五十九、盗賊と南蛮漬け・3
リルさんとテグさんとレイさんが僕の背後で誰かと戦っている。眼前ではゼロさんとシファルさんとシューニャさんが謎の人物と戦っていた。
前後で剣戟の音が響き、夜の暗闇の中で武器と武器の火花が散る。
何が起こってるのかわからない……暗闇に馴染むように装備の全てを反射しないようにつや消し処理と黒色の塗装処理を施しているから、一体何者なのかわからない。
その中で、僕は下手に動けないままだった。どこに行けばいいのかわからないし、僕が動いたせいで前後の戦闘に変な影響を与えても困るから。
というか、敵の姿が良く見えないからどう動けばいいかわかんねぇ!
敵がそういう、夜襲専用装備を身に付けているから、もしかしたら他に敵がいるんじゃね? とか疑い出したら止まらねぇんだ。怖くて身が震える。
辺りを見渡しても他に誰もいないはずなのに、不思議と三人目がいる不安がよぎる。
どこだ、どこかにいるのか? 二人はそこにいて戦っている、剣戟の音が聞こえてるのは間違いないんだ。
どこに――。
「そこまでや」
しゃりん、と音が鳴り、僕の背後に誰かがいる気配を覚える。
誰だ、と思うが……振り向けない。
「動くなよ……動けば首がストンと落ちてまうぞ」
背後から聞こえた、誰かがいる音。息づかい、剣を握る音、こちらに近づく足の音。
僕は振り向けずにいた。下手に動きを見せれば、何をされるかわからないから!
見えないけどわかる。背後にいる人は、リルさんやレイさんたちが戦っている人たちよりも、遙かに強いって!
「あっちの二人が戦っている奴ら、なかなかの腕前やな。まさかあの二人が初見で、しかも有利な武装をしているのに倒しきれんとは」
……ん?
「じゃが、まぁ、ここでお前を人質に取れば終わりではある……しかしそれをするのももったいないの。ギリギリまで戦わせて、二人の鍛錬に利用するのが一番かもしれん」
この声、この訛り……まさか……!
「というわけで、ギリギリまでワイと一緒に黙っていようや」
やっぱり、この一人称はクウガさんじゃねえか!!
この人、一体何をやってるんだ!?
僕の真後ろで僕のことに気づかず剣を携え殺気を放つクウガさんに、少し怒りを感じてしまう。
どうするべきか、この場を平和的に終わらせるために必要な方法とは?
心の中で、頭の中で、必死に考える。その間にも、僕の後ろでは剣を持ったクウガさんが何をするかわからない。ほっといたら、碌でもないことになるのは目に見えている。
となれば、動きよりも意思そのものを止めるしかない。攻撃を止めるのではなく、攻撃する意思を削ぐ。
額から汗が流れる。手が震える。
早く! 速く! 方法を考えろ! と自分の頭に命じる。
結果として、僕は最悪だけど最も成功率の高い方法を閃くに至る。
「黙っていて、いいの?」
僕は声を出す。あえて、こう、いつもの声ではなく低めで、作ったような声を。僕の声だとバレないように。
最初だけバレなければいい。とにかく、バレないようにだ。
「あん? 無駄話でもするんか? まぁ、ええやろ。するか? 無駄話」
「そうだね。しようか、無駄話。まずは、お前がなんでこんなことをしてるか、とか」
後ろから、明らかに不機嫌な意思が感じられた。ちょっと言葉を間違えたら殺されるような。
クウガさんはため息を大きく吐いた。
「……なんでそんなことを聞きたがるんや?」
「どこか後悔してる感じがしたから、かな? 大事な友人と死に別れたか?」
「お前、なんのつもりでそれを言うておる?」
「なんのことはない。無駄話さ。いいだろ? 無駄なんだから、気楽に答えらればいいのさ」
「お前、殺すぞ?」
クウガさんの声に、殺意が宿る。触れてはいけないところに触れたんだろう。
これでいい。これが僕の考えた方法だ。
僕が考えた方法とは、とにかく罪悪感を利用する。
最悪の方法だけど、これが一番手っ取り早い。
なぜこんな方法を取るのか、普通に顔を晒せばいいんじゃないか? と頭の中で思った。
でも、やりながら僕はこれが最善だと気づく。
「おっと、どうやら触れてはいけないところに触れたかな?」
「そうやな、触れてはあかんところやな。人には安易に触れてはあかん話題ってあるんやで? お前の体と首が離れてないのは、ワイの気まぐれだけやぞ?」
「無駄話って前提があるじゃないか? 死んだ友人がどんな人か知らないが、というかいるかもわからないけど、話せば楽になるんじゃないか?」
「お前に何がわかる!? 目の前で守れなかった友人の顔が、未だにワイの目の前にちらつくんや!」
背後のクウガさんの声が、徐々に覇気を失っていく。大声を張り上げて叫んでいるはずなのに、どこか頼りない感じが強い。
ここで、ちょっと詰めてみるか。
「ちらつく、とは? 死んだ人間だろう? なんでそんなに引きずるんだ」
「なんやと?」
「死んだその友人とやらが何を思っていたが知らないけど、少なくともこんな山賊まがいのことをお前がするなんて望んでないだろ」
「それは……お前にはわからんやろ!! ワイは、ワイはここで力をつけて、必ず仇討ちをっ」
「だからさ」
僕はここで、ようやくクウガさんに向かって振り返った。
とはいえ、僕の片目は白濁していて髪には白髪が交じっている。初見ではではわかりづらいと思う。
実際、クウガさんは僕の顔を見ても気づいてない様子だった。僕の顔を見て、怪訝な顔をしていた。
だから前髪をかき上げて顔をよく見えるように示してやった。
最後に、
「僕はクウガさんに、そんなこと望んでないんですよ」
にっこりと笑って言ってやった。
クウガさんは何を言ってるんだ、という顔をしていたが。
数秒後になって、やっと僕だと気づいたらしい。
顔を真っ青にして、真っ白に変えて、恐怖に顔を歪ませていた。
「そんな、そんなことありえ、ありえへん、やろ、お前、まさか、生きて」
「はい。そうですよ。クウガさん。僕は」
僕は前髪から手を離し、胸に手を当てた。
「シュリです。あなたを止めるために、戻ってきました」




