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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・僕と領主
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七、無理難題の麻婆豆腐・前編

ここから前編・中編・後編と三節になる話が出てきたりします

 光陰矢のごとし。とは上手い言葉なもので。

 夢中になって物事に取り組むと、いつの間にか時間は経ってるものです。

 それが仕事でも趣味でもですよ。


 シュリです。

 みんなでおでんを食べてからさらに半年。

 気づけばこちらで一年の月日が流れました。

 私も二十一歳です。ははは、年を食ったものだ。

 相変わらず、僕はガングレイブさんの傭兵団で料理番をしています。

 なんとか補助がついたので、今では四人で回していますよ。

 傭兵団もこの一年で規模が増え、すでに千人になろうとしています。


「ガングレイブさん。この人数を相手に四人は大変ですよ」

「だから大型コンロや大鍋とか作ったのだが」

「その開発した分、牛肉の消費が激しいので補充をお願いします」

「分かった。リルにはよく注意をしておく」


 分かっていただけたようで。


 さて、ガングレイブさんの傭兵団。巷で有名になってます。

 なんせ常勝を誇る精鋭部隊、是非自分の陣営に組み込みたいと画策する領主は山ほど。

 僕の記憶が正しければこの一年。負けたことがない気がします。普通ではあり得ないそうです。


「クウガさんも、こっそり勧誘があったんですね」

「まあな。ワイも有名になったもんや」

「待遇、よかったんじゃないですか?」

「そりゃあの……ワイの二百人の歩兵と一緒やと、給金も五倍にしてええと言われたわ」

「凄いですね」

「良かないわ。こっそり聞いてた部下にバレてもうて、非難浴びたわ。無論、ワイは傭兵団を離れる気ぃはないけど」


 ちょっと安心しました。

 クウガさんの部隊のみならず、隊長格全員に勧誘はあります。

 ですが、誰もこの傭兵団を離れようとしません。固い絆で結ばれた、仲間を見捨てるやつはいないということですね。

 今では隊長格やその側近に僕は、古参の兵となっています。

 新参兵の方には横柄な方も居て、苦労します。

 そういうのも飲み込んで、傭兵団は成り立つそうですね。ガングレイブさんの鋼の如き胃と心臓には驚嘆に値します。


 ガングレイブさんも勧誘を断り、あくまで傭兵団を運営しようとしています。

 勧誘したい、敵の手に渡したくない。

 そんな領主の裏をかいて、せっせと働いて金を手に入れる。

 ガングレイブさんの権謀術数には驚かされるばかりで。


 今回はとある国の王族が傭兵団をまるごと雇いたいという申し出がありました。

 なんでも、森林の資源を巡る戦だそうです。

 その森林は、香辛料に野生生物。野菜に薬草と大量の資源や食糧が眠る土地らしく。

 ここの野菜や薬草を奪いに来た隣の国と戦になったそうです。

 その隣の領地にはまた鉱物資源があったり。

 資源の奪い合いはどこも同じですね。

 で、僕たちは森の資源を守りたい王族につくことになりました。


「それはどういう理由なんでしょ、アーリウスさん」

「私たちは、すでに武具に備品といった兵隊の維持に必要なものは揃えています。

 贔屓にしている商人やギルドとの調整も出来ていて、少なくとも武具に関しては問題ありません。

 ですが、食料は日々消費されます。金を出していなくても、食料は減るのです。

 なので、今回を機会にして食料関連の備品の融通ルートを築こうとしているのです」

「さすがアーリウスさん。詳しいですね」

「いえ、食料関係はシュリが一番知っていなければならないのでは……」


 言葉が詰まったし、反省しました。


 結果として勝ちました。あっさりと。

 もともと戦の準備は出来ていましたし、相手方も大したことはなかったので。

 ですが、問題は戦の後に起こりました。


 なんと、追加報酬は僕たちの他に二つの傭兵団、つまり三つの団のうち一つにしか支払わないというのです。

 馬鹿な、と思ったら王さんは言いました。


「朕の娘は美食家だ。しかし、最近普通の食事では満足できない。

 そこで、キサマらに満足いく料理が出来たら、その団に追加報酬を払おう」


 ムカ。

 偉そうな態度にムカつきました。

 ですが、ガングレイブさんは悪い顔をしてます。

 あれは絞れるところから絞り尽くす、魔王の顔です。


「妾が食べたいのは、甘くて酸っぱくて辛くて苦い、おいしい料理じゃ。

 もって来るがよい」


 ちびっこい幼女なお姫さん。なんと、人間の味覚ほとんどを満たす料理を作れというのですかな?

 他の傭兵団も戸惑いを隠せません。もちろん、ガングレイブさんもです。

 普通に考えて、そんな料理美味しいはずがありません。

 普通は、ね。


 他の団は、料理番にそのことを伝えて成功するように促しています。

 その料理番さん、勝てない戦に挑む悲愴な顔立ちです。


「シュリ、大丈夫なのか?」


 ガングレイブさんも心配です。

 謁見の間から台所に移った今も心配そうです。


「えっと、心当たりというか、まあ見当というのはついてます」

「本当か!?」

「まあ、ちょっと特殊な料理ですけど」


 これは甘くて酸っぱくて辛くて苦い、そしておいしい料理です。

 問題は調味料の調整だけです。


「俺に手伝えることはあるか?」

「じゃあアーリウスさんに、明日の湯豆腐は延期だと伝えてください」

「それは……ちょっと無理のような」

「頑張ってください。この料理は豆腐が主役なので、豆腐がないと始まりません」


 最近、アーリウスさんはいくら食べても太らず健康になれる湯豆腐にハマっています。

 それはもう貪る勢いです。心なしか部下の女性たちも肌にハリが出てきたような。

 なので、湯豆腐の日は飛び上がらんばかりに喜びます。

 それを延期なので、辛いでしょうねえ。


「じゃあ作りますんで」


 今回作るのは麻婆豆腐。

 え? 辛いだけ?

 いえいえ、麻婆豆腐は四川を除けば甘くて酸っぱくて辛くて苦い、おいしい料理ですよ。


 豆板醤とうばんじゃんも以前作ってたものが上手く出来ていて、麻婆豆腐を完成。


「これ、辛そうなんだが……」

「慣れない人は辛いです。ですが、病みつきになればそれはもう、たくさんの味に感動するでしょうね」


 謁見の間に行くと、すでに他の傭兵団が料理を持っていったみたいです。

 どう見てもゲテモノです。


「まずい!」


 お姫さんも怒り気味です。

 そりゃまずい料理出されりゃ誰だって怒りますが。


「最後はヌシか……」

 

 あれ、お姫さんぐったりしてる?

 気にせず麻婆豆腐を出します。

 不思議そうな顔のお姫さんです。


「なんじゃ、これは」

「麻婆豆腐です」

「まー……なんじゃて?」

「食べてみてくだい。美味しいですよ」


 お姫さんは恐る恐る豆腐とじゃんすくって食べます。

 止まります。


「っ、っ、辛い、辛い!!」

「お姫さん、よく味わってみてください」


 辛さに悶える幼女姫。

 耐えるように目をきゅっと閉じました。

 すると、涙目な瞳が驚きに変わります。


「……甘い?」

「それは豆腐の甘味ですね」

「それに酸っぱい」

「豆板醤の味の一つです」

「苦くも……ある」

「鍋でしっかり火を通してますから」

「最後に、辛い」

「山椒と豆板醤ですね」


 お姫さんは慣れたようで、パクパクと麻婆豆腐を食べ始めました。


「おいしい! おいしい!」

「汗を拭きながら食べてください。

 冷え気味なお姫様にはちょうど良いかと」

「なんじゃと?」

「ここに来てから寒そうに足先を動かしてたので、そうなのかなと」


 お姫さんは驚きましたが、すぐに笑顔になりました。

 花の咲くような笑顔です。


「気に入ったぞオヌシ。妾の料理人になれ!」

「あ、それは無理です」


 僕はガングレイブさんの団の料理番ですから。


 結局すったもんだで。

 追加報酬はキチンともらえたし、食料の販売に関して融通をもらえました。

 お姫さんが名残惜しそうにしてましたから、レシピを書いて宮廷料理人さんに渡しました。

 念の為に四川麻婆豆腐に麻婆ナスに麻婆丼のレシピを揃えて。

 レパートリーって大切ですからね。同じのは飽きます。


 後日、お姫さんからのお礼の手紙と包丁をもらいました。

 大切に使いますね。

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― 新着の感想 ―
王道の麻婆豆腐か。 酸辣湯麺やトムヤムクンを想像してハズレました(笑)
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