五十八、ニュービストへの入国と麻婆茄子・前編
「ぜぇ……ぜぇ……」
足が重い。肺が痛い。脇腹が辛い。とことん体に疲労が溜まっています。
かつて傭兵団時代、大陸のあちこちを移動しては仕事をしていた体力は、すっかりこの二年間ほどで衰えてしまっていたらしく、僕は息を切らしながら歩いていました。
「大丈夫? シュリ?」
「なん、とか」
僕は心配そうに隣を歩くリルさんに、強がりの笑いを見せながら答える。
こうでもしないと心が折れそうなのです。茶化すように手をプラプラさせて見せますが、なんともしがたい体力の低下。
そんな僕の様子を察して、前を歩いていたテグさんは半ば呆れた顔をしてこちらを振り向く。
「シュリ。お前、そんなに体力なかったっスかね?」
「二年間……里の中で……ぬくぬくと生きてましたので……」
「平和ボケっスか? さっさと治すことっス」
「そう、します」
テグさんの呆れた様子もわかるんですよ。この中で僕が明らかに足手まといになってますので。
なんせ、他のみんなは汗すら掻いてない。僕が額の汗を拭って息を整えているのに対し、全員がズンズンと前を向いて普通に歩いている。
足腰と体力、持久力と根性と何もかもが違う。僕は落ち込みながら呟きました。
「……せめて商隊か何かが通りがかって、相乗りさせてくれればな……この遙か先まで続く街道を、楽に進めるんですけど」
切なる願いですが、今のところ誰も通りがかる様子はないのです。
何もない街道なので……。
皆様、どうもシュリです。
ゼロさんが木に登ったところ、遠くに街道が見えたとのことで全員でまずそこに向かい、あとは勘を頼りに歩き出しました。
街道、と言いましても多くの人が通ったことで、自然と草がなくなり地面がむき出しとなって、硬くなった地面のことです。これでもある程度平らだから歩きやすいんだよ。
この世界に来て長いけど、やっぱり長距離歩行移動は辛いんですわ。
『シュリが貧弱なのは、見た目通りか』
ゼロさんもまた、僕の先を歩いていました。振り返って溜め息を吐く様子を見せる。
『俺たちよりも外の生活が長いはずだろ? これくらいは余裕じゃねぇのか?』
『無茶を言わないでください。僕は皆さんのような訓練をしてる類いの人間じゃなくて、ただの料理人なんですよ。昔だって、馬車に乗って移動してましたし』
ムッとして反論はするのですが、正直情けない気持ちなのは事実です。ゼロさんは僕が内心、情けない気持ちというか自己嫌悪していることを察したのか、前を向いて何も言わなくなります。
これ以上の追求は男としての矜持を逆撫ですることになる、と思われたのでしょう。
事実だよ。すまんね。
『『で? この道はどこに続いてんの?』』
シファルさんとシューニャさんは僕たちの後ろから聞いてきます。二人の役割は後ろから来る襲撃者への対処と警戒。
……という名目です。
「『ちょっと待ってください』……テグさん、この道ってどこに続いてるとかわかりますか?」
「この道……オイラの記憶が正しければ……えっとっスね」
テグさんは前を向いたままちょっと考えて……周りを見てから言いました。
「……あー、多分スけど……ここら辺で近い国って言えば」
テグさんは首だけこちらを向けました。
その顔、嫌そうに眉をしかめてる。よっぽどか。
「……ニュービストっスね」
「おー!」
よかった、ニュービストか! 僕は心から安堵して息を吐きました。
いろんな国はあるけど、最初に訪れた国がニュービストなのは助かります。
食材はある、調理器具もある、旅に必要な道具を揃えることもできる、商人たちが集まるから情報も集まる。
クウガさんのいるオリトルへ行き、合流することが最終目的ではありますが……最初から都合良く合流できるとは思ってなかったので、旅に必要なものを揃えるのが容易なニュービストに行けるのは幸運だ。
「運が良いですね、ニュービストとは」
「ああ……まぁ」
「うん、そうだね……」
なんだ、僕の隣を歩くリルさんも複雑そうな顔をしてるぞ。
『シュリ。で? どこなの?』
『どこ?』
『ニュービストってところです』
僕がそう言うと、シファルさんとシューニャさんは嬉しそうにしていました。
『ニュービスト!』
『他の人から聞いてた! 美味しい食事!』
『幻想的な聖木!』
『観光地たくさん!』
『治安良し!』
『『最初に訪れるなら最適!』』
「観光じゃねえんだよ」
本当にこの人たち、復讐心を忘れてないんだよな?