃあ作りますんで」


 取り出したのはネギと肉のミンチ、豆腐と山椒ににんにくとしょうが、そして砂糖や酒やらたくさんの合わせ調味料と謎の白い液体と赤黒い謎の調味料だ。

 見るからに辛そうだぞ、この調味料? そういえば、前にシュリはいろんな食材を瓶に詰め込んで管理していた時期がある。これがそうか?

 鍋とコンロを持ち出したシュリは、ネギと肉のミンチ、豆腐とネギを焼き始めた。

 ただ鍋を振ったり、取り出したオタマでかき混ぜたりしてるから、焼きとはちょっと違う。

 前に聞いたら、炒めるという技術だそうだ。

 味付けを施し、謎の白い液体と赤黒い謎の調味料、そして山椒を加えてさらに調理を施し、完成らしい。

 できたのは、赤い液体の謎の料理だった。


「これ、辛そうなんだが……」

「慣れない人は辛いです。ですが、病みつきになればそれはもう、たくさんの味に感動するでしょう」


 マジで?

 とてもそうには見えないが、シュリが自信満々なので、信じることにした。


 謁見の間に戻ってみると、他の傭兵団がすでに料理を持っていった後だった。

 姫様の顔を見ると、怒り心頭だ。


「まずい!」


 皿を投げそうな勢いだ。

 遠目で見ても、ゲテモン料理にしか見えん。確かにありゃまずい。


「姫様。私どもの料理人、シュリが料理を支度しました。お召し上がりください」

「最後はヌシか……」


 よっぽど前の料理がまずかったんだろう。姫の怒りは相当だ。しかし、まずい料理を食べ続けたことでぐったりしてる。

 だがシュリはそんな怒りなんのその。構わず謎料理を出した。

 キョトン、と姫様の顔が変わった。


「なんじゃ、これは」

「マーボードーフです」


 そうか、あれの名前はマーボードーフというのか。

 そういや聞いてなかったな。


「まー……なんじゃて?」

「食べてみてください。美味しいですよ」


 嘘くせえ。辛い料理にしか見えん。

 下手したら首が飛ぶんだぞ。あいつは怖くないのか?

 姫様も怯えた様子で匙で掬って、口に入れた。

 少し止まり、そして涙が出そうな顔になった。


「っ、っ、辛い、辛い!!」


 やっぱり辛いのか!

 まずい、回りの近衛隊が抜剣しそうだ。

 こんなことならクウガを連れてくればよかった。

 冷や汗が止まらねえ。


「お姫さん、よく味わってください」


 辛さに悶えつつ、なんとか耐えようと目を閉じた。

 すると、顔が驚きに変わったじゃねえか。


「……甘い?」


 はあ!? 甘い?!


「それは豆腐の甘味ですね」


 豆腐、そうか。確かにあれは原料の豆の甘味がある。


「それに酸っぱい」

「豆板醤の味の一つです」

「苦くも……ある」

「鍋でしっかり火を通してますから」

「最後に、辛い」

「山椒と豆板醤ですね」


 すげえ、ここまで計算してたのか!

 全ての工程と全ての食材で味をプラスしつつ、調和させ、完成させる。

 すごい技術だ。こんなことまでできるのか、あいつは!

 姫様も辛味に慣れてパクついている。

 それほど旨くて夢中になれるってことか!


「おいしい! おいしい!」

「汗を拭きながら食べてください

 冷え気味な姫様にはちょうど良いかと」


 ……冷え気味?


「なんじゃと?」

「ここに来てから寒そうに足先を動かしてたので、そうなのかなと」


 あの貧乏ゆすりは寒いからか!

 昼の今の時間、この建物の中は暖かかった。

 だが、女性は辛いのだろう。

 そういやアーリウスも、足先手先が冷えて困ることがあると嘆いていたのを思い出す。

 それは女性特有のものらしく、夜や日の当たらない場所ではかなり辛いそうだ。

 それをあいつはちょっとだけ見て見抜いてやがった!

 姫様も驚いていたが、笑顔になった。

 体も温まり、美味しいものも食べれた。

 これで追加報酬はゲットだ!


「気に入ったぞオヌシ。妾の料理人になれ!」

「あ、それは無理です」


 喜んだ矢先にとんでもないことに、とんでもないことからさらにとんでもないことに。

 一瞬のうちにここは修羅場と化した。


 結局、シュリの引き抜きは阻止することに成功した。

 追加報酬も頂いたし、食料販売のルートも会得。融通もしてもらえた。

 しかし、油断ができない。

 あのお姫様の、シュリに対する執着は強い。どこで引き抜き工作や誘拐拉致の強硬手段に出るかわからねえ。

 クウガとテグの隊から護衛を付けるしかない。

 ああ、頭が痛い。


「ガングレイブさん、苦労をかけますね」

「あ? 仕方ねえよ。お前の料理はそれだけ魅力的なんだよ」

「そうですか。あ、お姫さんがいつでも食べられるように、調味料とレシピ置いてきました」

「なんだと?」

「いえ、作り方さえわかれば、コンロなしでもできそうなんで。いろいろと応用レシピも渡して、今回は引き払いました」


 なるほど、確かに姫様が満たされていれば、無茶な行動に移る可能性も低いわけか。

 だが油断できねえ。

 王族ってのはどこで歯車が狂うか分からん人種だ。警戒する必要がある。


 しかし、何日か経ってもそんなことは起こらず。

 むしろお礼の手紙と王家の印が付いた包丁が送られてきた。

 これは、お手つきにしようとしてやがんな。

 シュリは喜んで包丁を使ってるが。

 その意味わかってんのかねえ。

 ま、こいつのことだからなんとかしちまう気がするな。


 ちなみにアーリウスには怒られた。

 湯豆腐延期がかなり許せなかったらしい。

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