五十九、盗賊と南蛮漬け・2
野営のための天幕を設置し、各々が野営の準備を進めていく。周囲はすでに薄暗くなり、遠くが見えるようでぼやけているような視界。
ここで無理に先が見えるからと歩を進めれば、いつの間にか暗闇の中で立たされてるような状態になります。見えるようで見えない、だがまだ見えるから大丈夫だと進めばあっという間に見えなくなる。
しかも今日は新月らしく、夜空に月が浮かぶ様子はない。
ここから暗闇はさらに深まるでしょう。
なので僕は火を熾し、料理の準備を進めていました。
他の人たち……リルさんは天幕の設置を確認し、テグさんは周囲の状況確認ために偵察。
レイさんは持ってきた道具の中で寝具の調子を確認、ゼロさんは調理器具を広げてくれている。さて、シファルさんとシューニャさんはと言えば、
『何食べようか?』
『野菜は飽きた』
『スープも飽きた』
『『肉が食いたいけどない』』
と、食料を確認しながら落ち込んでいました。肉、肉ねぇ……と僕は溜め息を吐く。
『お二人とも……ないものはないので、とっとと食材をこっちにもらえます?』
『嫌だ!』
『肉だ、肉が食べたい!』
『ないものねだりしても無駄でしょ』
軽く窘めてみても、二人はあっかんべーしてこっちに食料を持ってきてくれない。どうやら、本当に肉が食べたいから我が儘を言ってるらしい。
どうすりゃいいんだ。
そう思いながら困っていると、ゼロさんがこっちに来てくれました。
そりゃもう怒ってる顔だよ。
『くっだらねぇことやってないで、さっさとこっちに持ってこい。ほら』
『『ああー! 止めろー!』』
『食料を渡さない状況を続けても肉は出てこない!』
ゼロさんが荷物を持つと、シファルさんとシューニャさんが抗うように荷物を持って引っ張る。三人して子供のように唸りながら、荷物の奪い合いに突入です。
子供か。いや、本当に子供だな。そういや、この人たちはアレだったわ。初めて里の外に出た人たちだったわ。
ちょっと微笑ましい気持ちになる。みんなと離れ離れになってから、気分が落ち込むことが多かったから。
三人が荷物の奪い合いをしてると、シファルさんとシューニャさんが引っ張った荷物がゼロさんの手から離れ、さらに勢い余って二人の手からも離れて離れたところに落ちた。
幸いにして中の食材が汚れるようなことはなかったけど、ちょっと痛んだかなぁと不安になりつつ荷物へ近づいていく。
僕は荷物を拾おうと手を伸ばした。
『はい』
『では』
『そこまでだ』
唐突に双子が僕の腕と肩を引っ張ってきた。僕の首の横を、ゼロさんの投げナイフが通り過ぎる。
シュン、という風切り音と共に飛んでいった。
キンっ。
金属音。投げナイフと金属がぶつかったときのもの。
視線をしっかり前に向けると、薄暗くなった視線の先に、誰かいる。
よく目を凝らしてみると、上下共に黒い色合いをしたシャツとズボン、そして黒い革鎧と黒い鞘を佩いている。
……誰だ? 顔も見えない。一人、なのか?
「そこにいるの、誰?」
声を掛けてみても、そこにいる人は何も答えない。
右手にはすでに剣が抜かれていた。しかも、剣の刀身まで黒い。とことん黒くしてるのか。つや消しをしてるから、焚き火の光で反射することもない。
徹底的な隠密装備……こういう暗闇で襲うために?
僕の体が震える。ゼロさんがすぐに攻撃したってことはっ。
「野盗?」
「……」
チャキ、と剣を構える音が聞こえた。こっちを攻撃する気か!
『シュリ』
シューニャさんが話しかけてくる。
『下がってろ』
シファルさんが僕を後ろへと引っ張った。
『こいつ、どうにもあちしたちを狙ってた節がある』
二人の声が重なった。
『『最初からあちしたちを狙ってた。これは仕方が無いから殺す』』
二、三歩ほど蹈鞴を踏みながら下がった僕が見たのは、野盗に向かって歩いているシファルさんとシューニャさん。
そして、僕の隣を通り過ぎていくゼロさんの、冷たい目をした無表情。
『シュリ。お前は身を守れ』
『えっと』
『リルとテグ、レイも戦うところだ。誰もお前を守れない、自分で自分を守ってろ』
ゼロさんの言葉に、僕は慌てて振り返る。
確かにリルさんとテグさんとレイさんの前に、もう一人誰かがいる。
誰だ? いや、装備の質からして敵の一味かっ。
『そういうわけだ。下がってろ』
ゼロさんの言葉を皮切りに、戦いが始まった。




