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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
三章・僕とみんな
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閑話、バイバイ初恋、また来て友達

 皆様どうも。シュリです。

 ニュービスト城に部屋を用意するぞ? と言ってくれたテビス王女の好意を断り、宿屋に泊まった次の日のことです。

 夜の内に急いで旅立ちの準備を整えてたリルさんとテグさんの手腕もあって、早朝から出発することとなりました。


「……眠いんですけど」

「我慢するっス。これ以上、テビス王女にあれこれと関わられても困るっスから」

「困りますかね?」

「延々と恩を売ってきて、情やしがらみで雁字搦めにされたら困るやろ。ここに腰を据えることになるのはマズいっスよ」

「確かにそうなんですけど」


 テグさんの指摘に、僕は苦い顔をして答える。

 現在、僕たちは宿屋から出てニュービストの街の外にいるわけです。

 街から離れ、遠目に街並みが見える程度の距離。朝早く起きて、急いで荷物を雑多に持ち出してここにいるのです。

 僕は寝ぼけたまま、ここにいるのですが……他のみんなはハッキリと目が覚めている様子。リルさんとテグさんも、ゼロさんもレイさんもシファルさんとシューニャさんと、全員が寝ぼけた様子がない。

 雑多に詰め込んだ荷物を鞄や背嚢から取り出し、中身を整理しながら話し合いをしてる。


「それで、リル。必要なもんは持ち出せたっスか?」

「魔晶石、魔工道具関連の道具、工作道具……かな」

「旅に必要なもんを頼むっス。ナイフとか紐とか」

「だいたいはリルがそこら辺のもので作れるし」

「まぁ……そっスね……」


 リルさんは魔工師としての道具、テグさんは矢やナイフ、他にも旅に必要な刃物類やらなんやらと。

 次にゼロさんたちの方を覗いてみます。


『レイ、シファル、シューニャ。何を持ってきた』

『そこら辺でたむろってた頭悪そうな悪党をぶちのめして金銭を手に入れた』

『隠れ家でたむろってた悪党たちをぶっ殺して良さげな武器を奪ってきた』

『拠点で商隊を襲って手に入れた商品を吟味してた悪党を消して役立ちそうなものを持ってきた』

『良し、完璧だな』


 ……楽しそう、だな。ゼロさんたちは物騒な話をしながら、旅に必要な道具を……いや、襲撃して手に入れた戦果をを見せ合って自慢してる。

 うん、これは旅支度じゃねぇ。ただの強奪品の自慢話じゃねぇかな。

 僕は冷めた目をゼロさんたちに向けながら、少し後ずさりします。


「シュリ、あいつらはどこであんなに荷物を手に入れてきた? なんて言ってる?」

「……悪党たちへの襲撃成功の戦果報告してます」

「……まぁ、ニュービストの治安が良くなって、あいつらも荷物を用意できて……良かったんじゃ、ないかな……?」


 リルさんは戸惑いながら返答をしてる。正直、僕も同じ気持ち。

 全員でテキパキと確認を終わらせ、荷物の整理を終わらせてそれぞれが背嚢を背負った。

 僕も必要なものを入れた背嚢を背負って、肩の食い込みを確認した。


「うん……結構重いですね」

「大丈夫?」

「大丈夫です、リルさん。では、そろそろ出発しましょうか」

「そっスね」


 全員で目配せをして、歩き出す。目的地はクウガさんがいるであろうオリトル。

 腐ってるだろうクウガさんの尻を蹴り飛ばして説得し、一緒にガングレイブさんの元へ帰ってバカなことをするなと尻を蹴っ飛ばすためにね。

 野郎二人の尻を蹴っ飛ばす旅に、これから出発です。


「情けない野郎二人の尻を蹴っ飛ばす旅に出発ってわけですね」

「止めるっス、シュリ」

「止めて、シュリ」


 感情のない真顔でテグさんとリルさんに注意を受けました。


「あ、はい」


 威圧感に押されて謝罪した僕でした。仕方ねぇよ、怖いんだもん。

 背嚢を背負って、誰ともなく歩き出す。もう話すこともないし。

 ふと、後ろを振り返ってみる。遠くにニュービストの街が見えた。

 ……当分、ニュービストに来ることはないだろうな、と予感がする。テビス王女と会うことは、当分ないってのも予感してる。

 僕たちはこれから大変な旅をする。大変な戦いに身を投じることになる。

 クウガさんに会いに行き、何やら黒いことをして復讐に身を焦がしているガングレイブさんを止める。この二つは、とてつもなく大変なことだ。

 決意と共に、強く強く歩みを進めて――。


「ようやく来たか」


 ふと、聖木の後ろから声が響く。僕以外の全員が臨戦態勢となり、声がした聖木の方向へ武器や意識を向けていた。

 僕だけきょとんとして動けなかった。だって、この声。


「テビス王女?」


 声を掛けてみると、そこからテビス王女とウーティンさんが現れた。姿を見せた瞬間、僕以外の全員がさらに警戒を強めている。

 テグさんなんて、弓に番えた矢を引き絞っていく。


「待った待った。ここを通らねば諦めるつもりで、妾しかここにおらん。警戒の必要はない。妾とウーティンしか、ここにはおらんよ。本当じゃ」


 リルさんがテグさんに目配せし、周囲の観察を目線だけでしてる。

 ゼロさんたちも同様に警戒をしてた。

 ……僕だけが、テビス王女へと歩を進める。


「シュリ」


 リルさんが静かに呼び止めようとしてくるのがわかったけど、僕は止まらなかった。真っ直ぐ、迷いなく。

 サク、と草を踏みしめる音と共に、テビス王女の前に立った。草を踏んだ音を最後に、僕たち二人の間に沈黙が訪れる。

 僕は黙ってテビス王女を見ているだけです。笑顔もなく真剣な表情で、彼女の言葉を待つ。

 対してテビス王女は、何かを言おうとして迷っている様子でした。

 そうなんだ。ついさっき、姿を見せたとき。余裕そうな表情を見せてるはずのテビス王女なのに、目元だけはどこか悲しそうというか、迷っていそうというか、困ってる様子だったんだ。

 ほっとけなかった。


「その、な。シュリ」


 ようやくテビス王女が口を開く。今までの自信に溢れた支配者としての威厳がある口調ではない。

 年相応の、少女のような儚さがあった。

 僕は続けて黙っている。テビス王女が何か言いたいなら、黙ってその言葉を待とうと。


「……また、ここに来てくれるか?」


 顔を逸らしながら、目線だけ僕へ向けてるテビス王女。

 ……後ろのリルさんから剣呑な雰囲気が伝わってくる。怖いです。


「はい」


 断る理由がない。僕は頷いた。

 テビス王女はどこか寂しそうに笑う。


「そうか。頼みが、もう一つ」

「なんでしょう」

「今だけで良い」


 ふわり、とテビス王女が僕の懐に飛び込んでくる。

 僕の胸に顔を押しつけて服を握ってくるテビス王女の顔は、見えない。


「少しだけ」

「……」


 本当なら押し退けた方がいいのはわかってる。リルさんが見ている前で、他の女性とこんなことをするのはクズ以外の何者でもない。

 そうしようと思って手を動かすと、テビス王女の肩がビクッと震える。

 こんな弱々しい姿を見ると、どうしようもなく罪悪感に襲われるのです。

 困ってリルさんを見ると、複雑そうな顔をして頷く。


「今だけ、許す」


 許しちゃうのか。僕の意見は関係なく、許しちゃうのか。 

 ……ここは拒むべきだろう、男として。


「今だけ」


 でも、リルさんが有無を言わさず言い切るならば……仕方が無い。

 少し時間が経ってから、テビス王女はこちらに顔を見せないようにして背中を向けた。

 目元を拭い、こちらに振り返ったときには……テビス王女はいつもの顔。変わりない、王族としての顔でした。


「もう大丈夫じゃ! これで、妾はもう大丈夫」

「てび」

「シュリよ、また来ておくれ。今度は、ガングレイブたちも一緒に」


 テビス王女はニカッと笑ってから、踵を返して歩き出した。ニュービストの街がある方へと、帰って行く。その隣をウーティンさんが侍る。


「友人として、来ておくれ。歓迎する!」


 明るい、何か吹っ切れたような言葉。

 気になって呼び止めようと思ったけど、呼び止めない方が良いのは僕でもわかる。

 わかるから、こう返そう。


「はい! また美味しいご飯を食べに友人たちと、友人であるテビス王女のところへ、行かせてもらいます!」


 大声で返すと、テビス王女は愉快そうに大笑いした。そのまま何も言ってくることなく、帰って行った。

 背中を見て、僕は胸をさする。消えていく体温に、テビス王女との関係性が変わったことを感じた。もうこの熱を、あの人から感じることはないだろう。

 それでいい。なんか、テビス王女が急激に大人になったようで寂しいけれど、これで良いんだろう。


「だから、まぁ……さようなら」


 他の誰にも聞こえない声で、僕はテビス王女に別れを告げた。






 さぁ、行こう。

 新しい、旅立ちだ。

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― 新着の感想 ―
時々言葉尻が悪辣になるシュリがいい。
[一言] こっちでは更新はしないんですか?
[良い点] シュリの事は簡単には割り切れないだろうけど、テビス王女が一つ前に進めた・・・と思えた事 リルの「今だけ」という言葉だけでも、シュリが居ない間でのテビス王女との友情を感じられた事 [一言] …
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